ReVision Auto&Mobilityは2月28日、港区高輪のAP品川にて初めての「ReVisionオープンラボ」を開いた。オープンラボとは、専門家による講演形式のインプットセミナーと、来場者参加型のグループディスカッションを融合させた、新しいスタイルのワークショップ型セミナーだ。第1回のテーマは「自動運転実装への法的アプローチ ―自動運転中の事故の責任と、将来の保険・補償制度のあり方とは―」。会場には法律の専門家、行政、業界団体、保険会社、自動車メーカー、部品メーカー、IT企業など、多様なバックグラウンドを持つ参加者が集った。
Date:2019/3/13
Text :北湯口ゆかり
自動運転は、段階的なレベルアップを目指して、各地での実証実験が進められている。政府は産学官共同で取り組むべき課題として、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一つに選定し、自動走行システムの研究開発を推進してきた。その一方で、法整備などには様々な課題が指摘されている。
インプットセミナーでは、4人の識者が登壇し、それぞれの立場から、自動運転に関する現状と背景事情などを解説。それらの講演を受け、後半では仮定の事例を基に、意見を交わし合うクリエイティブ・ワークショップ、パネルディスカッションを実施。参加者が活発な議論を戦わせた。
4人の講師が専門的見地から講演
インプットセミナーでは、自動車ジャーナリストで内閣府SIP自動走行システム推進委員会構成員の清水和夫氏、国土交通省自動車局保障制度参事官室企画調整官の佐藤典仁氏、明治大学自動運転社会総合研究所所長で専門職大学院法務研究科専任教授を務める中山幸二氏、損害保険ジャパン日本興亜株式会社リテール商品業務部商品開発グループ上席業務調査役の西岡靖一氏の4名が登壇。
初めに清水氏が、「自動運転の課題と、世界・日本の取り組みの現在地点」というテーマで講演。5年前の発足以来、内閣府SIP自動走行システム推進委員会構成員を務めてきた立場から、自動運転技術発展の経過と、内包するさまざまな課題について語った。
自動運転には今後、より綿密な基準が必要との視点から、「レベル2まではドライバーが主体。レベル3ではドライバーへと権限委譲できるが、システムが車を制御する状態。ここに大きな分かれ目がある。自動車メーカーの観点からみると、高度なレベル2にこだわるメーカーもあれば、早くレベル3の車を作りたいと願っているメーカーもある。しかし、レベル分けにはもっときめ細やかな定義が必要」と述べた。
特に課題が多いとされるドライバーへの権限移譲に関しては「レベル3をうたっても、ささいなことでシステムから要請されるのでは商品価値はあまり高くない。できるだけ頑張ってくれる車のほうがいい。しかし、ギリギリでシステムからドライバーに権限委譲されたとき、ドライバーが対応しなかったら、誰が運転することになるのか。そうしたことも議論していく必要がある」と指摘。さらに「事故の低減や渋滞問題解決、利便性の向上、移動の自由など、自動運転が実現したときのメリットは大きいが、それが社会に受け入れられるためには、人間が運転するよりも安全だと証明しないといけない」と語った。
続いて登壇した佐藤氏は、「自動運転時代の自賠責保険と損害賠償責任の考え方 ー海外の事故事例の考察とともにー」というテーマで、海外で実際に発生した二つの事故事例を解説。
2016年5月に米国フロリダ州で発生したケースでは、トレーラーが左折していたところに、オートパイロット(レベル2)使用中のテスラ車が直進で突っ込み大破。運転者は死亡した。佐藤氏は、「テスラ車の運転者は、レベル2にもかかわらず、37分間のオートパイロット使用中、25秒しかハンドルを握っていなかった。そうした運転支援への過信に加えて、トレーラー運転者も、左折時にテスラ車に道を讓らなかったことが不幸な事故へとつながった」と指摘した。
また、2018年3月にアリゾナ州で発生したウーバーの自動運転実験車による死亡事故については、「システムは衝突の6秒前に歩行者を検知し、1.3秒前に緊急ブレーキが必要と判断したが、ブレーキは作動しないように設定されていたことも判明し、人的ミスと判断された」と説明した。
さらに、自動運転における損害賠償責任に関する研究会で自賠責制度のあり方の検討が進んでいることを報告。「政府目標によれば2020から2025年頃は、レベルの異なる自動運転車と自動運転以外の車が混在して走行することになり、事故が発生した際の責任問題が複雑化する。迅速な被害者救済のため、従来の運行供用者責任を維持しつつ、保険会社等による自動車メーカー等に対する求償権行の実効確保のための仕組みを検討することが適当であるとされた」と語った。その上で「被害者救済のために、いったん保険金を支払った後で、保険会社はメーカーの方にPL責任などを追及するケースも増えると考えられる。国土交通省をはじめとする関係省庁、関係団体等が連携して、引き続き検討していくことが重要」と今後の指針も示した。
