自動車メーカーとイノベーション企業の自動運転開発戦略の違い


モータリゼーションのカイゼンとしての自動運転と、

ヒトとモノの移動手段の変革としてのドライバーレス自動運転(上)

 

モータリゼーションの歴史的・世界的な隆盛は、自動車設計・製造技術の発展のみによるのではなく、法規を含む社会的通念が統一化され、グローバルな共通認識化されたことが重要なファクターである。特にシステムが自動運転車(AV)を運行するドライバーレスのレベル4自動運転において、「自動運転車(AV)運行の主体者の定義」を検討し、再定義することは重要テーマであり、避けては通れない事柄である。

100年以上にわたって成長してきたモータリゼーション領域の自動車メーカーと、自動運転システム(ADS)を中心に研究開発を進めるイノベーション企業では、自動運転システムの開発戦略・事業戦略が全く異なる。テスラやグーグル系Waymoなどのイノベーション企業は、ここ20年以内に誕生した新しい企業であり、車両の製造・販売を中核事業とする自動車メーカーとは異なるサービス型のビジネスモデルを志向している。彼らは、既存の世の中の価値基準を破壊し、新たな価値創造を通じてパラダイムシフトを興し、ユーザーのライフスタイルに変革をもたらす目的を持っている。「上」「下」の2回シリーズとなるこのコラムの上巻では、こうした事象について、自動車メーカーとイノベーション企業の開発戦略・事業戦略の違いに焦点を当てて分析を行い、筆者の見方を示していきたい。

2024/11/07

VSI-Labsジャパンカントリーマネージャ
永井 達
VSI Labs

 

異なる自動運転システム(ADS)運行の主体者

自動運転テクノロジーの進化を語る時に、多くのメディアはSAE(Society of Automotive Engineers)が定めた0から5までの6段階を用いている。SAEの定義はとても分かりやすく参照に値するが、自動運転の実用化にあたっての重要事項は、自動運転システム(ADS)運行の主体者の定義にあると筆者は考えている。

この事を理解するにあたって、米国運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)による自動運転法規策定の検討資料から「自動運転システム(ADS)の安全性に関するフレームワーク」を掲示したい。このフレームワークは、“人間ドライバーが主体的に操縦するADAS(先進運転支援システム)”の自動運転車と“システムが主体的に操縦するADS(自動運転システム)”の二つに自動運転車を分類し、運行設計領域(ODD)の違いを定義し、法規策定の指標としている。

 

出典①: VSI-Labsテクノロジーブリーフ

 

自動運転におけるロボットタクシー(ロボタクシー)、ロボットトラック(ロボトラック)という言葉は、システム(ロボット)が主体的に車両の操縦を行うもので、SAE定義レベル4以上に該当するものである。承認当局の定めにより、レベル4自動運転車の運行にあたって、人間のセーフティドライバーが同乗する場合が多いが、その役割はADSが緊急回避を要請し、ADS解除された場合に車両を停車し路肩に移動することにあり、運転の主体はあくまでもシステム(ロボット)となる。一定の走行テスト実績の後に安全性が確認された場合、セーフティドライバーが排除されて、ドライバーレス自動運転のステージに進むことになる。

主に自動車メーカーが開発を進めている条件付き自動運転レベル3自動運転においては、限定的な条件においてドライバーが「ハンズOff、アイズOff」となるが、自動運転システム解除の場合の緊急事態の回避の責任は人間のドライバーが負っている。自動運転の主体者など、法規の適応は現在の道路交通法の延長線上にあると考えられる。世界各国の法規策定当局の頭を悩ませているのは、システムが運転の主体的な操縦者となるレベル4自動運転の条件下において、法規の規定をどのようにするべきか?ということである。

 

