先月、自動運転の実験走行中に死亡事故を起こしたウーバー・テクノロジーズ。このあとの同社の動向は大変に興味深いが、同社を単なる自動運転ベンチャーだと考えると、先行きを見誤るだろう。ウーバーとはいかなるビジョンを持っているのか、同社の正体に迫る。
Date:2018/04/18
Text & Photo:モビリティジャーナリスト&モータージャーナリスト
森口将之
他社とそん色ない技術を持っていたはずが……
3月18日、米国アリゾナ州フェニックス近郊でウーバー・テクノロジーズが公道で実験走行中の自動運転車が死亡事故を起こしたことは、日本でも多くのメディアが報じた。多くの企業が交通事故減少のために自動運転の研究開発を始めたとアナウンスし、我々も同じような認識を抱いてきたこともあり、衝撃的なニュースとして受け取られた。
筆者もそのひとりであるが、別の理由での衝撃もあった。
同じ3月の上旬、他のアジア人ジャーナリストとともにカリフォルニア州サンフランシスコのウーバー本社を訪れた後、ペンシルベニア州ピッツバーグの公道で自動運転車の同乗走行を体験したばかりだったからだ。
ウーバーの自動運転はATC(アドバンスド・テクノロジー・グループ)と呼ばれる部門が手掛けており、2016年にピッツバーグに研究施設を開設した。
同じ年から公道での実験走行も開始し、3月時点ではピッツバーグ、サンフランシスコ、フェニックスのほかカナダのトロントの4都市で200台以上が走っていた。2016年1月からの2年間でこなした距離は延べ320万kmに上る。ウーバーはさらに大型トラックの自動運転も研究中だ。
ATCでは自動運転のメリットについて、交通事故減少だけでなく、シェアリングとの組み合わせで自動車台数を大幅に減らし、都市空間に余裕をもたらすことを挙げた。減少率として挙げた数字は実に97%というものだった。
この日はピッツバーグのATC研究施設でプレゼンテーションを受けたあと、オペレーター2人が乗るボルボXC 90ベースの実験車両の後席で自動運転の体験を行なった。筆者が今年、公道で自動運転車に乗るのは、以前記事で紹介した石川県輪島市の電動カート、日産自動車とDeNAが横浜市で行った「イージーライド」に続き3度目だった。
外観は屋根上のセンサーで自動運転車とひと目で分かるものの、運転マナーは自然で、制限速度を守り、赤信号では一時停止し、信号のない交差点では車列が途切れるまで待ったあと通過した。ブレーキはやや唐突に感じたが、これはボルボが標準装備する衝突被害軽減ブレーキでも同様だ。
一度だけ路上駐車のトラックを追い越す際に手動運転に切り替えていたが、これは輪島市の電動カートや日産とDeNAのイージーライドも変わらない。むしろオペレーターがしっかりと状況を確認し、自動運転を解除している様子も分かり、安心したものである。
このようにウーバーの自動運転技術は、他社と比べて遜色はなかった。それだけに今回の死亡事故は驚きとともに見つめている。
運ぶ対象がヒトからモノになっただけ
事故後、ウーバーはすぐに自動運転の実験走行を中止している。同社が積み重ねた実験走行距離は、グーグルの自動運転部門が独立したウェイモに次ぐレベルと言われているが、今回の一時休止で差が広がり、他社に抜かれる可能性はある。今後も自動運転の研究開発を継続していくかどうかさえ、現時点では分からない。
しかし今回の一件がウーバーの屋台骨を揺るがすとは考えにくい。なぜなら2009年創業の同社は、世界78カ国・地域の600都市以上でライドシェアを展開し、それ以外にも多彩な事業に乗り出していて、新たなプロジェクトも複数進行中だからだ。サンフランシスコの本社で説明を聞いて、ライドシェアと自動運転だけの会社ではないと認識した。
日本でもっとも知られているのは、フードデリバリーサービスの「ウーバーイーツ」だろう。自前の配達スキームを持たないレストランが、スタッフではない個人に出前や配達を依頼するもので、ウーバーは両者をマッチングするアプリを提供する。基本的な考え方はライドシェアと同じであり、運ぶ対象が人間から料理に変わっただけと見ることもできる。
ウーバーイーツが始まったのはわずか2年前だが、いまでは30カ国200都市以上で10万軒を超えるレストランと契約しており、アジアだけでも4700軒以上を数えるという。ちなみに日本は東アジアで最初にウーバーイーツを導入した国で、現在は東京と横浜で展開している。
ライドシェアについては、タクシーよりも安価で安心な移動(海外は日本に比べて質が低いタクシーが多い)をもたらすという当初の目的の他に、渋滞や駐車場不足の解消も目指している。
前者については当初から「ウーバープール」という相乗りメニューを用意することで、移動経路が近い人をアプリによってマッチングしているが、同社では最近、これを発展させた「エクスプレスプール」を発表。バスのように特定の乗り場を設定し、複数の人の移動を集約化することで、車両台数を削減するとともに、さらに割安な運賃での移動を実現しようとしている。
後者については、自動車は平均95%の時間を駐車場で過ごしていることに着目。マンション居住者や商業施設利用者のライドシェア利用料金を補助することで、マイカーによる駐車場利用者を減らそうとしている。すでにサンフランシスコや英国マンチェスターなどで実施に移されている。
公共交通までもつなぐことで成し得る世界
驚くのはライドシェアのライバルになりそうな公共交通にも関わっていることだ。具体的には公共交通事業のリサーチやコンサルティングで、現時点で米国、豪州、インドの35都市を手掛け、地元サンフランシスコのカルトレイン、筆者が利用したことがあるジョージア州アトランタのマータも含まれていた。ロンドンの地下鉄では昨年秋から金・土曜日限定で深夜運転が始まったが、これのリサーチも担当したそうだ。
最後に紹介されたのが、昨年構想が発表された「ウーバーエレベート」だった。垂直離着陸可能な電動小型飛行機を用いて短距離移動を提供するもので、自動車では渋滞などによって90分掛かるサンフランシスコ周辺の移動をわずか9分でこなすという「空飛ぶタクシー」の一種だ。機体メーカーなどと研究を進めており、2020年に実証飛行を行い、2023年に有料での営業飛行を予定しているという。
ウーバーはこの小型飛行機を大量供給することで、ライドシェア並みに安価な移動として提供していきたいという。他にもいくつかの企業がこの分野に参入を考えており、空中でも渋滞が起きるのではないか、空が暗くなるのではないかなど懸念材料もあるなか、どのように実現化していくか注目したい。
さらに今月には、昨年サービスを開始した米国初のドックレス方式(ステーションやポートを持たないシステム)の電動アシスト自転車シェアリングを展開する企業ジャンプと提携し、ウーバーのアプリでサンフランシスコのジャンプの電動アシスト自転車を予約することが可能になった。
つまりサンフランシスコの人々は、ウーバーのアプリで移動手段を自動車にするか電動アシスト自転車にするかを選べることになった。さらにウーバーではここにライトレールやバスなども組み合わせ、単一のアプリで複数の交通手段を組み合わせて利用できるよう取り組んでいるという。
ウーバーの仕事は自動車に限らない。自転車から飛行機までさまざまなモビリティをICTでマッチングし、ひとつのアプリで自由に移動できるスマートシティの構築を目標に据えているのだ。自動運転もそのためのソリューションのひとつだが、同社はもっと広いフィールドを見つめているのである。
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