CASEに加えるべき要素「プラスe」


世界一厳しい米国の環境規制を世界で初めてクリアしたCVCCエンジンはHondaの技術力と環境意識の高さの象徴と言える。あれから40年以上が過ぎ、状況は大きく変化した。クルマの電動化が加速する現代に必要なこととは何か、本田技術研究所R&DセンターX執行役員の岩田和之氏に訊く。

Date:2018/04/09

Text & Photo:ReVision Auto&Mobility編集部

聞き手:林 愛子(株式会社サイエンスデザイン)

 

――自動運転やコネクテッドなど新技術に注目が集まっています。御社では多種多様なモビリティを発表しておられますね。

岩田氏: 四輪車と二輪車だけでなく、小型電動モビリティや歩行アシストなどのパーソナルモビリティも多数ラインナップしています。当社は特殊な会社で、創業者の本田宗一郎とSONYの井深大氏との交流から内燃機関の応用として発電機を開発し、製品化もしてきました。基礎になっているのはインバータ技術で、これがほかにはないHondaのユニークなところです。だから、太陽電池パネルやコージェネレーションユニットなどのエネルギー機器も扱ってきたし、“Well to Wheel”をHonda内で考えることもできるのです。

――“Well to Wheel”とは井戸からタイヤまで、つまり、エネルギーを作るところからエミッション低減を考えていくということですね。“Tank to Wheel”は車両単体で完結しますから、メーカーが取り組むのは当然と言えますが、なぜ“Well to Wheel”にまで踏み込むのでしょうか。

岩田氏: 環境対策が目的の一つだからです。電気自動車(EV)も燃料電池車(FCV)も、走行中は二酸化炭素(CO2)を排出しませんが、Well to WheelではCO2ゼロのクルマではない場合があります。電気あるいは水素を作る際にCO2を排出する場合があるからです。例えば、中国の場合は現状では大部分が石炭火力ですから、発電時に比較的多くのCO2とPM(粒子状物質)が放出されています。その結果、PM2.5による大気汚染は依然として深刻です。単に車両を電動化するだけでは真の意味で環境に貢献できるとは言えないのです。Hondaは一貫してWell to Wheelの考え方を踏襲してきてました。

 Hondaは歴史的にも他に先んじて環境対策に取り組んでいました。1970年代の米国で発布された通称マスキー法を世界で初めてクリアしたのは当社のCVCCエンジンです。

シビック・CVCC第1号車(提供:Honda)

 また、1994年には新地域交通システム「ICVS(インテリジェント・コミュニティ・ビークル・システム)」のコンセプトを発表しました。これは地域にシェアEVやシェア自転車を配備し、既存の交通と組み合わせることで駐車場不足や渋滞などの課題を解決して地域交通の最適化を図ろうというもの。当初は炭化水素(HC)や窒素酸化物(NOx)対策がメインでしたが、CO2削減にも有効ですし、何より、このコンセプトはいままさに業界で話題になっている内容ですよね。
 

持ち運べるエネルギーでモビリティが変わる

――本当ですね! これを90年代に発表していたとは、Hondaの先見性が伺えます。

岩田氏: 本来、モビリティとはクルマやバイクに留まらず、移動のすべてを指す言葉ですから、公共交通はもちろんのこと、乗換案内や駐車場検索アプリなども含めて考えます。メルセデス・ベンツは「CASE」を提唱していますが、そのうちのC・Sがこれに当たります。

本田技術研究所R&DセンターX執行役員 岩田和之氏

 CASEは素晴らしいコンセプトだと思いますし、目指す方向性はその通りだと思いますが、Hondaとしてはひとつ足りないものがあると考えています。それは「エネルギー(e:energy)」です。Hondaが目指しているのはモビリティの最大効率化であり、Well to WheelのCO2最小化。ユーザー視点で言えば、移動に伴う時間、コスト、ストレスといったものが最小であること。だから、講演会などではCASEをアレンジして、「CASE+e(プラスイー)」といった表現をすることもあります。エネルギーまで含めて考えることで、はじめて「CASE」は環境に貢献できるものになると考えています。

