人工知能と機械学習をベースにしたインフォテインメントシステム「MBUX」。従来なら真っ先にSクラスに乗せるはずの新技術はなんと新型Aクラスでデビューした。いまメルセデス・ベンツで何が起きているのか。CES2018で行ったメルセデス・ベンツのキーマン3名へのインタビューをお届けする。
2018/2/21
清水 和夫(自動車ジャーナリスト)
写真提供:メルセデス・ベンツ
(前編はこちら)
奇数年の9月に開催されるフランクフルトモーターショーで、メルセデス・ベンツはいつも同じホールを使う。駅に最も近い超一等地のホールにメルセデスがこだわり続けるのは利便性の問題ではない。実は、あの場所は第二次世界大戦のころに強制収容所へ向かう列車の出発駅だったという。ナチスに捕らえられたユダヤ人はあの場所をどんな思いで後にしたのだろう。
二度と悲劇を繰り返してはならない。あの場所を輝かしい未来への出発点にすることこそが、ドイツでモビリティに携わっている私たちの使命――メルセデス・ベンツはそんな強い覚悟とプライドを持って、あの場所に立ち続けているのである。
そんなメルセデス・ベンツが、自動車史が始まって以来とも言われる激動の時代にいかなる未来世界を描こうとしているのか、興味は尽きない。1月に米国ラスベガスで開催されたCES会場ではメルセデス・ベンツのキーマン3名にインタビューできた。それぞれ異なる立場で語ってはいるが、三者の話を統合すると、一つのストーリーが見えてくる。
◆サハド・カーン氏
(デジタル ビークル&モビリティ担当バイス・プレジデント)
◆オラ・ケレニウス氏
(ダイムラーAG グループ リサーチ&メルセデス・ベンツ・カーズ開発統括)
◆ザビーネ・ショナー氏
(デジタル&IT メルセデス・ベンツ マーケング/セールス担当バイス・プレジデント)
フランクフルトモーターショーではここがメルセデス・ベンツの定位置
『MBUXとデジタル技術』
サハド・カーン氏(デジタル ビークル&モビリティ担当バイス・プレジデント)
清水: MBUX(Mercedes-Benz User Experience)は「先読み型Suggestion」の正解率が95%以上と、非常に高いそうですね。機械が人間のことを分かってくれるのは大変にありがたいですが、その逆も必要ではないでしょうか。現状の技術は発展途上ですから、ドライバーがマシンのことを理解してあげないといけないのではないかと思います。
デジタル ビークル&モビリティ担当バイス・プレジデントのサハド・カーン氏
カーン: 今まさに発展している重要な技術がディープラーニング(深層学習)とAI(人工知能)です。この二つをもとに作った新しいUX(ユーザーエクスペリエンス)がMBUXです。実は、シンプルなインタラクションは既に実現しています。たとえば、ナビゲーションシステムがそうです。また、誰かに電話をかけたい場合には簡単に電話番号を検索できますし、音楽を聴きたい場合にはシンガーの名前を入れたら再生できます。こういった技術は既に存在し、そこに私たちが内製したAIのモジュールを組み合わせているわけです。
既存技術にAIを載せて学習させることで、ただ単に人間の希望に応えられるだけでなく、先読み型Suggestionもできるようになります。オフィスに行くときは毎日ナビゲーションに目的地を入力する必要はありません。平日は行く、土日は行かないといったことを自動的にセットアップすることができますし、立ち寄るオフィスが複数あるときはどこに行くのかもわかってくれます。運転手のカレンダーや好きな音楽のパターンなどを学習し、学習内容に沿った対応をするクルマが可能になるというわけです。そのために今日のマシーンラーニングという技術を用いて、AIを使って実現できるようにしていくという現実です。
清水: AIなどの先進的な技術に対してアレルギーを抱き、思考が止まってしまう人もいるのではないでしょうか。特に日本のメルセデス・ベンツのオーナーは年齢層が高いので、受容できない人がいるかもしれないと気になります。とはいえ、何も考えずに操作できるのは確かに理想ですね。
