イスラエル:自動車関連イノベーション視察


住商アビーム 業界レポート

Date:2018年3月5日

Text:住商アビーム自動車総合研究所 大森真也

 

 昨年 11月末、イノベーション大国の一つに数えられるイスラエルの自動車関連スタートアップを訪問するチャンスに恵まれた。以下、その時の体験に基づき、まだ入門者編ではあるが、学んだこと、感じたことを書いてみた。

 現地時間夜 23時、私の乗った飛行機 NH5461 便はテルアビブ空港に着陸した。日本時間なら翌朝 6時、興奮と一抹の不安(筆者はイスラエルの敵にあたるイランにも駐在した経験がある)に捕われつつここまで来たが、流石に眠い。それもその筈、羽田からフランクフルト経由で乗継時間を含めて 19時間の移動。飛行機から出て直ぐ、タラップに立つお姉さんのボードに私の名前を見つけてホッとした。空港からのリムジンサービスと一緒になった「VIP サービス」。一寸歯痒い名前ながら、これは絶対お奨めだ。料金は結構高額だが、結局、筆者は往路も復路も利用した。テルアビブのイミグレーションは通常なら、相当時間がかかるという。然し、これを使えば、エレベータで飛行機のすぐ下に降り、其処で待っていたクルマに乗り込み、イミグレーション到着一番乗り。パスポートへのスタンプの代わり入国カードを貰い、バゲージクレームで荷物を拾い、出口に向かう。イスラエルの初代首相ベン・グリオンの名前を冠する空港は、デジタルのサイネージがいたるところにあり。ピカピカ輝いた先進的な感じ。ビルを出てリムジンサービスに乗ってホテルへ。時間を見たら 24時。着陸後なんと 1時間でホテルについた。

 テルアビブは地中海に面しており、港町特有の開放感があるが、どことなく、中東の匂いもする。それもその筈、街にあふれる看板のヘブライ語は、字体は異なれど、アラビア語と同様、右から左へ書く。但し、ビジネスの上では英語で十分。なお、ユダヤ教では、金曜日の日没から土曜日の日没までが安息日なので、イスラエルは、金曜日と土曜日の週休 2日制だ。

 テルアビブの歴史は古くて新しい。その地名が最初に登場するのは旧約聖書だが、町が建設されたのは 20 世紀の初頭。街中の建物は古く見えても然程古くはない。ユダヤ人はローマ帝国をはじめ色々な国に支配され、色々なところで移民として暮らしたが、ユダヤ人の為の国家建設を求めるシオニズムの思想の下、遂に 1948年、イスラエルが建国され、ユダヤ国家が誕生した。ほぼすべてのイスラエル人とその先祖は過去 200年ほどの間にこの地に移住してきた為、実に多様な人種が居る。白人系、アラブ系、黒人系、様々。彼らは、まさに更地から耕し、国を創った。国と民族を守るべく経済成長による国力の維持に励んだ。果敢に起業にもチャレンジする。「フツパー」とは、厚かましいほどに大胆不敵な態度を意味する。現地で受け入れてくれたベンチャーキャピタリストに、「失敗は怖くない?」と訊いた。彼は笑いながら、「俺も失敗したけれど、それから多くのことを学んだよ」と答えた。テルアビブ市内にも数か所、スタートアップの集積地があり、「シリコン・ワジ(=バレー)」と呼ばれる。

 本場のシリコンバレーにも劣らない活気に満ちている。イスラエルのスタートアップ企業総数は約 5,000 社、毎年約 1,000 社が生まれ、凡そ同数のスタートアップが消える。多産多死を支えるエコシステムが形成されている。

 現地で数多くのスタートアップと面談した。然し、気が付くと、多くの人は年齢的には若くない。40 代後半から 50 代が目につく。若者は 18 乃至は 19歳で徴兵される。通常、男は 3年、女は 2年。中でも 1/300 の比率で選ばれた優秀なエリートは、「タルピオット」部隊で、最先端の数学・物理・コンピュータ教育を受ける。更に優秀であれば、兵役期間は 6年に延長される。彼らが兵役を終えた後、大学、大学院で学んだ選りすぐりの頭脳がスタートアップとして起業する。また、斯様なバックグランドが故、イスラエル発の技術イノベーションにとって、軍と民間の垣根は低い。

