ReVisionウェビナーリポート
SDV(Software Defined Vehicle)は日本のみならず世界的なトレンドだが、ハードウエアとソフトウエアの連携による新たな価値創出のハードルは高い。加えて生成AIなどの進化は確実視されている。SDV開発の現場ではいま、何が起きているのか。そして、何が求められているのか。マツダ株式会社R&D戦略企画本部/MDI&IT本部技監の足立智彦氏と、日本アイ・ビー・エム株式会社自動車産業担当CTOの川島善之氏によるウェビナーの模様をレポートする。
Date:2024/12/19
Text:サイエンスデザイン 林愛子
改めて考えるソフトウエアが定義する車両とは
次世代車の本命は時代と共に変わるもの。2015年のディーゼルエンジンの排ガス不正問題(ディーゼルゲート)以降は各国が将来的なエンジン車の販売禁止を宣言し、多くの自動車メーカーが電気自動車(EV)へと舵を切った。しかし、いまや世界のEVシフトは息切れ状態。EUは合成燃料を使用したエンジン車を容認し、自動車メーカーはEV化のロードマップの見直しを図り、中国の新興EVメーカーも厳しい状況にある。EVが重要な選択肢の1つであることに変わりはないが、過度に依存すべきではない。重要なのは市場の要求に応え得る新たな価値の創造である。
そうしたなかで、脚光を浴びているのがSDVだ。SDVの定義には議論もあるが、一般的にはOTA(Over The Air)によって継続的に機能更新でき、搭載されたソフトウエアによって主な性能や価値が形作られるクルマのことだ。いずれにしても、SDVはハードウエアとソフトウエアが両輪であり、これまでとは異なる手法で開発を進めなければならない。
モデルをベースにした業務プロセスの改革
2024年12月6日開催の第38回ReVisionウェビナー「複雑化するSDV開発へ向けた、モデルベースシステム開発(MBSE)とデジタル技術、AIの活用へのアプローチ」では、はじめにマツダ技監の足立智彦氏が『SDV時代に、モデルベースシステム開発(MBSE)やAI活用、機能レベル・アーキテクチャの構成をどう捉えるか―マツダの取組みから』と題した講演を行った。
マツダは高齢化社会を前提に「Mazda Co-Pilot Concept -Motion in Resonates with Soul-」などの技術開発を推進している。Co-Pilotは人間中心の自動運転システムで、ドライバーが居眠りや体調急変で運転が困難になった場合に安全な場所まで車両を動かして停車するといった機能を有する。こうした先進技術で重要になるのがUI(User Interface)で、マツダはUIを運動性能とHMIの2つに分け、前者は自動車メーカーが強みを生かせる領域、後者はBig Techと呼ばれる巨大IT企業群の得意な領域だと位置づける。足立氏は「当社のようなスモールプレイヤーは、2つのUIを組み合わせ、人を活性化できるような車を最小限の手間とコストで作ることができれば、生き残れるのではないか」とし、こう続けた。
「そのために取り組んでいるのがモデルをベースにした業務プロセスの改革です。研究開発のフェーズではMBR(Model Based Research)として、アカデミアとの共同研究による成果物もモデルとして納品してもらいます。それが流体力学に関するものならば、空力設計や空調制御にも応用できる可能性があるからです。1つのモデルを様々な技術領域に適用できれば、少人数でも多様な成果を産みだせますし、新しい技術を発想しやすい。素早く多岐に渡ってアイデアの検証ができれば、アイデア創出力の向上が期待できます」(足立氏)
また、これまでは各部門の担当者が設計と評価を担っていたため、試作した部品を組み立てた際に不具合が発覚すると、遡って修正しなければならず、手戻りが多い上に多数の試作品が必要だった。しかし、モデルベースの開発(MBD、Model Based Development)ではOEMとサプライヤが連携して全工程をモデルで評価した上で試作するため、手戻りも試作も大幅削減。車両全体としてはウォーターフォールの開発だが、個々のプロセスがアジャイルで進むため、最終的な評価までスムーズに進むという。
ただし、SDVの開発要件は複雑になるばかり。車載ECUは増加の一途を辿り、制御には膨大なソフトウエアが必要だ。この状況に対応するために、マツダはシステムデザインの方法論としてMBSE(Model Based Systems Engineering)を選択。指数関数的に増える開発要件を整理し、AIを使ってMBD推進担当者の意思決定の支援に活用する方針だ。
情報量が膨大で複雑な課題を、意味のある小さな塊に変換
このようにSDV時代の車両開発では今までにないスキルや知見が必要となるばかりか、業務を推進する方法論から見直さなければならない。これは自動車メーカーのみならず、車両を構成する部品等を手掛けるサプライヤでも同様で、いかにして新しい開発や生産の仕組みを整えるかが大きな課題と言える。
