メルセデスのオープンイノベーション戦略


 1987年から実施されているSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)。今年はメルセデス・ベンツが4社のトップスポンサーの1つに名を連ねた。テクノロジーの祭典と言われている本イベントにメルセデスがスポンサーする訳とは--。

Date:2018/04/03

Text :森内倫子(ベストカー)

Photo:竹谷郁衣(慶應大学SDM)

 

 SXSWの参加者は幅広い。TATOOを入れた若者も多く、服装やふるまいも様々。昭和生まれの自分は古いと感じざるを得ない。

 音楽祭として始まったSXSWは8年後に映画祭が加わり、1988年にはインタラクティブフェスティバルという名称でIT関連の展示会や講演会を加え、昨年からコメディがプラスされたことで、ミュージック、フィルム、インタラクティブ、コメディの4本柱になり、期間も10日間に及ぶ。入場料はバッチの種類にもよるが、最も高いものは15万円もする。今年は多くの日本人も訪れていた。

人間中心の自動運転とは

 メルセデス・ベンツは、コンベンションセンターの近くの野外会場に「me Convention」を設置。広大な公園の中はくつろげる空間を目指したもの。横になれるクッションや、ブランコ、くつろげるハンモックのような椅子が並び、すべてがコネクトされたtiny houseは将来の生活を想像させる。リラックスし、食事をしながら思考を広げられる空間はメルセデスの想いを現しているようだ。

 ステークホルダーと一緒にアイディエーションを行った事例として、スクールバスの開発プロセスを展示していた。真のユーザーである子供たちとのワークショップでは、レゴで街を作り、バスの模型を置いてのプロトタイピングが印象的だった。

 自動車はConcept EQやIntelligent Future Trackなど、数台が展示されていた。このトラックは荷物を積み移動するが、配達地の近くからはドローンを飛ばす。透明の風船につつまれたEQCが街の一角を走る姿は愛らしいと感じられた。排気ガスが一切でないということを示したかったと思われる。多数の音楽ライブハウスがある通りは、夕方からは歩行者天国になる。そんなエリアでの実施のためか、通りすがりのファンキーなアメリカ人が、「意味がわからん!」と言っていたのが印象的だった。

 メルセデス・ベンツにはアレキサンダー・マンカウスキーさんという社会学者がいる。「人間を中心にした自動運転」をテーマにしたカンファレンスに参加した。人間は、データと問題を入れたら回答が出てくるような単純な仕組みではなく、もっと複雑である。機械と人間の間の共感が持てないなら、その技術には意味がない。スマートな輸送や都市の設計にディープラーニングを活用する。インテリジェントデバイスは新しい可能性を実現すると述べた。我々はサービスプロバイダであると主張したことも印象的だった。

それでも企業がSXSWを選ぶワケ

 なぜ、メルセデスはSXSWという場を選んだのだろうか。

 Twitterを発掘したSXSWはスタートアップの登竜門として知られている。一部のメディアでは、すでに旬は過ぎたと言われているが、出資者を求めるスタートアップ人材と、オープンにアイデアを求める大手企業の活発な交流が行われる仕組みが整っている。さまざまなアワードが用意されていることにより、注目すべき技術をピックアップしてくれる。中でも注目したいのは、Accelerator Pitch Eventと、Interactive Innovation Awardsだ。

 Accelerator Pitch Eventは2分の持ち時間しかない。次から次へと発表されていく。その後、審査員により評価を受けた発表はデモを見せる機会を得る。そのスペースは直径60センチ程度のハイテーブル1つ。2時間程度の機会に、多くの来場者が具体的な話を聞きたいと詰めかける。特にアワードを受賞した発表者のテーブルには多くの人が列をなす。

 健康とウェアラブル部門を受賞したNanowearは、繊維に布ベースのナノセンサーを用い、音や振動を感知することで症状の変化を見極めることの難しい糖尿病を診断、管理することができる。靴下にもパンツにシャツにも加工することができることで用途が広がった。

 セキュリティとプライバシー部門で受賞した、PolyPortは3Dデザインの受け渡し時に資産保護、管理、配信をする、独自の暗号化技術を紹介した。

 Interactive Innovation Awardsについては主催者にその成り立ちを聞くことができた。21年前にインタラクティブ部門を導入したときに、フィルムやミュージック部門が人気で、インタラクティブ部門は新参者であると同時にわかりにくかった。アワードを設定することで、イノベーションを定義することが出来たと述べる。現在は13のカテゴリーで表彰している。

 Sci-fi No Longer部門を受賞したのは、MITメディアラボ、ハーバード・メディカル・スクールを中心としたチームだった。皮膚の表面をインタラクティブなディスプレイにする。入れ墨インクがバイオセンサとなる。生物工学での進歩を伝統的な芸術性と合わせるというアイデアだった。つまり、TATOOの色で体調の変化がわかるという。日本人では考えつかないアイデアではないだろうか。

 Wearable Tech部門を受賞したプロジェクトジャガードはGoogleとLevi'sが共同開発した。自転車用ジャケットの袖に織り込まれたセンサーはiPhoneをコントロールすることができ、洗濯にも耐える。ジャケットデザインがとにかく、かっこいい。その上に機能を付加されており、すでにWEBで購入できる。思わずぽちっ、としたくなる。

 これらは受賞の一部でしかない。続々と発表される新技術を背景に、SXSWはテクノロジーイベントとしての知名度をあげていく。出展している大企業はそのイメージを背景に自社の新テクノロジーを発表する場として、また出会いの場として選択する。相互作用がより展示会のクオリティをスパイラルアップしていく。

 数百のアイデアが発表され続ける10日間、その中でメルセデスはオープンイノベーションを目指していることと、モノ中心ではなく人間中心の未来設計を行っていくことを強く印象付ける結果となったと感じている。

 

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