MaaS発祥の地フィンランドの最強アプリ


すっかりトレンドワードの仲間入りを果たしている「MaaS」。その言葉の意味を問えば、百人百様の答えが返ってくるのではないだろうか。自動車メーカーもMaaSを重要戦略に位置づけるケースが出始めているが、MaaS発祥の地は自動車会社不在の北欧フィンランドだ。そもそものMaaSとはいかなるものか、現地事情を交えてレポートする。

Date:2018/10/10
Text & Photo:モビリティジャーナリスト&モータージャーナリスト
森口将之

 

MaaS発祥の地フィンランドのヘルシンキを走るトラム

 

公的資金の投入も珍しくない欧州の公共交通事情

 10月4日に行われた、トヨタ自動車とソフトバンクによる新会社設立の共同記者会見。ここでトヨタが使ったのが、Autono-MaaS(オートノーマーズ)という新しい言葉だった。自動運転を表すAutonomousと、Mobility as a Serviceの略であるMaaSを掛け合わせた造語だ。

 これに限らず、昨今の我が国の自動車業界ではMaaSという言葉を至るところで目にする。しかしこのMaaS、自動車業界にルーツがあるわけではない。逆に自動車に対抗すべく生み出された考えである。発祥の地はカーメーカーが存在しない北欧フィンランドだ。

 筆者は自分が所属している一般社団法人 日本福祉のまちづくり学会の有志とともに最近、フィンランドの首都ヘルシンキに行き、運輸通信省とヘルシンキ市役所、そしてMaaSグローバルという会社を訪ねた。そこで得られた真実をお伝えするとともに、なぜトヨタをはじめとする自動車業界がMaaSに取り組んでいるのかを考えた。

 フィンランド南部、バルト海に面したヘルシンキは人口約63万人。フィンランド第2の都市であるエスポーや国際空港があるヴァンターなど周辺都市を含めた都市圏人口は約144万人に達する(いずれも2016年1月現在)。しかしヘルシンキはさらなる成長を目指し、市の郊外にある港湾や鉄道の操車場など4カ所で再開発を行っている。

 再開発地域と市の中心部は、鉄道や路面電車、バスなどで結ばれている。日本とは異なり、欧州の都市交通は基本的に1都市1事業者であり、ヘルシンキはHSL(ヘルシンキ地域交通局)が管理し、HKL(ヘルシンキ市交通局)が運行や整備を行なっている。運賃体系も一種類であり、この点は日本の公共交通より便利だ。

 しかし日本の地方の公共交通同様、本数が少ない、乗り換えがあるなどの不満が寄せられていた。とはいえこの再開発地域に住み、働く人の多くが自家用車で移動することになると、交通渋滞などさまざまな問題が起こることは容易に想像できた。

 ヘルシンキ市において、移動に占めるマイカーの割合は76%となっているが、時間で見ると95%は使われていないことが分かっている。このマイカーに対して個人の支出が大きいことも懸念材料だった。フィンランドではクルマを買うとき、車両価格と同等の税金が掛かるからである。

 また市としては公共交通を整備運営している以上、できるだけ市民に使ってもらいたいという気持ちもあるだろう。日本とは違い、欧米の多くの都市の公共交通は税金や補助金を投入して運行されている。公共の交通という理念に基づくもので理解できる。ヘルシンキも例外ではなく、半分は税金を投入しているが、運賃収入の増大が経営を良くするのは間違いない。

 

政府の陣頭指揮でデータをオープン化

Whimのアプリ画面(※クリックで拡大)

 こうした状況を受けてヘルシンキ市では2013年から、スマートモビリティについて25もの新しい取り組みを重ねてきた。そのひとつが2016年にMaaSグローバルが開発・導入した「Whim(ウィム)」というスマートフォンのアプリだった。

 日本語に訳すと「気まぐれ」「思いつき」という意味のこのWhim、目的地までの経路を案内するとともに、運賃は事前に一括決済し、定額乗り放題のプランも用意した。しかも鉄道やバスだけでなく、タクシーや自転車シェア、カーシェア、レンタカーなど、あらゆるモビリティサービスを使って案内をしてくれる。

ヘルシンキではバスもWhimの対象で、利便性が高い

 フィンランドはモビリティサービスのデジタル化が進んでいて、HSLも自前のアプリを持っており、経路探索だけでなく料金決済もできる。しかしWhimはさらに一歩上を行く、画期的なアプリだったのである。

