自動運転の普及期におけるユーザーとのコミュニケーション


住商アビーム 業界レポート

Date:2018/05/15

Text:住商アビーム自動車総合研究所 粟井祐介

■はじめに

 先月相次いで発生したウーバー社とテスラ社の自動運転車の事故がメディアで取り沙汰されています。このメールマガジンをご購読いただいている皆さまはどのように報道を受けとめられたでしょうか。自動運転の実現に向けた気運が高まる一方で、このような事故も発生しており、多くの方々が期待と不安を抱いているのではないでしょうか。筆者は昨今の自動運転に関するニュースを見ながら自動運転の発展が社会にどう影響するのか、また社会の動向が自動運転の発展にどう影響するのかという関心を抱くようになりました。

 このような課題意識から今回は、自動運転の普及期におけるユーザーと供給側の企業のコミュニケーションをテーマにコラムを執筆させて頂きます。前半では、国内で進む自動運転の普及に向けた動きを取り上げ、ユーザーと企業のコミュニケーションの事例を紹介しながら「供給側の企業はどのように自動運転へのニーズを汲み取ることができるのか」という問いを投げかけたいと思います。後半では、自動運転へのニーズの不確実性について言及し、企業側による技術先導のニーズ掘り起こしというアプローチの必要性に触れたいと思います。

 

■自動運転の進展

 現在、自動運転及び ITS の社会実装に向けて政府主導で策定された「官民 ITS 構想・ロードマップ」や「戦略的イノベーション創造プログラム」(以下、SIP)等によって、多くの府省庁や民間企業等で自動運転の導入に向けた検討が進んでいます。

 関係府省庁間の具体的な連携と並行して、民間企業においても自動車メーカー各社は相次いで運転支援技術を搭載したモデルを投入しながら、自動運転レベル向上に向けた研究開発に努めています。自動走行システムを搭載した車両の公道実証実験も始まっており、国内では自動車メーカー、IT 企業、大学・研究機関、地方自治体等の多様な主体によってプロジェクトが推進されています。

 今日までの産官学あげた目を見張る取り組みによって自動運転の認知度・プレゼンスは向上しており、一般の方々からも関心が寄せられるようになっています。交通事故死者数の低減や交通渋滞の緩和等の社会課題が自動運転の実現で解消されることへの期待の大きさが伺えます。

 

■自動運転に対する市民の声

 自動運転への社会からの注目度が高まる一方で、筆者は将来現実のものとなる自動運転がどのようにユーザーに受け入れられるかについての関心・議論は現在深まっている真っ最中という印象を受けています。

 SIP 自動走行システムでは、自動運転に対する社会受容性の醸成を目的とした市民ダイアログを昨年度に2 回開催しています。それぞれ「モビリティと都市デザイン」と「未来社会とMaaS」をテーマとして、各分野の専門家や市民の方々を交え、未来の移動・都市の姿を描きながら、「人々の移動・生活はどうなっていくのか」や「そこでの自動走行システムのあり方」等を議論し、多様な立場から様々な意見があがりました。以下、その一部を紹介します。

- 「都市ではセンサー類を活用した自動運転、郊外では自律走行など、運用のメリハリが必要」
- 「カメラ等の設置拡大に伴うプライバシーの問題も考えていく必要がある」
- 「目的地にあわせ、その往復もパッケージ化し提供することで付加価値を上げることができるのではないか」 
- 「人々の自動運転のニーズを吸い上げるためには「コンテンツ化」する必要がある。」

(参照元:SIP自動走行システム

 

 こうした市民目線に立った取り組みは、マーケティングの観点からも自動運転へのニーズを把握するという意味で意義がある活動で今後も継続される必要があると感じています。

 また、4月 9日に発表された日本自動車工業会の 2017年度乗用車市場動向調査では、下記の調査結果が報告されています。(以下、一部を引用)

- 自動運転車に関心があると答えた人は4割強。一方、関心のない人も3割弱。

- 自動運転車に期待することの上位は「安全性が高まる」「渋滞が緩和される」。

- 自動運転車に関心がない理由の上位は「安全面で不安」「自分で運転したい」。

(参照元:日本自動車工業会

 

