コネクテッドカー・データ活用の基盤整備をどう進めていくか
通信の高速・大容量化、ビッグデータやAIの進展により、コネクテッドカーを取り巻く環境は大きく変化している。総務省では昨年末から「Connected Car社会の実現に向けた研究会」を設置し、目指すべき社会像、解決すべき課題や推進方策等について議論している。また、本年度の5G総合実証試験では新たな市場創設に向け、モビリティをはじめ多くの分野の関係者が参画する実証実験も開始した。
こうした動きは内閣官房が5月に発表した「官民ITS構想・ロードマップ」の中で示した「自動運転システムは今後益々データ駆動型となる」という認識とも深く関わる。高度な自動運転に必要な走行データやダイナミックマップ、交通情報等のデータ基盤、それを活用するためのクラウドサービスは、十分な通信インフラなくしてはうまく機能しない。コネクティビティは自動運転のベースとなるだけでなく、今後の新たなモビリティビジネスを生み出す上でも重要になってくる。
折しも、世界では5Gの実証実験が世界各地で進み、次世代通信の標準化へ向けた動きが激しい。昨年は5Gオートモーティブ・アソシエーション(5GAA)が立ち上がるなど、交通分野での動きも活発になっている。総務省では今、どのような社会像を描き、何を課題と捉えているのか。移動通信課新世代移動通信システム推進室長で、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)自動走行システム推進委員会の構成員も務める中村裕治氏に、現在の取り組みや課題意識を聞いた。
2017/8/7
※インタビューは2017年6月に実施
— 現在の取り組みについてアップデートをいただけますか
中村氏: IoTが普及する上で、フロントランナーは交通の世界になってくると感じている。今回、総務省が旗を振る5G総合実証試験の中でも、特に交通分野には力を入れ、そのほか医療、エンターテイメントの分野にも注力しながら進めている。国内外で盛り上がってきた通信と車の業界連携は我々もぜひ後押ししていきたい。例えば、海外の企業が中心になって始まった5GAAにもすぐに日本企業が参画するようになった。また、国内でもトヨタ自動車とNTTが5G関連の研究開発等で連携をしていくと発表するなど、様々なところで本格的に動き出している。総務省としてはその研究開発や実証試験を後押しし、こうした動きをどう国際的に協調・連携させていくか、電波など周辺の環境整備をどう進めていくのか、技術・制度・国際的な観点で支援したい。
5G実証でのアプリケーション面へのフォーカス
— 本年度の5G総合実証試験の主な狙いは何でしょう
中村氏: 5G要素技術の研究開発はすでに数年前から取り組みを進めている。今回は主に、5Gで生活や社会がどう変わっていくのか、それを実感していただけるようにサービスやアプリケーション面にフォーカスを当ててトライアルを進める。その中で、分かりやすい例として、交通や医療、東京オリンピックを見据えたエンターテイメント、といった分野に主に力を入れていくのが特徴。
— 要素技術だけより、実際のサービスアイデアがあったほうが進化のスピードも速くなるかもしれません
中村氏: やはりユーザーの方々にアピールや説明をしながら進めていくという意味では必要な取り組みと考えている。
— 世界的に交通分野で動きが活発になっています。5GAAにまだ日本の自動車メーカーの参画はなかったように思いますが、総務省として関わっていかれることはありますか
中村氏: 日本の自動車メーカーもいろいろと情報収集や世界的な動向分析をされていると思う。当然この5GAAの動きについて興味を持たれているのは間違いない。これは民間中心の動きなので我々が積極的に関与していくことは現時点では考えていないが、こうした通信と車の業界の結びつきは歓迎すべき動向で、日本企業が興味を持つ場合には我々も積極的にサポートしたい。
データ活用のための環境整備
— 今回の5G総合実証試験でサービスやアプリケーションが中心に据えるとおっしゃられましたが、2020年頃、東京五輪の頃のサービスの姿をどのように描いていますか
中村氏: 端的に言うと、車が単なる移動空間から全く新しい価値を持つ高機能な空間に変わっていくというイメージを持っている。そのため、昨年12月から開催している「Connected Car社会の実現に向けた研究会」では自動車メーカーはもちろん、保険や観光の分野、鉄道といった他の交通分野、スマートシティに取り組む方々など様々な業界の方々にその場に参加していただき、今後の目指すべき姿や課題を議論いただいている。今年の夏には研究会としての取りまとめを出していきたいと考えているため、そのタイミングまでぜひお待ちいただきたい。
— コネクテッドカーが今後、個々の企業のビジネスになっていくためには、データ活用のあり方が重要になってくると思います
中村氏: 今後のコネクティッドカー・自動運転社会というものを実現していくにあたって、データ活用のあり方は間違いなくキーになる。その時に、我々が考えないといけないのは、データを多くの企業・人で共有して新しいビジネス・価値を生み出していくための環境や関係づくり。それをどう国としてサポートできるか。データの蓄積のあり方、セキュリティの問題、そのデータを使う上での情報流通のためのネットワークの確保なども政府としては重要な課題と捉えている。
セキュリティ、データの真正性、プライバシーの課題
