量子コンピュータがモビリティの未来に与える影響‐10月31日開催ウェビナーレポート‐


第8回ReVision Premium Clubウェビナー「量子コンピュータがモビリティの未来に与える影響」が10月31日に開催された。

講師は、株式会社日立製作所 未来投資本部 アーバンモビリティプロジェクト担当部長/モバイルコンピューティング推進コンソーシアム AI&ロボット委員会 副委員長 兼量子コンピュータ推進WG主査 柏山 正守氏、株式会社デンソー先端技術研究所担当係長 寺部 雅能氏、富士通株式会社マーケティング戦略本部 ビジネス開発統括部統括部長/株式会社富士通研究所 デジタルアニーラプロジェクト シニアディレクター 藤 健太郎氏、富士通株式会社 マーケティング戦略本部 デジタルアニーラ推進部 北島 枝里子氏の4名が務めた。

 

Date:2018/11/7

Text :住商アビーム自動車総合研究所
プリンシパル 川浦 秀之

写真左から柏山氏、寺部氏、北島氏、藤氏

 

コンピューティングテクノロジーの曲がり角

 ウェビナーではまず、柏山氏が講演を行った。

 柏山氏は、AI(人工知能)の進化を止めないためには、データ処理能力、消費電力、サイズなど、さまざまな課題の克服が必要であり、2020年代にはクラウドにおいてエクサスケールのコンピューティングが必要となることが予想されるなか、特に期待されているのが量子コンピュータであると位置づけた。

 コンピューティング・システムのパッケージングはF1開発に似ているとしいう。すなわち、高性能なプロセッサを持ってきても、システムスタックのなかで調和がとれていないと性能を活かすことができない。柏山氏は、トランジスタの性能向上が限界に近づいている状況下ではシステムスタックの土台であるハードウェアが崩れ始めているのではないかと懸念を示した。さらに、このまま行くとビッグデータが滞留して組合せ爆発のジレンマが待っている、と警告した。

 続いて、話題は機械学習へ。現在の機械学習は、微分積分・線形・確率統計を駆使し、数値に変換した情報からある種の特性を見つけている。機械学習にはいくつかの流派があり、線形代数ベースの機械学習は比較的容易だが、確率統計ベースのそれ(離散モデルの最適化)はデータサイズが大きくなるにつれてコンピューティングパワーが必要となり、現在のコンピュータで解くと数億円もの費用がかかってしまう。市場ではNVIDIAのGPUや、GoogleのTPUが注目されているが、離散モデルの最適化には量子コンピュータが必要であることを説いた。

 ここで柏山氏は量子コンピュータについて解説を行った。

 通常のコンピュータは0か1で表すビットを基本とするが、量子コンピュータの場合は0と1を同時に扱うことが可能で、商用フェーズに入っているアニーリング方式と、実験段階にあるゲート方式の二種類に大別分類できる。通常のコンピュータは「2台であれば2倍、3台であれば3倍」性能が向上するが、量子コンピュータでは“べき乗”で向上する。つまり、素子が2個ならば4倍、3個ならば8倍と、指数的に高性能になっていくと説いた。

 一方、海外の動向では、量子コンピュータ関連のカンファレンスにフォルクスワーゲン、TOTAL、デンソー、アイシンAW等の、自動車OEM及び、自動車関連サプライヤーが積極的に参加していることを挙げた。

 量子コンピュータの自動車分野への適用については、「大きな面の問題を解き、社会実装に繋げる」という観点から、『Society5.0』 の実装や、CASEの進展に貢献できる可能性があるとした。モビリティ分野ではEVを利用したMaaS(Mobility as a Service)、自動運転ではクラウド側でのリアルタイム処理にチャンスがある一方、部品や素材については欧州の企業が先行しているという。欧州では量子コンピュータが物理・科学のモデルシミュレーション(ナチュラルコンピューティング)に向いているという特性を活かし、従来では考えられないような素材、バッテリーの電極の開発を考えているふしがあると警告を発した。

