[レポート] 車両診断データの活用に関する最新動向


 現代の車両では、ミッションクリティカルなデバイスが膨大な量のデータを共有し、複雑なネットワークを構成している。自動車メーカーが車両データの一部を活用することで、ユーザー向けのあらゆるサービスが実現し、市場情報を収集できる可能性がある。自動車メーカーがこうしたデータを活用できるかどうかには、ユースケース実現への組織的なサポートおよびコネクティビティソリューションの技術的な成熟度が大きく影響する。

2017/11/20

SBD Automotive コネクテッドカー部門統括責任者
Lee Colman

※ この記事はSBD Japanよりレポートを提供いただき掲載しています

 

 

 

 初期のデータ活用が企業と消費者間(B2C)取引を通じた直接的な収益確保に特化していたのに対し、現在自動車メーカーでは製品の改善、保証コストの削減、カスタマーロイヤルティの向上、第三者へのデータの販売など、より長期的かつ複雑な ROI(投資収益率)に基づく手法を検討し始めている。自動車保険会社、フリート管理会社、広告会社などの第三者企業からの車両データへの関心は益々高まっており、成熟したデータ活用プログラムによって、コネクティビティの新車への導コストを相殺するとともに、競争力の高い革新的な機能を提供し新規ユーザーの関心を引きつけることが可能となる。

 

図1: 自動車メーカーによるコネクテッドカー活用の目的

 

自動車メーカーによる車両データの活用

 自動車メーカーでは通常、第三者との車両データ共有によって収益化の可能性を模索する前に、社内でのコアビジネスへのデータ活用をまずは優先している。

外部とのデータ統合が進むことにより、通常自動車メーカーへは収益がもたらされ、エンドユーザーにはサービスが提供される。このような明白なメリットがあるものの、自動車メーカーがこうしたサービスを実施するにあたっては、ビジネス方針およびサービス提供に関するコンセンサスの取得、マネジメント層からのサポートによる実践的なビジネスチームの確立、技術ソリューション (バックエンドサーバのセットアップ、埋め込み型デバイスの設計、車載ソフトウェア/アプリの設計)の実装という三つの課題がある。 

 ユーザー特性の把握や製品/サービスの改善のために自動車メーカーがリモート車両診断データを作成する際には、通常まずそのデータを社内で収集・分析する。これにより自動車メーカーはユーザーエクスペリエンスを損なうリスクを伴うことなくデータ収集インフラを構築し、不具合予測やリモート診断といったユーザー向けサービスを提供することが可能となる。

 次に、自動車メーカーは期待できる収益の規模や、データ活用によって新規ユーザーを獲得或いはユーザーを保持できる可能性のレベルによって、ユーザーに提供するサービスを決定する。自動車メーカー自身で提供できるサービスを導入した後には、今度は追加サービスを提供するために外部の第三者企業を使う検討が始まる。パートナーシップ締結による自動車メーカーへの直接的なメリットは少ないものの、ユーザーの求めるサービスを実現することがより可能となる。そうしたサービスの例としては、UBI(利用ベース自動車保険)や第三者サービス、商品の販売、無人の車両トランクへの配達サービスなどがある。下の図 2 では、データ活用に対する各自動車メーカーの取り組みレベルと方向性を示している。

 

図2: 自動車メーカー各社によるデータ活用状況

 

業界をリードする自動車メーカーによる車両データの活用例

 BMW と ゼネラル・モーターズ(GM) ではそれぞれ程度の差はあるものの、ユースケース実現のために車両データを積極的に活用している。両社ともにデータの有効活用に向けて組織を最適化し、車両データの収集および分析を行うことで、付加価値の高いサービスをユーザーに提供すると同時に、投資に対する実質的な利益を得ることが可能となっている。

 BMW ではデータ収集方法の大部分においてユーザーの匿名性を確保するというアプローチをとっている。これによりビジネスモデルは GDPR(EU 一般データ保護規則)およびその他の消費者保護法に則したものとなっているが、ユースケースは一部制限を受けることになった。その対策として BMW では、第三者サービスプロバイダーがデータへのアクセスを直接ユーザーに要求できるようにしている。一方 GM のアプローチでは匿名性にはあまり重点を置いておらず、高度な CRM、不具合予測、広告といったサービスを提供している。ただし、これにより個人情報保護法に関して何らかのリスクが生じる可能性がある。

 GM の不具合予測警告サービスでは、部品に不具合が発生する前にディーラーとユーザーとで部品交換のスケジュールを立てることができる。同サービスは特に故障時にユーザーが迷惑を被ったり安全上のリスクをもたらし得るような重要な部品に対して効果がある。同サービスによりブランドへの信頼性が高まり、コネクティビティサービスの無料提供期間が終了した際の契約更新率が向上する可能性もある。下の表 1 は、両社のユースケースを比較したものである。

 他の自動車メーカーでもこうしたサービスのうちの一部を提供しており、今後それらを拡大していくと見られる。

 

表1: BMW および GM によるデータ活用例

 

自動車メーカーによるコネクテッドサービスの無料提供

 これまで自動車メーカーでは、コネクテッドサービスに対し通常 3 ~ 12 ヶ月の無料提供期間を設けていた。その狙いは、ユーザーがサービスの価値を理解し無料期間終了後も継続利用することで、メーカーに収益がもたらされることであった。

