コネクトの命運を握るコンピュータ革命 ―後編―


日立製作所・柏山氏インタビュー

日立製作所の柏山正守氏へのインタビュー前編ではコネクテッド基盤や人工知能(AI)などについて語っていただいた。後編では、これから起こる"リブ―ティングコンピューティング(Rebooting Computing)"と呼ばれるコンピューティングの進化について話を伺う。

Date:2018/03/14

Text & Photo:ReVision Auto&Mobility編集部

聞き手:友成匡秀

 

前編はこちら

データ活用時代に欠かせないリブーティング

――これからのコネクテッドはどう進化していくのか、お考えをお聞かせください。

柏山氏: いま私が注目しているのがリブーティングコンピューティングです。コンピュータシステムそのものを大きく変革することです。

 コネクテッドの概念を単純に描くと、絵の左側「Now」のようになります。下部の「IoT Device」をクルマだとしましょう。ある程度のデータが蓄積されたら、Gatewayを通してクラウドに上げて、ここで処理をします。流れとしては問題ないのですが、データ量が増えるほどに通信の負荷は大きくなり、通信に問題が生じれば、リアルタイム処理ができなくなりますよね。クラウドに上がらないものはデバイス、つまりクラウドの反対側としての"エッヂ"で処理をする必要があり、技術が進化していくほどに、自ずと絵の右側「202x」の姿になっていくわけです。

コンピュータシステム改革概念図(提供:柏山正守氏)

 このときクラウドにはAIが入ってきます。デンスなデータもリニアなデータも扱えて、かつ、離散系のビッグデータにも対応するとなると、エクサスケールのコンピューティングが必要です。現在の世界最高性能の演算処理FROPSが10の15乗であるのに対して、エクサスケールとは10の18乗(京の100倍)のこと。指数関数で3桁違うのですから、莫大ですよね。

 すでにありとあらゆる分野でIoT化が進み、クラウドにはどんどんデータが上がっています。通信網は今後5Gが控えていますが、十分な帯域が確保されているとは言いがたい。だからこそデータ処理のローカライズが重要なのですが、いまあるコンピュータ技術では対応できません。エッヂ側には低消費電力で高性能な推論ができるプロセッサ(IoT Infrence Processor)が必須です。これが「202x」のコネクテッドの世界観です。

――将来的にはクラウドで何とかしてくれるから、デバイス側の負荷は軽くなると思っていたのですが、ある程度までデバイスで処理できなければ、クラウドにデータを上げることもできないですね。

柏山氏: そう、クルマも自己解決できないとダメなんです。ただ、そのためには別の問題があります。これまでITの進化を支えてきた半導体は微細化技術が頭打ちになり、ムーアの法則が限界に近づいていますし、トランジスタのスイッチング速度も伸びていないのです。

 そこで、NVIDIAは大量のコアプロセッサを並列に並べてワンチップ化したGPUを出していますし、ほかの企業や研究機関でも半導体を三次元化するとか、新しいトランジスタを考えようとか、いろいろなアイデアが出ています。これがレベル1で、応用物理や半導体の専門家が革新的な技術を入れていこうと取り組んでいます。

 マイクロアーキテクチャを工夫して高速化しようとする取り組みがレベル2。この場合は上位のアーキテクチャがそのままなので、既存ソフトを生かすことができます。次のレベルは数理処理です。統計数理に強いアーキテクチャに変えようということ。その先のレベル4となると、非ノイマンタイプのニューロコンピュータや量子コンピュータですね。

――コンピュータそのものが進化していかざるを得ないということでしょうか。

柏山氏: 特にエッジ系の組み込みコンピュータはわずか数ワットで膨大なデータの処理が要求されますが、いま使われているARM系CPUでは処理能力が足りず、専用のアクセラレータを組み合わせようとしています。また、GPUでは熱の問題があり、「202x」の世界感に合うものがないんです。

 いままさにコンピュータを作り直さないといけないときが来ています。省電力化は極めて重要な要素です。余談ですが、アメリカの国立研究所にある世界最高性能のスパコン「オークリッジ」は15メガワットもの電力を消費し、なんとそばに発電所があるんですよ(笑)。理化学研究所のスパコン「京」もとてつもない電力を消費しています。線形加速器「SPring-8」や、X線電子レーザー「SACLA」のデータ解析に京を使うそうですが、データを得る代わりに莫大なエネルギーを消費しています。

プログラム更新の責任をどこに置く?

柏山氏: 電力以外ではセキュリティも重要。あと5年ほどで量子コンピュータが市販されると言われています。そのときもっとも困るのは暗号技術でしょう。いま使っている暗号コードは量子コンピュータを使えば一瞬で解析できてしまいます。もちろん悪意を持って解析しなければ解けませんが、いまあるセキュリティの信頼性が崩壊することは確実ですから、アーキテクチャレベルで変革しなければなりません。

――大変な脅威ですね。

柏山氏: だから、リブーティングなんです。日本では一部の研究者が危機感を抱き、リブーティングコンピューティングに取り組んでいますが、国はあまり力を入れていない印象ですね。AIは加速させたいけれど、コンピュータを半導体に遡ってまで再構築しようとは考えていないようです。いまアーキテクチャレベルで新しい技術に取り組まなければ、次の世代では完全に世界から置き去りにされてしまいます。

――不勉強ですが、私もこのお話は初めて聞きました。

日立製作所 柏山正守氏

柏山氏: システムアーキテクチャの重要性を、もっとみなさんに知ってほしいですね。最小単位のトランジスタがあって、デバイスがあって、その上にハードウェアとしてCPU/GPUやメモリからなるコンポーネントがあって、オペレーティングシステムや仮想化技術、コンパイラ技術があって、初めてコンピュータシステムとして成立します。そこでようやくAIのアルゴリズムやアプリケーションが動くわけです。