自動車メーカーが進めるレベル3自動運転システムの展開

2020年11月、ホンダ・レジェンドTraffic Jam Pilot が国土交通省から「世界初の型式承認」を受けた。Traffic Jam Pilotは当初、最高時速50kmまで、高速道路の渋滞時の自動運転機能として定義されていた。メルセデス・ベンツのDrivePilotは、ドイツにおける自動運転法の制定に伴って2021年12月に「世界初の型式承認」を受けた。(ドイツの自動運転法規は、2021年「完全自動運転に関する法律」と2022年「自動運転車の認可及び運用指令」である。両社が共に、世界初を主張するのは、メルセデスのDrivePilotが国連欧州経済委員会(UNECE)の仕様に準じており、ホンダのTraffic Jam Pilotはそれ以前の基準を採用しているためである。(Traffic Jam Pilotはその後UNECE準拠に更新された)

メルセデスは、DrivePilotの運行最高速度、当初の60kmから80km、そして95kmに引き上げている(最終目標を130kmに設定)。また、メルセデスは運行領域を拡大し、2023年6月、米国カリフォルニア州とネバダ州で自動運転の認証を獲得している。

レベル3の自動運転システム(ADS)における運転の主体は、ADAS同様に人間ドライバーであり、一定のODD(運転設計領域)においてのみADSの使用を認められる。ADSを搭載した自動運転車(AV)は日本と同様に、自動運行装置の搭載が義務付けられている。限定的なODDにおいて、運転者は自動運転システム(ADS)を稼働させることができる。ドライバーはステアリングから手を離し(ハンズOff)、システムに運転委ねる(アイズOn)することができるが、ADSを稼働するODDの判断について、ドライバーはシステム上も法的にも責任を負っている。 ドライバーはADSからの自動運転システム解除のアラートに従い、緊急回避として運転を引き継ぐ義務がある。

10月6日、ホンダは「Honda 0(ゼロ)シリーズ」にAIを活用するレベル3自動運転システムを搭載し、2026年の実用化を目指すことを発表した。ホンダのリリースは、米国のAI企業helm.aiのテクノロジーの活用により、完全自動運転システムの稼働が可能なODDを自律的に判断し、“ハンズOff”に加えて”アイズOff”自動運転を可能にするとしている。「Honda 0(ゼロ)シリーズ」は、AIの活用によってADSのODDの拡張を狙っているが 、拡張されるODDの詳細については公表されていないので、今後のホンダの発表を期待する。

筆者は、ホンダの打ち出したAIをADSに最大限に活用する戦略について、各国が取り組んでいるAI関連法規に動向が、その実用化を左右することになると予測している。AIの利用範囲の定義と法規対応は世界的な論争を呼んでいる事象である。当然、ADSの環境に応じた稼動判断をAIに委ねる事は、将来策定される法規の対象となる事柄である。

欧州委員会は、世界に先んじて2024年3月13日にAIシステムの開発と利用に関する世界初の「AI法」成立した。AI法は「AIシステム」と「汎用目的型AIモデル」を定義し、規制対象者を4つに分類している。4つとは「提供者」(Provider)、「利用者」(Deployer)、「輸入者」(Importer)及び「流通業者」(Distributor)である。AI法は、様々なユースケースにおけるリスクを想定しているが、想定しうる事故等の責任者として非専門家ユーザーを認めず、AI開発事業者などアルゴリズムを設定する立場にある専門家ユーザーが責任を負うとしている。つまり、欧州委員会のAI法によれば、ADSの環境に応じた稼動判断をAIに委ねた場合、衝突事故などの損害賠償は、ソフトウェア開発事業者や製造メーカーが負う可能性がある。日本や米国においてもAI関連の法規策定が検討されている。そうした法規におけるAI利用範囲の定義によって、ホンダが考えるADSへのAI技術搭載の実用化が判断されることになると筆者は予測している。

 

GMが自動運転車(AV)開発へ巨額投資を続ける理由

ゼネラル・モーターズ(GM)はオーナーカー向けとロボタクシー向けの自動運転を切り分けて開発している。オーナーカー向けには、ビューイックなどの高級モデルに、レベル3自動運転システム(ADS)としてのSuper Cruiseを2024年モデルより搭載している。Super Cruiseは、“アイズOn“のハンドフリー機能を搭載し、米国とカナダの40万マイル以上の公道で適応可能である。GMのシニアVPデーブ・リチャードソン氏によれば「GMは現在、Super Cruiseの次世代版”アイズOff“自動運転システムを開発中である」ことが判明している。GMは、人間が操縦の主な責任者であるADAS機能Super Cruise向けにドライバー・モニタリング・システム(DMS)、Driver Attention Assistを開発、ドライバー状態を常時監視することで、運行の安全性を高める努力をしている。