日本IBM 自動車産業担当CTOの川島善之氏は講演「将来のAI活用やサービスの複雑化を見据えたSDVのシステム設計のあり方」の冒頭で、2010年ころにIT業界が経験したシステム統合について触れている。
当時はネットワーク環境の整備が進み、クラウドが本格的に運用され始めた時代で、将来的な技術の進展を視野に、莫大な数のマシンやサービスを統合したという。川島氏は「その状況がいまの自動車業界の課題と似ている」とし、複雑なものを単純な意味のあるまとまりに分けて管理する「分割統治」の考え方を紹介した。
その上で、提案したのが「キャパシティー・プランニング」だ。これは将来的な需要増などを視野に入れたうえで、ハードウエアとソフトウエアのキャパシティー、つまり容量や能力などをプランニングする手法のことを言う。
「まずはビジネスとして目指すゴール、ビジネス上の要求があって、どういった使われ方をするのかというユースケースがあって、アプリケーションやインフラがあります。それらはどういった機能と非機能を持つのか。機能とは『何が』、非機能とは『どう動くのか』ということ。非機能は品質と言い換えることもできます」(川島氏)
自動車業界で言えば、非機能は安全や安心に相当し、その性能要件はスループットやレスポンスタイムによって決まっていく。このように分割して考えていくことで、複雑なアーキテクチャを紐解くヒントが見えてくる。川島氏は「安心・安全・快適・パーソナライゼーションの高度化や詳細化に応じて、これからコード数は増えていきます。つまり処理負荷が増えますから、新規機能を追加しても動くように、それに耐えられる性能を見越しておく必要があります」と指摘した。
ただし、今後の発展を見据えて設計に余裕を持たせれば、その分のコストがかかる。どこまでを必要な機能として織り込み、どこからを次世代の課題とするのか。その線引きは簡単ではないが、何かしらの決断を下さなければならないとすれば、SDV時代は将来の技術予測がますます重要になりそうだ。
川島氏は「AIについてはオンプレミスの流れがあります。これまではAIを効果的かつ迅速性の観点からクラウドに置いていましたが、生成AIが登場したことで個別学習する方向への変化が顕著で、そうなると定常的に使えるオンプレミスの方が良い。ただ、コストは当然、オンプレミスの方がかかりますから、ある程度アルゴリズムができあがるまでは定常で、そのあとはクラウドといったことも考えなければならない」と述べた。
OTA拡大で懸念されるソフトウエアのバリエーション問題
講演に続いて、足立氏と川島氏によるディスカッションが行われた。SDVは次世代車として注目されているが、ソフトウエアやネットワークを活用することから、EV向けの技術とみる向きもある。足立氏は「SDVはEVに限った話ではない」と否定した上で、「EVは大きな電池を積んでいるため、可能性が広がる」とした。経済産業省の『モビリティDX戦略』に同様の記述があり、ハイブリッド車などにもSDVを適用する可能性は考えられる。今後は様々なパワートレインのモビリティがSDVに収斂していく、というのが足立氏の見立てだ。
自動車業界がSDVへとシフトしていく中で、様々な課題も顕在化している。川島氏は「いまは機能開発に目が向いていると思いますが、実際に動かしてみると不具合に気づくこともあります。複数の機能が同時に動くのかどうかは気になるところですし、それを処理する能力も重要で、『動くけれど能力不足で2晩かかります』となっては困ってしまう」と述べた。
これを受けて、足立氏はOTAについて「テスラが実現しているので簡単なことだと思われがちですが、そうではない」と警鐘を鳴らす。例えば、あるソフトウエアのパッチをOTAで提供する場合、対象とする車両のシステムやソフトウエアがすべて同じバージョンならば問題ないが、それは最初のうちだけだ。SDVが増えるほど、ソフトウエアやアプリケーションは多彩になる上に、いつ何を更新するのか、所有者ごとにばらつきが出てくるのは間違いない。いずれはレガシーと呼ぶようなシステムの車両も出てくるだろう。パソコンのOSはあるタイミングでサポートを終了し、それが買い替え需要を喚起するケースもあるが、クルマの場合はそうもいかない。
川島氏は「自動車のシステムは非常に複雑で、古いものへの対応を止められないために新しいものを入れられないことがあるそうです。だからこそ、分割統治が重要。ソフトウエアの変更や更新をするにしても、何がどうつながっているか、何と何の依存関係が強いかなどを把握していなければ、手を入れる順番も決められません。いまここで整理しておくことが、将来も含めた企業全体のコストを下げることにつながります」と強調した。
ソフトウエア開発の難しさやシステムの複雑さ、将来的な技術の進展とキャパシティーの検討、コストに対する考え方など、課題は山積しているが、SDV時代はまだ始まったばかり。いままでにない価値を備えたSDVが日本発で生まれることを期待したい。
※本ウェビナーの録画動画は2025年1月23日(木)までご視聴可能です。ご希望の方はReVision Auto&Mobilityお問合せ(info@rev-m.com)までご連絡ください。