ソフトウェアの研究開発に特化したデンソーのグループ会社、デンソーアイティーラボラトリ。東京都渋谷区のビル内にあるオフィスには至るところにホワイトボードが置かれ、卓球台や楽器も並ぶ。この自由な空間で、一体どのような研究開発が成されているのか、代表取締役社長の平林裕司氏に話を聞いた。
Date:2018/03/20
Text & Photo:ReVision Auto&Mobility編集部
聞き手:友成匡秀
――御社が注力している技術領域について教えてください。
平林氏: 大きく分けて画像認識、自然言語処理、信号処理・制御理論・時系列解析、認知科学・ユーザーインタフェースの4分野です。意図的に注力するテーマを選んだというよりも、社員の専門分野や研究テーマを集約したら、その4つだったという方が近いですね。デンソーも似たような研究をしていますが、当社は研究の進め方やプロセスが違います。当社の場合は既に技術を持っている中途入社社員が中心なので、基本的には個人の自主性に任せています。そこがデンソーのグループ企業でありながらデンソーらしくないところで、デンソーらしくないと言っていただくことが、ある種の目標でもあります
――ユニークな目標ですね。
平林氏: 当社社員は学会などで得た最先端情報をもとに「これをクルマに持ち込むなら、あれが課題になる」「これは使えそうだけれど、計算機パワーがかかり過ぎて使い道がない」といった見立てをして研究開発を進めます。
実例のひとつがディープラーニングによる初めての歩行者認識です。2012年の画像検出のコンペでディープラーニングに着目し、そこから地道に研究を重ねて、2014年のカンファレンスで歩行者認識の成果を発表しました。当時はディープラーニングが全然話題になっていなかったですから、業界には「ディープラーニングがリアルタイムで動いている!」と驚きを持って迎えられました。でも、それから3、4年で世界は変わりました。もはや当たり前の技術になっています。こんな風に自分たちで必要なテーマを見つけていくのが当社らしいと思います。
――それらテーマは自動運転につながるものだと考えて良いでしょうか。
平林氏: はい。2012年に、2020年に向けて何をすべきか、柱技術として3つほど領域を絞り込んだことがあり、その1つが自動運転でした。2013年には車いすを使った自動運転車を独自の技術で走らせています。2つ目は音声対話。今のカーナビも音声に対応しますが、補助的手段に過ぎない。今後のクルマではシステムとの対話は絶対に必要だと考えます。最後の1つは、最近あまり言わなくなりましたが、サイバーフィジカルシステム(CPS)です。実世界にあるさまざまなデータをクラウドなどのサーバー空間で分析、演算して新しい価値を生み出すという、いま流行りのMaaS(Mobility as a Service)ですね。
レベル4はエリアや用途を限定しなければ実現しない?
――その当時と現代とを比べると、相当に技術が進化していますよね。
平林氏: 確かに画像関連技術は発展しましたね。ただ、カメラは白線や歩行者など、さまざまなモノを検知できて便利ですが、暗所や逆光に弱く、距離も測りにくいので、それだけでシステムを完結することは難しい。また、ACC(アダプティブ・クルーズ・ コントロール)のように、前を走行する車両を追従するシステムはミリ波が主体になります。一方、プリクラッシュセーフティでは前方カメラとミリ波レーダを組み合わせて検出の信頼性を向上させています。そんな風に役割分担をしているわけです。
完全自動運転ならば、ライダー(LiDAR)が必須でしょう。いまも自動運転のテスト車両のほとんどにライダーが搭載されています。ライダーは高い分解能で障害物の距離と方位が検出できるため、フリースペースの検出もできます。ただ、ご存知のように、ライダーはまだコスト面で見合わないですし、技術的にも途上で、実用化レベルには達していません。
――ミリ波やカメラ、ライダーなどのハードウェアを活用するにはソフトウェアが重要ですよね。
平林氏: そうです。先述のとおりディープラーニングで歩行者の認知が向上したわけですが、実際の道路にはクルマも自転車も動物も存在しますから、それらを識別する必要がありますし、駐車できるフリースペースを検出してほしいというニーズもあるでしょう。当然、今までどおり信号や白線も検出できなければいけません。こんな風に要求が複雑になっても、すべてを一度に識別するのは難しく、「これは、これ」「これは、これ」と一つずつ認識していくことになる。それらをうまく機能させるには工夫が必要なんですよ。
――どのような工夫ですか?
