地域交通を改革する輪島のリーダーシップ


漆器業や朝市で知られる石川県輪島市がいま地域に新しい交通を実現しようとしている。使用するのはヤマハの電動カート。構造改革特区申請や公道実証実験の認可など、さまざまな手続きを乗り越えて始まった自動運転プロジェクトの模様をレポートする。

 

Date:2018/02/14

Text & Photo:モビリティジャーナリスト&モータージャーナリスト

森口将之

 

 前回のコラムでは、スイスのシオンという人口約3万人の小さな都市でステアリングもペダルもない無人運転バスが、筆者を含めた観光客を乗せ、旧市街を歩行者や自転車、自動車に混じって走行している様子を紹介した。動画も掲載したので状況が理解できたのではないだろうか。

 つまり自動運転は、限定した地域では公道を、一般人を乗せて、他車に混じって走るという段階まで来ているのが現実である。

 では日本はどうか。我が国でもこれまで無人運転車両による公道走行は行われてきたものの、実体は他の交通を遮断した専用道路内での実施だった。しかし昨年12月から、シオンと同レベルの実証実験が始まった。石川県金沢市に本拠を置く日本海コンサルタントの協力を得て、輪島市の現場を視察する機会に恵まれた。

輪島を走る自動運転車。ベースはヤマハの電動カート

 

 写真でお分かりのように、輪島市で使われているのはヤマハ発動機の電動カートをベースとしたものだ。ヤマハは1975年にゴルフカートを作りはじめ、1994年には自動駐車機能、2年後には電磁誘導式の自動運転を実用化した。ゴルフをたしなむ方なら承知かもしれないが、自動車よりもはるか前から自動運転を実用化している。

 電磁誘導式とは、路面に埋め込まれた誘導線からの磁力線を車体前方下部に備えた3つのセンサーが感知し、誘導先の位置を解析して設定されたルートを走行するものだ。減速や停止は路面に埋め込まれたマグネットの電圧信号を、走行用とは別系統の2つのセンサーで確認して行う。

 高価なセンサーや複雑な高精度地図を用いない分コスト面では有利であり、地域内交通としては適役かもしれない。モーター出力は3.5kWで最高速度は19km/h。下り坂でもこの速度を超えないように制御される。

電動カートがベースだけに操作はシンプル

 

観光需要など地域特有の課題に挑む

 この電動カートに注目したのが輪島商工会議所だった。輪島市は石川県の能登半島北部に位置し、輪島塗で知られる漆器業、朝市や白米千枚田をはじめとする観光資源は有名である。しかし多くの地方都市同様、輪島も人口減少と高齢化、それに伴う自治体の財政難と公共交通の弱体化が課題となっていた。

 かつてはJR西日本七尾線の終着駅が置かれていたが、1991年に和倉温泉駅以北が第3セクター・のと鉄道に移管された後、2001年に乗客減少を理由に穴水~輪島間が廃止された。

 入れ替わるように2003年には能登空港が開港したことで東京とダイレクトに結ばれ、3年後には能越自動車道がこの能登空港まで開通して金沢まで高速バスが走りはじめるなど、大都市とのつながりは強化されている。しかし一方で地元の路線バスなどは衰退が続いており、高齢者の生活の足の確保が大きな課題となっていた。朝市などの観光地は街中に点在しており、これらを回遊する観光客の足も必要とされていた。

 こうした状況を踏まえ商工会議所では2010年度から、能登空港や道の駅などで観光客や地域住民に対して交通調査を行った。並行して同じ北陸の富山ライトレール、名古屋市や福井県敦賀市を走るベロタクシー、岐阜県高山市の人力車などの交通機関について情報収集を始めている。

 翌年度になると輪島は数ある乗り物の中から電動カートとベロタクシーを選定し、海沿いの再開発地区マリンタウンで社会実験を行なった。この時点で電動カートは公道を走行できなかったので道路使用許可申請を行った。合わせて内閣官房地域活性化総合事務局や輪島市などと相談し、電動カートのナンバー取得に向けて構造改革特区申請もしている。

公道を一般車両に混じって走行する

 

レベル4に相当する自動運転車が走るまで

 その後も商工会議所は粘り強く社会実験を続け、中心部から離れた白米千枚田でも走行を実施している。この過程でメーカーであるヤマハから実験走行用として2台の車両が貸し出された。ヤマハはメンテナンスなど機構面での補助も行うようになったという。

