投資家が求めるサステナビリティーとは ~ 環境対策に留まらない全方位での対策を


いまや企業にとってサステナビリティー(持続可能性)は避けて通れないテーマだが、費用対効果が見えにくいこともあり、具体的な対策を進める企業は多くない。まさに「言うは易く行うは難し」なのだが、IBM社による調査では先駆的にサステナビリティーを推進する企業ほどイノベーションに取り組んでいるという。大変革期の只中にある自動車業界では、サステナビリティーとどう向き合えばよいのか、さまざまな業種業界の事例を見ていこう。

Date:2023/5/23
Text:サイエンスデザイン 林愛子

 

「製造業におけるサステナビリティーへの全方位対応」について講演したIBMコンサルティング事業本部インダストリアル・プロダクツ・サービス事業部事業部長シニアパートナーの島田佳広氏

 

2023年4月13日と14日に行われたDX(デジタル・トランスフォーメーション)の最新動向を発信する日本IBM主催のイベント「The DX Forum」。2日目にはIBMコンサルティング事業本部インダストリアル・プロダクツ・サービス事業部事業部長シニアパートナーの島田佳広氏によるセッション「製造業におけるサステナビリティーへの全方位対応」が開かれ、同社が発行するレポート「Sustainability as a transformation catalyst」の一部が紹介された。

 

サステナビリティーとは変革を引き起こす触媒

「サステナビリティー(持続可能性)」は環境問題の文脈から広まった言葉で、いまもそのイメージが根強い。島田氏は機関投資家から気候変動をめぐって提案された事例として「パリ協定に沿った短期・中期・長期各々の移行計画の策定/ネットゼロ目標と整合した投融資方針の策定/スコープ3の排出削減目標に対する進捗/液化天然ガス(LNG)発電などのネットゼロ目標との整合」などを挙げた。ネットゼロとは温室効果ガス(GHG)排出量と削減量を同量にする実質排出量ゼロを、スコープ3とは直接排出と間接排出を除いたサプライチェーン上のGHG排出分を、それぞれ指している。

これらに対応するだけでも大変なことだが、投資家の要求は環境対策に留まらず、全方位かつ高次化している。島田氏によれば、機関投資家から「取引先の人権、新疆綿の使用有無、脱炭素計画」などの対応を求められた大手輸送機器メーカーCFOは「それらの指摘にすべて対応すると、コストがどんどん増えるので、生産性を抜本的に上げることをしないと企業存続も危うい」とコメントしたという。

この事例は企業のサステナビリティーを巡る現状を如実に表している。IBMの調査では、サステナビリティー戦略を掲げる企業は86%に達するも、行動に移す企業は35%程度と、ほとんどが絵に描いた餅で終わっているのが実情だ。背景には企業内の位置付けの難しさもある。企業には芸術や文化への投資や支援、CSRなどに取り組んだ経験があるが、そのほとんどが特命部署の所掌で、極論するとこれらの取り組みを止めても大勢に影響はなかった。しかし、いま企業に求められる「サステナビリティー」はすべての業務、もっと言えば企業の存在そのものが対象であって、従来の方法論は通用しない。

それゆえに、サステナビリティーへの対応は手間もかかるし、コストもかかるのだが「サステナビリティーとは変革を引き起こすカタリスト、触媒。(IBMの調査において)サステナビリティーの先駆者に分類された回答者のうち、63%以上はその他の回答者よりも積極的にイノベーションに取り組んでいる」と、島田氏は言う。

 

「サステナビリティーの先駆者は積極的にイノベーションに取り組んでいる」と語る島田氏

 

そう考えると、サステナビリティーは「DX」によく似ている。小手先の対処ではなく、すべての事業戦略にサステナビリティーの概念を織り込んでこそ、本来の意義を発揮する。

「企業の活動の前提には社会があり、その前提に環境や自然があるというピラミッド構造になっています。環境などが毀損されれば原材料を調達ができませんし、従業員や労働者らの人権が毀損されれば、マーケットもお客さまも失ってしまいます。それら前提があって初めてビジネスが成り立つ構造にあるので、環境・自然・社会・経済という全体感を持った企業活動が必要になっているのです」

 

サステナビリティーを構成する5つの要素

前述のとおり、サステナビリティーの概念は幅が広いことから、IBMでは米国のSASB(Sustainability Accounting Standards Board、サステナビリティー会計基準審議会)や世界経済フォーラムなどが打ち出す指標をもとに、企業の対応を「環境」「社会資本」「人的資本」「ビジネスモデル」「リーダーシップ・ガバナンス」という5つの分野で整理している。

 

図1:企業に求められる対応は5つの分野に分類できる(資料提供:日本IBM)

 

