SIP自動走行システムで大規模実証実験へ、その狙いと展望


 内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム自動走行システム(SIP-adus)では今秋から関東地方等の自動車専用道路、東京臨海地域周辺の一般道路など公道を使った大規模実証実験を実施する。世界的にも例をみない政府主導の大型プロジェクトで、今後日本として世界に情報発信していく上でも、各企業が競っていく上でも重要な一里塚となる。プログラムディレクターとしてSIP-adus全体をリードする葛巻清吾氏(トヨタ自動車常務理事)に、今回の実証実験や今後の取り組みに対する考えを聞いた。

2017/9/3

友成 匡秀

 

 今回の大規模実証実験は、テストコース、高速道路、一般道路でそれぞれ実施。茨城県つくば市にある日本自動車研究所(JARI)の市街地模擬テストコースと、

SIP自動走行システム資料より引用

 そこを起点とする常磐自動車道、首都高速、東名高速、新東名高速の一部で構成される全長約300kmの高速道路、および東京臨海地域周辺の一般道路を使用し、2018年度末まで実施する予定だ。

 葛巻氏は「これまで検討してきた内容について実際にPDCAを回し、協調領域をみんなで議論する場にする。日本だけのメンバーではなく海外のメンバーも入れて議論をして、同じものを扱える形にしていくことも目指す。特にダイナミックマップやHMIの領域では、まずは今後の実質的な標準となる部分について合意形成をしていきたい」と意気込む。

 

実証実験でフォーカスする重要5課題

 実証実験はSIP-adusが協調領域として掲げる重要5課題(ダイナミックマップ、HMI、情報セキュリティ、歩行者事故低減、次世代都市交通)についてオープンな議論の場を提供し、標準化や研究開発促進につなげるのが大きな狙いとなる。

 そもそも、この重要5課題というものは、最初から「ここが協調領域だ」と決まっていたものではなく、すでに各社の競争が始まっていた約4年前から、産官学の有識者で議論を積み重ね「ここなら協調できるのではないか」と徐々に課題を見つけてきたものだと葛巻氏は言う。

 「まず地図に関しては、各社ばらばらで地図を持つのは非効率で、日本としてしっかり一つのものを使うほうがよいし海外とも基本構造を同じにしておくことが重要と考えた。HMI自体は競争領域そのものだが、安全を担保するところのHMI、最低限のガイドラインはしっかり共通化しておかないとお客様に混乱を与えてしまう。情報セキュリティは、自動運転はAIも重要だが通信がどうしても必要で、車に必ず通信機が載るようになったときにどうするかというのは業界の課題だったため。四つ目の歩行者事故低減は、そもそも自動運転は何のためにするのかと問うたときに、事故低減という目標、歩行者や自転車など弱者を守りたいという思いがあった。最後の次世代都市交通は、東京オリンピック・パラリンピックを見据え、自動運転技術やV2I(路車間通信)等を活用してスムーズで安全な公共交通を提案する、という目標を掲げている」と語る。

ダイナミックマップの議論・合意が目標

SIP自動走行システム・プログラムディレクターの葛巻清吾氏(トヨタ自動車常務理事)

 なかでも、今回の実証実験に向けてダイナミックマップ大規模実証実験コンソーシアムが製作した300km(往復600km)の高精度3Dデータで作られたダイナミックマップを活用した実証は注目が集まる。実証実験では、この地図データを参加企業にCD・DVD形式で渡し、それを使って各企業で走行してもらい、データやフィードバックをもらう、という形で進める。日本や海外の自動車メーカー、Tier1サプライヤー、大学・研究機関、ベンチャー企業、物流企業などバラエティーに富む企業に実施してもらう予定だ。

 「各社によって多少要求項目は違うかもしれないが、今回のデータを基に議論し、基本となる部分は大丈夫だ、というところまで合意したい。センサーなど様々な進化とともに地図も変わっていく可能性があるため、ずっと今回決めたもので変わらないということはないかもしれないが、差し当たり2020年までどのような地図を使うかを合意し、さらにそこから先はどうするか、という議論までできるようにしたい」

 2018年度以降の実証では地図情報の一部更新も含めたアップデート方法の検証、また2018年半ば以降には、いわゆる静的な地図情報に準動的な渋滞情報や規制情報、可能なら信号情報なども載せて活用できるかどうかを検証するところまで進めたいという。OTA(オーバー・ジ・エアー)での地図アップデートも2018年度の初めから検証できるよう準備しているところだ。

実証実験での自動運転レベルに制約なし

 もちろん実証実験は、同じ道路を他の一般車も走る中で行うが、すべては警察庁のガイドラインに従い、オーバーライドできる運転者がいる状態で、各社に安全担保をしてもらった上で実施する。また、参加企業の自動運転レベルに関しては制約を設けておらず、どのようなレベルで参加するかは各企業に任されている。