— データは、どのようなデータを考えていますか。プローブや地図、公共の交通データ、車の中のセンサーデータもあると思います。
中村氏: 大きく分けて2種類考えられる。一つは車側のほうからネットワークあるいはサーバ側に上がっていくようなデータ。いわゆるプローブデータと呼ばれてるものが大きなグループとしてある。もう一つは地図データも含めて車が外部から入手して来るようなデータ。公共の交通関係のデータ、インフォテイメント、街の情報など、いずれにしても外から車の方に持ってくるデータ。そうした大きな2種類のデータに関して、我々はきちんと両方のバランスを見ながら、最適な流通のあり方、使いやすい環境整備を考えていかなければならない。今後のビジネスを進める上では、まずは民間の方々がどのようなサービスを考えておられるのか、ユーザーの方々がどのようなニーズを持っておられるのか。その辺をきちんと把握するということが必要だと思う。
— 官民ITS構想・ロードマップでもデータ基盤の重要性を強調していました
中村氏: そこにも、つながってくる。政府全体としてデータを重視していこうという流れになって来ていることは我々としても非常に歓迎すべき動きと考えている。
— データ活用にあたって、セキュリティの問題やプライバシー、ユーザー同意を得る上で自動運転の受容性の問題など、何を大きな課題と考えていますか
中村氏: 大きく三つあると考えている。いわゆるサイバーアタックなどへの対処は重要な課題として挙げられる。二つ目は、データの出所も含めてデータそのものが信用できるかどうかといった、データの真正性の問題。三つ目として、いわゆるプライバシーの問題。ドライバーの方々のプライバシーが保護されるのかどうかは、セキュリティの問題としても捉えられる。その解決に向けては、総務省として技術開発や技術実証をする上で役に立てると考えている。一方で、受容性の問題は、制度の面も含めて安全・安心を担保するという点について総務省だけで解決できる問題ではないため、関連省庁と連携をしながら、個人情報保護の観点も含めて議論を深めていかなければならない。いずれにしても、どのような脅威があるのか、全体像をまず明らかにして、それを国民の方々、ドライバーの方々にもきちんとお伝えするというところからスタートしていく必要がある。
コネクテッドカーによる社会課題の解決
— 関連省庁との議論も進んでいますか
中村氏: 政府全体で戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で取り組みを進めている。今年秋から公道での自動運転の実証実験を進めるという大きな計画を立てているが、その中の重要課題の一つとして、セキュリティの問題が挙げられている。関係する省庁、官民が連携して、どういった脅威があるか、どのような解決策が考えられるのか、といった議論を深めていく予定。例えば、営利目的でのいわゆるランサムウェアのようなもの、人に危害を加えるテロ的なもの、あるいは愉快犯的なものなど、いろいろな要素が考えられ、そうした点を含めて深く分析しなければならない。
— そのあたりの課題を解決されてくると、モビリティには大きな可能性が広がってきますが、社会的な課題解決にはどのような点で役立つでしょうか
中村氏: 地方では高齢化が進み、運転手が足りなくなっているという深刻な問題がある。自動運転は大きな解決策になりうると思うし、車のコネクティッド化が進むことで、高齢者の方もシェアリングのような仕組みを簡単に使えるようになっていくかと思う。また、高齢者の方々による運転の事故も社会課題だが、車のセンサーやカメラを活用し、適切なタイミングで警告を送るといった形の運転サポートも可能になる。そうした意味で、車が通信できるようになれば社会の課題解決に大きな貢献ができる。
人とのつながりの中から新しいビジネスを
— 5Gになると、何が変わってきますか
中村氏: 5Gが実現されると、レイテンシ(遅延)が最低限に抑えられ、通信の信頼性も上がり、利便性が格段に上がる。ただ、5Gだけではなく、いろいろな通信手段を組み合わせて、なるべく確実に情報を届けられる仕組みを作っていくことも国として考えていかなければならない。コネクテッドカー、自動運転の世界になると、通信や車の業界はもちろん、その他のビジネス分野も密接に関わってくる。そうした他業界とのつながりの中で、新しい価値、新しいビジネスが出てくる。これから他の業種の方々とどう連携を深めていくのかは、これからのビジネスを考える上でも大事になってくる。
— 業界の方々へのメッセージも込めて、政府、総務省としての指針を聞かせてください
中村氏: 一言で言ってしまうと、まさしく人間同士のコネクティッドということも、非常に重要になってくる。新しいサービスやアプリケーションは、ユーザーや実際の利用者から出てくるアイデアの方が面白く、普及していく可能性の高いものだと思う。ユーザーの方々、業界の方々とのつながり、インタラクションの中で、いろいろなアイデアをいただきつつ、それに対してどのようなソリューションがありうるかを今度は国のほうが考えていく、そうしたつながりの中で新しいビジネス、新しい社会構築につなげていければと思う。総務省としては、コネクティッドカー・自動運転に必要となる通信のリソース、通信の技術をきちんと確保していくところが一番重要なミッションになる。通信の世界特有の技術的な面、国際的な連携、制度的な部分で何か障害になっているような部分はないのかどうか、そうした点をパッケージとして常に考えていきたい。
(聞き手: 友成 匡秀)