自動運転の議論ではたびたび航空機が引き合いに出されるが、実は鉄道でも、自動化は進んでいる。単純比較はできないが、安全運行の重要性や運行人員の不足という意味では自動車とも相通ずる側面があり、実績ある事例のなかには自動車に影響されたと思われる事例や、むしろ自動車に先んじている部分もあると感じている。今回は自動車から少し離れて、鉄道の事例から自動運転を考えてみたい。
Date:2018/09/03
Text & Photo:モビリティジャーナリスト&モータージャーナリスト
森口将之
人材不足への対策としての自動運転
自動車の自動運転は、技術的には相応のレベルまで進んでいるものの、実験中の死亡事故もあったりして、なかなか実用化に至っていない。そんななかJR東日本が山手線や東北新幹線などで自動運転を検討しているというニュースがあった。少子高齢化で今後、運転士や車掌などの不足が予想されるためで、すでに社内にプロジェクトチームを設置しているという。
しかし鉄道における自動化は、かなり前から実用化されている。さらに自動化と並んで昨今の自動車業界を賑わせている電動化についても進んでおり、電車かディーゼルカーかという二者択一ではなく、両者の中間に位置するような車両が登場してきている。
そのなかには自動車に影響されたと思われる部分や、逆に自動車に先んじている部分もあると感じている。自動車業界関係者には鉄道を敵視している人もいるようだが、モビリティという大枠で見れば参考になる部分も多いと考えているので、今回は鉄道に絞って話を進めていく。
ディーゼルベースのハイブリッド化が着々
まずは電動化だ。自動車の世界では電気自動車だけでなく、燃料電池自動車やプラグインを含めたハイブリッド車もここに含まれるが、鉄道の分野でも同じように、ハイブリッド車が普及しつつある。
ベースはディーゼルカーで、エンジンの他に駆動用バッテリーを積む。エンジンで発電機を回したり減速時にエネルギー回生を行ったりして電気を貯め、必要に応じてその電気も使って走るというものだ。
自動車のハイブリッド車にはシリーズ式、パラレル式などいくつかの方式が存在するのに対し、我が国を走るハイブリッド鉄道車両はすべて、ディーゼルエンジンは発電のみを行い、蓄電池に充電した電気とともにモーターを回し、減速時にはモーターがエネルギー回生を行う。つまり日産自動車「ノートe-POWER」と似たシリーズ式ハイブリッドだ。
世界初のハイブリッド鉄道車両は、2007年に登場したJR東日本の「キハE200形」である。1997年に発表されたトヨタ自動車「プリウス」の10年後に、鉄道の世界でも、日本が世界に先駆けて実用化したことになる。
その後JR東日本は仙台と石巻・女川を結ぶ仙石東北ラインにも、基本的に同じシステムを持つ「HB-E210系」を走らせている。一方、JR西日本では、昨年走り始めた超豪華なクルーズトレイン「トワイライトエクスプレス瑞風」がハイブリッド車だ。
バッテリーを積まず、単にディーゼルエンジンで発電し、その電気で走る車両であれば、さらに前からある。こちらは瑞風と同じクルーズトレイン、JR東日本の「トレインスイート四季島」が、電化区間では架線から電気を取り、架線がない区間ではディーゼルエンジンで発電する方式を採用している。
多大な投資を必要としない環境対策として
電車でありながらバッテリーを積んだ車両もある。架線から集電した電気や回生ブレーキで獲得した電気をバッテリーに貯め、架線のない区間でも電気で走れるようにしたものだ。
筆者がこの種の車両に初めて乗ったのは、フランス南部の観光都市ニースのトラム(路面電車)だった。沿線に2カ所ある広場を横切る区間には架線がなく、他の区間でバッテリーに貯めた電気で通過する。
日本では栃木県を走るJR東日本の烏山線で、2016年にバッテリートレイン「EV-E201系」が導入された。烏山線は全線が非電化で、約20㎞を蓄電池だけで走行しなければならない。充電は東北本線の区間と終点の烏山駅で行い、充電は約15分間で完了するという。その後、同じくJR東日本の男鹿線と、JR九州の筑豊本線でも同様のバッテリートレインが走っている。
ニースの事例は公園内の景観対策という側面が大きそうだが、我が国のハイブリッド車両やバッテリートレインは環境対策がメインだろう。
