2月5日、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)自動走行システムは2017年度第2回市民ダイアログを催した。8名の市民パネリストと「未来社会とMaaS ~これからの移動を実現するサービス~」をテーマに2時間にわたる議論が交わされた。
Date:2018/02/16
Text & Photo:ReVision Auto&Mobility編集部
内閣府が主導する国家プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」は今年度で実施4年目を数える。そのなかの自動走行システム(SIP-adus)では先進科学技術の社会受容性を育むとともに、研究開発に資する情報を獲得することを目的に「市民ダイアログ」を昨年度より開催している。
2017年度第2回は東京大学生産技術研究所S棟のプレゼンテーションルームで開催され、テーマにはMaaS(Mobility as a Service)が取り上げられた。
MaaSは昨今、世界的に議論が白熱しているテーマだが、日本ではモノとしてのクルマと、コトとしてのサービスが別のテーブルで議論されることが多い。今回の市民ダイアログにはSIP関係者ともに、当該分野を専門とする大学教員2名、総合電機メーカーや交通事業者に勤務する社会人および大学生8名が車座となり、利用者である市民の目線でMaaSを議論した。
2017年度第2回は8名の市民パネリストが参加
市民にとって必要なMaaSとは何か
市民ダイアログはSIP-adusのプログラムディレクターである葛巻清吾氏、サブ・プログラムディレクターの有本建男氏によるあいさつで幕を開けた。
その後、登壇したのは当媒体の編集顧問で、モータージャーナリストとして活躍するSIP構成員の清水和夫氏。国内外での豊富な取材実績に基づき、GMの自動運転車両「Cruise AV」やダイムラーの次世代モビリティコンセプト「smart vision EQ fortwo」、グーグルのスマートシティ・プロジェクト「Sidewalk Labs」などの事例を引きながら、世界的な潮流を概説した。
続いて、交通制御工学を専門とする東京大学生産技術研究所の大口敬教授によるスピーチが行われた。大口教授によれば、スイスのローザンヌ地方では地域交通が住民の足として十分に機能しているという。その理由のひとつは、トラムや鉄道などの多様な乗り物を1枚のカードで利用することができること。しかも、複数の交通機関の連携がうまくいっており、最終電車や最終バスの接続がきちんとなされているので、非常に利便性が高い。多様なモビリティが公共サービスとしてうまく機能している好事例と言えるだろう。MaaSの議論においては、やはりユーザーにとっての利便性が欠かせない。
大口教授がハードウェアの専門家とすれば、その次にマイクを握った東京大学空間情報科学研究センターの柴崎亮介教授はソフトウェアの専門家だ。
柴崎教授は移動に対する需要と供給のマッチングがスムースに実現するサービスプラットフォームが必要だと説く。そのプラットフォームでは多種多様なデータが行き交う。企業にとって有益なデータが得られれば、そこでマネタイズが可能になる。あるいは、渋滞している道路では通行料のレートを上げるなどすれば、交通量の調整もできそうだ。もちろん、個人のプライバシー保護という課題はあるが、そこに財が生まれなければ社会の仕組みとして機能しなくなる。
大雪によって露呈した都市交通の弱点
有識者によるスピーチに続き、市民ダイアログが始まった。ダイアログは大きく分けて、ニーズ探索、アイデア検討、サービス実現という三部構成で進められた。
まず話題になったのは1月後半の大雪のことだった。雪は午後から降り始め、都心部を真っ白に覆った。企業が早期帰宅を促した反面、急な積雪に多くの鉄道がダイヤ変更を余儀なくされ、一部の駅では入場制限がかけられた。その結果、駅周辺には人があふれた。
大学生のパネリストは「全員が一斉に動くから混乱が起きるのではないでしょうか。僕ら学生は研究室に泊まろうなどと考えますが、社会人だとそれも難しいのだと思います。いま働き方改革が話題になっていますが、輸送という観点で見れば、何も影響が及んでいないように見えます」と率直な意見を述べた。