 自動車業界で車両診断データの価値が認識され始めると、ユーザーから契約料を徴収することなくデータストリームそのものから収益を生み出すことが可能だということが明らかになった。米国市場においては、GM、フォード(Ford)、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA) が 5 年以上無料でユーザーにコネクティビティを提供することを発表している。その他の自動車メーカーでもデータの活用が進み、これに追随する動きを見せ始めている (図 3)。こうした自動車メーカーでは主に車両データの収集と活用によって発生する収益を見込み、ユーザーに機能を提供している。収益創出の方法としては、点検/メンテナンス/修理サービスやターゲット広告向けのユーザー特性分析へのデータ活用、第三者へのデータ販売などがある。通信キャリア各社はモバイルデータ送信の価格を引き下げており、自動車メーカーはより多くのデータを送信し、ユースケースの量と質を向上させることが可能となっている。ただし、コネクティビティの無料期間延長に先立ち、自動車メーカーは社内でのビジネス構造の確立と、社外でのパートナーシップの締結とを慎重に進めておく必要がある。

 

図3: コネクテッドサービスの無料期間(米国市場における提供状況)

 

車両データの価値

 車両データに価値があるということが業界で認識されるようになって長いものの、自動車向けオープンデータ市場は比較的新しく、そうしたデータの正確な価値は最近になるまで定義されていなかった。企業の多くが B2B での車両データ取引を始めているが、その規模については公開していない。そんな中、自動車メーカーとしては初めて BMW がデータ要素あたりの定価(0.29ユーロ/キー、月額上限 5ユーロ/台、データへの無制限でのアクセスは年間 60ユーロ/台)を設定しビジネスパートナーへ提供しており、車両データの市場価格の一つの基準となっている。

 

図4: BMW が設定しているデータの定価出典: BMW

 

 PSA および GM でもクラウドを活用したデータへのリモートアクセスを提供しているが、データの均一価格は公開しておらず、顧客ごとに契約を結ぶスタイルをとっている。GM や Ford をはじめとするその他の自動車メーカーでは、車載アプリの統合を通じたデータへの無料アクセスを可能にしている。

 業界の大半は、Otonomo のようなデータ収集会社とのパートナーシップ締結が最も有効なのか、あるいは CarData のような民間のデータ市場が最適なオプションなのかを静観している状況である。さらに一部業界団体および政府機関では 「ニュートラルサーバー」 の義務化に向けたロビー活動を行っている。ニュートラルサーバーでは、リモートで中央サーバーに収集され、適正な市価で第三者が(ドライバーの同意のもと)アクセスできる可能性のあるすべての車両データを公開することが自動車メーカーに義務付けられる。ニュートラルサーバーの義務化により、コネクテッドカーデータの価値が制限される可能性はあるが、ユースケースが増加し顧客価値が高まることも考えられる。これによりユーザーおよび第三者企業にメリットが提供されるだけでなく、急速に進化する市場の勢いに乗ろうとする自動車メーカーにとっても収益源開拓の機会がもたらされる可能性がある。

車両データの共有に対する法規制の強化

 長年にわたり、自動車メーカーでは車両の接続方法を自由に選択し、収集したデータからユースケースを開発してきた。しかしながら、車両データへの独占的なアクセス権がある自動車メーカーには不当な競争上の優位性があり、そうした独占的なアクセス権を使って第三者企業よりも良いサービスが提供できるという 「市場の歪み」 を引き起こしかねない、と主張する第三者サービスプロバイダーからの圧力が高まっている。

 アフターマーケットでは OBD ドングルをベースにしたソリューションが増加、これを応用することでこうした制約を回避しようという取り組みが進められている(①)。しかしながらこの取り組みでは、自動車メーカーと直接契約を結ぶ必要はないものの、データへのアクセスは限定される。

 コネクテッドカーを提供する自動車メーカーの大半は、自社のクラウドからデータを専用のフォーマットで取り出し(②)、選択した第三者企業の一部のユースケース向けに公開することができる。このアプローチでは、第三者企業に対してより豊富なデータセットを提供できる可能性があるが、標準が欠如しているため各自動車メーカーとの独自の技術統合や、ユースケースごとの商業的な取り決めが必要となる。

 クラウドから取り出した車両データセットの標準化(③)は ISO 20078 で定められているが、標準はいまだ草稿段階にある。これが実現すれば、一部の自動車メーカーが推進していた 「Extended Vehicle」 の概念がサポートされ、厳密な管理が可能かつ標準化されたインターフェースが第三者企業に提供されることになる。

 ニュートラルサーバー(④)は、「市場の歪み」 を最小限に抑えるためのコンセプトであり、法的検討が行われているところである。同コンセプトでは自動車メーカーは、ステークホルダーで構成されるコンソーシアムが管理する共通サーバーに、標準化されたフォーマットでクラウドデータを公開し、第三者企業がアクセスを制限されることはない。

 

図5: データ共有へのアプローチ

 

 今後こうした車両データの活用が自動車メーカーを超えて広く進んでいけば、新しいサービスやビジネスの創出にもつながると期待されるが、それと共に、サイバーセキュリティを含む課題に対する取り組みも求められる。

 

Lee Colman 
SBD Automotive コネクテッドカー部門統括責任者
英国 SBD のコネクテッドカー部門シニアスペシャリスト。車両のコネクティビティ、セーフティ、セキュリティシステムの設計及び開発に関する技術コンサルティングを専門とする。自動車メーカー、通信会社、テレマティクスサービスプロバイダーといった顧客に向け、コネクテッドカーエコシステムのあらゆる観点から戦略、経営、技術面でのコンサルティングを提供している。自動車、通信、テレマティクスサービスプロバイダー向け製品の設計および商品化に関し 20 年以上におよぶ経験を有する。

SBD Automotive では、車両のデータ利用についてのユースケース等幅広い調査を行っています。

本レポートの詳細やサービスなどについてのお問合せ先: SBD Japan

 

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