東京モーターショーに見る過渡期の苦悶


 第45回を迎えた東京モーターショー。1954年の全日本自動車ショウをルーツに、最盛期には来場者が200万人を超えた一大イベントだが、近年は80万人程度にとどまる。しかも、今年は特に厳しい評価が相次いでいる。東京モーターショーで一体何が起きているのか。

2017/11/4

株式会社サイエンスデザイン代表
林 愛子

 

 約10日間にわたる東京モーターショーがまもなく閉会する。今年はメディアの記事でも、個人ブログでも、例年以上に手厳しい意見が目につく。「全体に地味」「期待はずれ」「ガッカリ」「見るべきものがない」といった具合に、総合的な評価が低いようだ。

相次ぐ酷評は産みの苦しみゆえのこと

 東京モーターショーはジュネーヴ、デトロイト、パリ、フランクフルトと共に世界五大モーターショーと呼ばれる。しかし、米国BIG3(GM、フォード、クライスラー)は2008年に経営危機に陥って以降、本国以外のショーに消極的で、今年も東京には来ていない。9月のフランクフルトショーは日産や三菱が欠席しており、もはや世界の自動車メーカーが一堂に会することは難しいのかもしれない。

 しかし、この厳しい状況は産みの苦しみと見ることもできる。

 何事も常に好況とはいかない。良いときもあれば悪いときもあり、良かった時代にはその時代を象徴する風が吹いているものだ。

 東京モーターショーが最も賑わった1980年代後半から1990年代前半は社会全体にバブル旋風が吹いていた。日本は世界自動車生産台数で断トツのトップ、業界全体に勢いがあった。ショー会場にはクルマの可能性に挑戦するような野心的なコンセプトモデルが多数並び、来場者を楽しませていた。

 直近では2005年と2007年が環境政策を追い風に来場者を伸ばした。企業ブースには高効率エンジンのモックアップと共に、電気自動車(ピュアEV)や燃料電池車など環境対応車のコンセプトモデルがずらり。自動車メーカー各社がこぞってCO2削減に向けて取り組む姿には誇らしい気持ちにさえなった。

 翻って現在。

 これから吹く“時代の風”とはどのようなものだろうか。メーカー各社の出展内容を振り返りつつ、考えてみたい。

往年の名車やレジェンドをどう生かすべきか

 今回ショー会場で目についたのは懐古的なプレゼンテーションであった。

 三菱自動車やスバル、ホンダ、さらにフォルクスワーゲンは歴史に残る名車をプレスカンファレンスの映像に登場させている。過去を引き合いに出すことで、進化や先進性を強調したわけだが、複数の企業が似た手法を使ったのは残念だ。好意的に解釈すれば、原点に立ち返り、新しい一歩を踏み出すというメッセージだが、意地の悪い言い方をすれば、過去を対比させるほかに未来を描けない企業が多かったということだ。しかも、実車ではなく写真のみ。このあたりの温度感は来場者にも伝わっただろう。

 ファンを熱狂させたモデルを用意するのは、実はショーの定番的手法である。ポルシェはスポーツカーの過去・現在・未来を表現するために、1948年生まれの「356 Speedster」を通路側の目立つ場所に展示し、注目を集めていた。

 一方、創立110周年のダイハツはブース中央に、1963年発売「コンパーノベルリーナ」と、その現代版モデル「DNコンパーノ」を並べた。コンパーノベルリーナは三輪自動車を製造していたダイハツが、大人4人が乗れるファミリーカーとして開発したモデル。現代版に用意されたパワートレーンは1000ccターボもしくは1200cc ハイブリッドで、かつてのコンパーノを知っているであろう、アクティブシニアがターゲットだという。

 同社を代表するレジェンドモデル、軽三輪自動車「ミゼット」も会場に彩りを添えた。ミゼットは1957年の発売以降、幅広い業種に活用されてきた。そのコンセプトを現代版にアレンジしたマルチユースバン「DN PRO CARGO」は商用ピュアEVで、車イスもすいすい乗れる開口部の広さと、軽自動車サイズとは思えないほどゆったりした車内空間を特徴とする。

 このほか軽トールワゴン「DN U-SPACE」なども出展していたが、全体のトーンは軽自動車よりも完全にコンパクトカー寄り。しかも、独自の技術開発の話よりも、マーケットに即した商品開発の話が中心だ。軽自動車の規格見直し論が根強いなかで、ダイハツは新たな方向に舵を切りつつある。

ダイハツのブース中央に飾られた新旧コンパーノ(C)Satoru Nakaya

 

自動運転や電気駆動で拓く新たなモビリティ社会

 これからの自動車がどうなっていくのか、最近よく引用されるのがダイムラー社の戦略コンセプト「CASE(Connected、Autonomous、Shared&Service、Electric Drive)」だ。端的かつキャッチーなこのコンセプトは非常によく練り込まれたものだと思う。しかし、世界の自動車産業がそこに向かっているかのように表現するのは少々行き過ぎだろう。