 以上の市民ダイアログで寄せられたコメントや市場調査の結果から、筆者は自動運転に関する情報(何ができて何ができないのか、どれくらい安全なのか、自動運転車の価格は高いのか等)がまだ正確に伝わっておらず、自動運転へのニーズも主観的なイメージに基づくものが多いのではないかという印象を受けています。

 

■製品の普及期におけるニーズの把握

 自動運転車の場合もこれまで通りユーザーのニーズを汲み取りながら製品を開発できるのでしょうか。前述の通り、自動運転に対するユーザーのニーズは明確に顕在化していないのではと考えられます。自動運転車を実際に手にして使ってみるという機会は限られており、どのような自動運転車が出てくるのか予想もつかなければ、自動運転車が自分たちのライフスタイルをどう変えるかを想像することもまだ困難な状況にあると思われます。

 仮に自動運転へのニーズを把握できたとしても、実際に自動運転車が走り始めるまでに時間を要するため、環境の変化に応じて現在のニーズが変化・進化する可能性があり、将来のユーザーが抱える潜在的なニーズを見落とすことになるかもしれません。例えば、自動車を「所有」することの意味や「移動」に求められる価値が変化し、移動手段としての自動車に求められるニーズが変わる可能性があります。

 つまり、自動運転へのニーズの把握は容易ではなく、仮に顕在化していても不確実性が高いと推察されます。このことは、ユーザーのニーズを加味した自動運転車の投入が困難になる可能性を示唆するものと思われます。

 既存の自動車の場合であれば、ユーザーが実際にその製品を使用し、その長所や短所もよく知っているので具体的な改善ニーズが表面化しています。そのため、各チャネルを介したユーザーとのコミュニケーションによって自動車メーカーはニーズに基づく改善を行い、新モデルを投入するというプロセスが成り立ってきました。SUV を例にして、この場合の事例をみてみます。

 

■普及期におけるユーザーとのコミュニケーション:成功例と失敗例

<事例1:普及期におけるアーバンSUVの「発見」>

 今日 SUV と呼ばれるこのジャンルの乗用車は、1970年代から主にレジャー用途向けとして四輪駆動性能による高い悪路走破性と堅牢なボディ性能等を重視して開発されました。しかし、1980年代に入ると、ワゴンで都市を走るという新たな楽しみ方が流行し、堅牢性よりもスポーツ性能やデザイン性を重視する商品性へと変化していきました。1990年代になると、自動車メーカー各社はより幅広いユーザー層のニーズを製品開発に反映させ、走行性能よりも運転のしやすさや乗り降りのしやすさ等の街乗りに合った商品性へと変化させていきました。

 当初、メーカーが想定していなかった用途や価値がユーザー側で発生したことを受け、市場のトレンドに適応するために技術開発の方向性が普及期に変化していったのです。その結果、当初レジャー向けだった商品が大衆車になるまでに変化・発展し、SUV 市場が生まれたのです。この事例は、企業とユーザーのコミュニケーションを通じて、供給側が顕在化したニーズを迅速に汲み取ることで、製品の市場が立ち上がり、拡大したことを示唆する好例と言えるのではないでしょうか。

 

<事例2:ミシュランのランフラットタイヤ「PAXシステム」の撤退>

 つぎに、企業側がユーザーとのコミュニケーションを怠ったため、新製品が市場に受け入れられなかったことを示唆する事例をみてみます。

 1990年代始めにミシュランは、ランフラットタイヤ「PAX システム」の開発を始め、90年代後半に事業化に漕ぎ着けました。当時はタイヤのパンクが頻繁に発生しており、交通事故の原因にもなっていたため、パンクが発生しても走り続けられるランフラットタイヤの登場は、ドライバーのニーズに合致するものでした。また、車両の安全性を向上できる自動車メーカーからの関心も高く、一部の自動車メーカーはこの新製品を採用しました。