鉄道用ディーゼルエンジンも自動車用と同じように、現在は直噴コモンレール式ターボが主流で、かつてほどの有害排ガスは出ないが、周辺環境への影響を考えれば、なるべく電気駆動にしたいところ。しかし、架線の整備には多大なコストが発生する。コストを抑えて実施できる環境対策として、可能な限り電気で走る車両を導入しているのではないかと考えている。
鉄道業界が考える運転・停止・制御の自動化
では自動化のほうはどうか。こちらは新交通システムと呼ばれることが多いAGT(全自動無人運転車両、オートメーテッド・ガイドウェイ・トランジット)ですでに実用化されている。東京都の「ゆりかもめ」、大阪市の「ニュートラム」などが代表だ。
鉄道は当初から、線路と信号による独自の安全設計を取り入れていた。道路の信号は交差点などで歩行者や自動車の流れをコントロールするものだが、鉄道の場合は次の信号までの間に1本の列車しか入れないという原則があり、列車の存在を線路で読み取って制御している。
しかもその後、運転士が停止信号を見落とした場合に自動でブレーキを掛けるATS(自動列車停止装置、オートマティック・トレイン・ストップ)、制限速度を超えた時に自動で減速するATC(自動列車制御装置、オートマティック・トレイン・コントロール)、運転士がボタンを押すだけで発進から停止までを行うATO(自動列車運転装置、オートマティック・トレイン・オペレーション)も登場している。
ATOは現在、東京メトロ丸ノ内線や大阪メトロ長堀鶴見緑地線など、地下鉄での採用例が多く、札幌、仙台、横浜、福岡の地下鉄は全線ATOだ。自動車の自動運転レベル3に近い状況を、多くの地下鉄で実現しているのが現実であり、無人運転の新交通システムはその上のレベル4ということになる。海外では一部の地下鉄も無人運転を実現している。
AGTや地下鉄が自動運転や無人運転に向くのは、線路内への人の侵入を防ぎやすい環境が大きい。逆に山手線は1カ所ではあるが踏切があり、3年前に線路脇の信号ケーブルが燃やされたこともあるのが気掛かりだ。
こうして考えると、一般道で普通のドライバーが歩行者や自転車に混じって自動運転を行うのは、かなり高度であると思えてくる。まずはプロのドライバーが、一般道での低速移動あるいは歩行者や自転車のいない高速道路で実践すべきであろうと、鉄道の世界を見ると思う。
鉄道でも規格統一を巡る攻防が勃発
最近話題の技術としてはもうひとつ、情報通信技術を用いたCBTC(無線式列車制御、コミュニケーション-ベースド・トレイン・コントロール)システムがある。
鉄道の安全性が信号と線路でコントロールされてきたことは前に書いたが、この方式では信号と信号の間には1列車しか入れないので、きめ細かい制御が難しい。そこで個々の列車に情報通信装置を積み、集中制御室で位置を管理することで効率を高める技術が考え出された。これがCBTCシステムだ。
CBTCシステムは21世紀に入ったあたりから、カナダのボンバルディア、フランスのアルストムやタレスなどにより、欧米アジアの新交通システムや地下鉄などに導入され、今ではこうした路線では一般的になりつつある。
日本も遅ればせながら2017年に、JR東日本が国内企業と共同開発したATACS(無線による列車制御システム、アドバンスドトレイン・アンド・コミュニケーションシステム、通称アタックス)と呼ばれるシステムを仙石線と埼京線の一部に導入。地下鉄では東京メトロ丸ノ内線が、新型車両に合わせて国産システムを採用すると言われている。
自動車で言えば車車間通信、路車間通信であり、コネクテッドカーの世界に近い。それを欧米の鉄道ではひと足先に実用化しているのである。
ちなみにこのCBTCシステムについては、欧州が統一規格を確立し、これを世界標準にしようと動いているのに対し、わが国ではJR東日本がタレスを導入しようとしたものの、結局は国産システムを普及させる方針に転換したという経緯がある。自動車の世界でも話題になる世界標準争いが、鉄道業界でも巻き起こっているのは興味深い
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