 今回の東京モーターショーではCASEに含まれる要素が一通り網羅されていたように見えるが、実のところそうではない。具体的に見ていこう。

 レクサスは2020年に自動車専用道での自動運転を、2020年代前半に一般道での自動運転を目指しており、ワールドプレミア「LS+ Concept」を自動運転のコンセプトを表すモデルとして紹介した。ソフトウェアのアップデートはデータセンターとの通信で行う方式を採用する。

レクサス「LS+ Concept」と、Lexus International Presidentの澤良宏氏(C)Satoru Nakaya

 

 トヨタ自動車はCES2017で発表した四輪モデル「TOYOTA Concept-愛i」シリーズを披露。ユニバーサルな小型モデルと、キックスケーターのような歩行領域用のモビリティを加えた合計3台で、Concept-愛の世界観を表す。いずれにも搭載されるのがAI(人工知能)エージェント「Yui」。人を理解する技術という位置付けだ。

 日産自動車も自動運転をアピールしている。クロスオーバーコンセプト「NISSAN IMx」は将来のニッサン・インテリジェント・モビリティを体現したモデルで、ゆくゆくは自動運転でオーナーを空港まで送迎できると語った。つまりはレベル5の自動運転であり、Connectedにより走行時間短縮や渋滞回避などもできるという。また、カンファレンスでは2018年からフォーミュラE選手権への参戦も表明。EVへの熱量は群を抜いていた。

日産のクロスオーバーコンセプト「NISSAN IMx」。もちろんゼロエミッションのピュアEVだ(C)Satoru Nakaya

 

 ホンダもステージのメインはすべて電気駆動だった。ただし、AIや自動運転に触れつつも、「生活の可能性が拡がる喜び」を語るところがホンダらしい。たとえば、それはクリーム色で統一された3台のコンセプトモデルとともに紹介された「Honda ロボキャス Concept」。ロボキャスはASIMOのような二足歩行ロボットではなく、自動運転が可能な三輪のコミュニケーションロボット。人間やモノを乗せて移動できるほか、人間に寄り添うように自走し、ちょっとした屋台としても活用できる。

 

日本に向いているのはCASEよりも「eCAR」

 このように、東京モーターショーでもCASEのうちConnectedとAutomatedとElectric Driveに関しては提案が豊富だったのだが、Shared&Serviceだけが欠けている。

 ダイムラーは世界展開するカーシェアリングサービス「Car2Go」に「smart vision EQ fortwo」を組み合わせた未来のモビリティ社会を提案している。これがShared&Serviceに当たるが、同社はさらなるサービス開拓に意欲を燃やす。9月のフランクフルトモーターショーではSXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)とのコラボレーションイベントを開催。それ以前に、ディーター・ツェッチェ会長は脅威と感じる企業にグーグルやアップル、テスラを挙げており、彼らのゲームは既に変わりつつある。

 だからといって、この流れを後追いする必要はない。日本企業はShared&Serviceに代わってロボティクス(Robotics)を加えて「eCAR」を打ち出してはどうだろう。eを小文字にすれば、ピュアEVだけでなく、ハイブリッド等の電動化も包含したイメージを演出できる。

 なぜロボティクスかといえば、クルマとロボットにはセンサやAI、制御など共通要素が多いからだ。ホンダだけでなくトヨタや日産などもロボット開発に取り組んでいるし、日本には他業界にも要素技術がふんだんにあり、技術的なアドバンテージが期待できる。

 そして、ロボティクスには「人間」の視点が含まれる。SF作家アイザック・アシモフの提唱するロボット三原則は人間との共生が大前提。自動運転においても、操作性や視認性といった人間との界面のデザインから、理想的な移動とは何かという本質の探究まで、人間の幸せに立脚した議論を重ねるべきだろう。

本当の意味での共創型イベントを!

 その上で自動車業界に期待するのは新たなサービス開発のための共創を本格化させることだ。いまの消費者は完成品を与えられることを好まない。共に創っていくプロセスに愛着を感じて、ロイヤルティを高めていくのである。

 東京モーターショーに対しても共創の視点を持ってほしいところ。今回は主催者テーマ展示として「TOKYO CONNECTED LAB 2017」が用意されたが、なかでも巨大ドームを使った「THE FUTURE」はモーターショー離れを加速させるのではと心配になった。このプログラムでは参加者が二択式アンケートに回答。その結果が「あなたが選んだ未来」になるという設定で、「Universal」「Drive」「Share」など6つの未来のうちの1つが示される。

 ドーム内では6つの未来を選んだ人の割合を百分率で示していたが、どれも必要な要素を多数決で順序付けすることに果たして意味はあるのだろうか。先行きが見えない時代のショーだからこそ、未来は誰かが決めるものでも、どれか1つを選ぶものでもなく、来場者と共に創っていきたいのだというメッセージを発信して欲しかった。

 次回の東京モーターショーは2019年。翌年の東京オリンピックパラリンピックの影響で、展示会場は減少になる見込み。ダウンサイジングエンジンのように、小さくてもハイパフォーマンスを発揮するイベントにできるかどうか。2年後の東京ビッグサイトに時代の風が吹くことを期待している。

プレスカンファレンスで歓声が上がったのは次世代ガソリンエンジン「SKYACTIV-X」を搭載する「マツダ魁 CONCEPT」だった。ショーには高揚感も必要な要素 (C)Satoru Nakaya

 

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