「グリーンスローモビリティシンポジウム」という、ちょっと耳慣れない名前のイベントが、6月25日に国土交通省の主催で開催された。グリーンスローモビリティというのは国交省が考え出した言葉らしく、従来は低速電動車などと呼ばれていた、最高速度20km/h未満の電気自動車を使う公共交通のことだ。
Date:2018/07/28
Text & Photo:モビリティジャーナリスト&モータージャーナリスト
森口将之
国交省が提唱するモビリティの新概念
国交省では、このグリーンスローモビリティが、地域が抱えるさまざまな交通の課題解決と、地域での低炭素型モビリティの導入推進を同時になし得ることから、今年度にいくつかの地域で実証実験を行うべく、シンポジウムを開催したようだ。
東京都大田区の会場では、講演や発表、パネルディスカッションが行われたほか、グリーンスローモビリティとなる車両として、電動カートと低速電動バスの2種類も展示された。
うち電動カートは、以前このサイトでも紹介した石川県輪島市が使うヤマハ発動機製など、大手メーカーの車両だった(地域交通を改革する輪島のリーダーシップ)。だからこそ「eCOM」と名づけられた、低速電動バスが目を引いた。
eCOMは群馬大学が研究開発、自動車設計技術会社「シンクトゥギャザー」が設計製造した低速電動バスだ。低速とあえて書いたのは、電動カート同様、最高速度が19km/hとなっているからだ。道路運送車両の保安基準には、昔から最高速度20km/h未満の自動車に対して基準の緩和を認める項目があり、当然ながら50km/hでの前面衝突試験などもない。
確かにこの最高速度では幹線道路で流れに乗れない。しかし生活道路では制限速度20km/hの場所もあり、観光地には景観を楽しむために、ゆっくり走る車両もある。こうした場であれば問題ないだろう。もちろん環境負荷も小さい。
さらに注目したいのは、低速なので衝突時の相手のダメージが抑えられること。これは過疎化と高齢化に悩む地方で、高齢者がドライバーを務めるようなシーンで安心材料となるだろう。また自動運転、無人運転が導入しやすいというメリットもある。昨年紹介したスイスのシオンを走る無人小型電動バスも20km/h以下だった。
猛暑の街を走る環境に優しいモビリティ
ではeCOMとはどういう乗り物なのか。筆者は群馬大学理工学部とシンクトゥギャザーが本拠を置く群馬県桐生市に足を運んだ。ここではまちづくり会社の「桐生再生」がeCOMをいち早く走らせており、地域輸送や観光輸送で活躍している。その活動に対しては、環境省の「COOL CHOICE LEADERS AWARD」をはじめ数々の賞が贈られている。
かつて「西の西陣、東の桐生」と言われたように、桐生は古くから織物の一大産地だった。近年は隣接する太田市にスバルの工場があることから、自動車関連部品などの機械金属産業が基幹産業となっているが、織物産業も輸出などを中心に健在である。
多くの地方都市と同様、桐生も人口減少と高齢化に悩んでおり、夏は地球温暖化の影響で猛暑の街として知られる。一方で、ノコギリ屋根が特徴の織物工場の建物は今も200棟以上が残り、カフェなどにリノベーションする例も目立つ。同じ群馬県の富岡市と並ぶ近代化遺産の宝庫で、観光客は増えつつあるという。
こうした状況の中で、群馬大学理工学部を核とした産学官連携で生まれたのが、eCOMによる環境に優しい地域輸送や観光輸送なのである。
最初のタイプであるeCOM-8の1号車が完成したのは2011年で、翌年にナンバーを取得すると、2017年には乗車定員を10名から16名に増やしたeCOM-10が登場し、今年は第二世代となるeCOM-8^2(8の二乗)が発表された。これまで合わせて約20台が納車され、国内各地のみならずマレーシアでも活躍している。
桐生市内には「おりひめバス」という路線バスが走っている。名前で想像できるように民間事業者の運行ではなく、市が主体となって走らせる、コミュニティバスに近い形態だが、乗客減少は深刻で、年間1億円もの赤字を市が補填する形になっているという。
以前も書いたように、筆者は公共交通を黒字・赤字で論じるのは反対である。公共交通は公立学校や図書館などと同じ公共サービスであり、損得勘定を入れるべきではないと考えている。欧米の公共交通はすでにそのような考えに基づき、税金主体の運行に転換している。欧米同様、少子高齢化という問題に直面する日本も、いち早くスイッチすべきである。
しかしながら現状ではまだ切り替わっていないわけであり、現状のルールに則って最善の策を講じるしかない。
筆者もおりひめバスを利用したが、大きな車体に対して乗客は2~3人であり、非効率に映った。しかもディーゼルエンジンであり、ラジエーターから放出する熱を含めて、北関東の猛暑に拍車をかけそうで気になった。一方で市内の道路に渋滞はなく、多くのクルマがゆっくり走っており、低速電動バスというソリューションは理に叶ったものだと思った。
