10月7日、戦略的イノベーション創造プログラム自動走行システム(SIP-adus)の主催するシンポジウムが開催された。テーマは「あなたと考える自動運転の安心・安全」。当媒体編集主幹で、SIP-adus構成員の国際自動車ジャーナリスト・清水和夫氏がモデレータを務め、法律やシステム開発の専門家らをパネリストに迎えて議論が交わされた。
Date:2018/10/13
Text&Photo:ReVision Auto & Mobility編集部
安全性評価に関する取り組みが進行中
自動運転の社会受容性の醸成を目的に始まったSIP-adusの市民ダイアログ。2018年度の第1回目は東京モーターフェス2018との併催で、「あなたと考える自動運転の安心・安全」をテーマとしたシンポジウムを開催した。東京モーターフェス会場のお台場地区は車好きや家族連れでお祭りムードだったが、シンポジウム会場の東京国際交流館にはビジネスパーソンの姿も多くみられ、自動運転の未来について真剣な議論が交わされた。
シンポジウムは前半が個別のプレゼンテーション、後半がパネルディスカッションという流れだった。モデレータの清水氏による趣旨説明に続いて、SIP-adusプログラムディレクターの葛巻清吾氏からSIP-adusの取り組みが紹介された。SIP-adus第1期では主に高速道路での自動運転の研究開発を進めてきたが、2017年からの第2期ではより踏み込んだ研究開発が行われている。たとえば、ダイナミックマップはより高度化し、各地での実証実験も活発化して参画するプレイヤーも多様化してきた。葛巻氏は「安全のためには評価も重要なので、自動運転の安全性を評価するためのシミュレーションツールを産学共同で開発する予定」だと述べた。
続いて、国土交通省の平澤崇裕氏、警察庁の杉俊弘氏、日本自動車工業会の横山利夫氏がそれぞれが所属する組織における自動運転の取り組みについて発表した。
交通事故を減らすために必要なこととは
学識経験者としては、中京大学専門教授で弁護士の中川由賀氏と、東京農工大学准教授のポンサトーン・ラクシンチャラーンサク氏が登壇した。
ポンサトーン氏は自動運転システムを研究しており、人間と自動運転システムの比較について興味深いデータを紹介した。
「ヒューマンエラーは走行距離1億kmに対して約100件ですが、各社の自動運転システムが判断に迷って人間に運転を引き継いだ件数はヒューマンエラーよりもはるかに多く、もっとも成績の良いウェイモでも5596マイル(約9000km)に1回でした」
また、ポンサトーン氏はタクシーのドライブレコーダから採取された映像データベースを使った研究も行っている。このデータベースには路上駐車のトラックの陰から歩行者が飛び出すような、いわゆる「ヒヤリハット」の場面が多数ストックされているので、これらを使って潜在的リスクを合理的に予測しようと取り組んでいる。ポンサトーン氏は「高速道路での交通事故は事故全体の2%ですから、事故を減らすためには市街地での事故防止が重要です」との意見を述べた。
プレゼンテーションの最後は中川氏による「自動運転をめぐる法的責任」だ。
人間のミスで交通事故が起きた場合はドライバーに責任があるが、自動運転が普及すると、事故原因がシステムの欠陥というケースが増えていくと考えられる。民事責任については自賠責保険が強制加入で、国による支援もあり得るので、自動運転普及後も大きな変化はないが、刑事責任については現行法だと問題が起こる可能性があるという。
「運転手の過失による交通事故では自動車運転死傷行為処罰法が適用されますが、自動運転システムの欠陥が原因ならば、メーカーの関係者が業務上過失致死傷罪に問われることになります。しかし、メーカーの関係者の過失責任を立証することはかなりハードルが高いので、誰も刑事責任を問われない可能性が出てきます。このことに対して社会的納得が得られるかどうか……」
中川氏は、社会的納得は得られないとの前提のもとに、3つの対策案を示した。1つ目は民事責任に多くをゆだねること。2つ目は刑事責任の処罰範囲を拡大すること。3つ目は道路運送車両法などの規制の充実と活用を図ること。この3つ目が現実的だと、中川氏は考えている。
「開発したメーカーの責任が重くなれば、メーカーが委縮し、技術開発が進まなくなる可能性があります。メーカーが委縮することなく、自動運転システムが普及していくように、既存の法律を自動運転の切り口で更新していくべき」だと、中川氏は提案した。
人間によるシステムの過信はリスク要因
パネルディスカッションでは登壇者がそれぞれの専門性を発揮して意見を述べた。なかでも印象的だったのは葛巻氏の指摘だ。
「こういった議論で難しいのは、どのレベルの話なのかということ。人間の代わりが出来るような高度なシステムの話なのか、それともレベル2のような運転支援システムの話なのかで、議論は全然違います。いままではヒトとクルマと交通環境で安全を担保してきました。それをいきなり自動運転のクルマだけで安全を担保してほしいといわれても、そう簡単に出来るものではありません。もう少しヒトと交通環境で補完することを考える必要があります」
また、人間の過信が事故を招く危険性も話題になった。米国でテスラの車が大破する事故が発生したときも、原因のひとつとしてドライバーの過信が指摘された。システムが高度化しても、システムの機能や限界を人間が正しく理解していなければ、適切に使いこなすことはできない。
清水氏は「ダイナミックマップに対応する自動運転システムの車に乗ったことがあるのですが、従来の自動運転の車と比べて、自車位置がバシッと決まって安心感があったんです。この安心感が過信につながるのかもしれません」と語った。
一方、自工会の横山氏は自動運転に関するアンケートを紹介しながら、興味深い意見を述べた。
「日常的にADAS(先進運転支援システム)で運転している人は自動運転の車に乗ってみたいとポジティブでしたが、普段運転をしない人やADASの経験がない人はネガティブな意見が多かったです。いずれオーナーカーにレベル3が搭載されるとしたら、高速道路はレベル3で、一般道がレベル2というような車になる可能性が高いですから、最初は一般道でレベル2を慣れてもらって、それからレベル3だとスムースかもしれませんね」
また、会場からは「自動運転システムによって車両価格や維持費が増すのではないか」との質問が出た。
横山氏は、価格アップは避けがたいとしながら「コストをそのまま製品価格に反映させることは難しいと思いますが、いずれ小型車にも搭載できるようにするには数を増やすことが大事」だと述べた。一方、葛巻氏は「自動ブレーキも最初は高級車にしか搭載されませんでしたが、その効果や嬉しさが広まって、自動ブレーキがなければ買わないと言われるくらいになりました。自動運転も最初は過剰品質かもしれませんが、そこから効果や嬉しさが広がっていくことが大事だと思います」と述べた。
最後にSIP-adusサブ・プログラムディレクターの有本建男氏が登壇。国連SDGsに絡めて、安全な交通社会を構築することの意義を総括として述べ、シンポジウムは閉会した。
※テーマを「あなたと考える自動運転の安心・安全」に、東京モーターフェス2018との「併催」に、それぞれ修正しました。2018.10.15