2018年はMaaS(Mobility as a Service)に対する注目が我が国で一気に高まった年でもあった。そして今年はいくつかのMaaSが実際の運用開始を予定している。日本のMaaSはどこへ進もうとしているのだろうか。
Date:2019/1/9
Text & Photo:モビリティジャーナリスト&モータージャーナリスト
森口将之
複数の交通事業者が連携する観光型MaaS
いよいよ日本でも導入局面を迎えたMaaS。すでに発表および実証実験が始まっている2つの例を、関係者の声とともに紹介しよう。
1つは昨年9月に東京急行電鉄(東急)とJR東日本が今春に静岡県伊豆エリアで実証実験を行うと発表している「観光型MaaS」。もうひとつはトヨタ自動車と西日本鉄道(西鉄)が昨年11月から福岡市で実証実験を始めているマルチモーダルアプリ「my route(マイルート)」だ。
前者については、東急の事業開発室プロジェクト推進部の森田創氏に訊いた。発端となったのは楽天を含めた3社のトップの会話だった。
「2017年末ころと聞いていますが、当社会長と、JR東日本・冨田哲郎会長(当時は社長)、楽天・三木谷浩史会長兼社長との間で生まれた話のようです。地方の二次交通は弱体化しており、地方活性化のためにも、MaaSを考えねばならないという内容だったと聞いています」
東急では2018年3月に発表した「中期3か年経営計画」の重点政策のひとつとして「戦略的アライアンスによる事業拡大」を掲げており、翌4月には未来を見据えた新規事業を手掛ける部署として、プロジェクト推進部を新設した。
森田氏はこの部署に所属し、異動直後にMaaS発祥の地フィンランドから来日中の関係者に会い、現地視察を依頼。赴いたヘルシンキでは、観光型MaaSの独自性を評価され、コペンハーゲン(デンマーク)での第25回ITS世界会議への登壇を依頼された。9月に当地でプレゼンテーションを行ったほか、パネルディスカッションにも参加、世界中のモビリティ関係者から取り組みを注目されたという。
伊豆を選んだ理由については、二次交通の課題や、東西方向の移動の不便さが見られる一方で、伊豆急ホールディングスや東急ホテルズなどのグループ会社が、鉄道や宿泊など様々な事業を手掛ける地の利を挙げた。JR東日本も伊東線を走らせており、観光列車THE ROYAL EXPRESS(ザ・ロイヤルエクスプレス)など両社を直通する列車も多い。東伊豆は東京からの観光客が90%以上とのことで、JR東日本との関係は重要だ。
加えて森田氏が口にしたのは、来年4〜6月に展開する静岡デスティネーションキャンペーンだった。このキャンペーンに合わせ、伊豆箱根鉄道や東海バスなどとも連携した、東伊豆から中伊豆の移動をスムースにする「デジタルフリーパス」を販売すべく話し合いを進めているという。
インバウンド増に期待、課題は決済か?
日本の公共交通は、欧米に多く見られる一地域一事業者ではなく、多くの民間事業者が競合する状況が一般的で、MaaSのようなシームレスなサービス構築には困難が予想される。しかし今回の話によれば、伊豆急、伊豆箱根鉄道、東海バス、それに主幹事である東急とJR東日本に加え、複数の地域タクシー会社も参加することになる。実現すれば日本の公共交通業界に一石を投じる存在になりそうだ。
ちなみに楽天は、楽天トラベルなど観光業に関するノウハウ提供が主な役回りとなる。東急やJR東日本は、国内旅行客の増加はもちろん、インバウンド需要の伸びにも期待している。東伊豆へのインバウンド客は全体の10%弱にすぎず、楽天の力を借りることで、伸びしろが期待できると考えているようだ。
現地の反応は、交通・観光関係者についてはかなり良いという。需要の伸びが期待でき、現地各社の負担もさほどないことが好意的な判断につながっているようだ。一方、住民はまだピンときていない方もいるとのことだが、導入を予定するAI型オンデマンドバスは地元の人も利用可能であり、高齢者の移動問題解消につながることを語っていた。
MaaSアプリはJR東日本とともに開発中とのこと。ただし事前決済できる領域は一部に留まるという。多くのバスやタクシーがICカードに対応していないなど、インフラ面にも多くの課題を残している。鉄道事業者はSuicaやPASMOの利用促進を望むだろうが、施設運営者の負担を考えれば、安価に設備投資できるQRコード決済が妥当かもしれない。
観光型MaaSは、伊豆エリア以外にも展開を考えていると、森田氏は語った。具体的には空港周辺だ。東急は2016年から仙台空港の運営事業に関わっており、今年4月からは静岡空港でも運営開始。さらに本年中に委託先が決定する北海道内7空港の特定運営事業公募にも応募している(いずれも他社との企業連合での参加)。
「多くの空港は二次交通の整備が進んでおらず、しかも地域交通の衰退が進んでいます。その点をMaaSで解決したいと考えています。また伊豆エリアの観光型MaaSには静岡空港が含まれますし、仙台空港においてJR東日本は二次交通に不可欠な存在で、プロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルスが仙台市を本拠地としており、3社連合に最適の立地でもあるのです」
トヨタが1800の候補地から選んだのは福岡