ロボタクシー向け自動運転システム(ADS)について、GMは子会社のクルーズにおいて開発を進めている。クルーズのロボタクシーは、2023年10月にサンフランスシコにおいて、歩行中の女性との接触事故とその事後対応の問題から、同10月末にはロボタクシーの運行を全て停止した。その後、GMとクルーズは、本事故とその顛末に関する外部調査機関による原因究明調査レポートを公表し、クルーズの経営体制を刷新した。日本メディアにおいて、この悪いニュースが大々的に報道された為「GMは自動運転開発から撤退?!」という誤解が拡がっているが、事実は異なる。もともとクルーズ・オリジン車両は、「ブレーキペダル無し。ハンドル無し。前向きドライバーシート無し」を設計コンセプトとしていた。GMは2022年2月以来、NHTSAの連邦自動車安全基準(FMVSS)の適用除外となるように請願を提出していたが、米運輸省NHTSAは、この請願に2年以上も回答をせず、今後も見通しが暗いと判断された為である。GM経営陣の判断は、こうした設計コンセプトの車両が公道走行許可を得ることは困難という判断であるが、自動運転システム開発の推進自体に疑問を呈したものではない。

クルーズの自動運転システム(ADS)の技術レベルを一回の交通事故で過小に評価する事は間違いである。カリフォルニア州車両管理局が2015年より毎年公表する「自動運転走行におけるADS開発企業の走行データ:ADSのディスエンゲージメントレポート2023年」を見ると、レベル4自動運転の合計走行距離において、クルーズはWaymoに継ぐ583,624マイルを走り、その間のADS解除回数はゼロでメルセデス・ベンツとAutoXと共にトップに輝いている。同テスト2022年の公表データにおいて、クルーズはADS解除回数が35回であったことを考えると、1年間でクルーズのADSの品質はかなり向上していたと言って良い。

 

出典②:VSI-Labsテクノロジーブリーフ
MPD:マイル・パー・ディスエンゲージ(ADS一回解除当りの走行マイル)


GMは2016年3月、10億ドルを投じてクルーズを買収した。その後GMは、ADS開発に80億ドル以上を投資し、2024年7月には8億5,000万ドルの追加投資を決めた。GMがクルーズに投資を行う主な目的は“自動運転システムのソフトウェアおよびアルゴリズム開発にある。加えてGMは「ライドヘイリング市場・配車サービスは拡大すると予測しており、GMが自ら配車サービス事業に参入することで、車両製造・販売業を上回る利益率を上げる事が出来ると考えているためである。2017年の株主報告書においてGMは「レベル4自動運転によるドライバーレス配車サービスを展開することで、現在の配車サービスのコストは40%を削減可能である。配車サービス事業を投資・育成し、車両販売に代わる中核事業に成長させる」としている。

 

テスラは本当に自動運転車(AV)を開発するのか?

ニュースと実態のギャップを理解する

2024年10月11日、テスラは延期していたロボタクシー・デーをカリフォルニア州バーバンクのワーナーブラザーズのスタジオで開催した。イーロン・マスク氏は、自称完全自動運転車サイバーキャブに乗って派手に登場し、2027年までに3万ドル以下で量産販売すると宣言した。マスク氏は常々「テスラは完全自動運転車を発売する」と公言しているが、今のところ確認された開発計画の事実はない。今回のイベントでも、マスク氏の主張を裏付ける完全自動車のテクノロジーは発表されなかった。VSI-Labsは、会員向けポータルで即日、AVニュースを伝えた。「テスラ ロボタクシー(サイバーキャブ)イベントは市場の期待外れ」