――クルマの電動化によって、ICVSで描いた世界が近づくと考えて良いでしょうか。

岩田氏: ただ、電動化によって違った課題も生まれます。これから電動化が進むほど、市中に大量のバッテリーが出回りますから、電動化と併せてバッテリーのリユースやリサイクルも考えていかなければならないのです。最近は新品のバッテリーの価格が下がっているので、バッテリーの中古市場を創っていくことは容易ではありません。クルマの中古バッテリーを取り外して、定置用に組み立て直すアイデアもかなり前から出ていますが、最近時の新品バッテリーコストでは事業化が厳しい状況にあります。EVのバッテリーはやはりクルマにリユースされる、すなわち中古車として使えることが望ましいのです。しかし、現在の電池は少なからず劣化が避けられません。

 そこで考えたのが電池のシェアリングです。昨年のCEATECで発表した「Honda Mobile Power Pack(MPP)システム」はバッテリーパックを着脱可能な機構とし、持ち運べるようにしました。普段は太陽電池システムなどに接続して家庭内で電力の余剰分を蓄える用途に活用し、外出するときは電動バイクに搭載する、といった使い方を想定しています。MPPが1つか2つあれば、家庭全体では電池のバッテリーのイニシャルコストも下げられますよね。

着脱式かつ可搬式のHonda Mobile Power Pack(提供:Honda)

――自宅でも外出時にも活用できるのは嬉しいですね。

岩田氏: この発想は2012年から実証実験をしてきた超小型EV(現在のMC-β)のころから考えていました。エンジンの価格は大量生産では最終的に材料単価に行きつくのに対して、バッテリーEVの値段ははエネルギー単価(Wh単価)で決まります。だから、バッテリー増やせば必ずコストは上がる、すなわち車体価格を抑えるためには電池を減らす必要があるわけです。

 一方で、ユーザーとしては電欠が怖いので、最後まで電池を使い切れません。必ず1割くらいは残しているのです。電池の単価が安ければ余剰分が合っても大した影響はないのですが、いくら安くなったとはいえ、まだ高価なのでもったいない。そこで、着想を得たのが二輪車のリザーブタンク。メインのバッテリーのほかに、電欠になっても最低限の移動ができるだけの予備を積んでおくという発想です。例えば、超小型EVではここにMPPが活用できます。

 さらに、車体側の規格を統一して、MPPを社会全体でシェアリングすることも考えられます。どこででも再生可能エネルギーで充電したMPPを入手できれば、電欠の不安から解放されますし、これによって社会コストとCO2排出量を大きく低減できる可能性があります。先進国よりも、むしろ海外の無電化地域の方が導入しやすいかもしれませんね。また、この形態なら劣化した電池でも他に使い道があるかもしれません。

――そうなれば理想的ですが、規格化や標準化は日本がもっとも不得手な領域のひとつです。

岩田氏: そうですね。国際標準化となれば、Hondaだけの努力では難しい。オープンイノベーションの発想も必要でしょうし、省庁との連携も欠かせないでしょう。

 ただ、再生可能エネルギーにシフトしていけば、余剰電力を貯めておくバッテリーが必要になるのは間違いありません。これから10年ほどの間に、OEM各社がEVを含む電動車両を大量に市場投入します。市場にはものすごい量のバッテリーがあふれかえるわけですが、今のクルマは9割以上は停車しているというデータもあります。ガソリン車では停車時に何もできませんが 電動車両には停車時に車載バッテリーを使ってできることがあるのです。このバッテリーを生かさない手はありません。

 Hondaは2012年から埼玉県さいたま市でスマートホームシステムの研究を進めており、V2H(Vehicle to Home)の知見を蓄積しています。そこにも踏み込んでいるからこそ、Well to Wheelでエネルギーの効率的な利用を考えていくことができるのです。

――ありがとうございました。

さいたま市ではHondaスマートホームシステム(HSHS)の実証プロジェクトが進行中(提供:Honda)

 


岩田氏が出演するウェビナーは2018年4月17日(火)17:00スタートです。
ウェビナーでは今回のインタビューをより深く掘り下げた内容を予定しております。
ご視聴いただくには事前に有料会員へのお申し込みが必要です。
詳細は下記よりご確認ください。

ReVision Premium Club 第4回ウェビナー

 

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