米国でADAS技術は歩行者の安全性向上が優先事項に


歩行者死亡事故の増加が米国で社会的な問題に

差し迫る法規と新車評価プログラム改訂

 

米国では交通事故の歩行者/サイクリスト死亡者数が10年以上も増え続け、社会問題としてクローズアップされている。米国運輸省ピート・ブティジャッジ長官は「米国人は銃による生命のリスクに晒されているのと同様に、交通事故により生命のリスクに晒されている。変革が必要だ」という。自動運転/ADAS技術は「道路にいる全ての人間の生命の安全を確保する」という究極の命題への一つの解決策として新車アセスメントプログラム(NCAP)や連邦自動車安全基準(FMVSS)に盛り込まれることが検討されている。米国において、ADAS技術はドライバーの利便性重視から歩行者の安全性向上へと、優先事項の大きなパラダイム転換を迎えている。

現状で歩行者がさらされている事故発生リスクは何か?リスクを回避・軽減できるADAS技術は何か?社会的インパクトはどの程度か?本記事は、米国の運輸省(USDOT)の衝突事故データ収集・分析報告書や関連団体の調査報告書をレビューしたVSI-Labsのテクノロジーレポートから、海外先行トレンド情報を読み解き、今後、日本のサプライヤーのADAS技術・製品の研究開発が対応するべき課題を明らかにしていく。

2024/04/24

VSI-Labsジャパンカントリーマネージャ
永井 達
VSI Labs

米国での歩行者/サイクリスト死亡事故の増加

米国運輸省(USDOT)公表したデータ出典① によると、米国における歩行者死亡事故は2009年の4109人を最後に増加を続け、2022年に7522人となった。2009年からの13年で183%増加している。歩行者死亡事故の大部分は都市部(84%)の夜間(夕暮れ時を含め79%)に発生している。死亡事故発生比率が高い都市は、メンフィス、アルバカーキ、タクソン、デトロイトである。交通事故の死亡者・重症者ゼロを目指すビジョンゼロ政策の取り組みで先行したニューヨーク、ボストン、サンフランシスコは、歩行者10万人当り死亡事故者数の比率が相対的に低い。ダイバーシティの考えが社会に浸透するなか、黒人やヒスパニック系、65歳以上のシニア層の死亡者比率が多いこともあり、米国において歩行者/サイクリスト死亡事故の増加が社会的な問題としてクローズアップされている。

米国運輸省は「米国は交通事故による国家的危機に直面し、歩行者の安全を確保する政策を戦略的に実行する必要がある。2050年までに歩行者死亡事故をゼロにするために“国家道路安全戦略(NRSS)を発令する」というピート・ブティジャッジ長官の声明を発表している。

米国運輸省は、直面する問題は制限速度の引き下げや自動車道路への制限などの個別的な政策では解決できないとし、包括的な仕組みとして「セーフティ・システム・アプローチ」を2024年2月に発表している。「セーフティ・システム・アプローチ」の骨格は、①人の行動を中心に、②道路設計の安全性を高め、③車の安全性を向上させ、④歩行者にとって安全な制限速度を設け、⑤事後発生後の緊急通報ネットワークを拡充する、というものである。

 

死亡事故増加の原因にあげられる自動車の要因

米連邦および州の道路管理局は長年、都市における車の渋滞緩和を推進するために、道路設計の改善を行ってきた。交通渋滞の解消は皮肉な事に、自動車の走行速度の上昇(一部では制限速度を超えて)そして交通事故の増加に繋がった。ニューヨーク市は全米の都市の中で先行し、2014年にビジョンゼロを開始し、歩行者やサイクリストの死亡・重傷事故を減らすために、市内道路の制限速度を30mphから25mphに引き下げている。その結果、死亡・重傷事故は大幅に減少しているという。

市民団体はそれでも十分ではないとし、ブルックリンで無免許運転ドライバーが速度違反で運転するバンによって12歳で亡くなったサミー・コーヘン・エクスタイン君の名前に由来する”Summy’s Law”が州議会に提出されて、今も審議進行中である。市が独自に制限速度を設定することを認める法案で、25mph制限速度を更に20mphに引き下げる要求となっている。

