医療MaaSが官民協働体制で走り出す


長野県伊那市はモネ・テクノロジーズ(以下、MONET)と、フィリップス・ジャパン(以下、フィリップス)と組み、2019年12月から日本初の医療MaaS「医師による診察を遠隔で受けられる移動診察車の実証実験」を開始している。これまで自動運転では、移動困難な人たちを、いかにして病院や買い物に行けるようにするかを考えてきたが、伊那市の取り組みは逆に、医療サービスが患者のもとに出向くのである。

Date:2020/06/04

※この記事はSIP caféより提供いただき掲載しています。


“ヘルスケアモビリティ”だからできること

長野県伊那市は、フィリップス・ジャパン、MONET Technologiesとの協業により、医療×MaaS実現に向けて、2019年12月より実証事業にて「ヘルスケアモビリティ」の運用を開始しました


ベースとなる車両は、トヨタ・ハイエース。車内には血圧測定器、心電図モニター、血糖値測定器、血中の酸素濃度を測るパルスオキシメーター、AEDなどが装備されている。ただし、医師は乗らない。中山間地では医師不足は深刻な問題であり、伊那市も例外ではない。点在する患者の家をまわる時間を節約するため、診察は、移動診察車に備え付けのテレビ電話システムを使い、オンラインで行う。つまり、オンライン診療である。

オンライン診療は、新型コロナウィルスで急に注目されたが、もともと移動が困難な人、例えば公共交通機関が乏しい地域の高齢者や、慢性疾患の子どもがいる家庭で利用されていた。広く使われていなかった理由のひとつは、オンライン診療は、3カ月以上通院してからでないと利用できないルールがあるからだ。初診からのオンライン診療には、医師から反対の声が多い。診察は、問診と視診のほかに、聴診、触診、打診など、医師が患者に直接触れることによって行うことがたくさんあるからだ。ゆえに、実際に会って診察を行い、患者の状態を把握したのちにオンライン診療へと移行する。多くの場合は、高血圧や糖尿病をはじめとする慢性疾患に利用されている。

ただ、今回の新型コロナウィルスの流行によりオンライン診療の優位性が議論され、現在、特例的に基準が緩和されている(2020年4月)。

実証実験で見えてきた課題

伊那市の移動診察車には、医師の代わりに看護師が同乗している。オンライン診療ならば、なにも移動診察車など使わず、患者は自宅にいてテレビ会議システムを利用すればいいのではと思いがちだが、テレビ電話のマイクやカメラは、高齢者には扱いづらい。緊張で手が震えたり、カメラにうまく顔を映してもらえなかったりする。さらに、今は手軽に血圧を測る機器が普及しているとはいえ、患者や患者家族が計測したものと、看護師が行うものでは信用度が大きく違う。看護師が患者のもとに行くメリットは大きいのである。

移動診察車が患者宅まで行き、患者には車両の中に入ってもらうのだが、そのとき、看護師が直接、患者に話かけることで、看護師は患者のその日の体調や手足の動かし方をつぶさに観察できる。また、医師が患者と車内に設置されているテレビ電話越しに会話をするときも、カメラの画角やマイクやスピーカーの音量を調節でき、医師はより質の高い観察が可能になる。

今後の課題は、これをいかに持続可能性なシステムにしていくかだ。つねにつきまとう予算との関係だが、ここでも移動診察車の効率を上げることが必要不可欠なのである。

 

ヘルスケアモビリティは、次の機能を搭載しています。
[スケジュール予約]患者と医師が合意したオンライン診療のスケジュールに応じて、現地(患者の自宅など)に向かう看護師が、スマホアプリから配車の予約をすることができます。
[診察]心電図モニターや、血糖値測定器、血圧測定器、パルスオキシメーターおよびAEDなどの診察に必要な医療機器を車両に搭載しています。
[オンライン診療]ビデオ通話を通して、医師が患者の問診や看護師の補助による診察を行えるほか、医師から看護師へ指示を出すことができます。
[情報共有クラウドシステム]
医療従事者間の情報共有を目的に、車両内に設置されたパソコンで患者のカルテの閲覧や訪問記録の入力・管理を行うことができます。


医療サービスが移動する時代が来る?

現在、実証実験ではMONETが走行データを集めて分析を行っている。走っている距離や時間はもとより、停車して診察している場所や時間を集めてAI配車システムで分析することにより、より最適な走行ルートを導き出すことが可能になる。さらに今後は、薬剤師、福祉士、ケースワーカーなどが患者のもとに行くためのシステムとして組み合わせて活用することを目指している。住民にとっては、診察だけではなく、病気を抱えながら生きるためのサポートも必要だからだ。もちろん、こうした多様な使い方をすることで利用率を上げられるメリットもある。

公共交通機関が乏しく、わずか15分の診察を受けるために、2~3時間かけて往復することも少なくない地域では、オンライン診療を含めた医療サービスのデリバリーシステムへの期待は高い。MONETやフィリップスでは、伊那市で培ったノウハウを全国に展開することを視野に入れている。自動運転は、過疎地の高齢者が病院に行く足の役割を担うとされていたが、病院に行くのではなく、病院(医療サービス)が患者のもとに来る時代のほうが、早いかもしれない。さらに、こうした医療診察車がルートを設定したのちに自動運転で走る可能性も高いのである。

 

伊那市の取り組みは、第1フェーズで看護師が乗った移動診察車が訪問して、オンライン診療の環境を提供することとし、第2フェーズではオンラインでの調剤や服薬指導までを想定。医薬品の配送は第3フェーズと位置付け、ドローンの活用も検討中

 

 

岩貞るみこ(Iwasada Rumiko)

モータージャーナリスト/ノンフィクション作家/SIP自動運転推進委員会構成員

ユーザー視点で交通社会、交通政策に対して積極的に発言をするほか、ドライビングス
クールのインストラクターや、講演会を通じて、安全運転普及活動にも力を注いでいる
。http://iwasada.com/

 

 

 

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