自動運転に対する社会受容性を醸成し、市民の持つ問題意識やニーズを今後の研究開発に反映することを目的にした内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)自動走行システムによる「2017年度第1回市民ダイアログ」が11月3日、東京ビッグサイトで聴衆約300人を集めて開かれた。今回は「モビリティと都市デザイン」をテーマに掲げ、東京モーターショー2017シンポジウムの一環として実施。参加した市民パネリストから「安全性や利便性を享受する中で、何を失っているか把握することも必要」「移動する幸せをみんなが享受できることが重要」など様々な意見が出されたほか、会場からスマートフォン等で370件を超える質問やコメントが投稿されるなど、自動運転に対する市民の関心の高さをうかがわせるイベントとなった。
2017/11/10
友成 匡秀
「市民ダイアログ」は昨年度からSIP自動走行システムが継続的に実施している取り組みで、モーターショーなど外部イベントと連携し多くの観衆を集めたのは今回が初めて。「モビリティと都市デザイン」という今回のテーマに基づき、市民パネリストには、移動や都市に関わる研究や仕事をしている大学生や大学院生、鉄道会社社員、不動産会社社員、起業家、メディア企業社員、建設コンサルタントら10人が参加。なかには海外出身者や日常的に車いすを使う人も含まれるなど、多様な背景を持つ構成となった。
市民パネリストとの意見交換するダイアログ部分では、「モビリティと都市の現在 ~移動の課題・ニーズ」、「Beyond2030のモビリティと都市 ~自動運転×都市デザイン~」、「これからのモビリティと都市 ~実現に向けて必要なことから」の3つのサブ・テーマに沿って様々な意見が出された。
「日本は深夜の移動が不便だが、ストライキがない」
最初の「モビリティと都市の現在」では、それぞれ日常的に抱えている課題を共有するところから意見交換を開始。車いすを使うメディア企業社員からは「電車やバスの乗降には支援が必要なことがあり、移動にかかる時間が読めない。東京では心配しながら移動している」、フランス出身の大学院生から「「パリは終電後もバスがあって便利だが、月1回ほどストライキがある。日本は深夜の移動が不便だが、ストライキがないのがとてもいい」などの意見が出された。
また、鉄道会社社員や不動産会社社員からは「みんなが土日に休み、平日9時に出社するから、道路も鉄道も混雑する。働き方が変わることが重要」「自動運転化でどのような雇用が奪われて、どのような雇用が生まれるかを議論すべき」、などの声があった。さらに仕事という点では、人工知能を研究している大学職員が「自動運転で仕事がなくなるのではなく、いままでとは違う仕事が生まれる。それを推し進める街づくりが必要」と提言した。
ダイアログ半ばの「Beyond2030のモビリティと都市」のサブ・テーマでは、枠にとらわれずに未来のモビリティについて語り合い、生体模倣デザイナーとして活躍する大学院生から「都市は生命体に近いように思う。未来の都市やモビリティは人体のミクロの現象をヒントにできる可能性がある」といった視点も提示された。IoT関連の起業家は「センサーを信号機21万機に設置してはどうか」と提案。これに関連し、プライバシー問題や監視社会への懸念などから「市民自身が安全性や利便性を享受する中で、何を失っているか把握することも必要」との意見もあった。
「置いておかれる人を作ってはいけない」
最後の「これからのモビリティと都市」では、海外事例としてモビリティに対する様々な取組みを続けるシンガポールが挙げられ、「日本国内が無理なら他の国でもいいし、特区を作ってもいい。わからないことはやってみるべきだ」との意見が出た。また、建設コンサルタントからは「自動運転が実現できると、運転が不要になり誰でも移動できるので、郊外により価値が出てくる可能性がある」との専門的な視点も示され、メディア企業社員は「人が移動する幸せや楽しさをみんなが享受できることが重要。置いていかれる人を作ってはいけない」と語った。
ダイアログの冒頭、大学でモビリティについて議論している大学院生から学生チームを代表して、移動価値の多様性や都市の可能性について短いプレゼンテーションが行われた。大学院生は未来都市をイメージしたイラストをスライドで見せながら、「個人的には移動しながら風呂に入れればいいと思うが、人によってはそんなものいらないと言うだろう。より多様なニーズに応えることが都市には必要だ」と語った。
市民ダイアログ全体を通して、SIP自動走行システム推進委員会構成員の清水和夫、岩貞るみこの両氏がモデレータを務めた。司会進行役を務めた岩貞氏は途中、「今日の市民ダイアログで結論は出ない。市民パネリストの意見から、一人ひとりが心を揺らし、自動運転や今後の未来を考えるきっかけにして」と、聴衆に語りかけた。
自動運転を出口へ持っていくため市民との対話が必要
市民との意見交換には、SIP自動走行システム・プログラムディレクターの葛巻清吾氏、サブ・プログラムディレクターの有本建男氏、日本大学理工学部土木工学科の岸井隆幸教授も参加。ダイアログの前段では、葛巻氏と有本がSIP自動走行システムの活動概要や意義などについて講演。また、都市交通システムや都市整備プロジェクトの歴史などを研究する岸井教授も講演し、米国の事例を引きながらモビリティの進化が都市デザインを変えてきた歴史や、街の在り方を考えるために自動運転の議論を深める必要性などについて語った。
ダイアログに先立ち、日本自動車工業会・中長期モビリティビジョン検討会の三崎匡美主査から、同工業会が2030年に実現を目指すモビリティ社会や、安全性向上など取り組むべき課題についてのプレゼンテーションやビデオ上映もあった。
モデレータを務めた清水氏は最後に「自動運転をどう事業化していくか、どう出口にもっていくのかを今、政府の府省連携でハードな議論をしながら取り組んでいる。市民の意見もどんどんぶつけていかなければいけない。社会を変えるには、我々の強い意思がないとできない。一方的なプレゼテーションだけでなく、ぜひこうした市民との対話を続けていきたい」と語った。
聴衆の一人として参加した男性(70)は、「こうした意見を聞く機会があるのは非常によいこと。車いすの方や海外の方の視点など、学ぶことが多かった。ただ、専門性を持った登壇者も多く、かなり未来のことを語っていた部分もあったと感じた。普通の市民目線に立って、こうした取り組みをぜひ続けてほしい」と話していた。
次回の2017年度第2回市民ダイアログは来年2月頃に開催される予定。