カーン: ご指摘のような年齢の問題が懸念されるからこそ、非常にシンプルなものを提供するべきではないかと考えています。これまでのナビゲーションシステムによってユーザーは文字入力に慣らされてきたわけですが、音声認識技術があれば文字をいちいち入力する必要はありません。クルマが「これからオフィスに行きますか?」と尋ねてくれるので、「イエス」と答えれば、クルマが自動的にセットアップしてくれます。しかも、そのSuggestionが95%以上の正確性でなされるわけです。
精度はユーザーが尋ねる内容にもよりますが、非常に高い水準です。技術開発には考え方が二つありました。幅広い内容に対応できるように精度を下げるか、それとも内容を絞り込んで精度をぐんと上げるか。私たちはナビゲーションと電話と音楽に的を絞り、その代わり精度を上げることを選択しました。
清水: 直感的な操作性も特徴とのことですが、誰にとっても直感的というのが本当に有り得るのか、気になるところです。
カーン: 私たちは常にカスタマーグループを擁しており、何か新しいコンセプトが出るたびに、グループのフィードバックを得て向上させています。
ご指摘の“直感的“というものには五つのユニークな特長があります。一つ目は偉大なる直感性という意味で、スピーチを挙げたいと思います。クルマとのインタラクションですから、ナビゲーションや電話、音楽だけではなく、クルマの機能も操作できるようにしたい。たとえば、「照明を青にして」と言えば青になり、「座席のヒーターをつけて」と言えばスイッチを入れてくれるわけです。こうしたやり取りはコンテキストベースなので、「ラスベガスではフリップフロップのビーチサンダルを履いた方がいい?」と質問すると、MBUXは”天気のことを尋ねている“と解釈し、「今は雨です、(暑いか聞いているのだから)寒いですよ」と教えてくれるようになっています。
二つ目はグローバルサーチ。真ん中にサーチフィードがあり、このサーチフィードのなかには音楽を含めてさまざまなモノをサーチできるようになっています。たとえば、「オラ」と入れると、オラの電話番号や、オラにちなんだ音楽、アーカンソー州にあるオラという街などが候補に挙がってくるので、システムは電話がしたのか、音楽が聴きたいのか、オラに行きたいのかをちゃんと聞いてくれます。
三つ目はパーソナライゼーション。MBUXのシステムには個人のプロファイルが全部記録されますから、運転手が変われば、そのプロファイルも自動的に調整してくれます。四つ目はAI。そして、五つ目はオーバーレイヤー。つまり、システムのアップデートがコネクティビティによって自動的に可能ということ。これが最も重要な“直感的”のひとつです。
清水: 非常に魅惑的なキーワードが並んでいますが、あえてこれがクルマに搭載される意味は何なのでしょうか。
カーン: 正直に言って、大きな意味はありません。クルマを運転するという文脈で見れば、人とクルマのインタラクションと、人とデバイスとのインタラクションはまったく異なるものだからです。しかし、みなさんは運転中に情報機器に対してかなり多くの注意を払っていますよね。ほんの1秒のこともあれば、10秒かかることもあり、それらデバイスは全力でドライバーの注意を引いてきます。そうしたなかで、ミリ秒というごく短い時間のうちに判断しなければならないことがありますから、ドライバーとクルマとのインタラクションをどう創造するかをMBUXでは考えています。単に天気予報を知りたいとか、エンターテインメントを楽しむといったことではなく、クルマ本来の機能とのインタラクションもミリ秒単位で実現する必要があるのです。
清水: なるほど、だからこそインフォテインメントシステムをクルマにつなげる意味があるというわけですね。ありがとうございました。
MBUXが新型Aクラスに搭載されることはCESプレスカンファレンスで発表された