もう一つは、近年SUVやピックアップトラックが人気車種となったことで進行した車の大型化が、歩行者死亡事故・重傷事故の増加に繋がっているという分析である。

  • USDOT「歩行者セーフティ(2023/12)」によると、車両タイプ別の死亡事故数は、2012年から2021年までの9年間、セダン乗用車が26%の増加に対して、SUVは120%も増えているとする。2021年全死亡事故全体に車両タイプ別の割合は、セダン乗用車35%に対して、SUV絡み24%、ピックアップトラック 15.1%とする。
  • 米国道路安全保険協会(IIHS)は、独自調査レポートの中で「車両の大型化・フロントグリルが高く地面に垂直になった事で、サイクリストはSUVと衝突した場合、ボンネットに跳ね上げらずに地面に叩きつけられるという。サイクリストの死亡要因は頭部損傷が多く、セダン乗用車とサイクリストとの衝突事故に比べて63%高いと調査報告書を発表している。
  • IIHSはフロントグリルと対歩行者死亡リスクの相関関係を調査し、傾斜角度が地面に対して垂直に近く、高いフロントグリルほど、対歩行者と対サイクリストの死亡のリスクを高めると結論づけている。出典②

 

出典:: Insurance Institute for Highway Safety(IIHS)

また、歩行者死亡事故の増加は、ドライバーの運転態度に起因するところも大きい。スマホの「ながら見運転」や飲酒運転、一部州で合法化されたドラッグの影響下にある状態での運転が要因の一つと考えられている。米国運輸省は、アルコール摂取状況について、ドライバーと歩行者の両面から情報収集・分析をしている。事故発生時の飲酒状況調査では、米国の多くの州で飲酒運転と判断される血中アルコール濃度0.08g/dl以上が、衝突事故の対象者ドライバーの19%、そして歩行者の30%から検出されている。

 

 

 

 

 

徹底した実証主義による解決策を検討する米国のポリシーメーカー

2021年6月、米国運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)は「レベル2-5の衝突報告に関する常設一般指令」を発令した。日本国内ではテスラの発生事故調査への対応として報道される傾向があったが、一般指令の真の目的は、データ収集と分析を通じて、自動運転関連法規策定と現行FMVSS改訂でADAS技術を反映するため検証を行う目的である。データ収集の対象は、米国で活動するすべての自動車メーカーとサプライヤーである。公道衝突事故データ収集を通じてNHTSAは2023年2月までに、レベル2 ADAS搭載車両関連の衝突事故1695件、レベル4自動運転システム(ADS)搭載車両関連の衝突事故550件のデータを収集・分析している。NHTSAが公開した膨大な情報から、VSI-Labsが作成した2つの図表をご紹介する。出典③

最初の図表は、衝突事故における損傷箇所の「ADS車両とADAS車両の比較」である。レベル2 ADAS車両関連の衝突事故では、人間が運転する車の特徴としてとフロント部分の損傷が多い。(黄色ハイライト)それに対してロボットが操縦するレベル4ADS車両の衝突事故では、フロントの損傷が殆どないことが分かる。ロボット操縦では人間の様に“うっかりブレーキングが間に合わなかったりする事“はないのである。逆にADS車両の衝突事故ではリアの損傷が多く見られている。これまでも公道でのADSの実証実験から、ADSはセンサーの誤検出等によって頻繁に急停止することが明らかになっており、そうした要因から、衝突が後方車両から発生している状況がわかる。(緑ハイライト)


ADS車両 vs ADAS搭載車両の損傷箇所比較



二つ目の図表は「衝突事故による乗員の傷害レベル」を比較している。ADAS車両の衝突事故では死亡事故が18件、重傷事故が11件発生している。(黄色ハイライト)それに対してレベル4ADS車両の衝突事故では死亡事故は0件、重傷事故は2件しか発生していない。(緑ハイライト)サンプル数が少ないとはいえ、ADSによる乗員の安全性向上を示す結果となっている。


