「2017年を振り返る(後編)」 自動車王国・英国の復活はあり得るか?


まもなく2018年が始まる。来たる新年を占うためにも、2017年の自動運転にまつわるトピックスを振り返っておきたい。

2017/12/24

清水 和夫(自動車ジャーナリスト)

###2017年を振り返る(前編)はこちらから

英国が自動車のメインステージに返り咲く日

 いわゆる英国病にかかって以来、すっかり存在感が薄くなってしまった英国の自動車産業。ミニとロールスはBMWグループ、ベントレーはVWグループ、ランドローバーとジャガーは合体して、インドのタタグループの一員となってしまい、すでに民族資本のメーカーは残っていない。

 しかし、英国はどうやら復活のラストチャンスをつかみかけているようだ。パワートレーンの電動化、自動運転やコネクトの進展、クルマが所有から利用へとシフト……、産業革命に匹敵するほどの変化の波が押し寄せている。英国は脱EUという難問を抱えながらも、巨大な自動車産業を持つ日本やドイツがオタオタしている間に、未来を見据えたイノベーションで国を興そうと考えているのだ。

 英国はハードウェアでは日本やドイツにかなわないので、まったく違ったロジックで動いている。その象徴が自動運転に関わる新法を制定しようと研究するチームの存在だ。各国の法律家が「AIに責任を課すのか」と悩んでいるうちに、英国は「自動運転の法律」の整備に乗り出した。2016年5月には女王陛下が演説を行い、国と社会全体で自動運転を促進する国家方針を定めている。100年以上も前にガソリン車の初期的な普及段階から自動車保険を制度化した英国は自動運転時代を、往時を懐かしむが如く、捉えているのではないだろうか。保険制度と自動運転車の責任の法制化はどうやら英国が先んじそうだ。

 ほかにも複数の国家事業が動いている。英国政府のイノベーション振興部局では自動運転やEVに関して政府援助を行っているし、ユーロNCAPを実施するTRL(交通研究所)では自動運転の社会実験(GATEway)をグリニッジ中心で推進している。

 英国の自動車メーカーは基本的に外資なので、自動運転のシステム作りや制度・社会受容性の研究は政府と研究機関と大学が中心になって進められている。自動車メーカーに縛られないという意味では、日独米よりも、先進的な社会実験を行うことができそうだ。

制度や保険といった切り口から自動車産業の復興を狙う英国

自動運転のメリットを享受する大型輸送分野に注目

 今年2月に開催された未来投資会議で、議長を務める安倍首相は「2020年までに、運転手が乗車しない自動走行によって地域の人手不足や移動弱者を解消します」と述べた。この会議を受けて、経済産業省では従来から研究してきた高速道路のトラックがコンボイ走行実用化に力を注いでいる。

 過去にNEDOはエネルギーITS推進事業として、トラック4台を車間距離4~10mで電子的に連結してコンボイ走行する実証実験を行っている。空気抵抗低減(4台の平均燃費改善)、道路交通の効率化、ドライバーの負荷低減、渋滞緩和などのほか、技術的には2台目以降は無人走行が可能なので、人手不足も解決できるとトラック事業者は期待している。

 研究開発を受託したJARIの計算では80Km/hで3台のトラックがコンボイ走行したとき、3台の平均燃費は「車間距離4mで15%、車間距離10mで8%」の削減効果が期待できるようだ。CO2削減という大義もあることから、このプロジェクトは国家的な規模でさらなる実証実験が計画されている。

 コンボイ走行に特別な技術は必要ない。車間距離の測定にはミリ波レーダーやレーザーレーダーが、車線認識にはカメラが、車車間通信には5.8GHzの狭域通信(DSRC:Dedicated Short Range Communications)と光通信が使用できる。いずれも自動運転や運転支援の技術の応用だ。ただし、安全な運用のためには通信が途切れないことが条件で、これが実は難しい課題だと言える。通信が途絶えれば事故のリスクがあり、現状はプリクラッシュセーフティで使われる自律センサーで対応するしかない。

 しかし、運転手不足にあえぐ物流業界において、コンボイ走行への期待は大きい。政府発表では、新東名高速道路で2018年初めに全車両に人が乗った状態でコンボイ走行の社会実験を始め、2019年から2台目以降を無人に切り替える計画がある。2022年には東京-大阪間の実用化を目指している。

 トラックのコンボイ走行では1980年代のダイムラー・ベンツ社(当時)による「EUREKA-PROMETHEUS(ユリーカ・プロメテウス=Programme for European Traffic with Highest Efficiency and Unprecedented Safety =最高の効率と空前の安全性を備えた欧州交通計画)」、通称プロメテウス計画が有名だ。