  • マスク氏は常々「テスラは完全自動運転FSDで、これまでに13億マイル走行している。」と主張するが、テスラが現在、販売している自動運転システムは、名前こそフルセルフ・ドライビング(FSD)であるが、その実態はレベル2のADASシステムである。テスラの機能を誇張したプロモーションによって、テスラユーザーの事故を誘引する原因を作っているとして、カリフォルニア州車両管理局(CDMV)は、2024年6月「虚偽広告」でテスラを告発している。
  • テスラのFSDはカメラのみで実行されている。テスラがレベル4自動運転に対処するためには、LiDARやイメージング・レーダーなど新しいセンサーシステムが必要であるという点で自動運転の専門家の意見は一致しているが、テスラはそうした計画を公表していない。
  • イベントで展示されたサイバーキャブとサイバーバンは、プロトタイプの域を出ていない。量産開発に関する言及もなかった。ノーブレーキ、ハンドルなしの設計コンセプトはGMが量産開発を断念したクルーズ・オリジンと同じである。NHTSAは2500台を上限とするFMVSS適用除外のGMの請願を認めておらず、量販車として公道走行許可を得るためにはFMVSS法規改訂を議会に提出、成立させなければならない。
  • マスク氏は「2025年より、カリフォルニア州とテキサス州で、完全自動運転車の走行テストを開始するというが、カリフォルニア州規制当局の走行承認を得るためには、自動運転システムの解除、事故、運転データなどを報告する義務がAV運行企業に課されている。そうした準備がテスラには出来ていない。
  • テスラFSDは、今のところADS解除一回あたり12〜14マイルしか走行できない。レベル4自動運転向けにソフトウェアを再開発する為には、5年以上の期間を要すると予測する。
  • イベント後、テスラの株価は今日8.5%以上下落。他方Uberの株価は10%以上、上昇した。テスラのサイバーキャブが、配車サービスでUberのポジションを脅かすことは当面ないだろうと市場は判断した為である。

マスク氏の自慢であるフル・セルフ・ドライビング(FSD)は、そのまま翻訳すると「完全自動運転」であるが、その実態はレベル2自動運転システムであり、ドライバーが主体車であるレベル2のADAS機能である。同時にテスラはフルセルフ・ドライビング(FSD)に起因した告発・訴訟を、米連邦と地方規制当局と多数抱えている。米運輸省NHTSAは、人間が主体として操縦するレベル2自動運転/ADASの実行には、ドライバーの状態の監視をする「ドライバー・モニタリング・システム(DMS)」が重要であるとしており、テスラFSDはこの点において問題を抱えている。規制当局からのシステムの改善要求に対応する形でテスラは、2024年6月に、FSD Ver12.4機械学習教師付きの改訂を行った。FSD Ver12.4の主な改善点は「FSD実行中のドライバー状態を監視するキャビンカメラによるDMS」である。 “ハンズOff&アイズOn”システムであるテスラFSD稼働中、ドライバーがスマホを見ていたり不注意運転状態にある事をシステムが判定した場合、システムはドライバーに運転に集中するように警告し、従わない場合はFSD稼働を解除する。  出典③:VSI-Labsテクノロジーブリーフ

しかし、こうした開発計画の躓きが、テスラ事業全体の衰退につながると考えるのは間違いである。完全自動運転は、マスク氏が描くテスラの中長期戦略において“客寄せパンダ”に過ぎないと筆者は考えるためである。ハイテク企業の集中投資で知られ、テスラの大口投資家であるアーク・インベスト・マネジメントのキャシー・ウッド氏は日経新聞のインタビューの中で語っている。

「テスラは地球最大のAIプロジェクトだ。我々はテスラを自動車メーカーと捉えずロボティクス、エネルギー貯蔵、AIの三つの中核事業を持つ会社と考えている。自動運転タクシーの利益率はEV事業の4〜5倍ある。」(2024/10/17、日経新聞、朝刊)

テスラ Heatpumpシステム
出典:Tesla情報リリース・ページより


フォルクスワーゲンの二元開発戦略:

オーナーカー向け自動運転とSDV開発

フォルクスワーゲン(VW)は2022年10月、フォードと共同出資していた自動運転システム(ADS)開発事業会社Arogo.AIを清算した。VWはフォードとは違い自動運転及び新しい技術としてのソフトウェアディファインドビークル(SDV)に独自の戦略で取り組んでいる。VSI-Labsは発行レポートの中で、2030年までのSDV開発の進展を予測しているが、既存の自動車メーカーの中で最もテスラに肉薄するのはVWであると予見している。