 並行して商工会議所は国土交通省や警察関係機関との調整を続けていく。その結果、2014年度に晴れて軽自動車ナンバーの取得が実現。ウインカーやバックミラーなどの保安部品を装着することで、公道での電動カート調査走行が可能になった。翌年度に輪島キリコ会館コースおよび輪島病院コース、2016年度に塗めぐりコースという順で、現在の3コースが整備された。

 このうち漆めぐりコースは新たな一歩を踏み出していた。当初はマリンタウン内にある輪島キリコ会館駐車場内、続いて周辺公道に誘導線を埋設して、自動運転を始めたのだ。ここでもヤマハは技術面で関与しており、技術指導については地元の自動車学校も関わったという。

 経済産業省および国土交通省では、無人運転による移動サービスを2020年に実現することを目指し、各地で研究開発や実証事業を実施している。輪島の電動カートはこの一環であり、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)に開発を委託したレベル4相当の自動運転車となっている。

 輪島の電動カートは昨年12月1日、国土交通省北陸信越運輸局より遠隔自動運転車両の基準緩和の認定を国内で初めて受けるとともに、本認定をもとに警察庁が策定した「遠隔型自動運転システムの公道実証実験に係る道路使用許可の申請に対する取扱いの基準」における石川県警察本部による車両内無人を前提とした走行審査を12月12日に受けたことにより、国内初の車両内無人による自動走行の公道実証評価を開始したのである。

路面に埋め込まれた誘導線をセンサーが感知し走行する

 

プロジェクトを率いるのは商工会議所会頭

 取材を行ったこの日はまず、輪島駅跡地であり商工会議所や文化会館、観光案内センターが集結する道の駅輪島「ふらっと訪夢(ふらっとほーむ)」から輪島キリコ会館コース車両に乗った。同コースは10時台から14時台まで毎時0・20・40分に発車する。他のコースは1時間に4本走る時間帯もあり、本数はかなり充実している。

 運転手を含めて4人乗りでも加速に不満はない。最高速度の19km/hにはすぐに到達する。観光地の移動ならこのぐらいのスピードがちょうどいい。電気自動車なのでもちろん静かだ。冷暖房は備わらないが、冬期に装着するビニールのカーテンを閉めておけば寒くはない。

 輪島キリコ会館で塗めぐりコースに乗り換える。いよいよ自動運転を体験する。運転手が一度車両を停め、センサーが誘導線を認識したことを伝えるランプが点灯したところで青いボタンを押すと、カートは自動で走り始めた。

 ステアリングを小刻みに動かしながら誘導線の上を進む。一時停止では自動で止まり、ボタンを押せば発進。交差点を左折し、停留所が近づくと路肩に寄って停車した。試乗した車両は路上駐車がいる際は手動に切り替えるが、自動で停止する車両も存在するという。

 運転手がいるのでレベル4ではないが、ステアリングやペダルに触れずに走行しているからレベル3に該当する。日本でも公道を、一般人を乗せて、他車に混じって自動運転車が走りはじめたのである。それを電動カートという簡便な車両をベースに達成したことを評価したい。

さまざまな観光スポットを巡る自動運転車は観光客の足として期待がかかる

 

 しかもここは東京ではなく、輪島という地方の小都市である。地方都市は前述のように公共交通の維持に苦労している。バスやタクシーの経費の半分以上を占めると言われる人件費を自動化で抑えられれば、市民の足が確保できるかもしれない。富裕層相手に1000万円級の自動運転車を販売するより、はるかに社会的価値がある。

 一連のプロジェクトが輪島商工会議所会頭の陣頭指揮で進められている点にも注目したい。富山ライトレールなど同地の交通改革を推進する富山市長に通じると感じたからである。都市交通を改革するには、交通分野に明るく、綿密な調整力と大胆な実行力を併せ持つリーダーの存在が重要。富山を訪れるたびに感じるメッセージが輪島からも伝わってきた。

 商工会議所では将来、自動運転カートを中心市街地9コースで走らせるとともに、路線バスと連携して他の集落にも展開していきたいという。能登の港町から自動運転カートという新たなトレンドが生まれるかもしれない。

動画

 

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