状況逼迫の物流業界にこそ先進安全技術を


トヨタグループの日野自動車が主催する安全・自動運転技術の説明会に参加した。同社は大型トラック「日野プロフィア」に乗用車並みの先進安全装備を盛り込むなど、先進的な取り組みで知られるが、今回の説明会では想像以上の技術を目の当たりにした。

Date:2018/06/18

Text & Photo:モビリティジャーナリスト&モータージャーナリスト

森口将之

ドライバー不足など課題山積の物流業界

 

物流や公共交通に自動運転を入れる意味

 自動運転は乗用車よりも、トラックやバスからまず導入すべき--最近こういう声が増えてきているような気がする。

 以前のコラムでも書いたように、現在の自動運転ブームの火付け役と言えるグーグル(現ウェイモ)は、交通事故低減を目的に掲げており、卵型のプロトタイプに目が不自由な高齢者を乗せるなど、交通弱者の移動支援というメッセージも発信していた。

 自動車メーカーも当初は事故低減を主たる目的に掲げていた。ところが一部のプレミアムブランドが、運転操作から解放されることで移動に自由をもたらすという、付加価値としての自動運転をアピールし始めた。

 一方、日本ではあまり知られていないが、欧州の自治体・大学・企業など45組織が共同で研究開発を進め、2012年から4年間で一般人を含め合計6万人を運んだ壮大な実験プログラム「シティモビル2」を源流とする無人運転の電動小型バスは、地方の移動を支えるための自動運転という新しいアプローチを掲げており、世界各地で実証実験を進めている。

 グーグルが自動運転の開発を始めてから10年足らずの間に、ここまで多くのジャンルが出てきたことに驚かされる。しかし同時に考えるべきは、この間、我が国の移動・物流業界に押し寄せた危機的状況だろう。

 公共交通はタクシーを含めて過疎化が進む地域からの撤退が進み、日々の移動に苦労する人々が増えている。最近再び報じられることが多くなった高齢者ドライバーの事故も、原因のひとつは公共交通の弱体化がある。

 さらにトラック・バスともにドライバー不足と高齢化が進む一方、バスは規制緩和で事業者が増えたこともあって低料金競争に拍車が掛かり、トラックはインターネットショッピングの増加等に起因する過剰労働が問題になっている。

 その結果、2012年には埼玉県の関越自動車道でツアーバス居眠り運転事故が、2016年には広島県の山陽自動車道でトラックが渋滞車列に突っ込むトンネル多重衝突事故が起きた。前者は死者7人負傷者39人、後者は死者2人負傷者71人を出した。

 こうした状況を振り返ると、トラックやバスの自動化を含めた安全性能向上は、今の日本が取り組むべき喫緊のテーマではないかと思えてくる。

 そんななか、トヨタグループでトラックやバスを担当する日野自動車が安全・自動運転技術の説明会を開いた。

大型トラック「日野プロフィア」(提供:日野自動車)

 日野は昨年フルモデルチェンジした大型トラック「日野プロフィア」に乗用車並みの先進安全装備を盛り込み、筆者も審査委員を務めるグッドデザイン賞で金賞に輝いた。今年は既存のトラックに装着できる衝突防止補助システムやドライバーステータスモニターを相次いで発表している。

 いかに日野が安全性能向上に真剣に取り組んでいるのか、筆者も当然知っていたのだが、今回の技術説明会に参加して、それが想像以上のレベルであることを教えられた。

 

事故の9割超は人為的なミス!

 冒頭のプレゼンテーションでは、「安全」が商用車メーカーの社会的責務であるというメッセージが出された。理由として、バスは多くの人の命を預かっていること、トラックは大型では車両総重量が20~40tに達し、重大事故に発展しやすいことを挙げていた。説得力のある言葉だった。

 というのも、日野では、2005年に日本初のメーカー直販ユーザー向け講習施設「お客様テクニカルセンター」を設立して安全や燃費についての運転講習を開始したほか、今年はICTを活用することで運行管理者が緊急時車両位置や安全装置作動状況などを確認できる「HINO CONNECT」を提供している。

 また、安全技術では、2006年に商用車で世界初の衝突被害軽減ブレーキ(PCS/プリクラッシュセーフティ)を導入し、3年後にはやはり商用車世界初のドライバーモニターを商品化。2011年には横滑り防止装置(VSC)を2tクラスの小型トラックに搭載した。これも世界初だ。

 日野は事故原因の94%にあたるヒューマンエラーの低減が重要だと考えている。これが講習会やコネクテッド技術、安全技術に結実しているわけだが、最初に書いたようなトラックやバスに関連する社会問題もあり、自動運転技術の開発にも乗り出している。

 具体的には、トラックでは高速道路での隊列走行や自動走行、トラックターミナル構内での自動走行、無人トラックによる宅配サービスなどを挙げている。バスでは過疎地での自動運転、一部地域で実用化されている貨客混載車両の自動化などを紹介していた。

日野自動車では「安全」を商用車メーカーの社会的責務ととらえている

 つまり、日野では交通事故死傷者ゼロを目指すだけでなく、物流や移動の効率化、輸送サービスの維持進化も自動運転推進の目的に含まれている。

 難しいのは、乗用車の技術をそのまま積めばよいわけではないという点だ。車体が大きいので多くのセンサーやカメラが必要になり、急ブレーキや急ハンドルが困難なので早めの情報や判断が重要となる。路線バスでは立っている乗客を考慮した制動性能も大事になる。こうした特性も考慮して開発を進める必要があるという。

鉄道のような直接連結はあり得るか?