これら5つの分野のうち、製造業では環境対策がかなり進んでいるのではないだろうか。ただ、サステナビリティーの観点では「非財務のKPIの定義と、効率的なデータ収集および開示は一丁目一番地」であり、常に必要な情報が開示できる体制を整えておかなければならない。また、環境負荷低減対応の製品・サービスの企画、設計、開発はもとより、将来的には環境関連のデータ活用やシミュレーションをもとにした意思決定の仕組みも整えたいところ。

2点目の社会資本については製品安全・品質のあたりはかなり具体的な議論が進んでいると思われるが、「地域コミュニティとの関係も重要。我々は社会や地域と共に活動しているので、自社特有の社会や地域コミュニティに対する積極的な貢献を開示していく」ことが大切だと、島田氏は指摘する。

3点目の人的資本は改めて一番大事だと言われており、たとえば「従業員のエンゲージメント、労働条件、工場における労働条件や安全衛生、ダイバーシティ&インクルージョン、スキルインポート(スキル育成)」などへの対応が求められている。なかでも児童労働や奴隷労働に対してはもはや取引先のやったことでしらない、などと言い逃れることは許されない。サプライチェーン全体に目を配る必要がある。

4点目のビジネスモデルでは、コロナ禍でサプライチェーンが寸断されたのを契機に、ビジネスモデルの強靭化や原材料調達の見直しなどに取り組んだ企業も多いだろう。ただ、米中問題やロシアのウクライナ侵攻など、突如として新たなリスクが発生する可能性がある。地政学的リスクをいかにして見込むか、難しい問題だと言える。

最後のリーダーシップ・ガバナンスは「パーパスやビジョンを再定義しつつ、幹部社員との合意形成が重要」であり、経営の意思決定の高度化は避けて通れない課題だ。本社は良くても、現地法人はガバナンスが機能していないケースも珍しくなく、グローバルでの対応が求められる。また、取締役会に白人男性以外の人がどれだけいるのか、不正防止や内通者保護といった法令順守なども持続可能な組織であるために欠かせない要素だと言える。

 

図2:サステナビリティーの5つの分野と、それぞれの取り組み例(資料提供:日本IBM)

 

先駆的なサステナビリティーの取り組み事例

島田氏は社会資本のなかでも責任ある調達の事例として、コバルトなどレアアースの出所から加工、製造までを監査・認証するべく、ボルボを中心に結成されたプラットフォーム「RCS Global」の取り組みを紹介した。

「児童労働が行われていない現場で採れたレアアースかどうか。それがどの工場で精製されて、どこでバッテリーになり、どの自動車に使われているのかといったことをブロックチェーンで“見える化”しています。プラスチックでも同じくブロックチェーンのテクノロジーを使った「Pla-chain(プラチェーン)」という取り組みがあるほか、ブロックチェーンを使った“見える化”の動きは活発になっています。RCS Globalは実際に児童労働を減らし、監査や認証をきちんと行っていく取り組みとして進んでいると言えます」

また、水素についても統合的に管理するプラットフォームが欧州で動き出そうとしている。水素には「ブルー水素」と「グリーン水素」があるが、見た目や性能には違いがないため、何らかの手段でブルーあるいはグリーンであることを保証する必要がある。

「ブルー水素は化石燃料を使って生成した水素で、発生した二酸化炭素(CO2)をCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)施設で地中貯留した場合に認定されます。グリーン水素は風力などの再生可能エネルギーで水分解した水素を言います。これら水素の認証を、ブロックチェーン・テクノロジーで行おうとしています。日本ではまだですが、欧州では地中にCO2が貯留されたと認証するレポートを自動化して、ブルー水素だと認証する社会実装の試みが進んでいます。さらに、工場のエネルギー管理やリアルタイム操業管理、設備予防保全までをワンパックで、これを使えば一通りのオペレーションができるプラットフォームを作成しています」

 

これら事例を見ても、DXとサステナビリティーへの対応が好相性であることは明白だ。IBMではDXに合わせて、サステナビリティーの全方位対応を「SX」と呼び、DXとSXを両輪として推進することで本質的な企業価値の向上につながるとしている。

世界に目を向ければ、米中関係や東アジア問題、ロシアのウクライナ侵攻、アフリカのスーダン危機と、地政学的には予断を許さない状況が続く。その一方で、コロナ禍に翻弄された人々は失われた約3年間を取り戻そうと、経済活動に前向きだ。環境・自然のうえに社会があり、社会があるから経済が成り立つわけだが、健全な経済活動がなされてこそ社会に対して還元ができ、環境・自然の保護にも投資できる。持続可能な社会の実現には企業の勇気ある一歩が必要不可欠なのである。

 

 

 

 

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