平林氏: 当社ではバイナリーコード化です。実数の特徴量の代わりにコンピュータが得意な二値の特徴量を用いることで、高速で省メモリな処理を可能とする技術です。精度を落とさずに高速化できるということで、学会でも注目が高い。詳しくは28日のウェビナーで解説できればと思っています。
――よろしくお願いします。そういったテクノロジーの進化を経て、レベル4の自動運転が実現されるのはいつごろだと見ていらっしゃいますか?
平林氏: 答えにくい質問ですね(笑)。時期を断言できないのですが、世の流れも含めてウェビナーで少し説明しようと思っています。今日はそのさわりだけお話ししましょう。
昨今、自動運転に関する発表が相次いでいますね。たとえばBMWは2021年に無人運転車の実現を目指すと言っていますし、Audiは自動運転と都市交通について言及しています。Fordは完全自動運転の車を2021年より前に実用化し、GMは今年1月にハンドルやペダルのない自動運転車を2019年に実現すると発表しました。
でも、よく発表内容をよく見ると、どの企業も公共交通やライドシェアで実現すると言っているんですよ。「都市交通やライドシェアに使えるクルマを作りますから、責任はサービスする方でとってくださいね」と言っているように、僕には聞こえてしまう(笑)。
――OEMはサービス事業者へのサプライヤーになるわけですね。
平林氏: 自動車メーカー自身も、いまのクルマと同じ品質を保証しながら、一般ユーザー向けにレベル4の自動運転車を出せるとは思っていないのではないでしょうか。なぜなら少し前まで、どのメーカーも自動運転の実用化を「202X年」と言っていたんです。明言しないということは、本気で出すつもりがないということ。いまは具体的な目標年を掲げていますが、対象はオーナーカーではないですからね。
商用ならばライダー搭載で、安くはなるものの1台何百万円でも実用化できるかもしれません。タクシーやトラックのドライバーのなり手は減っていますが、社会としてそれらサービスは必要なわけですから、たとえば補助金を出したり、ルートやエリアを限定したりしながら、自動運転にせざるを得ないかもしれません。
オーナーカーとしての自動運転の在り方
――自動運転によってクルマと社会、クルマと人々の関わり方が変わってきますね。
平林氏: ひとつ興味深かったのはテスラの事故の最終報告書です。当初は事故原因について、逆光のためにトラックを認識できなかったなど、さまざまな分析記事が出ましたが、最終報告書にはそういった要素はなく、運転手の過信についての記述しか書いていなかったと聞いています。
僕も事故の内容について調べてみましたが、実のところはよく分かりません。でも、確実に言えるのは技術を過信してはいけないということ。手を放してもいい時間を制限するのもひとつの方法でしょうが、一番の課題は、どうやって人間の過信を抑えるかです。
――確かに人間の過信は恐ろしいですね。利用者の過信によって思わぬ事故を引き起こすことがあります。
平林氏: 当社でもHMIを研究しているメンバーが過信について検討を重ねています。実際、過信の心理は十分理解できます。たとえばACCに対して未知の技術だから怖いと思っているうちは大丈夫なのですが、渋滞している高速道路でタラタラ走っているときに利用してみると、その便利さを実感します。隣の人と話をしていてもクルマは勝手に進むし、前が空けば警告音が鳴るので、そうしたら軽くアクセルを踏めばいい。だから、前方を注視し続ける気がしなくなる。そこに過信が生まれます。
ただ、技術的にはどんどん進化していて、最新のメルセデス・ベンツのSクラスは前方のクルマを追従するだけならば、一般道含めて実現できているのではないかと言われています。ナビで登録した目的地に到着するまで、自動で加速・減速を行う。速度制限標識を読み込み、自動で減速するのです。これで行程全体の80%程度運転を引き受けることができるというものです。
――それはすごいですね。
平林氏: オーナードライバーのなかには、隣の人と話をしながら運転したい、エンターテインメントを楽しみながらドライブしたいというニーズもあるでしょうから、ベンツの考え方は非常に良いですね。「目的地を設定すると、行程全体の80%程度運転を引き受けることができる」と言っているだけで、「レベル3」とは言っていない点です。自動運転の根本は、そんなところにあるような気がします。本当はどういった自動運転車が欲しいのか、あるいは一切欲しくないのか、みなさんの考えを知りたいですね。
――ウェビナーでは視聴者のコメントを受け付けていますので、そういったご意見が出てくるかもしれません。今日はありがとうございました。
平林氏が出演するウェビナーは2018年3月28日(水)17:00スタートです。
ウェビナーでは今回のインタビューをより深く掘り下げた内容を予定しております。
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詳細は下記URLよりご確認ください。