離島で考える地域交通のあるべき姿(前編)SIP市民ダイアログレポート


12月4日に香川県の小豆島で開催された、戦略的イノベーション創造プログラム自動走行システム(SIP-adus)主催の市民ダイアログ。島で唯一の高校である県立小豆島中央高校に交通事業者や観光事業者、地元商工会関係者ら、16人の市民が集結し、小豆島のモビリティや地域おこしをテーマに対話した。本稿ではダイアログの模様を中心にレポートする。

 

Date:2018/12/25
Text&Photo:株式会社サイエンスデザイン 林愛子

 

自動運転の社会受容性を育む

 市民ダイアログは2016年から続く取組みで、今回は初めて東京を離れ、地方都市で開催となった。小豆島は瀬戸内海に浮かぶ、香川県最大の島。人口は約2万8000人と、離島のなかでは規模が大きい方で、最近は若い世代の移住者も増えている。瀬戸内国際芸術祭の効果もあって、インバウンドを含む観光も堅調だ。

 しかし、多くの地方都市がそうであるように、人口減少、高齢化、公共交通の衰退といった課題は小豆島でも顕在化している。市民ダイアログに参加する16人の市民は交通の課題や地域活性化について、何を語るだろうか。

 ダイアログ開催に先立ち、SIP-adus構成員で自動車ジャーナリストの清水和夫氏より「BEYOND 2020 CASE&MaaS @小豆島」と題した講演が行われた。

 自動車業界ではCASE(Connected、Autonomous、Shared&Service、Electric Drive)もMaaS(Mobility as a Service)も当たり前に使われているが、まだ一般には浸透していない。清水氏はこれら用語をわかりやすく解説するとともに、「今日は自動運転がテーマですが、単に車が自動で走るという話ではなく、新しい技術で街や生活が大きく変わる可能性があることを念頭に置いて議論していきましょう」と呼び掛けた。

 開会宣言のあとは、SIP-adusプログラムダイレクターの葛巻清吾氏によるプレゼンテーション「第1期&第2期SIP-adusの取組み」。

 葛巻氏は5年目を迎えたSIP-adus第1期の取組みを紹介するとともに、2019年2月にその集大成として台場地区で社会受容性を視野に入れたイベントを開催すると説明した。さらに、第2期では一般道での自動運転を視野に研究開発を進めていくこと、その際には地域にあったサービスという視点が必要であることを述べた。

 続いて登壇したのは小豆島オリーブバス代表の塚本敏広氏。

 同社は2009年に自治体や有志の支援を受けて発足し、2010年から島内の路線バスの運営を一手に担っている。目下の課題はドライバー不足と高齢化だ。第二種運転免許の取得費用を助成するなどして人材確保に努めているが、状況はかなり厳しいという。また、車体の老朽化も顕著で、20年以上前に製造されたバスが複数台、現役で使用されている。島で唯一の路線バスはどういった状況にあるのか、公共交通を維持するために必要なこととは何か、大きな課題が提示された。

 今回の市民ダイアログに参加する市民は16人。交通・輸送関係の事業者をはじめ、観光事業者や商業者、社会福祉事業者のほか、老人クラブ連合会や婦人会の会長、子育て世代の代表、さらに会場となった高校の校長先生と生徒も加わった。市民は属性に偏りが出ないように8人ずつ2グループに分かれ、各グループにSIP-adus関係者が2人ずつ入って、対話が行われた。本稿では特にグループを分けず、興味深い意見を取り上げることとする。

市民ダイアログの様子

 

属性や立場で異なる課題の捉え方

 便利で快適な移動を望む思いは誰もが同じだが、課題の捉え方は属性や年齢などによってずいぶんと異なっていた。

 たとえば、同じバスの話をしていても、校長先生は「通学時間が長い生徒がいる。家が遠いだけでなく、乗り継ぎが良くないことが原因。その時間を勉強や部活などに活用させてあげたいのだが」と言い、商業者は「高齢者から『バスは買い物した荷物を運ぶのが大変』との意見をよく聞く。便利な移動手段があると買い物がしやすくなる」と、違った視点の意見を述べた。しかも、商業者には物流という視点もあり「ドライバー不足で現在のように輸送できなくなるとしたら、倉庫や冷蔵庫などを増やして対応しなければならないかもしれない」とも述べている。

 高齢化対策については、最も多くの意見が出た。

 島内でも高齢者による交通事故は発生しているが「免許を返納すると、ちょっとした買い物でも自分で行けないし、病院に行くのも不便になりそうだから、返納に抵抗があるとの意見が多い」という。そして「高齢者だって事故は怖いし、子どもに叱られながら運転をしたくはない。早く自動運転を実用化してほしい」という切実な声が上がった。

 ただし、小豆島町は香川県一の免許返納率を誇る。土庄町も県下3番目の返納率だ。小豆島オリーブバスでは割引サービス等を実施して、免許証を返納した高齢者の移動を支援している。また、別の市民からはこんな意見も出た。