 「かなり高度な自動運転で参加される企業もいると思うし、レベル1の運転支援に使えるんじゃないか、というモチベーションで参加される企業もいると思う。逆に、そうなったほうがよいと思っている。自動運転だけのためのデータを作ってしまっても活用される台数が減り、逆にコストも高くなってしまうので、なるべく多くのケースで使っていただけるようにデータづくりをしたい」

HMI標準化へドライバー状態を定義する

 ダイナミックマップは実際の3D地図の検証となるが、それに対しHMI領域に関しての実証実験は今後を見据えた議論をする上での基礎データ収集の意味合いが強い。実証実験では、参加する各社にSIP-adusからドライバー状態を検知するドライバーモニターを提供。走行中のドライバー状態のデータを共有してもらう。今後のHMI標準化のためにドライバーの状態をどう定義するか、は重要な論点となるためだ。

 今後、各社の開発・市販が予想される自動運転レベル3などでは、自動運転システムと運転手との間で運転の受け渡し(テイクオーバー)が必要になるが、その際にはドライバーが運転に集中している状態か、もしくは他のことに気を奪われているか、それぞれの状態のときに何秒後ならテイクオーバーが可能か、などはシステムの仕様を決めていく上でも定義づくりが必要になる。こうした今後の議論の前提となるためのデータベースづくりが今回の主な狙い。また、ユーザーが自動運転システムを誤解せず使えるように、どううまく機能を教えるべきか、という点もガイドライン化を検討している。

 ただ、これらの実証実験に参加する企業は、走行した結果の全てのデータを提供するというわけではない。「車やドライバーは参加企業に準備していただいている。地図のところであったり、ドライバーモニターのデータであったり、協調しましょうというところの情報だけは共有していただく」と、葛巻氏は言う。

情報セキュリティの評価機関選定へ

 重要5課題の中で、少し位置づけが異なるのが情報セキュリティだ。今回は実証実験では、走行する車と連動させてセキュリティ評価をすることはしないという。葛巻氏は「本当はそこまで行こうかと思っていたが、もう少し評価方法であったり、評価機関というものをしっかりと議論したほうがいいということで、今回あえて実証実験する車そのものを評価するということは必要ないと考えた」

 つまり通信可能な車であれば、セキュリティ実証は可能なため、各社のコネクテッドカーを評価しながら、評価方法そのものを確立するというところを中心に据える。現在、SIP-adusでは、自動車工業会や自動車技術会、JASPARなどと連携しつつ情報セキュリティに関して標準化を進めているが、今後は公募によって民間企業から安全評価ができる機関を選んでいく方向だという。

 「情報セキュリティは、業界としてレベルアップが出来る仕組みを作らなければならない。そのためには評価する方法を確立することが重要。かつ、ハッキング技術もどんどん上がってくるため、一回作っておしまいではなく、評価方法も更新していかなければいけない。そうした評価する機関や人を育てることが大切。残念ながら今、日本にそういう機関がないため、間もなく公募しようと思っているが、そのような評価する機関を最初は3社くらい選んで、その中で最もよいところ1社を決めて、評価方法に関する合意を取っていく、という進め方をしたい」

歩行者事故低減へスマホをどう活用できるか

 高速道路での実証が主になるダイナミックマップやHMIに対し、一般道で実証実験を行うのが、歩行者事故低減と次世代都市交通だ。これらの実証は、東京臨海地域のお台場付近で行う。そのうち歩行者事故低減に関しては歩行者の位置推定の高度化を目指し、一つは79GHzミリ波レーダーを使い、もう一つはスマートフォンを使った歩行者検知の実証をする。

 「79GHzでの歩行者検知に加え、見えないところからの飛び出しなども考慮するとスマホはもう一つのオプションではないかと考えている。現在GPSでのスマホ位置精度は20m位ずれることがあるが、それをアルゴリズムを使うなどして5m位まで持っていくことを検討している。当然5mで満足してはいないが、あとは人が歩いた経路から類推するなど精度を上げ、少しでも車が人を見つける助けになればと思う。ただ、不要警報が多いと使われないため、不要警報を減らしつつ実用化できる方法はないかを実証実験で検証したい」

次世代都市交通、その技術の広い応用へ

 次世代都市交通については既存のバス会社などの協力を得て実証に取り組む。一つは、バスを停留所にぴたりと横付けして停車させる「正着制御」で、バス運転手のスキルを補うような技術となる。バスの事故は車内で起きることが多く、前後左右の速度変動を抑えてバス停に横付けすることは、これからの自動運転バスにも必要な技術だ。

