いわゆる観光型MaaSにつながる取り組みが兵庫でも始まった。鉄道会社と地元のタクシー事業者が連携し、観光客向けに定額でタクシーの乗り放題サービスを提供する。既存の交通事業者を上手くつなぐことで、人の新たな移動を生むという革新的な交通サービスだ。タクシーの配車方法は配車アプリやAIを使うのではなく、人が介在している。一見、時代に逆行しているように思えるが、配車率100%を掲げる配車サービスの裏側には、タクシー会社から生まれたベンチャー企業・電脳交通の地元タクシー業者に寄り添った想いがあった。
Date:2019/04/10
※この記事はLIGAREより提供いただき掲載しています。
西日本旅客鉄道株式会社(以下、JR西日本)と株式会社電脳交通(以下、電脳交通)が兵庫県篠山地区で3月9日から17日にかけて実証実験を行った。自家用車を使用しなければ周遊しづらかった観光地に、鉄道とタクシーが連携した新しい移動手段を提供することで、周遊観光の発展を目指す。篠山エリアへの旅行者を対象に、パスポートとしてタクシー乗り放題利用券を5,000円/組(消費税込、1日5組限定)の定額で販売(受取は篠山口駅)。購入者は10時から19時の間であれば、篠山口駅と篠山市内の指定観光施設相互間を何度でも日本交通株式会社(以下、日本交通)のタクシーで移動できる。配車は、パスポートに記載のQRコードからwebサイトにアクセスし、行き先や配車時間を入力するという方法だ。
(INTERVIEW)JR西日本 景範之課長、山田佳祐氏
篠山で鉄道会社とタクシーが連携した実証実験をすることになった背景、今後の展開について、JR西日本 創造本部 ビジネスプロデュースグループ ビジネス推進I 景範之課長、山田佳祐氏と電脳交通の近藤洋祐代表取締役に話を伺った。
■駅から降りた後の移動手段が不便な地域
――実証実験の地を篠山にされた理由についてお聞かせください。
山田氏:クルマの移動がメインで、駅から降りた後の移動手段が問題になっている都市から実証実験に最適な地を選びました。篠山という地域の特性として、駅から観光地まで約5キロ程度離れています。篠山に限った話ではないですが、特に地方の都市は、SLの名残で駅が町と離れたところに建設されています。篠山では、駅からバスが走っていますが、30分~1時間に1本程度なので、自由に移動することが難しいです。
景氏:篠山の観光地としては城下町があります。昨年には、株式会社NOTE(ノオト)※のプロデュースで、駅からさらに離れた福住という宿場町として栄えた地区に、バリューマネジメント株式会社が運営する古民家ホテル(福住宿場ホテルNIPPONIA)ができました。バスはかなり限られた本数になるので、自家用車で宿泊施設に行く人がほとんどです。その辺りに宿泊される方も、自家用車ではなく電車で行って、駅から降りたらタクシーを活用して、観光しながら宿泊地まで行っていただければと思っています。
※古民家を使ったまちづくりや観光などの活性化事業をしている団体
山田氏:宿泊施設からも、送迎が大変だという意見がありました。この取り組みでサポートできればいいなと思っています。
■周遊には自家用車かタクシーが必要
――普段、観光客は駅から観光地をどのように周遊されていますか?
景氏:路線バスが特急の時間に合わせて発車していますが、生活路線と一緒なので、観光地を巡るのはかなり時間がかかりますし、初心者にとってバスは(時間やルートを調べるのに)ハードルが高いです。タクシーや昨年11月篠山口駅に新しくできたレンタカーで周遊されている方もいます。
山田氏: そもそも篠山市は構造的に、福住とか山奥のレストランとか市街地を回ろうとすると、自家用車以外手段がありません。公共交通で来られる方はおそらく篠山市街の周遊だけで、宿泊せずに観光されている方が多いと思います。城下町エリアは2カ所あります。場所にもよりますが、観光地の間は1キロぐらい離れていますので、特に高齢者はタクシーを利用なければいけないシーンも発生いたします。
――タクシーで周遊される観光客の平均的なタクシー料金はどれくらいでしょうか?