周囲の景色と一体化して走る魅力
車両の出来はどうか。今回もっとも興味があったのはこの点だ。しかし桐生再生の本社がある市街地北部から、小高い丘にある市営動物園・遊園地に向かい、群馬大学理工学部キャンパスを経由して戻るという約3.5kmの乗車の間、筆者が感じたのは想像以上の完成度の高さだった。加減速ともに唐突さはなく、乗り心地も良かった。
シンクトゥギャザーは超小型モビリティの開発も行なっている。eCOMにはそのノウハウを生かしている。一例が8輪(eCOM-10は10輪)という、誰もがまず目を引くタイヤの数だ。新規でモーターを開発するのはコストアップにつながると考え、超小型モビリティに使ったモーターの流用を考えた結果、8輪に行き着いたのだという。
8つのモーターを最適にコントロールするのは大変では?と考える読者がいるかもしれないが、心配はいらない。これは以前、「エリーカ」という8輪電気自動車を開発した慶應義塾大学の清水浩教授から教えていただいたことなのだが、電気を流した際にモーターが行う仕事は、回転することではなくトルクを出すことなので、各輪の回転数を補正する必要はないのである。
ただし操舵系はそうはいかない。内輪差があるので、首を振らない最後輪を除く6輪すべてに独自の角度を与えることが必要となり、その計算には相応の時間がかかったという。逆に言えば、そこまでの手間を掛けてもマルチモーターはメリットがあるということなのだろう。
写真でお分かりのとおり、eCOMには窓がない。電動カートと同じだ。取材日の日中の気温は30度を超えていた。しかし走っていれば風に当たるので暑くないし、窓がないので周囲の景色との一体感が得られる。筆者が体験した乗り物では、京都の嵯峨野を走るトロッコ列車に似ている。逆に速度を上げれば風の巻き込みで不快になってしまうわけだし、地域輸送や観光輸送目的であれば、これでいい。
超小型モビリティとは似て非なるもの
エアコンやオーディオが完備し、高速道路も走れる軽自動車に慣れた人々は、グリーンスローモビリティを前時代的な乗り物と捉えるかもしれない。しかし現在は自転車や路面電車など、かつて前時代的と考えられた乗り物が、環境に優しいなどの理由で再び脚光を浴びているという事例もある。モビリティの物差しが、高度経済成長時代と今とでは違うことを認識する必要はあるだろう。
さらに同じ国交省が2013年に旗揚げした「超小型モビリティ」に比べれば、導入が容易ではないかという期待もある。
超小型モビリティは2013年に認定制度が施行された。地域の手軽な移動の足として主に近距離輸送に活用するという方向性は、今回のグリーンスローモビリティに近い。ただしこちらは公共交通ではなく、移動者自身が運転するシェアリングとしている点が異なる。2人乗りで最高速度は60km/hであるなど車格の違いもある。
それまで我が国の超小型モビリティは、1人乗りの原動機付き四輪自転車(ミニカー)しか認められていなかったが、認定制度は軽自動車をベースとした保安基準の基準緩和を行うことで、安価でシンプルな2人乗りを可能とした。車両やインフラへの補助も行なっている。
将来的には欧州同様、独立したカテゴリー創設に持っていきたいとの計画もあったのだが、5年が経過した現在も実現していない。筆者の知人のデザイナーが昨年発表した超小型モビリティは、独立カテゴリーを見越してプロジェクトを進めたものの、見切り発車になってしまい見当が外れたと語っていた。
その点グリーンスローモビリティは、昔から存在していた最高速度20km/h未満の自動車に対する保安基準に則ったものである。最高速度を30km/hに高めれば、日本でも導入が進むゾーン30にも一致するので、より運行しやすくなると思われるが、個人的には現状でも不満は抱かない。
最初に紹介したシンポジウムでは国交省から、グリーンスローモビリティを用いた実証調査の企画提案を地方公共団体から募集して5件前後を採択し、車両の無償提供などの支援をしていくとの発表がなされた。8月3日12時まで応募を受け付けるそうだ。
その効果もあるのだろう、シンクトゥギャザーには最近、eCOMの問い合わせが急増しているという。群馬の大学とベンチャー企業が共同開発し、自治体からの援助を受け、まちづくり会社が走らせるという形態は地方における産官学連携の成功例であり、確かに注目に値するものだ。
本音を言えば以前のコラムで書いたように、公共交通を黒字・赤字で論じるのは止め、欧米のように公で支える仕組みが必要だと思っている。しかしグリーンスローモビリティというコンセプトには個人的に好感を抱いている。この考えが根付くよう期待したい。
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