トヨタ自動車は定額でいろいろなクルマを乗り換えることができるサブスクリプションサービスを開始すると発表した。レンタルともシェアとも違う新しいサービスだが、所有から利活用への流れを後押しすることは間違いない。サブスクリプションから見えてくる自動車市場のこれからを考える。
Date:2018/12/05
Text & Photo:モビリティジャーナリスト&モータージャーナリスト
森口将之
存在感高まるサブスクリプションサービス
トヨタ自動車が11月1日、ユーザーとクルマとの新しい関係を提案する愛車サブスクリプションサービス「KINTO」を、2019年初めをめどに開始すると発表して話題になった。
サブスクリプションという言葉を、このとき初めて目にした、あるいは聞いた人もいるのではないだろうか。簡単に言えば、定額サービスのことだ。
筆者は今から25年以上前、自動車専門誌の編集部に在籍していた頃から、この言葉を知っていた。
バブルが弾けて間もない頃。すでに雑誌の売れ行きは下降モードに入り始めていて、読者離れを食い止めたいという気持ちもあり、年間購読の受付をしていた。毎月一冊ずつ買うより少しお得で、しかも本屋さんに足を運ばなくても(当時はアマゾンを含めたインターネットショッピングは存在しなかったので)確実に最新号が入手できるというメリットがある。
そのサービスを紹介する自社広告に、「Subscribe now!」という言葉を使っていた。辞書を調べると「いますぐ(年間)購読を!」という意味で、以前から海外ではよく使われている表現だったようだ。
その後しばらく、サブスクリプションという言葉を見ることはなかった。馴染み深い言葉になったのは、やはりインターネットによる配信サービスの普及が大きい。Netflix(ネットフリックス)やSpotify(スポティファイ)あたりが代表的なプレーヤーとなろう。
インターネット配信は物理的な配達が不要だから、注文が増えてもコストの増大にはつながらない。送り手は安定した収入が可能になり、受け手は好きなだけ音楽や動画などを楽しむことができる。
こうしたサービスが一般的になるにつれ、サブスクリプションという言葉が使われるようになった。すると以前から存在していた定額制サービスもこの言葉で呼ぶようになった。携帯電話料金はその代表であり、レストランのバイキングまでサブスクリプションと呼ばれるようになっている。
つまり今回のコラムで紹介するサブスクリプションは、定額制と訳してしまって問題ないと思う。ただ以前から定額制として認知されてきたサービスを、無理にサブスクリプションと呼ぶ今の状況には違和感を抱くのも事実である。
ここへきてサブスクリプションが注目されているのは、目新しさだけではないと考えている。買い物という行為について、近年のカスタマーはデザインや価格をじっくり吟味せず、ブランドだけで決めるなど安易に決断する傾向が多い。良くも悪くも簡単に買い物を済ませたい人が多い風潮に、サブスクリプションはフィットしているのではないかと思っている。
フィンランドのアプリの位置づけは?
ではモビリティの世界におけるサブスクリプションの成功例はあるか。MaaSのコラムで紹介したフィンランドの首都、ヘルシンキで展開しているアプリ「Whim(ウィム)」が代表格になるだろう。
Whimが導入されたのは2016年であり、ここだけ取ればNetflixやSpotifyより後発と思うかもしれない。しかしMaaSの研究が始まったのは2000年代中盤であり、2013年にはサブスクリプションの導入が決まっている。そして翌年にはヘルシンキで開催されたITSカンファレンスで概念が発表されている。
つまりネット配信サービスが一般的になるより前から構想はあったわけで、現に当初からMaaSのコンセプト作りに関与し、現在はWhimを生み出したMaaS Global社の代表を務めるSampo Hietanen氏は、携帯電話料金がヒントだったと現地取材で語っていた。
Whimのメニューについては以前のコラムでも紹介したが、旅行者などに向けた一時利用の「Whim To Go」のほか、月額制の「Whim Urban」「Whim Unlimited」がある。
両者の違いはタクシー、レンタカー、自転車シェアリングの扱いで、Whim Urbanではタクシーとレンタカーは別途料金の支払いが必要になり、自転車は30分以内なのに対し、Whim Unlimitedではすべて無制限になる。その代わり、料金は後者が前者の10倍にもなる。
ちなみにタクシー利用を半径5km以内に制限しているのは、公共交通の駅や停留所などから自宅や会社などへのラストマイルをまかなう役目と位置付けることで、渋滞削減を目指しているからである。
月額30万円でポルシェ乗り放題はお得か否か
自動車の世界ではIDOM(いどむ/旧ガリバーインターナショナル)が2016年から展開している月額制の自動車乗り換え放題サービス「NOREL」がパイオニア的存在であろう。
同社は中古車の買い取り事業で有名であるが、最近は買い取った車両を販売する小売事業も主力になりつつある。NORELではこの中古車を、毎月一定の金額を支払うことで乗り換え可能なメニューを提示した。
レンタカーのような「わ」ナンバーではなく、一般車両と同じナンバーでありながら、車検や定期点検は不要であり、対人・対物無制限の任意保険も含まれている。IDOMでは自動車所有と、カーシェアリングやレンタカーの中間に位置するサービスと位置付けている。
