毎年10月に発表されるグッドデザイン賞。自動車業界からも多くが選出されているが、この賞は姿かたちを評価することが目的ではない。本年度受賞のホンダN-VANやスズキのジムニー/ジムニーシエラなどを紹介しつつ、モビリティのデザインとは何か、その本質を考えてみたい。
Date:2018/11/12
Text & Photo:モビリティジャーナリスト&モータージャーナリスト
森口将之
よりよい社会を創造するための仕組み
モビリティのデザイン――筆者はこの5年間、ことあるごとにこのテーマについて考えてきた。1957年創設という長い歴史を誇るグッドデザイン賞で2013年度から5回、モビリティ・ユニットの審査委員を務めてきたからだ。
グッドデザイン賞そのものについてはご存知の方も多いとは思う。しかしデザインの優劣を競う制度ではないことは、あまり知られていないかもしれない。グッドデザイン賞は審査を通じて新たな「発見」をし、社会と「共有」することで、次なる「創造」へつなげていく仕組みである。言い換えれば、デザインによって私たちの暮らしや社会をよりよくしていくための活動だ。
自動車やモーターサイクルなどの製品だけでなく、建築、ソフトウェア、システム、サービスなど、私たちを取りまくさまざまなモノやコトに贈られることも、特徴のひとつに挙げられるだろう。モノのカタチだけでなく、仕組みや取り組みについても評価・顕彰していこうという、広い目を持った制度である。
2018年度の応募総数は4789 件に上り、1353 件がグッドデザイン賞を受賞した。その中からベスト100が選ばれ、10月31日には特別賞として大賞1件(おてらおやつクラブ)、金賞19件、グッドフォーカス賞12件が決定した。また東京六本木の東京ミッドタウンでは、10月31日から11月4日まで受賞展が開催された。
いずれにせよ件数が多く、分野は広いので、審査は分野別に16のユニットに分かれて進められた。さらに韓国、台湾、中国・香港での海外審査ユニットもある。これらの地域を筆頭に外国からの応募が増えているのも近年の傾向だ。
筆者が属するモビリティ・ユニットからは、金賞にはスズキの4輪駆動乗用車ジムニー/ジムニーシエラと小田急電鉄70000形特急車両ロマンスカーGSE、グッドフォーカス賞にはナビタイムジャパンの全国バスデータ整備プロジェクト、ベスト100には星野リゾートの都市観光ホテルOMO5東京大塚、本田技研工業の軽商用車N-VAN、トヨタ自動車の燃料電池バスSORA、モリタホールディングスの小型オフロード消防車Red Ladybugが選ばれた。
他にモビリティ関連では、台湾審査ユニットのバッテリー交換式電動スクーターGogoro、フレームに竹を用いたインドネシアの自転車Bamboo Bicycleも金賞に選ばれた。
アートとは違うデザインの美と感動
このような審査を5年経験した自分はモビリティのデザインをどう考えるか。その一端が、受賞展で東京ミッドタウンのアトリウムに並べられた、ジムニー、N-VAN、Red Ladybugの3台に表現されていたと思う。ちなみに受賞展では、モビリティの金賞・ベスト100に選ばれた自動車をここに展示するのが恒例となっている。
これら3台を見て、どこがグッドデザインなのか?と疑問に思う人がいるかもしれない。特に乗用車というカテゴリーでカッコいいクルマというと、多くの人がまず思い浮かべるのはスポーツカーやラグジュアリークーペになりそうだからだ。
乗用車の歴史を紐解いてみると、昔はカーメーカーが作るのはエンジンとシャシーだけであり、ボディはコーチビルダーと呼ばれる専門の製造業者が担当していた。つまりデザインはファッション的な色彩が強く、アートと呼ぶべきものが多かった。特に実用性をあまり考えないクーペやオープンカーでその傾向が強かった。
第2次世界大戦後、シャシーとボディを一体で作るモノコック構造が一般的になるにつれ、コーチビルダーはその役目を終えていく。それでもプレミアムブランドを中心に、乗用車のデザインには今もアート的な要素が残っている。
ただし筆者はデザインとアートは別物だと考えている。アートは美しさや驚きなどを純粋に表現したもので、道具としての使いやすさや社会との適応性はほとんど考慮されていない。逆に日常から逸脱したものこそアートと呼べる。
一方のデザインは、私たちの生活や社会にまつわる課題を造形やアイデアなどによって解決し、新しい価値を提案していくモノやコトだと考えている。使い込むにつれて形や仕組みの良さに引き込まれていく。だからこそ人は素晴らしいデザインに、アートとは違う感動を覚えるのではないかと考えている。
万能や多目的であることへのアンチテーゼ
さらに「モビリティ」という言葉にも、乗り物とは違う意味があると思っている。これについては昨年『モビリティ再考(前編)フランスに見る多様な乗り物が共存する社会』でも書いたが、乗り物は自動車や鉄道など輸送機器そのものを指すのに対し、モビリティを辞書で調べると移動可能性、つまり移動のしやすさであり、主語は移動機器ではなく人間となる。つまり人間の立場から移動を考えることを意味している。