 こうした状況下で、MCPC(モバイルコンピューティング推進コンソーシアム)内には量子コンピュータ推進ワーキンググループが発足。サイエンス領域、ビジネス領域から人が集まり、コミュニケーションハブとして議論を行っている。柏山氏は、先駆者から発信される成果が見えたときには、すでに戦いが終わっている、つまりは応用フェーズに入っていると指摘し、そこに行きつくまでの「汗をかく」部分に是非参加してもらいたいと、視聴者に参加を呼び掛けた。

 柏山氏によれば、今後のAI関連技術にはコンピューティングパワーの課題克服が必須。AIと量子コンピュータの融合はすぐそこまで来ており、量子コンピュータの普及により自動車産業にブレークスルーが起きるという。だからこそ、量子コンピュータをどう使い、どんなビジネス・技術を創るかという戦略が求められていると、講演を締めくくった。

 

量子コンピュータで起こすクルマのIoT革命!!

 2人目の講師はデンソーの寺部氏である。

 デンソーでは量子アニーリングマシンを用いた実証実験を展開していることから、寺部氏はテーマとして「市場を破壊するポテンシャルを持つ技術である量子アニーリングマシンを、自動車業界の変化の時代に掛け合わせて革命を起こせないか」と語りかけた。自動車業界はいま、百年に一度の変革期にいると言われているが、変わるのは「技術」ではなく「市場」であり、クルマそのものに価値があった時代から、クルマを使ったサービスが価値を持つ時代へ、電気自動車や自動運転車がその移行を促しているとした。

 そうしたダイナミックな変化のなかで、高さ3mもの巨大な箱型の量子アニーリングマシン「D-wave」をコネクテッドの領域でサーバーマシンとして使えないか、考えているという。事例としてデンソーが手掛けるタイでの交通量最適化実証実験、工場物流の実証実験を紹介し、さらにフォルクスワーゲンとGoogleが欧州で手掛ける渋滞解消の実証実験や、フォードとNASAが提携して量子アニーリングマシンの活用を発表したなどにも触れた。

 続けて寺部氏はサービスの源泉となるコネクテッド、IoT分野のロードマップを提示した。

 IoTには

Step1:センサーを実装し、データを見える化する「モニタリング」
Step2:データを料理して価値を創出する「制御」
Step3:更に高度な処理を行う「最適化」
Step4:これらを自律化する「自動化」

の4つのステップがあるという。

 クルマに関係するのは「工場のIoT」と「クルマのIoT」だが、前者は古い設備もたくさんあるため、Step1の段階で、後者はクルマにはもともとセンサーが多数搭載されているためStep2の段階だという。いずれもIoTの将来の課題であるとされているStep3の「最適化」はまだ先だが、Step3では量子アニーリングマシンとの組み合わせで何かできる可能性がある。量子アニーリングマシンによる最適化は社会問題を解決できる可能性があるとして、アニメーションを用いて渋滞解消の例を示し、最適化計算が非常に大掛かりなものであることを解説。

 たとえば、1台のクルマが3通りの経路を選べる場合、クルマが2台ならば選択肢は9通りだが、10台になると約6万通りと格段に増える。20台では約35億通り、30台ではなんと200兆通りの組み合わせとなり、従来のコンピュータでは最適化計算に1週間から1カ月もかかってしまう。

 量子アニーリングマシンはこのような最適化問題を超高速で解くことができ、これを用いて創ることができる市場には2種類ある。一つは既存の市場をより良くした市場。たとえば、ガラケーの性能を1万倍高めるような使い方だ。もう一つは量子アニーリングマシンにしか創ることができない市場。こちらは、ガラケー時代にスマートフォンを創るが如く、不連続な市場の創造である。デンソーによる「不連続な市場」創りへの取り組みとして、寺部氏はタイにおける商用交通アプリを利用した実証実験と、無人搬送車が多数使われている工場での実証実験を紹介した。