 イスラエルは、世界一の R&D 投資国(対 GDP 比率 4.2 %=2015年)。R&D投資促進の為、国家機関 IIA (Israel Innovation Authority)による年間約4 億ドルもの予算を充てたスタートアップ支援制度がある。通常、アーリーステージのスタートアップに金を出すのは「3 F (Family、Friend、Fool)」。然し、この制度の認定を受けると、そのスタートアップはベンチャーキャピタルからも資金調達が有利に行える。また、政府指定の領域に関連する企業には、法人税率の緩和(通常 25 %⇒緩和 5 %)もある。

 また、イスラエルは宿敵である中東諸国(=多くの場合、産油国でもある)に経済的に依存しない様に、脱化石燃料化を国策的に志向している。首相直下に Fuel Choice Institute という機関があり、脱石油(=電動化)とニューモビリティ関連のビジネスを奨励する。傘下には Capsula というスタートアップを支援するアクセラレータもある。其処の嘗てのリーダーに話を聞いてみた。彼曰く、「イスラエルは元からクルマ産業の国ではなかった。クルマが脱化石燃料化やデジタルイノベーションの影響で、イスラエルに近寄ってきたのだ」と。結果、イスラエルは自動車産業においても、イノベーションの地として注目されている。先述の 5,000 社の内、約 500 社が自動車・モビリティ関連と言われる。昨年、Intel に買収された Mobileye をはじめ、数多くの企業が名を連ねる。彼らは、「電動化・バッテリー技術」、「自動運転技術」、「スマートモビリティ」、「ビッグデータ、AI 技術」、「その他自動車関連技術」といった領域で活発に活動中だ。

 それら自動車分野で活躍する新興スタートアップの例を幾つか挙げよう。

〇 高速かつ安全な新世代リチウムイオン電池を開発する企業、元々はテレビディスプレー用に開発されたものだが、後に自動車にも転用可能となったと言われる。目下、研究開発段階ではあるが、欧州系 OEM が積極的に投資を行う。

〇 地中に埋め込んだカメラ・センサーと AI を使った車内の異物危険物検出機を開発した企業も居た。何となく、イスラエルらしい、危険さを感じる。肉眼では到底見分けられない些細な違いを認識し、人間オペレータに情報を伝える。同社は、同様の技術を用いて、車体上の些細な傷も検出可能する装置も開発した。

〇 スマホに搭載されたセンシング技術を徹底活用し、AI 技術によって解析することで、当該スマホオーナーの活動状況を把握し、その挙動から、今後の活動を予知し、価値あるサービスに結びつけている。同社の技術は欧州のプレミアムカーにも既に採用されている。

 等々、どれも独特の発想から、独自の技術・ビジネスモデルを創りだしている。

 然し、イスラエルの自動車関連スタートアップは、技術的に優れている一方、国内市場が小さい為、スケールする為には、グローバル市場へのアプローチが必要とする。また、ソフトウェア、R&D には優れていても、ハードウェアの量産化とか、品質保証技術が課題とも言われる。これらは何れも日本企業が得意とする領域だ。イスラエルの技術開発力を日本のモノづくり能力と組み合わせ、グローバル市場でビジネスをスケールさせる、モノづくり大国の日本とのシナジーが期待できる。

 かくして、私のイスラエル出張は、短いながら、大いに興奮させられるものだった。立ち寄った、エルサレムの旧市街は、僅か 1 平方キロメートルの狭い土地に 4 つの異なる民族と宗教とが共存していた。12月にはトランプ大統領によるエルサレム首都認定もあり、また緊張を呼んだ。余りいい加減には言えないが、ある種、こうした緊張が日常茶飯事なのかも知れない。平和な日本とは異なるものの、ある種のダイナミズムを前提とする安定感であろうか。「多様性」と「新結合」がイノベーションの神髄であるとするならば、その現実の姿は斯くある様なのかも知れない。多民族、多宗教、という面も然り、日本とは多くの点で異なるが、学ぶべきことも多々ある様に感じた。自動車産業との関係も密接になりつつある中、イスラエルのイノベーションの仕組みについて、技術・社会・ビジネスの夫々からより一層掘り下げ、研究してみたいと筆者は考えている。

 

 

 


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