VWは、自動車メーカーの中ではいち早く自動運転技術投資に対応し、5年前に先進運転支援技術(ADAS)と自動運転(AV)を総称する”IQ.Drive”を立ち上げた。VWは、ソフトウェア開発の内製化を加速・完成させる為に2021年3月、子会社CARIADを立ち上げた。CARIADの名称は「Car. I am Digital」に由来する。CALIADは標準OS「VW.OS」やクラウド「VW.AC(Volkswagen Automotive Cloud)」などを開発し、グループ内の車両に展開する計画を立てた。

その後、CALIADの開発計画は遅延、迷走し、2023年には経営陣を刷新し、組織を再構築した。CALIADは、ソフトウェアの内製化について、現在の10%を60%まで引き上げる目標を立てているが、簡単な事ではない。これまでのハードウェア主体のエンジニアリング・リソースを、トレーニングによってソフトウェア対応エンジニアに再教育する事で内製化比率を高める挑戦を進めている企業も多くいるが、今のところ、挙げられる成功事例はない。VWは、オーナーカー向けの開発戦略を転換し、MobileyeのSuperVisionおよびChauffeurなどのレベル2、レベル3自動運転機能をアウディ、ベントレー、ランボルギーニ、ポルシェなどの車両に導入する計画を発表している。

VWの開発戦略のもう一つの流れは、市場の変化を見通した中長期の投資・開発計画である。2024年6月に、VWはバンやピックアップトラック向けEVの開発企業である米リビアンに対する総額50億ドルの投資を発表した。リビアンは2019年にアマゾンと、2030年までに10万台のEV版を納入する契約を交わした事で話題になった。

日本メディアでは、VWの投資の理由としてリビアンのEV開発の知財の面が強調されていたが、実情は異なる。50億ドルの投資のうち、10億ドルはリビアンの転換社債購入に当てられる。その後、20億ドルはVWとリビアンが折半出資する合弁会社に拠出される。リビアンはSDV開発に必要なシステムアーキテクチャー、ソフトウェアとECUに特化したパテントを保有しているとみられており、合弁会社の開発領域は、ECU、ソフトウェア、ユーザーインターフェース、インフォテインメントシステムなどが含まれている。自動運転系の技術開発は、VW社内部門のCariadがArgo.aiなどの知財を引き継いで開発にあたり、VW-リビアン合弁会社を補完する形となる。

SDV開発は、コンポーネント毎に複数のECUを配置する従来のシステムアーキテクチャーを出発点としてカイゼン開発の難易度を高めているとされている。中国の新興EV開発企業は、いずれもクリーンシートの状態から始めて、SDVのシステムアーキテクチャーを開発している。ソフトウェアを中心とし、スマートフォンに近い設計思想によるシステムアーキテクチャーでは、OTAによるファームウェア更新などを容易く行うことができ、車体のVINナンバー管理なども極めてシンプルな構造となる。VWは、SDV設計・開発を社内の開発部門から切り離すことで、クリーンシートに近い状態から、システムアーキテクチャーを開発し、2030年頃に自社の量販モデルに移植する計画を持っている。VWはSDVの開発による中長期の事業戦略は、車両の製造・販売に代わる新規事業開発を実現することである。SDVのシステムアーキテクチャーを取り入れる事により、車両/ユーザー/外界のデータ収集・分析を行いデータ活用サービス開発・提供することにある。

 

出典:VW-Rivian合弁事業プレス・リリース
「SDVを加速して開発」より

 

Waymoロボタクシーの進展。走行データに見るファクト。

彼らの未来戦略とは?