 これらの実証実験を通じて浮き彫りにされた課題には、ハードウェアの制約、量子モデル(イジングモデル)を扱える人材の不足、これを使って何ができるのかを想像できるユーザーの不在を挙げ、普及の起爆剤となるキラーアプリケーションの必要性について言及した。

 寺部氏は、現状を「量子コンピューティングの世界の先には大きな宝物があると信じて宝探しに挑戦している段階」だと位置付ける。来年4月に設立される量子アニーリング研究開発コンソーシアムでは、量子コンピュータの研究者や応用の研究者が集結して共同研究を行い、一気通貫でアプリケーションを実用化に持って行くことを目指す。東北大学にはD-wave社製の量子アニーリングマシンが設置される予定だ。北米以外にこのコンピュータが設置されるのは世界初であり、量子アニーリングマシンがすぐに使える環境が整うことから、視聴者にこのコンソーシアムへの参加を呼び掛けた。

 

デジタルアニーラの自動車産業における適用領域とは

 3人目の講師は富士通の北島氏。今年5月に同社が商用サービスを開始したデジタルアニーラの自動車業界への適用について解説を行った。

 デジタルアニーラは商用化・実用化にはもう少し時間がかかる量子コンピュータと、従来のコンピュータ(デジタルコンピュータ)の「いいとこ取り」をしたもので、デジタルコンピュータでは解くことが難しい、あるいは時間がかかるとされる組合せ最適化問題を瞬時に解けることが核のアーキテクチャーとなっている。

 また、デジタルアニーラはアニーリング方式(イジングマシン方式)をデジタル回路で実装しており、ゲート方式(IBM、Google、マイクロソフト等が商用化に向けた研究開発中)や量子アニーリング方式(D-Wave)が大型の冷却装置を要求するのに対して、常温環境で安定していることが特徴だという。

 続けて北島氏は組合せ最適化問題について説明するために、「巡回セールスマン問題」を取り上げた。巡回セールスマン問題とはこの分野で有名な命題で、セールスマンがn個の都市を必ず一度だけ通るという制約条件のもとで、最短経路を見つけ出すというもの。5都市であれば、経路の組み合わせは120通りで、デジタルコンピュータでもすぐに解を得ることができるが、32都市になると組合せは2630京×1京通りと、途方もない計算量が必要となる。北島氏は、デジタルアニーラが組合せ最適化問題をどのように計算しているのかについて説明した。

 デジタルアニーラの自動車業界での活用方法の例として、北島氏は「ピッキングルート/棚配置の最適化」や「作業計画の最適化」など、5つの事例を提案。これから車両の電動化はますます加速し、ライドシェアやカーシェアリングも広がっていく。それに伴い電力ステーション、自動車間のアドホックのネットワークも普及していき、電力ステーションの最適配備やネットワークのルーティング等の最適化が必要になる。そこにデジタルアニーラが適用できる領域があると言及した後、デジタルアニーラの今後のロードマップを紹介した。

 最後に、デジタルアニーラだけではすべての社会課題を解決できないので、富士通の持つ先端技術、スーパーコンピュータやディープラーニングを融合して社会課題の解決に貢献していきたいと言及した。

 北島氏の講演のあと、藤氏は補足として、商用サービスの開始以降、自動車業界からも多くの問い合わせを頂いていることを紹介。自動車業界を「未来を見据えて新しいテクノロジーにチャレンジする、今すぐ使えるものではなくても、将来を見据えて、どんなテクノロジーを使うと、どこまで自分達を差別化できるかということに対して非常に積極的に動いている業界」と評し、お客様から色々なアイディアを頂きながら一緒に成長していきたいと締めくくった。

 講演の後は、柏山氏の司会のもと、パネルディスカッションが行われた。短時間ながら、バッテリー/素材業界における量子コンピューティングの活用、社内での人材教育、学会での動向など、広範かつ内容の濃い議論がなされた。

 


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