続いて取り上げるのは、トヨタと西鉄が、交通および店舗・イベント情報に関わる8つの企業・団体と協力して開発したスマートフォン向けマルチモーダルモビリティサービス「my route」だ。ちなみにマイルートという名称には、モビリティではなく人が移動を決めていくという意味を持たせている。
こちらについては2018年11月1日より福岡市で実証実験を開始しており、開発に関わったトヨタ未来プロジェクト室の天野成章氏に話を伺う前に、福岡に行ってアプリを試す機会もあった。
my routeは、以前トヨタが豊田市で実証実験を行なった「Ha:mo NAVI(ハーモ・ナビ)」を参考にしつつも、未来プロジェクト室で1から再考したものだ。その後トヨタ自身がモビリティサービスカンパニーへの転換を宣言したこともあり、プロジェクトが加速していく。この間、天野氏はどこと組むかについて、綿密な検討を行なっていた。
「最初に日本の1800都市をリストアップし、少しずつ絞り込んでいきました。トヨタにとって未知の領域でもあるので、10〜15都市は現地調査もし、地方自治体や公共交通機関とも接触しました。目標としたのは街を活性化し、課題解決をしていくこと。西鉄は福岡のバスのほとんどを運行しているうえに、新しい領域に挑戦したいというビジョンが似ており、連携させていただくことにしました」
これ以外にmy routeには、駐車場予約アプリの「akippa」、自転車シェアリングサービスの「メルチャリ」、タクシー配車アプリの「JapanTaxi」、ファミリー向けおでかけ情報サイト「いこーよ」、レジャー・遊び・体験の予約サイト「asoview!」、情報アプリ「NEARLY」、情報サイト「ナッセ福岡」、福岡市公式シティガイド「よかなび」が連携している。
このうちJapanTaxiでは配車予約と事前決済が可能で、西鉄バスはデジタルフリー乗車券(6時間/1日)を用意している。福岡市とはよかなびで連携しているものの、補助金は受けていない。東急の「観光型MaaS」と同様、民間主導のプロジェクトである。
開発にあたっては、生活者にとってどれだけ便利かという考えで、ルート検索だけでなく、予約や決済がシームレスにできることを重視したという。日本は交通に関わる事業者が多いことから、協業相手との信頼関係も大事にしたそうだ。いきなり全部を完璧にはできないので、できるところからやっていくというのも天野氏の考えで、いずれはエアラインもメニューに組み込みたいと語っていた。
とことん地域にこだわってサービス提供
福岡を訪れた筆者はまず、中心部の天神から、博多湾の対岸に位置する海の中道海浜公園に向かおうとアプリを開いた。時間が早い、料金が安い、乗り換えが少ないという3つのメニューが現れるが、時間と乗り換えの項目はいずれもタクシー直行という内容で料金がかさむので、料金が安いメニューを選択する。
するとまず近くのバス停までの歩行経路が示され、西鉄バスでJR九州の博多駅に行き、そこからJRに乗り継いで西戸崎駅まで行くという案内が出た。西鉄だけでなくJRの案内も普通に表示されることに安心するとともに、海ノ中道駅よりも海浜公園の中心に近い西戸崎駅を案内したことに感心した。
再び博多駅に戻ると昼時だったので、ラーメン屋を探すことにした。いくつかの店がリストアップされたので、もっとも近い店を選び、案内に沿って進んでいくと、そこは駅ビルの中の名店街であり、表示されていない店が多く存在した。結局筆者は、紹介されたのとは別の店に入った。
「食べログ」などの飲食店専門アプリなら、これらの店も口コミや評価とともに紹介されるはず。こうした専門アプリと提携しなかった理由を尋ねてみた。
「実証実験といえども地域に根ざしたものでないと、生活者に使ってもらえないと考えたからです。そのためにも地元の事業者と組みたかった。街を元気にしていきたいという気持ちがあるので地域密着にこだわったつもりです」
ところでこのmy routeの特徴として、マイカーをメニューに含んでいることが挙げられる。マイカー対抗として生まれたMaaSアプリの代表格、フィンランドのWhim(ウィム)とは対照的だ。この点についても天野氏に尋ねた。
「自動車メーカーだからという部分もありますが、目指す姿はすべての移動手段を提供することであり、マイカーもそのひとつと考えています。福岡市の中心部である天神や博多は渋滞がひどく、自動車での移動は快適ではないと感じる人も多いでしょう。そこで代わりの交通を紹介する。これもmy routeの役目のひとつです」
ちなみに天野氏はmy routeをMaaSアプリとは呼んでいない。その理由として、MaaS自体定義が曖昧であり、多くの人が都合のいいように解釈している現状で、自分たちは安易にMaaSという言葉に逃げたくはないと明言していた。
たしかにMaaSの歴史は始まったばかりであり、定義が明確になっているわけではない。だからこそ、地域や事業者が独自のコンセプトを提案しやすい状況にあるとも言える。東急の観光型MaaS、トヨタのマイカーを含めたマルチモーダルアプリは、欧州の先例にはあまり見られない方向性である。民間企業が主導していることを含め、日本型MaaSの例として注目すべきではないかと思った。
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