メルセデス・ベンツの新型Aクラスがオランダのアムステルダムで世界初披露された。注目すべきは年初のCES2018で発表されたインフォテインメントシステム「MBUX」の搭載だ。MBUXとはナニモノで、新型Aクラス搭載が意味することは何なのか。CES2018の模様を中心にレポートしよう。
2018/2/7
清水 和夫(自動車ジャーナリスト)
写真提供:メルセデス・ベンツ
毎年1月に米国ラスベガスで開催される世界最大規模のテクノロジーショーCES。今年の開催初日には大規模停電が発生するというハプニングもあったが、会場内は活気に満ちており、まるでイノベーションのラッシュアワーのようだった。
メルセデス・ベンツのプレスカンファレンスではまず、2017年9月に始まったプロジェクト「インテリジェント・ワールド・ドライブ」についての発表があった。このプロジェクトは現行Sクラスをベースにした車両を使ってドイツからラスベガスまで五大陸を走破し、その間に自動運転の研究開発に資するデータを収集するというものだ。
CES会期中にゴールを果たした「インテリジェント・ワールド・ドライブ」
レベル4実現のために必要なデータとは何か?
CES会期中、このテスト車両を同乗取材することができた。
プロジェクトの心臓部ともいうべきデータ収集用の機器類はトランクに収納されている。コクピットは一見すると市販車と変わらないが、実は特別なスイッチが配置されていた。ドライバーが「ここだ!」と思ったときにスイッチを押すと、それがトリガーとなりデータが記録されるのだという。
目的は予想外の状況にあるとき、センサーが道路環境をどのようにセンシングしているのかを知ること。センターコンソールにはカメラやレーダーが実際の道路をどう見ているのかを可視化するためのモニターも置かれ、道路の車線やクルマなどが映し出されていた。
取材中、実際に救急車が接近してきた。このシチュエーションをセンサーはどう認識するのか。ドライバーは迷いなくトリガースイッチを押してデータを取っていた。
自動運転のレベルは市販車と同じくレベル2。ドライバーが例のスイッチを押すと毎分12ギガバイトのデータが記録され、そのデータはメルセデスの研究部門に送られる。データの解析はこれから機械学習を使って行われる予定で、これが将来のレベル4にも使えるデータベースとなるという。
道路環境は国や地域によって異なる。たとえば、アメリカでは車線の代わりに小金属製の円盤を道路に埋め込んだボッツ・ドッツが多いし、オーストラリアでは一旦、左に曲がってから右折するというような独特の交通環境があるし、中国では車間距離を示すために高速道路に白線で模様が書かれているところがある。このプロジェクトを通して、メルセデス・ベンツは世界中を走らないと得られない貴重なデータをたっぷり蓄積したようだ。
テスト車両はさまざま道路環境を“経験”した
ドライバーが求めることを先読みして提案
CES2018で語られたもう一つのトピックスが新型Aクラスに搭載された「MBUX(Mercedes-Benz User Experience)」だ。直訳すれば、メルセデス・ベンツのユーザー体験というところだが、具体的にはどういったものだろうか。
キーテクノロジーは音声認識と人工知能(AI)。アマゾンのエコーやグーグルのGoogle Homeといったスマートスピーカーと同じく、声で操作できるのが特徴。「ヘイ、メルセデス」と呼びかければ、システムが起動する。
対応する言語は日本語を含む23カ国語で、人に語りかけるような自然なコミュニケーションが可能だ。MBUXに「ヘイ、メルセデス! 渋滞しているから会議に遅れると、ボスにメールして」と言えば、すぐにMBUXがメールを送信してくれる。レベル2の段階ではサブタスクが許されていないが、MBUXがあれば、まるで秘書が隣に乗っているような感覚でさまざまなことができてしまう。
そんなMBUXの最大の特徴は「先読み型Suggestion」が可能となったこと。たとえば、出社時には毎日ナビゲーションをセットする必要がなく、自動的にオフィスがセットされる。途中の経由地があっても、どういう順序で移動するのかをわかってくれるし、ドライバーのスケジュールや好きな音楽のパターンも学習して対応してくれる。
もちろんクルマが勝手にセットするのではない。メルセデス・ベンツの世界観はいつだって人間が中心にある。MBUXはドライバーが何かを入力する前に「これからオフィスに行きますか?」などと尋ねてくる。それに対して「イエス」と答えれば、目的地を自動的にセットアップしてくれるのだ。
しかも、MBUXはクルマに特化したデータベースを使うので、ドライバーが必要とする情報の先読みは非常に正確で、正解率はなんと95%以上だというから驚いた。
メルセデス部門の開発総責任者のオラ・ケレニウス氏はMBUXについて「未来のクルマはどのように人とインターフェースするのか、その問いに対するメルセデスの答えだ」と述べていた。
メルセデス部門の開発総責任者のオラ・ケレニウス氏
新しい技術をどう生み育てるか、メルセデスの答え
MBUXがこれまでのインフォテインメントシステムと大きく違うのはAIと機械学習をベースにして開発されている点だ。従来のシステムはある種の完成品であったのに対して、MBUXは使うほどに学んで賢くなっていく。言い換えれば、少しでも早く発売し、多くのドライバーに使ってもらう方がより良く進化することができる。
2月2日、アムステルダムで新型Aクラスが発表されたが、ここにMBUXが搭載された。量産車にAIと機械学習をベースにしたインフォテインメントシステムが搭載されるのは世界で初めてだ。
これまでメルセデス・ベンツは、最先端のシステムは真っ先にSクラスへ搭載してきた。なぜならSクラスはアッパー向けで車両価格も高く、リッチなシステムを搭載しても価格転嫁が可能だったからだ。そうやって徐々に新しいシステムの普及率を高め、ある程度価格を下げられるようになったところで、BクラスやAクラスにも展開するのが王道の手法だった。
しかし、今回はAクラスから搭載が始まる。理由はシンプルだ。MBUXが若い世代と相性が良い仕組みだからだ。
MBUXは音声入力だけでなく、スマートフォンのようにタッチディスプレイで入力することもできるし、ハンドルから手を離せない場合はハンドルに備えられたタッチコントロールボタンでも操作は可能。これらインターフェースはスマホネイティブを筆頭とする若い世代には何の抵抗感もなく、受け入れられることだろう。
加えて、MBUXは使うほどに学習するのだから、積極的に活用される方がいい。その意味でも、じっくり運転を楽しむ年配のオーナーよりは、デジタル機器に慣れている若い世代に乗ってもらう方が良い。どんどんMBUXを使って育ててくれたら、そのご利益はいずれSクラスのオーナーにも届くだろう。
ユーザーインターフェースにこだわったMBUX
アムステルダムで発表された新型Aクラス。これにMBUXが載る
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