 そのなかから今回は、大型バスの衝突被害軽減ブレーキとドライバー非常時対応システム、大型トラックの隊列走行、路線バスの正着制御を見学あるいは試乗する機会に恵まれた。

 最初はバスの衝突被害軽減ブレーキだった。50km/hで走行するバスが急ブレーキを掛け、障害物の2m手前で停止する。乗用車で同種のデモンストレーションを何度か見学しているので、外から見ている限り特別な感想は抱かなかった。しかし車内でシートに座っての体験は鮮烈だった。

大型バスの衝突被害軽減ブレーキのデモンストレーション

 大きく重いバスがここまで短距離で急停止できること、唐突な動きを見せずスムーズに止まったことに感心した。このあたりの配慮は日本のものづくりのアピールポイントにつながりそうな感じがした。

 続いてはドライバー非常時対応システムの見学と試乗。テスト車両には運転席と客席のそれぞれにスイッチがあり、スイッチを押すことで減速停止する。運転席のスイッチは押すと同時に減速が始まるのに対し、客席のスイッチは約3秒のタイムラグがある。乗客による誤動作を確認するためだった。解除は運転席のスイッチをひねることで行う。

 ハザードランプを点滅し、クラクションを断続的に鳴らしながらの減速停止は、外から見ているとかなりインパクトがある。非常事態であることは一目瞭然だ。減速度は国土交通省の規定値に沿ったもので、スピーディーでありながらスムーズでもある。この日はエンジンを停止して終了だったが、将来的には路肩退避も自動で行えるようになるという。

ドライバー非常時対応システム。テスト車両には運転席(写真左)と客席のそれぞれにスイッチがあった

 

 

 トラックの隊列走行は追従車両の運転席に人が乗っている状態を見学した。自動運転は追従する前、構内移動の段階から始まる。ここでは主としてGPS制御を使うとのこと。所定の場所への移動や駐車は乗用車以上に神経を遣うだろうから、重宝する技術ではないかと思った。

トラックの追従走行

 隊列走行は前走車を確認したところから始まる。追従車両はカメラで車線中央を走行するとともにミリ波レーダーで前車に追従し、通信技術で前走車の情報を受信して加減速を制御。ルート誘導にはGPSを使う。車線変更も前走車に合わせて行ってくれる。一部技術はいすゞ自動車との協業で開発を進めているという。

 追従時の車間距離は1.6秒相当とのことで、80km/hでは35mになる。日野プロフィアの全長はフルキャブで約12mだから、隊列走行の場合の全長は2台なら60m弱、3台では100mを超える。それゆえ「流入車線制御などのインフラ支援が必要になってくるだろう」とエンジニアは語っていた。

 しかし、鉄道車両のように車両同士を直接連結すれば、全長は短くなるはずである。その点について尋ねると、今回はセンサーを活用しての追従を披露したが、社内では連結を含めさまざまな方式を検討しているという答えが返ってきた。

追従走行中の運転席の様子

 

運転手の急変に対応する技術を世界初採用

 最後は路線バスの正着制御だ。モビリティの世界における正着とは、バスの停留所などに車両を隙間なく停めることを言う。レールの上を走る鉄道車両並みの性能をバスに求めることであり、路面の2本の点線を車体前部に装着したカメラで認識して自動操舵、自動減速していく。

 筆者は10年近く前にフランスのルーアンで、当時すでに実用化されていた正着制御を体験したことがある。航空宇宙分野を本業としつつ、F1やル・マン24時間で優勝した経験も持つフランスのマトラによる無人運転新交通システムの技術を活用したもので、停留所の直前ですっと路肩に寄り、隙間なく止める技術に感心した覚えがある。

 日野はドイツのシーメンスの技術をベースに、独自の自動減速技術を組み合わせたという。マトラの公共交通部門は後にシーメンスに売却されたので、これを使ったのだろう。日野によれば欧州ではルーアンを含めて4都市で運用中とのこと。我が国ではソフトバンク・グループのSBドライブが同様の実証実験を行っているが、こちらは独自開発だという。

 バスに乗って実際に体験してみた。ドライバーは白線が始まったところでステアリングやペダルから手足を離す。車両が太い点線に差し掛かると減速が始まり、車線変更を行って、きれいにバス停に横付けして停まった。バス停との隙間は45±15mm、前後方向の誤差は±350mm以内とのことで、車いすがそのまま乗り降りできる。実用化されればバスのユニバーサル性能は向上するだろう。

 今回見学や試乗を行った技術が、遠い将来のものではないことも賞賛すべきだ。日野は同日、ドライバー異常事対応システムについて、この夏に同社が発売する大型バス「セレガ」に搭載予定と発表したからである。実現すれば商用車世界初だという。ドライバーの健康異常に起因する事故は年間200〜300件も発生しているというから効果は大きい。

 今回の説明会で、商用車が乗用車とは比較にならないぐらい社会問題とリンクしており、日野がこうした問題に対し真摯に取り組んでいることが伝わってきた。

 自動運転はまずトラックやバスから--最初に紹介した一文に賛同したい気持ちになった。

正着制御のデモンストレーション。写真左から(1)点線に差し掛かると減速を開始し、(2)安全にバス停へと近づき、(3)きれいに隙間なく停車する。その誤差は車いすでも乗降できるレベル

 

動画(非常時対応と正着制御)

 

 

 

 

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