 実はメルセデスの自動運転や高度運転支援技術の多くが、ここから生まれている。プロジェクトは1986年に始まり、1994年にはパリ郊外の多重車線の高速道路を利用して、通常交通の中を自動運転で約1000km走行した実績がある。1995年にはミュンヘンからコペンハーゲンまでの走行に成功した。現代に続く成果の一つには、1998年にSクラスで初めて実用化されたディストロニック、いわゆるACCが挙げられる。危険検知やドライバーへの警告、自動的にブレーキが介入する運転支援システムなども開発された。

 四半世紀前のプロメテウス計画に、メルセデスの自動運転の原点があるわけだが、最近はITの著しい進化で、さらなる高度化が可能になっている。こうした流れを受けて、オランダ政府の主導によるトラックのコンボイ走行の実証実験は「European Truck Platooning Challenge」と命名された。この実験にはボルボ、ダイムラー、スカニアなど6社の自動車メーカーが参加した。

 トラックが絡む事故は被害が大きくなるので、有人無人にかかわらず、自動運転のメリットは非常に大きいと欧州メーカーは認識している。通信切れなどの課題はあるものの、物流業界に新しい波が押し寄せていることは間違いない。

先進技術に挑戦した伝説的プロジェクト「EUREKA-PROMETHEUS」 (C)Daimler AG

議論深まる、自動運転の倫理問題

 自動運転に関する社会受容性の議論が熱を帯びてきたことも、2017年のトレンドと言えるだろう。

 日本における交通事故死者数は年間4千人を下回るまでになった。しかし、依然として多くの人命が失われ、世界に目を向ければ年間死者数が100万人を超える。現在のクルマ社会は大きな間違いを犯しているのかもしれない。結果からみると、恐ろしく下手くそな人に、ドライバーズライセンスが与えられているからだ。さらに最近はスマホを使いながら走るドライバーや歩行者が増えており、このままでは事故が減ることを期待できそうもない。

 だが、製造工場を自動化することで作業中の事故が大幅に減少したように、クルマを自動化すれば事故を減らせる可能性がある。言い換えれば、高度に進化した自動運転車なら多くの命を救うことができるということだ。

 しかし、ここに一つの大きな壁がある。いわゆるトロッコ問題だ。下り坂を暴走するトロッコの先には分岐路がある。左には5人が、右には1人が作業をしている。「分岐路にいるあなたはトロッコをどちらの路線に切り替えるべきか」と問われたら、あなたはどう判断するだろうか。5人を助けて1人を見捨てるという人もいるだろうが、もしも1人は若者で、5人はお年寄りだとしたら、どう考えるだろう。人間でも答えが出せないような状況で、AIはどう判断するのだろうか?

 倫理学や法律家の間ではこのトロッコ問題は思考停止に陥る出口のない議論として敬遠されやすい。デトロイトショーでTRI(トヨタ・リサーチ・インスティテュート)のギル・プラットCEOにこの質問を投げかけてみたところ「現実的な解決策は見い出せていないが、その前段として責任の所在を明らかにすることも重要」との回答だった。さすがのプラットCEOもトロッコ問題はお手あげなのだ。

 だが、2020年ころにはラスト・ワンマイルと呼ばれる地域密着の自動運転車として無人タクシーやミニバスが走る可能性があり、トロッコ問題のような状況が起きないとは言い切れない。無人車の運用が始まる前に倫理問題の議論を重ねる必要があるだろう。この難問はメーカーとユーザーと社会が一体となって克服しなければならない。

 ちなみに日本の刑法では5人をはねるのを避け、1人をはねた場合は緊急避難として違法ではない(刑法37条1項)。これは功利主義という考えに基づく。つまり5人が亡くなることと1人が亡くなることの社会的損失を比べている。このように刑法ではドライに割り切るのだが、民事では違った見方も出てくるはずだ。

 また、法政大学法科大学院の今井猛嘉教授によれば「ドイツのカント主義では1人でも死なせれば違法であり、たとえ自爆してでも良心に従いうべきという考えもある」という。しかし、そんなAIを搭載したクルマは誰も買わないだろう。

 最近は行政と大学関係が協力して模擬裁判が行われている。無人車両はあと数年で運用される可能性がある。事故が起きたときの責任問題の議論はもはや待ったなしなのだ。

分岐点でどちらを選ぶか。トロッコ問題に100%の正解はない

コネクト時代のサイバーセキュリティ

 ダイムラーが打ち脱したモビリティのビッグバンとも言うべき「CASE」のなかで、もっとも利便性が高いのが、C(コネクト)ではないだろうか。クルマ同士、クルマと道、クルマとクラウドが繋がることで、計り知れない価値を生み出すことができるからだ。だが、すでに世界中のハッカーがモビリティのネットワークに侵入している。

 自動運転の実現にコネクトは欠かせない。スマホとの連携や車載機器とインターネットが繋がる事による多機能化は利便性をもたらす一方で、サイバー攻撃の多様化をも生み出している。こうした背景から、自動車関連各社はサイバーセキュリティの確保に向けた取組みを進めている。