ADS車両 vs ADAS搭載車両の傷害レベルの比較



ADS/ADAS車両の情報収集は、米国においても試行錯誤の状態にあり、NHTSAの取り組みに対しても様々討議されている。自動運転連合(現在名称改訂、自動運転車産業協会AVIA)は、報告義務要件が厳しすぎるなどの異議申立てをNHTSAに対して行っている。

別の意見としては「ADS走行データ報告は、OEMやサプライヤーが従来の様に、衝突事故発生後に当該管理局に行うのでは不十分」という意見も州の道路管理局から出ている。2023年8月に米ゼネラル・モーターズ(GM)傘下クルーズがカリフォルニア州でロボットタクシー事業認可を取得したときに公聴会で最後まで反対したサンフランシスコ市交通局(SFMTA)は、「自動運転車の走行許可には、リアルタイムな走行状態をリモートでモニター出来ることが必要である」とし、クルーズが行政の要望に対して非協力的であることを、事業認可反対の理由にあげた。自動運転車の走行状態をリモートでモニターする行為について、米国の道路管理当局はかなり踏み込んだ姿勢を示している。

 

ADASの優先事項はドライバーの利便性から歩行者の安全性向上に

米国運輸省/NHTSAは2023年5月に、緊急ブレーキ(AEB)と対歩行者緊急ブレーキ(P-AEB)を包括した新車アセスメントプログラム(NCAP)を含む連邦自動車安全基準(FMVSS-127)の改訂案を発表した。正式な発令は本年の9月頃までになされる予定であり、その場合、AEBとP-AEBの搭載が2028年もしくは2029年にリリースされるモデルから義務化される見通しである。この法規改訂は「米国市場の車両製造・販売について、ADAS技術搭載を始めて義務化された」という意味で重要なマイルストーンとなる。

先に述べた通り、米国では歩行者・サイクリストの死亡交通事故の増加が大きな社会問題となり、連邦と州政府は具体的な解決を求められている。NHTSAは道路設計などの政策と合わせて車両装備の改善を重点項目に挙げ、“歩行者の安全性向上を実現する”ADAS技術の搭載を法規の中に盛り込んでいくことを検討している。

AEB、P-AEBに続いて義務化されるADAS技術は何なのか?NHTSAの計画の詳細を知ることは難しい。VSI-Labsは、2022年3月、NHTSA「リクエスト・フォー・コメント(RFC) ADASレポート」(2022年3月発行)を研究し、NHTSAが考えるADAS技術の活用についての指標を調査報告している。以下はADAS技術の法制化におけるフレームワークワークである。出典④

① ADAS技術は特定の歩行者事故発生リスクに対応しているか?②ADAS技術搭載によって、リスクは低減されるか?③ADAS技術搭載が、歩行者安全性向上に寄与するスケールを数量化できるか?④ADAS性能のテスト要件は明確化されているか?

NHTSAはこうした指標により、いくつかのADAS技術を検証している。具体例をあげると、「FMW:前方衝突警報」「LDW:車線逸脱警報」「CIB:衝突被害軽減ブレーキ」「DBS:ダイナミックブレーキサポート」などである。

先に述べた通りスマホの「ながら見運転」、飲酒運転、麻薬の影響下での危険運転の防止、撲滅のためにADAS技術の活用も検証されている。自動運転では、テスラ車両で起きた衝突事故で、ハンドルから手を放しドライバーが監視義務を負う「ハンズフリー、アイズ・オン・ザ・ロード」の運行設計領域(ODD)において、ドライバーが運転以外の動作をしていたことが事故調査報告書から明らかになっている。NHTSAは、ドライバーの状態を検知する技術導入により歩行者とサイクリストの安全性向上についても研究している。研究の対象は「ドライバー・モニタリング・システム:DMS *“ドライバーが運転に集中していない状態”の検知をする為のもの」「ドライバー・ディストラクション支援:DDS」「インペアード・ドライビング検知:IDD」などである。

 

何のための自動運転技術なのか?本質的な課題への取り組み

当初、自動運転は「夢のテクノロジー」と言われた。ADAS技術についても、ドライバーの利便性を向上させ、車両の付加価値を高める為の位置付けがなされてきた。確かにそうした側面もあるが、こうした考えは本質的な課題解決の観点から正しいと言えるだろうか?