まずは首都圏の一都三県、100名限定でスタート。申し込み開始から24時間で定員に達するなど注目は高かった。好きなクルマをインターネット上で探して予約し、最寄りのIDOMグループの店舗で受け取る方式で、納車後最短90日から年間3回まで乗り換えられるという。
当初は4万9800円のみだった月額料金は、その後何度かの変更を経て、現在は5万9800円、7万9800円、9万9800円、PREMIUM(プレミアム)という4つのプランを用意し、輸入車もラインナップ。サービス提供地域は全国に広がっている。
さらに今年10月からは、同社がBMWやミニのディーラーを経営していることを生かし、BMWとミニの新車についても乗り換え放題サービスを始めている。こちらは7万9800円から20万円までの4コースで、新車だけに日数ではなく走行距離が5000kmに到達したら乗り換えというメニューになっている。
料金が高いと思った人がいるかもしれない。しかし月額7万9800円で借りることができるミニ・クロスオーバー・クーパーD ALL4は新車価格が439万円であり、税金や保険、整備費を含めない単純計算でも55カ月間は乗れることになる。納車後90日以降なら次のクルマに乗り換え可能なことを考えれば、新車を買い換えていくよりお得と考える人が多いだろう。
ただし1週間に1回しかクルマに乗らないような人には定額制ではなく、従量制のカーシェアリングのほうが割安だ。業界最大手であるタイムズカープラスでBMWやミニを借りることができるプレミアムクラスで月4回、1回3時間の料金を計算すると1万9776円に収まった。IDOMが言うように、サブスクリプションは自家用車とカーシェアリングの中間的存在なのである。
外国車ではポルシェが米国ジョージア州アトランタで今年の秋から始めた「ポルシェパスポート」が話題だ。こちらは登録費用が500ドルで、月額2000ドルと3000ドルの2つのメニューがあり、前者ではボクスターやマカンなど、後者では911やパナメーラを含めた全車種を借りることができる。
プレミアムブランドらしい強気の料金設定だが、米国でのマカンの価格は4万7800ドル〜であるから、短期間で新車を乗り換えたい人にとってはお得だろう。キャデラックやメルセデス・ベンツなども同様のサービスを展開しているという。
生産台数を競うだけの時代の終焉
トヨタが今回発表したサブスクリプションサービス「KINTO」の内容は、税金や保険の支払い、車両のメンテナンス等の手続きをパッケージ化した月額定額サービスであり、好きなクルマ・乗りたいクルマを自由に選び、好きなだけ楽しむことができるという点においては、前に記した例と大差ない。
必要なときにすぐに現れ、思いのままに移動できる「筋斗雲」のように使ってもらいたいと考え、KINTOと名付けたそうだ。当初は東京地区でトライアルを実施する予定というアナウンスはしているものの、それ以外の詳細については現在検討中としている。
トヨタの品揃えはポルシェとは比較にならないほどワイドであり、フォーマルな場面ではクラウン、大きな荷物を運ぶ際はハイエース、キャンプに行く時にはランドクルーザーなど、用途に応じてクルマを小刻みに変えながら楽しむことができればメリットは大きいはずだ。
気になるのは新車なのか中古車なのかということ。NORELのように中古車であれば在庫の有効活用という見方もできるけれど、新車の場合はサブスクリプション使用によって中古車に変わるわけで、このサービスの普及が進んで台数が多くなったら中古車として捌けるのかという疑問は残る。
筆者は新興国への輸出を提案したい。すでに日本の中古車の多くが海を渡っているが、それらはメーカーではない独立系の業者が行なっている。メーカー自らが行うのは新興国に失礼と考えているのかもしれない。しかし新興国の人々にとって、新車はまだ手の届かない存在という人が多いのは事実。おまけに日本の中古車は走行距離が短く、程度が良いことで知られている。サブスクリション導入を機に、中古車の輸出を本格化してはどうだろうか。
現に鉄道の分野では、首都圏の私鉄で使われた車両が地方の私鉄に譲渡されたり、海外の鉄道で活躍したりというシーンは良くある。東京メトロ丸ノ内線を走っていた赤い車体の500形が、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの地下鉄で現役を努めていたというエピソードはニュースにもなった。
もうひとつ、サブスクリプションはカーシェアリング同様、1台の自動車を複数のユーザーが共用することになるわけだから、トータルでの生産台数は減ることになる。逆に増えたらビジネスとして旨味がない。そうなると現状の生産設備が必要かどうか、議論になってくるだろう。
先月米国GM(ゼネラルモーターズ)が国内外の7つの工場を閉鎖すると発表し、トランプ大統領の怒りを買ったことは記憶に新しいけれど、GMとしては将来、シェアリングやサブスクリションが一般的になっていくことを見越しての合理化という理由もあるのではないかという気がする。
自動車メーカーはこれまで、生産台数が企業価値のひとつになってきた。しかしシェアリングやサブスクリプションでは、同じサービスを少ない台数で賄ったほうが合理的という判断になる。メーカーが生産台数を競う時代はいずれ終わりを迎えることになるかもしれない。
◆森口将之氏 連載記事
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