 最近のトレンドは、システム設計の最初の段階からセキュリティの概念を組み込む「セキュリティバイデザイン」だ。サイバー攻撃を受けてから対策を施す対処療法ではなく、企画設計の段階からシステムが安全に運用されるためのセキュリティ要件を定義し、実装する。これにより、システムの脆弱性を排除し、リスク低減が可能になる。企画、設計、製造、運用、廃棄までのトータルなライフサイクルでのセキュリティ設計が求められるわけだ。

 クルマはそのライフサイクルにおいて、自動車メーカーや部品メーカーだけでなく、ディーラーや整備工場等も関与し、ネットワークを共有している。ハッカーにとっては脆弱性を見つける間口が広いということであり、セキュリティリスクは当然高まる。

 もともとクルマの機能はセーフティに注力した上で、即時性や利便性の確保が求められてきた。セキュリティはさらに機密性や完全性といった要素も重要となる。ハッキングの検知や防御などの自衛策は欠かせないが、リスクを完全にゼロにすることは不可能だ。残存リスクをいかに評価し、攻撃を受けた後にどうするか、被害をどう食い止めて復旧させるのかといったことも考慮すべきだろう。

 テスラは無線通信で自動運転機能のソフトウェアをアップデートするOTA(Over the Air)システムを採用している。日本では規制する法律がなく、メーカーの自主性にまかせているのが実情だが、ユーザーにとってはわざわざディーラーや整備工場に持ち込まなくてもアップデートできるので利便性が高い。いずれはリコール対応なども可能になるだろう。

 OTAは次々に繰り出されるサイバー攻撃に対し、脆弱性の修正対応等のセキュリティ対策を迅速に実施するためにも必須の技術だ。通信時の安全性確保のためには暗号技術が欠かせない。また、安全な状況でのみ更新を可能にするなど、環境整備についても議論が広がりつつある。

 今回レポートしたセキュリティはまだ入り口の段階であるが、アメリカではホワイトハッカーと呼ばれる人たちが現れ、メーカーの脆弱性を証明するイベントも開かれている。ホワイトハッカーは悪意を持ったブラックハッカーからの攻撃を守る免疫力を発揮すると言われている。システムがアクセルやハンドルを操作する自動運転車は、悪意を持ったハッカーのターゲットになりやすいし、テロのリスクも考える必要がありそうだ。

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 先日、トヨタは1997年から続くプリウスの変遷を説明するイベントを開催、ハイブリッド技術を語りながら、電動化はすぐにでも可能だとアピールした。確かに、トヨタはストロング・ハイブリッドシステムやインバータなど、EVに応用できるオンリーワンの技術を豊富に持っている。

 しかし、EVに必須のバッテリーについては突出した技術がない。プリウスのバッテリー容量はせいぜい0.7kWh。ピュアEVともなればその50倍、100倍の容量が必要だ。しかも、トヨタは2025年ごろまでに全車種に電動化モデルを採用する計画。自動車メーカー各社が電動化に向かうなか、バッテリーの開発投資は重いに違いない。

 トヨタがパナソニックとの協業を発表した背景にはそんな事情があるのだろう。パナソニックとは角型のリチウム電池の開発で協業するという。また、トヨタは全固体電池の自社開発にも意欲的だ。全固体電池ならばリチウムイオン電池のような発火や熱暴走のリスクがない。そう、トヨタにはEVを作る技術がないのではなく、安心して搭載できる大容量電池がなかったのだ。

 そんなトヨタを率いる豊田章男社長は無類のクルマ好きという顔を持つ。章男社長は自動運転やライドシェアのクルマも、同じように愛することができるだろうか。これはすべてのクルマ好きに共通する、とても大切な問題だ。

 いみじくもメルセデスが提唱したCASE。このコンセプトをすべて兼ね備えたモデル「smart vision EQ fortwo(smartEQ)」は全長2.7mのチビだが、最先端テクノロジーが詰まった、無人走行も可能なレベル5の機能を持つEVだ。幅広いユーザー層を対象としたシェアカーとしての利用が想定されている。妻は「こんなかわいいチビなら、愛車としてそばに置いておきたいわ」と言った。

 ユーザーに寄り添う親しみやすさを備えながらも、中ではAIがしっかりとユーザーの行動パターンを計算しているらしい。また、フロントグリルはLEDで文字の会話が可能だし、Siriのようにおしゃべりもできる。そんな愛らしくもスマートなクルマなら、家族の一員として迎え入れることができるだろう。ライドシェアは単なるコモディティ化したクルマばかりではないのだ。そんなモビリティ社会を1日も早く創りたいと願っている。

メルセデスの戦略CASEを象徴するモデル「smartEQ」(撮影:中谷智)

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