課題はシステムの複雑性低減――フォルクスワーゲンの描くレベル5への道


 開発競争が激化する自動運転。巨大グループ、フォルクスワーゲン(VW)はこの分野をどのように見ているのだろうか。内閣府SIP-adusのメンバーでもある自動車ジャーナリストの清水和夫がVWの戦略に迫る。

2017/11/27

聞き手:清水 和夫(自動車ジャーナリスト)

 

 VWは今年3月のジュネーブモーターショー2017でコンセプトカー「セドリック(Sedric=Self-driving car)」を発表した。このモデルはグループ初の自動運転のコンセプトカーであり、パーソナルモビリティを再定義するモデルであり、そしてブランドを横断するアイデアプラットフォームとしての役割も担っている。

 このほど、VW自動運転開発の責任者であるヘルゲ・ノイナー博士の来日に伴い、セドリックを含む同社技術に関してインタビューする機会を得たので、ここにレポートしたい。

VWが目指す安全・リソース・快適性の向上

 VWにとってセドリックは初の完全自動運転のコンセプトモデルだが、自動運転技術の開発についてはもっと以前に遡る。表立ってその活動が知られたのは2005年のDARPAグランドチャレンジだ。ノイナー博士はVWグループが自動運転を注視する主な理由として「安全性の強化、リソースの有効活用、ユーザーの快適性の向上」を挙げた。

 「安全性とは事故低減のこと。これは弊社だけでなく、各国政府にとっても大命題です。また、リソースとは電力やガソリンだけでなく、街のインフラも含めて考えています。混雑する道路で効率よく車を動かすことができれば、すべてのリソースの効率化につながるからです。そして、ユーザーに対しては交通渋滞の緩和やスムースな駐車など、あらゆる面での快適性を強化したいと考えています」

 VWグループは、2015年にはレベル3の実験車両「アウディA7 piloted driving concept」を使ってサンフランシスコからラスベガスまでの900kmを自動運転で走破している。

 「レベル3は、限られた領域は完全な自動運転で、そのほかは人間が運転するため、自動運転システムの無効あるいは有効に関するユーザーインターフェースが重要です。このときの実験車両は自動運転システムが有効であることを色で表現しました。また、システムから人間へと運転の主体が切り替わる際に、人間の意識がこちらに向いていないことが分かると、音を大きくしたり、赤い色にしたり、注意喚起します。こうしたシステムを構築することで一層快適な環境を提供できますが、その反面、コストが上がるのも事実です」

自動運転のコンセプトカー「セドリック」(提供:フォルクスワーゲン)

 

無人走行レベル5までのロードマップ

 アウディを使った自動運転の実験走行からまもなく3年、自動運転技術は大きく進化した。先述のコンセプトカー、セドリックにはハンドルがなく、レベル5を想定している。

 「セドリックでは『モビリティ・アズ・ア・サービス』を考えています。つまり、個人がモビリティを所有するのではなく、タクシーのようにサービスとして使えるということ。自動車メーカーにとってはクルマを売るのではなく、モビリティというサービスを売ることになるわけで、ここに新しいビジネスモデルが構築されることから、さまざまなメーカーが投資をしているのです」

 セドリックのコンセプトで特に重視しているのは市街地におけるモビリティの強化だ。市街地では一人で乗っている車両が多いので、「その効率を上げることも重要」だと、ノイナー博士は言う。ただし、市街地は交通状況が複雑。日産はV2I(ヴィークル・トゥ・インフラストラクチャー)の必要性 を説いているが、VWはどう見ているのだろうか。参考:「自動運転とは約束事の積み重ね――日産流ロジックを読み解く」

 「システムによる自動運転から人間による手動運転に戻るのに約10秒かかることがわかっています。自動運転が高速道路から始まったのは、自動車専用道ならインフラからの情報を得なくても実現可能だからです。これが市街地になれば様相が異なり、たとえば信号機の色は一切間違えることなく検出しなければなりません。そこでV2Iが必要になるということだと思います。日本には意外とV2Iが整っているように感じています」