 もう一つは、「公共車両優先システム(PTPS)の高度化」で、公共交通であるバスが渋滞でなかなか進まないような場合に、バスの進路上にある青信号の時間を延長したり赤である時間を短くしたりしてバスが渋滞に巻き込まれずに走行できるようにするもの。この技術に対し、葛巻氏はより広い範囲への応用にも期待を寄せる。

 「これはバスそのものの流れをよくするということも目指すが、信号情報を車が使うという意味では先々、一般車の自動運転に対しても有望な技術だと考えている。信号情報を車のセンサーで見つけて、判断して、すぐブレーキをかける、といったことは結構難しい技術。しかし事前にあと何秒後に信号が赤に変わるなどの情報があれば有益だ」

“ビジネスモデル” “地方展開と産官学連携” “国際連携”

 こうした重要5課題に実証実験で取り組み、実用化へつなげることは、これからのSIP-adusの取り組みにおける重要なミッションだ。葛巻氏はさらに、SIP-adusのミッションとして、他に3つを挙げた。葛巻氏の表現によると、それは“ビジネスモデル”、“地方展開と産官学連携”、“国際連携”となる。

 “ビジネスモデル”とは、自動運転に関連する様々な事柄がビジネスとして成立するようにうまく持っていくことだ。例えばダイナミックマップに関しては、自動運転だけに使うのではなく、国や自治体が実施する公共測量で道路地図の更新等をする際にデータを活用してもらい、そこからもコスト回収することを考えている。相互メリットがある部分にデータをうまく流通させ、ビジネスモデルを推進していくことを狙う。

 “地方展開と産官学連携”とは、現在、自家用車をメーンとして進めているSIPでの議論だが、交通手段が不足している中山間地域の過疎地などでも自動運転システムが活用できるよう、国土交通省道路局などと連携しての実証実験・社会実装を進めること、および約1年半後のSIP終了を見越して、世界と競っていくための産官学連携を推し進めることを目指す。また、“国際連携”は、実証実験などの成果も含めてSIPとして海外にも広く発信し、日本と海外を連携させることを意図する。

国際情勢はデファクトとデジュール、両方を見据えて

 SIP-adusでは国際会議などでも頻繁に発信をしているが、現在の国際情勢は複雑さを増している。とりわけ自動運転に関しては、実際の開発スピードに国際標準がなかなか追いついていかないのが実情。国際的な機関が取り決める、いわゆるデジュールスタンダードよりも、市場原理で決まってしまうデファクトスタンダードが早いペースで進みそうな雰囲気がある。

 葛巻氏は「実際の市場の動きと国際標準の両方を見ながら進めていく必要がある。ダイナミックマップに関しても、この1年半の間で実際に2020年の地図はどうするかということを、ISO(国際標準化機構)規格になる前にある程度決めてしまわないと、なかなかそのスピード感に合っていかない。デファクトとデジュール両面を見て、そのコミュニケーションをしっかりとっていくというのは課題と思う」と話す。

ダイナミックマップの作り方

 実際に、自動運転に関するダイナミックマップは、欧米などでデファクト化が進もうとしている領域だ。国内からは日本と海外のデファクトが異なっているのではないかという指摘もあり、日本の地図のデータの大きさやコストを心配する声もあるが、葛巻氏は今回の実証実験は、まさにそうした部分を議論するためのものだという。

 「確かに、今の日本の地図の作り方は、モバイルマッピングシステムという点群情報から作っているが、必ずしも海外が全部そうだというわけではなく、プローブ情報ベースで作る、などの動きもある。そうした話も含めて日本の地図はコストが高い、と言われてるんじゃないかという気はする。しかし日本は測量など様々なものが非常に発達していて、色々なデータを活用している国。そのため、多用途に展開するほうがかえってメリットが大きいだろうと考えている。最終的なところでコストが安くなり、みんながデータを使うようになればいい。今はそういう進め方をしている。つまり、最終的にベースとなる点群などを標準化しようとしているわけではない。今回の実証実験とオープンな議論を通じて、ダイナミックマップに必要な最小限のデータはこれだけだ、精度もこれくらいあればいい、という部分を合意したい。どう作るかに関しては、別の作り方ででも問題はない」

協調領域・競争領域をどう切り分けるか

 ただ、こうしたダイナミック領域などに関して、一般的な目から見ると、地図会社がデータを持ち寄り協調領域が増えると、今後はどの分野をどう切り分けて競っていくのか難しいのではないかという疑問がわいてくる。こうした競争・協調領域について、葛巻氏は「変わっていくところ」と言いつつ、その背景などをこう説明した。