自動運転システムレベル4(SAE定義)の代表的な適応領域としてのロボタクシー事業開発を牽引するアルファベット傘下Waymoは、現在カリフォルニア州サンフランシスコ、ロザンゼルス、アリゾナ州フェニックスで、ドライバーレスロボタクシーにより乗客サービスを提供している。Waymoの累積走行距離は、2024年4月1,481万マイル(2,383万km)から6月の3ヶ月間で2,220万マイル(3,572万マイル)となっている。計算するとWaymoは月間740万マイル(1,190万km)走行している。

Waymoは今後、テキサス州オースティンとジョージア州アトランタにおけるサービスエリア拡大を発表している。VSI-Labsでは2025年末までに、Waymoの月間走行距離は1,100万マイル(1,770万km)に増加すると推計している。Waymoはまた、ニューヨーク州やミシガン州など米国東海岸の降雪地帯でドライバーレスのロボタクシー走行テストを始める意欲を見せている。

Waymoのロボタクシーはサンフランシスコ市内などの混在空間を含め3,500万マイル以上を走行しているが、死亡事故や重傷事故などを起こしていない。以下に挙げるグラフィックスは、Waymoが公表した公道走行と交通事故データである。

2024年6月までのWaymo公表の走行データから、人間ドライバー運転の車両とドライバーレスのロボタクシーの衝突事故を比較して、彼らの自動運転システムの安全性の証明としている。サンフランシスコとフェニックス両都市におけるロボタクシー(グリーン棒)のエアバッグ展開の衝突事故は5件のみで、人間ドライバー(ブルー棒)の22.5件と比べて84%も少ない。傷害衝突事故ではロボタクシーは18件と人間ドライバー運転車両の81.1件に比べて73%も少なくなっている。Waymoが公表するデータは、ドライバーレスのロボタクシーが人間が運転する車に比べて高い安全性を誇り、死亡事故や重傷衝突事故を低減することを証明している。

 

出典④:VSI-Labsテクノロジーブリーフ

 

本年7月にアルファベットはWaymoへの50億ドル(7,250億円)の追加投資を発表し、事業開発拡大を加速している。Waymoの自動運転事業への投資目標は、「自動運転車を設計・製造して販売する」ことではない。Waymo Driverを製造メーカーに提供することも視野に入れているが、彼らはすぐに結論が出ないことを承知している。Waymoは当面、ロボタクシー事業の拡張に注力し、莫大な投資を回収することを目標にしている。Waymoのロボタクシー向けのADSは現在ジャガーのI-Paceをベース車体にしており、次の車体候補に吉利汽車のZeekrを挙げてきたが、最近の米国政府の中国製品に高関税を課す法案を見て方針を転換した様である。代替の候補として、現代自動車のIoniq 5が候補に急浮上している。

2020年に発行された「Waymo Safety Report」の中から、Waymoの中長期の事業目標を読み取ることができる。レポート中「The World Around Us」は、Waymoの“自動運転テクノロジー開発のモチベーション”として、二つの目標を挙げている。一つ目は、自動運転技術によりソフトウェア技術の革新を行うこと。そして二つ目は、人間のライフスタイルに革新を興すことである。モータリゼーションの発展により米国民の多くが自動車を所有するアメリカンドリームが実現したが、Waymoは逆に「通勤通学の移動に自家用車を使うことで、米国民は、交通渋滞などのために年間平均54時間を浪費している。米国人口全体では、自家用車の移動による浪費時間は174.42時間に上っている。Waymoは、ヒトの移動手段に自動運転技術によるイノベーションを起こすことによって、莫大な浪費時間を他の知的生産時間に振り向けることが出来る。人間のライフスタイルに変革をもたらし、米国の生産性は飛躍的に向上する」という考え方を示している。

 

サマリー:自動運転開発の未来予測

世界の自動車メーカーはレベル3自動運転技術の活用によって、オーナーカーの所有者の付加価値を高める取り組みを始めている。しかしより高度の自動運転の研究開発には、数兆円の予算を必要とし、車両製造・販売でそれらの投資コストを回収するモデルと策定することは至難の技と言われる。他方、Waymoなどのイノベーション企業は、レベル4自動運転技術を活用した自動運転システム(ADS)の開発により、これまで通勤・通学などの移動に時間を費していた人々のライフスタイルにイノベーションを興す事で、現状にはないモビリティサービスを提供することを目指している。何故、イノベーション企業はドライバーレスの自動運転システム(ADS)開発に突き進むのか?何故、彼らの事業戦略に多くの投資家が期待するのか?ヒトの移動手段の進化についてのレポートから、2023年4月発行のマッキンゼーレポート“モビリティの未来“をご紹介する。