また、社会人パネリストの一人は「混雑の原因は情報不足」と指摘した。
「乗換案内や各社のホームページから遅延という情報は得られましたが、その先は分からなかったです。『遅延ということは一応動いているのだから、時間はかかっても帰宅できるだろう』と思って駅に向かったのに、駅に入ることさえできませんでした。ユーザーは各社の状況が知りたいのではありません。スムースな移動を実現する情報がほしいです」
この発言を受けて、柴崎教授は「各交通事業者のデータが共有され、統合できれば、もっと便利なサービスになると思うのに、そうなっていませんよね。事業者間で連携できない状況もあります。何より誰がその開発費や運用費を負担するのかという問題が大きいのでは」と述べたうえで、こう問題を提起した。
「私たちはモビリティ全般に対して、一体どのくらいお金を払えるのか。その議論がないと、自動運転だのなんだのと言っても夢物語で終わりかねない」
年齢や職業が異なるパネリストから多様な移動ニーズが寄せられた
選択肢が増えることで日常の移動が「旅化」する
今回の市民ダイアログでは改めて、移動に対するニーズの多様さが明らかになった。被災地支援活動を行っているという大学生は「新しい住まいがあるのに、昔から住んでいた土地をたびたび訪れる人たちがいます。経済的には合理性のない移動だけれど、彼らにとっては大切なことで、そういう移動ニーズも見捨てるべきではないと思います」と語った。
また、同じように電車に乗って移動していても、それぞれにニーズは異なる。社会人大学院生として多忙な日々を送るパネリストは電車内が貴重な自習の場なので、極力座りたいのだと語った。一方、平日と週末で異なる活動をしているパネリストにとっては移動がマインドセットそのもので、電車に揺られながら「今日はこの仕事をするぞ」という具合に気持ちを作っていくのだという。
こういった議論のなかで、コンサルティング会社勤務のパネリストから「移動の旅化」という発言があった。
「自動運転やMaaSが実現すれば移動の選択肢が増えて、車内のインテリアや過ごし方で移動を選べるようになるのではないかと思います。旅には新しい何かと出会える喜びもあれば、過ごす場所や移動手段を吟味する楽しみもあります。そう考えていくと、これからは日常の移動も旅化していくのではないかなと」
では、自動運転やMaaSを社会に実装するための条件とは何か。ある市民パネリストは経済性が重要だと主張した。
「旅行で移動するときにクルマも使いますが、旅行というサービスを提供するのは旅行会社ですよね。MaaSも同じで、必ずしも自動車メーカーが中心で進めなくても良いのでは。クルマとして必要なことは別ですが、車内のエンターテインメントはサービスとして事業化し、経済的に回るようにすることが重要だと思います」
サービスを事業化するには企業がデータを活用しやすい方がいい。このとき気になるのはプライバシーの問題だが、サービスの質向上のためには膨大かつ網羅的なデータが必要なことも事実である。
冒頭のスピーチで、多様なモビリティが公共サービスとして成立しているスイスの事例を紹介した大口教授は、ここで「公共」について意見を述べた。
「公共というと不変なもののように思うかもしれませんが、少しずつ変わっていくものです。たとえば、納税と言えばお金を収めるだけだったのに、ふるさと納税という、税金を収めつつ、自分の生活も豊かにするような仕組みが生まれました。移動にかんしても、変わっていくことがあるのでは。いまは高齢者の移動支援というと福祉に分類されますが、MaaSになれば変わる可能性があります」
これまでの意見交換を見ても、自動運転やMaaSに社会変革の可能性があることは疑う余地がないのだが、自動化やサービスの充実を目的とすべきではない。目的はあくまで人間にとっての豊かな社会であるべきだ。清水氏は市民ダイアログの最後に、SIP-adusの初代プログラムディレクターである故・渡邉浩之氏の言葉を引用し、こう締めくくった。
「渡邉さんはよく、市民のためのクルマ社会を考えようと語っていました。これからもあるべき理想像を市民とともに語る場を持ち続けていきたいと思っています」
今回は議論の内容をイラストで記録するグラフィックレコーディングが導入された
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