 「今回、ダイナミックマップ基盤株式会社を含めて一緒にやろうとなったのは、更新を常にかけていく部分の地図データを各社別々に対応すると非常に負担が大きく、ましてや各自動車メーカーから違う要求が来ると、さらに大きくなるため。基本的な地図データは、みんなでそろえたほうがいいだろうということで、今はそこから入っている。そのような形で、それほど差をつけても意味がない、というところはどんどん協調領域にしていけばいいと思う。その代わり、(競争領域として)今後はその上に載せる渋滞予測とか、到着時間は何分だという予測とか、そちらのほうに付加価値が移っていくと思う」

「日本として意見をきっちり言っていく」

 現在、欧米や欧州では、自動車メーカー・Tier1・テクノロジー企業の開発競争が激しさを増している。ライドシェア企業やスタートアップなどとの合従連衡や地域限定サービス試験展開なども多く、葛巻氏も海外ではダイナミックな動きが多いことも認識している。「決して日本が断トツで前を行っている技術ではないというのも確か。そういう危機感は正直ある。各企業は競争しなきゃいけない。協調ばっかりしていても駄目だと思う。しかし協調もしないと、逆にリソースがひっ迫して、逆に勝てなくなる。だから、そこは両方必要」

 市場的に捉えると、例えばビジネス市場として成り立たないような中山間地域は国が主体となって動くべきだが、その一方で葛巻氏は「マーケットが動いているところは各民間企業が頑張るべき」と強調する。また、SIP-adusで特に力を注がなければと感じているのは、日本としての国際的な場で発信していくことだという。

 「いま自分たちSIPで頑張らなきゃいけないと思っているのは、日本としての意見をしっかりと言っていくということ。単に欧米が動いているものに対して追従していくような形ではよくない。やはりこちらのほうでベースとして検討した結果、何が一番良いんだというものをしっかり言っていく。対等な話をした上で、向こうに合わせるところは合わせてもいいと思うし、譲れないところは最後までこちらに合わせるように説得する、ということが必要」

実証実験結果を早めにオープンにして国際発信

 今回の大規模実証実験から得られたダイナミックマップやHMIに関するデータやフィードバックは国際的にも貴重で、海外でのそうした発信に役立つのではないだろうか。葛巻氏にそう尋ねてみた。

 「そこが今回の狙い。いろいろなコンセプトは海外ではどんどん出てきていると思うが、実際に物を準備して、みんなでそれを使って進めるというようなやり方はあまりないと思う。だから、そこを早くやってしまおうと。(日本は)今までは良いものを作って最後にオープンにするというような形だったが、逆に早めにオープンにして、そこをベースに議論しませんかというアプローチに変えたい」

民間企業の技術開発のカギを握る“データ活用”

 日本の自動運転技術の発展には、こうした情報発信や協調だけでなく、実際には民間企業各社による技術開発が競争力の源泉となることは間違いない。こうした民間企業の技術開発において、葛巻氏は、これからは “データを活用すること”がカギを握っているとみる。

 「今まさに各社競争し合っているところなので、データを単に共有するといってもなかなか難しいと思う。ただ、データをオープンにして共有するのは難しくても、いかに活用するかは重要。あまり一社で囲い込んでいても仕方がないので、そこはお金のやりとりも含めた取引で私はいいと思うが、データがやりとりできて有効活用できるという状態にしていくのが重要なんじゃないかと思う。今後海外ともやり取りすることも踏まえて、フォーマットの部分をそろえておくことは進めておきたいと思う」

 そのデータ活用に関しては、各社が競争しているAIのような領域でも協調できる部分はあるのではないかとみているという。「AIもいろいろなところの使い方がある。車両専用部分のAIをみんなで一緒にやりましょうって言っても無理。ただ、地図関連の識別、つまり自動に図化・更新するとか、HMIでドライバー行動のどういう状態が覚醒状態かを識別するためのAI、といった部分なら協調になり得ると思う」

莫大なデータから最適解を見つけるチャレンジ

 いずれにせよ今後、自動運転が人々の生活の中にますます入ってくることは間違いない。最後に、2020~30年にどのような理想をイメージしているか、またその理想に向けて現在この領域に携わっている人たちに何を期待するかを尋ねると、葛巻氏は未来像とともにそこに至る技術的チャレンジをえがきだした。

 「やっぱり事故をなくすというのが一番大切。その上でスムーズに車が流れていて渋滞やストレスがなく行きたい所にどこでも動けるというような世界が理想。今はそれができるようなツールがいろいろそろってきているので、本当にそうした世界が実現出来たらいい。車にとっては大きな変革期だとは感じている。AIにしろ、ビッグデータにしろ、車のシステムに使うのは、ものすごいチャレンジ。さまざまな環境の中で、莫大なデータが必要になってくる。その中から一番よいものを見つけていくのは、中でも一番チャレンジングなところだと思う。こうした難しいところに、どんどん若い優秀な人に挑戦していただきたいと思う」

 

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