山田氏:例えば、「いわや」という有名なレストランがありますので、そこだけに行かれる場合、駅からのタクシー料金は片道約4,500~4,800円です。城下町までは片道約2,000~2,500円です。
景氏:今回のパスポートの価格はあくまでも仮の価格です。観光客がこのようなサービスに対して、どれくらい支払っていただけるのかを調査する目的もあります。
■最終的には鉄道の2次交通の課題解決に
――今後の展開について、教えてください。
山田氏:地域のタクシー事業者がいろいろな課題を持っている中で、今回のモデルが実現可能なものなのかを調べてみたいと思っています。例えば、お客様がどのような乗り方をされるのか、タクシーの事業者にとってどれぐらいの負担になるのか。まずは一緒に取り組んでみて、実験データから地域のサービスを広げていくことを試みます。最終的には、鉄道の2次交通の課題解決につながると思っています。個人的には、こういった取り組みが最終的にMaaSの世界がどんどん広がっていく際の一つの重要なピースになると思っています。
――タクシーだけではなく、他のモビリティとつなぐなど、さらに発展させることも考えられていますか。
景氏: 他の場所で取り組みを展開することは考えています。地方に行くと、中小のタクシー事業者が多いので、一つの配車・予約システムでお客様が予約できたり、列車の切符予約と一体化できたり、ということもしていきたいと思っています。
(INTERVIEW)電脳交通 近藤洋祐 代表取締役
■既存の事業者でつくる新しい交通サービス
――篠山で実証実験を行うことになった背景について教えてください。
昨年12月にJR西日本イノベーションズから出資を頂いて、新しい交通モデルを実証していこうとなったときに、篠山という小さなまちで実証実験をすることになりました。丹波篠山で営業するタクシー会社は2社あります。1社は個人事業で、もう1社は日本交通(大阪)の篠山営業所です。現状は、通常運営のタクシー、デマンド、行政と組むなど、いろいろなタクシーを運行させながら1時間に1本しか走っていない路線バスの利便性の低さを補っている状況でした。バスと鉄道と2次交通の接続性を見直して、今までになかった料金体系でサービスを作り込んでいこうということでプロジェクトが始まりました。
事前の視察に来たときに、とにかく不便だなと思いました。地域住民の移動について役所に聞くと、デマンドなど過疎地で見られる移動サービスを展開し、それらを全て日本交通が引き受けていました。行政側からは、観光客の滞在時間を延ばしたいという要望があったので、このまちに必要な交通サービスを設計、コンサルティングする形で誕生したのがこのサービスです。
市バスのダイヤを動かすのはステークホルダーが多いため、まずタクシーと鉄道会社ができることを考え、地場の事業者の理解を得ることにしました。そのまちに必要な交通サービスを既存の事業者の中で新しいコントローラーとしてつくることで、新しい移動の仕方を提案しています。
――プロジェクトの内容を具体的に教えてください。
タクシー・バス・鉄道は運行管理システムや決済予約システムが事業者によってばらばらです。モビリティサービスを充実させる公共交通の利便性を向上させるには、シームレスにこれらの情報を接続しないといけません。そこで第一弾として実装したのが、WEB上でタクシーを配車することができて、鉄道利用者が駅を降りてパスポートを買うと定額でタクシーを利用できるという今回のサービスです。日本交通は通常のタクシー、デマンド、乗り放題サービスの3つのモードで切り替えてサービスを提供しています。
――各社の役割について教えてください。
JR西日本は販売チャネルとして広報や役所や運輸支局との調整、現場の運行は日本交通、オペレーションとシステム開発は電脳交通が担っています。
■タクシー会社のオペレーション背景から設計を見直し、配車率を100%に
――鉄道とタクシーのシームレスな接続はどのように実現されるのでしょうか。
スマホ経由でタクシーを呼び出すと、100%タクシーが来るというサービスにしています。実は、既存のスマホの配車アプリはマッチング率が非常に低く、「全国で何万台使える」という配車アプリでさえ、地方でマッチングする確率は10%ほどです。理由は、オペレーションの内部に欠陥があるからです。配車アプリの会社はオペレーションを加盟しているタクシー会社に託しています。しかし、オーダーを処理するシステムと、従来使っていた配車システムは連携していません。忙しい時間だと、アプリのユーザーからの配車はオペレーターの優先順が下がります。理由はタクシー乗務員の歩合給にあります。配車アプリは便利ですが、人とのコミュニケーションがなく、スマホで完結するため、いたずらや、予約したお客様が流しのタクシーに乗ってしまうなど配車事故が多いです。時間をかけて迎えに行っても乗客がいなければただ働きになりますが、乗務員に対してのフォローはありません。ですので、日本でのマッチング率はとても低いのが現状です。ある配車アプリの会社はマッチングに失敗したらキャンセル料を払い、乗務員がアプリの注文を受領すると1,000円のクーポンを配布していました。お金でマッチング率を上げていたのですが、このような方法では赤字にしかなりません。
今回のサービスはタクシー会社のオペレーションのバックグラウンドから設計を見直して、100%マッチングできるサービスを提供しています。配車アプリではありませんが、スマホで今いる位置から目的地を設定すると電脳交通がオペレーションをして100%のマッチングが可能です。
マッチング率が高くないとIT実装した配車は浸透していきません。電脳交通のオペレーションは人が1案件ずつ見守っています。マッチングするまで、人がオペレーションを監視し、空車がみつからなかったら事業所に相談して交渉も行うのでマッチング率が非常に高いのです。半分IT、半分アナログのオペレーションです。ドライバーとコンシューマーをマッチングするのが全てではありません。マッチングを見守るような介在するサービスがないといけないと考えています。歩合給の雇用制度や配車をローテクで行っている他のタクシー会社の事情も知っていたので、人の手を活用するところから事業づくりをスタートしています。
――徳島から遠隔配車をされていますね。配車に土地勘は必要だと思いますが、どのようにオペレーションされていますか?
知らない土地の配車はオペレーターにも限界がありますので、正しい情報をお客様から聞き取ると、キーワードを入れるだけでお客様がいる場所を判定できるような仕組みにしています。このように設計していくことで遠隔地の配車ができるような技術と、必要な情報をどう聞きだすかというオペレーターの訓練の仕方で遠隔配車を実現させています。ITの側面を強化することで、人の持っているポテンシャルに伸びしろをつくってあげるような技術にしています。
■歴史の延長線上にある課題に寄り添って、持続可能なモデルを展開する
――今後の展開について教えてください。
電脳交通は都市型のモデルではなくて交通空白地帯のような地方型のモデルにIT実装して、課題を解決していくのを目的としています。歴史の延長線上にある課題に寄り添っていろいろなサービスを提案していくというアプローチです。税金で交通サービスの赤字を補っているような地域があったら、新しい仕組みをつくってみんなで一緒にやっていこうというスタンスです。できるだけ予算も削減して、持続可能なモデルにしていきたいと思っています。
今回のサービスは、最終的には横展開できるようなモデルを目指しています。交通空白地帯はどんどん増えてきているので、まずはJR西日本管内の同じような課題を抱えている地域で少しずつアップデートしながら展開していきたいと思います。
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