 しかし、その画期的な性能にも関わらず、この新製品は 2007年に販売終了という惜しい結果に終わってしまいます。その原因は、ミシュランと「ユーザー」であるディーラーや修理工場との関係構築が進まなかったことにあると言われています。例えば、修理工場はこの新製品を修理するための専用設備やトレーニングが必要だったのですが、受け入れ等がうまく進みませんでした。その結果、この製品が搭載された自動車を購入しても修理工場がないというドライバーの不満も増大しました。

 この事例は、製品開発というより販売の側面が強いのですが、新製品の普及期におけるコミュニケーションがエンドユーザー(ドライバー)だけではなく、企業とエンドユーザーの間に存在するビジネスパートナー (ディーラーや修理工場)との間でも重要であることを示唆しています。なお、現在はミシュランを含めタイヤメーカー各社はランフラットタイヤを販売しています

 話が横道にそれますが、自動運転車が普及するとランフラットタイヤの普及も加速する可能性があります。自動走行中にタイヤトラブルが発生してもそのまま走行できることに加え、スペアタイヤを載せなくても良い分車内空間全体を有効活用できるという点も大きなメリットもあるからです。また、スペアタイヤを載せない分重量も軽くなるので燃費向上も期待できます。ランフラットタイヤの普及に向けて、乗り心地や価格等が課題になると言われています。

 

■技術先導のニーズ掘り起こし

 自動運転に話を戻します。前述の通り、自動運転へのニーズの把握はまだ容易ではなく、仮に顕在化していても不確実性が高く、ニーズ志向の製品開発も難しい状況にあるのではと推察されます。冒頭で「供給側の企業はどのように自動運転へのニーズを汲み取ることができるのか」という問いを立てましたが、このような状況からその答えはユーザー側ではなく供給側に見出せるのかもしれません。

 なぜなら、ユーザーは自分が必要とする自動運転の機能や用途をまだ想像できないかもしれませんが、供給側の企業は自動運転技術によって実現できるユーザーの新しい生活、社会を提案できる立場にあるからです。

 そのため、「自動運転が実現されれば、こんなに便利な生活になる」と市場に提案していくことでユーザーのニーズを掘り起こし、喚起するというアプローチが有効になると考えられます。例えば、各種メディアを通じた提案活動や自動運転導入に積極的な地方自治体との市民参加型のイベント開催等が考えられます。

 このような供給側からのアプローチに対するユーザーの反応からニーズを見出し、製品開発に活かすことでユーザーが求める自動運転車像により近づけることができ、結果として「自動運転車はできたけれどなかなか市場が立ち上がらない」、「自動運転車を市場が受け入れない」という状況も回避できるのではないでしょうか。これはプロダクト・アウトとマーケット・インでどちらが正しいという話ではなく、自動運転車の市場への投入には両者のバランスがより重要になると考えています。供給側の企業にとってはマーケティング部門と技術部門の緊密な連携がこれまで以上に求められると思われます。

 

■さいごに

 ここまで自動運転の普及期における企業とユーザーのコミュニケーションに焦点を当てながら、自動運転へのニーズの不確実性に言及し、技術先導のニーズ掘り起こしというアプローチの必要性に触れました。

 本稿ではユーザーへのアプローチ主体として企業(自動運転車の開発・販売に関わるメーカー等)を念頭に置いたものの、「自動運転がどのようにユーザー、社会に受け入れられるか」という観点では、当然のことながら行政(関係府官庁や地方自治体等)や公益に係る団体に期待される役割も極めて大きいことを最後に付記します。行政は自動運転で実現する新しい社会を支える法律や政策を設計する立場にあり、自動運転車の普及に向けた協働に不可欠な存在です。

 ユーザー、社会から歓迎される自動運転社会の実現のためには、普及期のコミュニケーションを通じた企業、行政、ユーザー等の相互理解の深化が今後も必要であり、その取り組みの一翼を担えるよう筆者も邁進していきたいです。

 


◆このコンテンツは住商アビーム自動車総合研究所のメールマガジンを転載したものです。リアルタイムでメールマガジンを読みたい方は住商アビーム自動車総合研究所のホームページよりご登録ください。

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