 実現の裏には情報公開があった。フィンランド政府が陣頭指揮を取って、交通事業者などが持つデータのオープン化を進め、第三者がデータを購入・使用することを認めた。国を挙げたスマートモビリティへの取り組みがあったからこそ、Whimのような高度なアプリが誕生したと言える。

 ちなみにフィンランドではMaaS導入に合わせて、今年7月にタクシー改革も行なっている。フィンランドはそれまでタクシーの台数規制を導入しており、ヘルシンキ市は2000台と人口に対しては少なかった。そこでタクシーライセンス取得の敷居を下げることで、ライドシェアも受け入れることにした。その結果ヘルシンキ市のタクシー数は、すでに3000台に増えているという。

Whimのウェブサイトにあったメニュー表。短期滞在者でも利用が可能(※クリックで拡大)

 筆者もそのWhimを使ってみた。短期滞在なので定額利用ではなく一時利用である。アプリをダウンロードし、クレジットカードなどの情報を登録すると、あとは目的地や出発時間を入力するだけ。公共交通利用、速さ優先、環境優先のルートが運賃とともに表示される。

 好みのルートを選ぶと地図と乗り換え案内が表示されるので、OKであれば下のボタンを押すと支払いが完了。表示されたQRコードが切符代わりになるので、乗車の際に乗務員に見せれば良い。

自転車シェアもWhimの対象。市内ではあちこちにポートが見られた

 Whimはすでに170万トリップが利用されるほど高い評価を得ている。特に高齢者やその予備軍から支持されており、50歳以上では半数がWhimを利用しているという。

 MaaSの生みの親だけに海外からの引き合いも多く、すでにアントワープ、アムステルダム、バーミンガムを中心とする英国ウェストミッドランド州で導入しており、MaaSグローバルのオフィスには検討中の都市として40以上もの名が列記されていたが、残念ながら日本の都市名はそこになかった。

地下鉄も利用可能。すでに170万トリップが利用されるほどWhimは人気

 

トヨタとソフトバンクの連携の意義

 これがMaaSの真実である。日本におけるMaaSの捉え方と違うことがお分かりだろう。いや日本だけではない。世界中でMaaSは独自解釈がなされているようで、ヘルシンキ市役所の担当者は「メディアの言うことは信じないでほしい」とまで口にしていた。

 筆者も本家本元のMaaSを知った今、我が国の自動車業界が、本来はマイカーに対抗するために生まれたMaaSを、自分たちの領域に取り込んで使っていることは不思議に思える。コネクテッドカーのことをMaaSと呼び換えただけのような事例もある。

 こうした状況は他にもある。モビリティの分野ではBRTが分かりやすい。BRTとはBus Rapid Transitの略で、本来はバスに鉄道並みの定時制や速達性をもたらすシステムである。そのためには専用レーンの用意が必須だが、日本のBRTの多くは連節バスを走らせることが主眼になってしまっているようで、渋滞にはまって身動きの取れない、全然Rapid(ラピッド)でないBRTが見られる。

 日本人は新しもの好きであり、ひとつのコトやモノが流行すると多くの人がその方向に流れていく癖がある。昨今のMaaSを取り巻く状況を見て、その特質を改めて思い知らされている。

 それを踏まえたうえで、自動車業界がなぜMaaSなのか。やはりライドシェアなどによって、クルマの公共交通化が進んでいることが大きいだろう。

 また先日の記者会見では孫正義ソフトバンクグループ会長兼社長が、自動運転車は高価なのでライドシェアなどの稼働率の高い分野から普及していくだろうと話していた。自動運転車が普及すると所有から使用に移行するユーザーが多くなると指摘する専門家も多い。自動運転とライドシェアの相性の良さが浮かび上がる。

 ライドシェアがICT(情報通信技術)あってこその交通であることは言を俟(ま)たないが、自動運転もまたICTが重要になる。ライドシェアは配車や目的地設定、料金決済などをいかにスマートにこなせるかが重要だが、自動運転車は運転行為がないわけだから、移動中に多彩な付帯情報を提供できるかがポイントになる。

 こうして考えるとAutono-MaaSは、自動車分野から見たMaaSのありかたを的確に表現した言葉に思える。もちろんAutono-MaaSはMaaSに代わるものではなく、MaaSの一部と捉えるのが自然だろうが、自動運転ライドシェアにとってはMaaS的な考えが必要になるのは事実。その点でトヨタとソフトバンクが手を組んだことは価値があると考えている。

孫社長(写真左)と豊田社長(写真提供:トヨタ自動車)

 

 


森口氏も登壇予定の「ReVision Mobility第2回セミナー&交流会」は11月21日開催です。


 

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