自動車を中心にして考えれば、カッコ良くて速いクルマこそ最高と思うかもしれないが、人を中心に眺めれば、実用性能や快適性能、そして安全性能や環境性能は欠かせないファクターである。
興味深いのは、今年度の受賞展でアトリウムに並んだ3台がオールラウンダーではなかったことだ。自動車はさまざまな用途に使えるだけあって、1台の車両に多数の機能を盛り込みがちであり、万人向けではあるが特徴に乏しいデザインになっている例も多い。ところがこの3台は特定の用途を完璧にこなすべく作られた。しかも細部に至るまでコンセプトにふさわしいデザインが貫かれていた。これが魅力を際立たせているのだと感じた。
鉄道車両で金賞を受賞した小田急ロマンスカー、バスとしてベスト100に入ったトヨタSORA、グッドデザイン賞に輝いた同じトヨタの高級車センチュリーにも同じことが言えるだろう。どれも特定の目的に対して真摯に取り組んだからこそ、研ぎ澄まされたデザインとして目に映るのではないかと思っている。
ホテルやアプリまで、広がるモビリティデザイン
モビリティのデザインには移動しないモノやコトも含まれると考えている。今回はベスト100に入った星野リゾートのホテルが好例だ。移動しないのになぜモビリティ?という疑問が湧くかもしれない。しかし人を中心として移動を考えれば、休むことは不可欠であり、そこでのデザインに目を向けていくのは自然な流れだ。
今年度グッドデザイン賞に輝いた対象では交差点(飯田市吾妻町・東和町ラウンドアバウト)、橋(出島表門橋)、道の駅(道の駅ましこ)などのインフラも、それ自体は移動体ではないけれど、人が移動をしていく上で欠かせない設備であるわけで、モビリティデザインに含まれるだろう。
もうひとつ「動かないモビリティデザイン」として最近注目しているのはスマートフォンアプリだ。このサイトでも紹介したUberに代表されるライドシェア、フィンランドのWhimに代表されるMaaSなどは、既存のハードウェアと斬新なソフトウェアを組み合わせることで新たなモビリティの世界を提示した。
この種のモビリティデザインは今後も続々登場してくるだろう。今年度のグッドデザイン賞ではベスト100のナビタイムに加え、ベビーカー利用者に最適な駅内移動経路を案内する東京メトロの「ベビーメトロ」、時差通勤客などに対して配布したポイントをクーポンに換えてグループ内店舗で使えるようにした東急電鉄の「グッチョイクーポン」などが目立っていた。
以前記事で紹介した、石川県輪島市の電動カートを用いた地域移動サービスも、今年度のグッドデザイン賞を受賞した。くわしくは記事を読んでいただきたいが、ゴルフ場などで使われている電動カートに目をつけ、困難と言われたナンバー取得を実現し、地域移動サービスを展開するという取り組みは、日々の移動に悩む地方都市のソリューションとして、大いに評価できる“コトのデザイン”と考えている。
パーソナルモビリティの定番なるか
ハードウェアとソフトウェアが一体で新規にデザインされれば、インパクトはさらに強まる。今年度で言えば金賞に輝いたGogoroはその代表だろう。
Gogoroは電動車両で不満となっている充電時間の長さや満充電での航続距離の短さといった課題を解消すべく、街中に配置したステーションでユーザーがバッテリーを取り換えるシステムを構築した。
スクーターとバッテリー、ステーションのすべてが美しく造形されているだけではない。スマートフォンがキー代わりになり、アプリによってバッテリー予約ができるなど、コトの部分もしっかりデザインされている。しかも開発の目的はアジアで問題となっている大気汚染の解消であり、社会的な要求にも応えている。
Gogoroはアジアのみならずベルリンやパリなど欧州主要都市にも展開を始めており、日本では住友商事が契約し沖縄県の石垣島に導入。今年9月にはヤマハ発動機が協業に向けた検討を開始した。パーソナルモビリティの新たなスタンダードになりそうな勢いを持っている。
自転車から飛行機まで、タイヤやドライブレコーダーといった用品を含めて多種多様なモノやコトをチェックしジャッジするのは、それなりに大変である。でもその代わり、毎年モビリティの未来を感じさせる素晴らしいデザインに出会うことができる。それはかけがえのない体験であり、自分のモビリティデザインの評価軸を確固たるものにしてくれる価値ある場でもあると、改めて思っている。
※本文の「中国・
◆参考
森口氏も登壇予定の「ReVision Mobility第2回セミナー&交流会」は11月21日開催です。
◆森口将之氏 連載記事
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