 また、セドリックはボタンひとつで呼び出すことができる、レベル5のコンセプトカーだ。そこに至るまで、どのような進化の道筋があるだろうか。

 「2パターンあると思っています。レベル2からレベル3、レベル4と進化させていくのか。あるいは、一気にレベル4あるいはレベル5を目指すのか。一見違うことのように見えて、実は、この2つのパスは同時並行で起こっています。段階的な技術革新はVWグループとして共通で進めていきます。もう一方の一気に開発する方法はグループのいずれかのブランドになるかもしれませんが、現段階では正式に決めていません。ただ、VW傘下の全ブランドが一気にレベル4を目指すのは効率的ではないし、すべてのブランドのユーザーがそれを望んでいるわけでもないと思っています」

 

段階的にレベルアップするEvolutionか、一足飛びにレベル5を実現するRevolutionか、VWはそのどちらもあり得ると考えている(提供:フォルクスワーゲン)

 

直感的に理解できるシステムの開発を目指して

 この先、レベル2も高度化していくと見られるが、いかに優れたシステムでも100%の確証はあり得ない。人間が安心して使うためには、人間がシステムを理解する仕掛けが必要だ。たとえば、いま起きている不具合はカメラの読み取りに起因するのか、機械的なトラブルが原因なのか、状況を直感的に理解できる必要がある。

 「ドライバーは車両に乗ったその日から、システムや機能を理解する必要がありますから、誰にでも分かりやすいように、システムの複雑性の低減を目指しています。マニュアルを200頁も読んで理解するのではなく、直感的に必要なことが分からないといけない。ここが難しいのです。それと同時に、ドライバーは自らの責任領域を理解しなければならないので、人間がどの情報を把握すべきかを周知徹底する必要があるとも思っています」

 「ドライバーによって車両の扱い方も、システムへの信頼度も異なりますから、当社では自動運転における人間の挙動に関して研究しています。たとえば、レベル3の自動運転車において、システムからドライバーへと運転の主導権がテイクオーバーする場合の最適な時間はどの程度かという研究では興味深い結果が出ました。ドライバーが自動運転車に慣れて、システムへの信頼性が高まるほどに、ドライバーが運転に戻るまでの時間(トランジッションタイム)が長くなることが明らかになったのです。人間は信頼度が高まるほど大丈夫だろうと考える。これは私たちにとっても意外な結果でした。このような人間研究を踏まえてシステムを作っていかなければならないと考えています」

 こうした心理的な問題だけでなく、運転中には不可抗力のリスクも生じ得る。その筆頭が急にドライバーが体調を崩すデッドマンのケース。また、高齢者が誤ってアクセルを踏み込んで発生する事故もシステムで低減できるものなら対策を講じたい課題だ。

 「VWでは人間から運転の主導権をシステムに移行することも考えています。そのためにはドライバーの状況をカメラなどでモニタリングする必要がありますし、正しい評価をするためにはドライバー特有の情報を定義しなければなりません。そのドライバーは通常どういう行動をするのか、どういう状況がノーマルなのか、それらを定義した上で、システムが異常を感知すれば逆のテイクオーバーをするわけです。必ずしもシステムが自動運転を継続する必要はなく、安全に停止するセーフストップモードも考えています」

 一方、物流や公共交通などでは無人車両を遠隔操作するアイデアもあり、その場合は誰かが安全ボタンを押す可能性がある。

 「複数のトラックを電子連結するコンボイ走行の可能性も検証しています。その場合は、中央集権的なアプローチとしてコントロールセンターを構築し、常に車両をモニタリングして、必要に応じて安全停止させることも必要になるでしょう。物流業界については人件費高騰や人材難といった課題があり、自動運転は大いに貢献できるのではないかと思っています。トラック業界からもある程度の投資も構わないとの声が上がっていて、様々な研究を進めています」

文責:林 愛子(株式会社サイエンスデザイン代表)

 

 

トラックも含め交通社会全体を対象にできるのがVWグループの強み(提供:フォルクスワーゲン)

 

VW自動運転開発の責任者であるヘルゲ・ノイナー博士

 

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