 「小豆島は比較的、親せきや知人が近くに住んでいるから、移動したいときに頼みやすいのでは。そういう人間関係、人の好さが小豆島の魅力だと思う」

 「狭いコミュニティなので、かえって遠慮しがちなところもあるが『ほしいモノがあったら買ってくるよ』『買ってきて』と軽く言い合える関係性でありたい」

 

限られたリソースをどう生かしていくか

土庄港。高松行きのフェリー乗り場

 市民の一人は高松市在住の交通関係事業者だった。仕事の都合で何度も小豆島を訪れているが、この日は土庄港から会場の小豆島中央高校までの移動に戸惑ったという。

 「普段は車を利用する。スピードも速いし、ダイヤの心配もない。今日は諸事情でバスを使うつもりで来たが、船が遅れたこともあって、高校に行くバスを20分以上も待たなければならかなかった。歩けば15分の距離。坂が多くて積極的に歩きたくはないが、バスを待つよりも歩く方が早い」

 日本三大渓谷の一つに数えられる島内随一の観光スポット、寒霞渓でも公共交通の不便さが問題になっている。寒霞渓の山頂には麓からロープウェイに乗るのが便利だが、バスの運行は観光シーズンのみ。オフシーズンおよび6月7月9月の平日はロープウェイが営業していても、ロープウェイ乗り場までバスで行くことができない。

寒霞渓のロープウェイ乗り場。山の中腹にあるため、登りはつらいが、帰りはシェアサイクルで降りることも可能

 「団体なら大型バスで乗り付けるところだが、個人旅行ならタクシーかレンタカーを使うしかない。予算の都合で寒霞渓観光をあきらめる人もいる」

 いずれもバスの運行体制を手厚くすれば解決できそうだが、現実的にはそれが最も難しい解決方法だ。かつて路線バスを運営していた小豆島バスは赤字路線を抱え、経営が悪化していった経緯がある。小豆島オリーブバスとしても、大きな利益が見込めるならば対応したいだろうが、現状は限られたリソースを島内の路線バスの維持に分配している状況であり、路線バスに寄せられるすべての要望に応えることは難しい。

 このことは参加した市民も理解している。だからこそ、自動運転やMaaSによって、島の不便が解消されることを期待しているのである。

市民8人ずつの2グループに分かれて行われた

自動運転が実現したときの小豆島を思う

 ダイアログではこのほかにもさまざまな課題が浮かび上がった。

 たとえば、小豆島発着のフェリーは夜間の運行をしていない。急患が出た場合、昼間はヘリコプターを飛ばせるが、夜間は島内で出来る限りの処置を施し、高松からの救急艇を待つ。小豆島発の救急艇はないので、その分の時間が余計にかかってしまう。

 また、近年は小豆島でもインバウンドが増加。東京や京都では看板などの多言語対応が進んでいるが、小豆島ではまだまだこれから。路線バスやタクシーの運転手が外国人観光客に相対する場面も増えており、その対策も課題になっているという。

 こうした課題や問題があるのは事実だが、ほかの離島と比べて、小豆島は明るい話題も多い。小豆島は香川県内でも移住者が多い人気のエリア。子育て中のファミリーや新しい事業に挑戦したい若者など発信力ある世代が活躍している。

 彼らの多くは小豆島の魅力として「豊かな自然」と「ほどほどの都会」を挙げる。夜でも遊び歩ける繁華街こそないが、島内には大手チェーン店やコンビニがあるし、定期便が運航しているので、買い物には困らない。住宅や駐車場の費用は安く、車は一人一台だ。いろいろな制約はあるものの、移動の自由度は決して低くない。

 そんな彼らが自動運転に期待することとは何だろうか。

 「さまざまなサービスが自動運転で家に届くようになること。たとえば、自動運転でバーベキューセットが届いたら、そこがコミュニティの場になる」

 「運転代行がなくなってから仲間と飲みに行く機会が減ったので、動く居酒屋が欲しい。『今日はこの街に動く居酒屋が来るから集まろう』といった地域間交流ができそう」

 「自動運転車に保安要員が必要だと聞いて驚いた。それならば、自動運転プラス“人”で考えていくべきかもしれない。運転手と違い、保安要員には運転スキルが必要ないかもしれないので、高齢者や障がい者が働ければ社会参画の好機になる」

 また、参加した高校生は「小豆島に大学がなく、大学生との交流機会が少ないことが問題。大学と企業が行っているさまざまな実験を小豆島で行ってほしい」と訴えた。そして「都会で自動運転車を走らせた場合、その車が身動き取れなくなっただけで交通網全体がマヒする可能性がある。初期のAIほどリスクが高いので、初めは小豆島のような地方都市で実験する方がよいのではないか」との指摘には大人たちも驚きを隠せなかった。

 活発な議論は時間いっぱいまで続いた。

 次回のSIP-adusの公開イベントは2月に東京の台場で行われる予定である。

 

後編へ続く)

 

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