「全世界の総旅客移動距離に占めるオーナーカー利用の割合は、2022年の45%から2035年には29%に減少する。その代わりにマイクロモビリティは16%から19%に、配車サービス/ロボタクシーは3%から12%に拡大すると予測する。」(McKinsey”The future of mobility”,April,2023)

ロボタクシーは、ドライバーレス自動運転という技術革新によって、配車サービスから運転者のコストを排除した新しい業態であり、いずれもオーダーによるモビリティサービスと位置付けられる。こうした市場予測を裏付ける形で、Uberはロボタクシー事業会社と提携事業を加速させている。Waymoは既に、アリゾナ州フェニックスにおいてUberを通じてロボタクシーサービスを提供し、アトランタとオースティンに拡大予定である。GM-クルーズも来年より、Uberを通じたサービス提供を予定している。中国ロボタクシーWeiRideもまた、アラブ首長国連邦(UAE)においてUberと共同で配車サービス開始を予定している。

こうしたヒトの移動手段の変化の将来予測を加味すると、自動運転技術開発の投資回収計画策定において、急速な成長が予測されるモビリティサービスを提供するイノベーション企業と、自動車メーカーでは大枠が異なっている。自動運転技術開発に対する自動車メーカーとイノベーション企業の取り組みの目的・方法・計画は異なるのは、こうした市場背景をベースにしていることを理解しなければならない。

地球的な人口の増大、エネルギーの枯渇、温暖化の進行、そして所有型からシェア型へのライフスタイルの移行を背景に、モビリティサービスが長期にわたってグローバルに進展・普及していくと筆者は予測する。ロボタクシーやロボトラックなどのドライバーレス自動運転テクノロジーは、そうした移動手段のパラダイムシフトに必要なものであり、今後更に大規模な投資が集まり、開発と事業化が加速、拡大していくものと考えている。

「上」「下」2回シリーズとなる本コラムの下巻においては、自動運転が社会の中で実用化・普及化を推進するため検討である主なテーマについて、欧米における先行事例をベースに分析・予測を行なって行きたいと考えています。
 一つ目は自動運転車(AV)の安全性の指標の定義について。
 二つ目は自動運転車(AV)の維持管理と運行の主体と責任の定義について。
 三つ目は、車両と走行データの保護と取り扱い方針の定義について。

 

 

■ 筆者経歴
永井 達(トオル)
VSI-Labsジャパンカントリーマネージャ(兼)Go 2Marketing合同会社代表
2000年からSalesforce.comのクラウド事業マーケティング戦略を支援。大手ティア1で次世代車載プラットフォームの研究開発に携わる。専門研究領域は、自動運転/モビリティ、スマートシティ、車載ソフトウェア等。海外スタートアップ企業との広範なネットワークを構築している。

 

■VSI-Labs会社紹介VSI-Labs(2014年、米国ミネソタ州設立)自動運転とADAS及びV 2Xのテクノロジー/ビジネス/法規制に特化したリサーチ事業を展開。最新の注目情報が分かるAVニュース、重要テーマの技術とビジネスを深掘りしたテクノロジー・ブリーフを独自見解“VSIテイク”と共に紹介している。

本コラム内容のビジュアル付き解説資料(pdf)をご希望の方は、以下までお問い合わせください。無料でご提供します。(会社名、部署名、役職、氏名をご記載ください。)
nagai@vsi-labs.com VSI-Labsジャパン 永井宛

 

■関連レポート紹介
出典①: VSI-Labsテクノロジーブリーフ(2023/5/23)「ADS安全規制の必要性が叫ばれる米国:現時点と今後向かうべき方向」
出典②:VSI-Labsテクノロジーレポート(2024/2/5)「カリフォルニアDMV ディスエンゲージメントレポート2023: データから見る9 年間の傾向」
出典③:VSI-Labsテクノロジーレポート(2024/6/8)「テスラFSDの実験結果:FSDは完全自動運転に匹敵するか?
出典④: VSI-Labsテクノロジーブリーフ(2024/9/29)「Waymo引き続き走行マイルを伸ばし、他社を大きく引き離す」

 

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