歩行者/サイクリストの死亡事故の増加は「アメリカ固有の問題だから日本とは違う社会背景の中で起きている問題だろう」という解釈も可能である。私は、多種多様な人種、国籍を持つ米社会だからこそ、潜在的な問題が表面化し、問題の本質的な原因究明を図る循環型のシステムが構築されていると考える。つまり日本においても、同様な問題が潜在しているのではないだろうか。米国における問題抽出〜原因究明〜課題への解決策の検討のプロセスは合理的であり、そのためある種の普遍性を見出す働きをしていると考える。

自動運転(ADS)とADAS技術革新は本来、事故ゼロの究極の目標を達成するためにある。安全性の追求とは、“ドライバーと乗員の為の安全だけでなく”、“車が走行する道路にいる歩行者/サイクリストその他の全ての人間の安全“を実現するものであるべきであると考える。

そうした文脈から、ADAS技術の研究開発は未だ発展途上段階にある。現行のADAS搭載車両は対歩行者の安全性検証が必ずしも含まれていない。米国道路安全保険協会(IIHS)は2024年3月の調査報告書で「調査研究対象の14モデルのADASシステムの内、合格レベルに達したのは一つだけであった」としている。

今後、米国は欧州に倣って「歩行者/サイクリストの安全性評価テスト」を新車アセスメントプログラム(NCAP)に導入していく動きにある。NCAP改訂で検討されるADAS技術は今後、海外市場での自動車製造・販売に必須のアイテムになっていくと予測する。

今年に入って、仏ヴァレオと米テレダイン・フリアーは共同で歩行者AEB用赤外線センサーの供給を開始、マグナ・インターナショナルは薬物使用運転予防のために設計されたテクノロジーを発表している。今後のADAS技術の研究開発においてサプライヤーは、先に述べた社会的な問題と法規策定当局の動向に目を向け、能動的に社会に求められる技術の研究開発と発信を進めていくべきであると考える。歩行者の安全性向上の必要性を正しく認識し、具体的な解決策を示すことでサプライヤーのビジネス機会をむしろ拡大すると考えるべきであろう。

 

 

■ 筆者経歴
永井 達(トオル)
VSI-Labsジャパンカントリーマネージャ(兼)Go 2Marketing合同会社代表
2000年からSalesforce.comのクラウド事業マーケティング戦略を支援。大手ティア1で次世代車載プラットフォームの研究開発に携わる。専門研究領域は、自動運転/モビリティ、スマートシティ、車載ソフトウェア等。海外スタートアップ企業との広範なネットワークを構築している。

 

■VSI-Labs会社紹介VSI-Labs(2014年、米国ミネソタ州設立)自動運転とADAS及びV 2Xのテクノロジー/ビジネス/法規制に特化したリサーチ事業を展開。最新の注目情報が分かるAVニュース、重要テーマの技術とビジネスを深掘りしたテクノロジー・ブリーフを独自見解“VSIテイク”と共に紹介している。

次回のVSI-Labsテクノロジーセミナー(5月22日登録無料):「ADAS技術はドライバーの利便性重視から、歩行者の安全性向上が優先事項に!」
(以下からお申し込みください)
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_UyKW_RV2THGMY4Nd0R9Ntw

 

■関連レポート紹介
出典①:USDOT NHTSA 「Pedestrian Safety 2022」 「Traffic Safety Facts 2021」
出典②:米国道路安全保険協会(IIHS)「ボンネットの高さ・傾斜と歩行者リスクの相関関係」
出典③:VSI-Labsテクノロジーレポート「NHTSAのADAS/ADS衝突事故報告書を読み解く」
出典④:VSI-Labsテクノロジーレポート「NHTSAのADS次の一手は?」

 

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