 必要な機能を実現するためには何を使えばいいのか、必要な構成要素を決めなければなりません。その際にどうしてもトレードオフが発生しますから、一番ネックになるものは何か、どうすれば解決できるか、どこまでなら譲れるのか、全体を見ながら考えるのがシステムアーキテクチャです。非常に重要なことなのですが、この観点で物事を見る人はあまりいないですね。

――さて、コネクテッドが広がれば、クルマでもOTA(Over the Air、通信によるソフトウェア更新)が当たり前になると思っています。OTAについてどのように見ておられますか。

柏山氏: エンターテインメントやインフォテイメントの部分は比較的簡単ですよね。スマートフォンでも気軽に更新できるくらいですし、仮に更新を失敗しても生死を分かつような状態になることはありません。

 問題は走行に直結するところ、つまりADAS(先進運転支援システム)とオートノマス(autonomous、自律化)のアップグレードや更新ですが、すべてをOTAで実行すべきしょうか。たとえば、私の母はスマートフォンのOSアップデートもできなくて、私が代わりに操作しています。そういう方たちのためにソフトウェア更新はバックグラウンドかつ自動で実行するとしても、やはりリスクを伴います。そう考えていくと、走行に直結する部分はディーラーで実行する方が安全ですし、セキュリティの観点から見てもその方が望ましいのではないかと。

視座を高く、世界を見据えて考える

――OTAはやらない方がいいということでしょうか。

柏山氏: いえ、そうではありません。慎重に進めるべきだと申し上げたいのです。OTAでは既存のセキュリティの概念が適用できない部分があるので、まずはコネクテッド基盤における認証やセキュリティを作り込む必要があります。ソフトウェアを更新する時にはパスワード認証等による本人確認と、更新に対する意思確認が必要ですし、ユーザーとしても正規の更新プログラムであることを確認したいですよね。信頼できるディーラーで実行すれば、OTAよりも確認しやすいはずです。

 アメリカにいたとき、フォルクスワーゲンの修理が必要になったのですが、日本のようなディーラー網はないので、とある整備工場に持ち込みました。そこで2時間ほど待たされた挙句、ナットが合わないと言われましてね(笑)。結局はディーラーを探して直してもらったんですが、日本以外ではそんなことがザラにあります。そう考えていくと、プログラムのアップデート、特にクリティカルな部分に対して、どのように安全性や信頼性を担保するかは難しい問題です。技術的にできるからと、安易に飛びつくべきではないと思っています。

――逆に言えば、それら課題を一つひとつ解決していくと道が開けそうです。

柏山氏: ブロックチェーンのように、みんなで見張り見張られる仕組みになるかもしれませんね。その一方で、セキュリティを突破したり、暗号を解読したりする技術も生まれるでしょうから、現実にはテクノロジーのトレンド、世の中の流れ、ルールといったものと、自社事業を照らし合わせながら、実現させていくことになると思います。OTAはテスラが始めているので、気になる方も多いでしょうが、急ぐ必要はありません。セキュリティや認証の仕組みは最初にきっちり作っておくことが重要。スマホは数年ごとに買い替えますが、クルマは長ければ10年以上も使いますから、安全安心に関係することは丁寧に作り込むべきです。

――認証についてはどのようなテクノロジーが考えられますか。

柏山氏: 最初にアメリカでブロックチェーンが発表されたとき、これはコネクテッドに使えると思いました。当時その発表を見に来ていた日本企業はトヨタさんとパナソニックさんくらいでしたから、トヨタさんがコネクテッド領域に興味を持っていることはそこで実感しました。

 実際、ブロックチェーンはさまざまな価値を可視化して信頼を与えるサプライチェーンです。世界的には金融が先行していますし、最近ではナイキやアマゾンも始めているので、いずれこの業界にも入ってくるはずです。それを待ってから、認証にまつわるアーキテクチャ的な部分を定義し、既存のコネクテッドの中に入れて、それからOTAを実行するという手順はあり得るかもしれないですね。

――コネクテッドと一口に言っても、実に多様な観点があることがよくわかりました。

柏山氏: いままさにコンピュータのパラダイムシフトが起こっています。そういう時代だからこそ、今ある技術をいかにうまく使うかというテクノロジー系のエンジニアリングと、パラダイムシフトに際してどう自分たちは対処すべきかを考えるロングターム思考のエンジニアリングと、両方が必要です。そのどちらも育てていかなければ、世界に置いてきぼりをくらいかねない。そうならないためにリブーティングなんです。これからもっと多くの方がその重要性、有用性を説くようになると思います。

 そして、コネクテッドの世界では推論、エッジ、AIクラウドといったものがキーワードになり、それらがコネクトするなかで社会が動いていきます。セキュリティの観点からゲートウェイも置かなければならないでしょうし、何か重大なトラブルが起きたときに暴走させないように電源を落とすなど冗長性を持たせることも重要でしょう。

 この先の5年以内に、量子コンピュータによってAIが画期的に進歩します。そのときには必ず、総合力が求められます。総合力とは、自分のやりたいことと実験機であるコンピュータをどう使って結果を導くか、それをトータルで考えられる力です。そのためにも、応用と基礎の人たちが一緒に話ができるエコシステムが重要ですし、一流の専門知識を持ちつつ広い視野を持って物事を見ることができる人材が必要です。世界に負けないためにも、日本でもそうした人材を数多く育て、活躍できる場を広げていくべきだと思います。

――ありがとうございました。

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