「法整備への第一歩を踏み出したことは評価」
三番目に登壇した中山氏は、法律の専門家としての立場から「国内外の法改正の動きとともに民事法上の課題を捉える」というテーマで講演。自動運転を巡る技術開発と、関連法規の整備について解説した。
日本が加盟するジュネーブ条約では、「運転手のいない車は公道を走行できない」と規定されていることから、自動運転に関連する法整備が進まず、公道での実証実験も困難な状態が続いていた。「欧米諸国が参加するウィーン条約が改正され、日米が参加するジュネーブ条約は、加盟国の3分の2の同意が得られず、改正は不採択。しかし、ウィーン条約のジュネーブ条約と跛行状態の解消に向けて、両条約の締約国に対して自動運転を推進する『勧告』(レコメンデーション)がなされた。この国際的な合意により、ジュネーブ条約の改正を経ることなく、レペル3~4の自動運転を許容する国内法の整備が可能となった」と自動運転での法整備に向けた国際法解釈について説明。
また、レコメンデーションを受けて国際的に道路交通法改正の動きが進められ、当初は慎重だった日本でも2018年12月に警察庁から道路交通法改正試案が公表されたことを紹介し、「自動運転の実用化を認める方向で、法整備への第一歩を踏み出したことは、高く評価すべき。しかし、改正試案における『レベル3』の概念が、自動車工学の世界で通常使われているSAEのレベル3の概念とは異なる点があるなど、いまだ疑問が残る部分も多い。今後は現場に即した視点で検討を進めていく必要がある」と、独自の視点でこれから取り組むべき課題を示唆した。
最後に登壇した西岡氏は、「保険会社の自動運転への取り組み」として、損保保険業界が自動運転技術の発展に寄与する上でのスタンスなどについて語った。「自動運転が普及すれば、事故が減少するとともに新たなリスクが発生する可能性があり、責任関係が複雑化になる。その結果、現在、損保保険業界の主力商品である自動車保険の構造が大きく変わることが予想され、業界全体に危機感がある」と述べた。その上で、最も重要なのは被害者救済であり、その根幹は法的責任で担保されるべきと説きながら、責任主体の変容についても考慮が必要であることを指摘した。
「現在、事故が発生した場合の事故対応として、損害保険会社の示談代行は、インフラとして極めて重要だと考えている。日本の損害保険は、自賠責保険と任意保険の『2階建て』の制度。今後、自動運転で事故が減少すれば保険料が減ることが予想できるが、保険会社の運営コストは変わらない。保険として両方存続させていくのがいいのかどうか、議論の余地が残るところ」と課題意識をにじませた。
最後に、損害保険ジャパン日本興亜株式会社としても、自動運転の発展に貢献するための実証実験向け保険の開発、将来的に無人の自動運転車で事故が発生した場合でも自動運転での不安解消に役立つセンターとして、2018年にコネクテッドサポートセンターを開設。新たなサポート体制の構築が進んでいることを紹介した。
ワークショップで事故を取り巻く様々な立場から議論
休憩をはさんだ後半には、「自動運転時代の民事責任とビジネスを考える」と題したクリエイティブ・ワークショップを実施。インプットセミナーを踏まえ、来場者によるグループディスカッションの場が用意された。
事例を提供・説明したのは中山氏。2016年に経済産業省からの依頼で模撮裁判を試みた際の事例を主な議論の題材として提示した。内容としては、高速道路でレベル3の自動運転車Aが、植栽工事を避けるために車線変更をしようとしたところ、後ろから法定速度を超過するスピードで走行してきた自動車Bと追突し、後続の運転手が死亡したという仮想の事故事例。「植栽工事の告知看板は1キロ前から提示されていた(自動運転車は認識できず)」、「自動運転車の直後には大型トレーラーがいたことから、後方の走行車両を認識するセンサー探知が遅れた」などの条件も説明した。
この事例をもとに、参加者は、5~6人ごとに6つのテーブル分かれて議論を開始。ファシリテータの林愛子氏の進行のもと、この事故の原因は何だったのか、何があれば、この事故は防げたのか、など問題点の分析を行った。考察にあたっては、事故関係者となる、自動運転車Aの所有者(加害者)、自動車Bの所有者の親族(遺族)、自動運転車Aの製造会社、自動運転車Aの自動運転プログラムを開発したソフトウェア会社、自動運転車Aの所有者が加入する保険会社、それぞれの立場を想定。さまざまな視点から、活発に意見を交わし合った。
約45分の意見交換のあと、テーブルの代表者から意見を総括したまとめが発表されると、ほかのテーブルからは共感や感嘆の声があがり、質疑応答をきっかけに意見の応酬が始まるなど、会場の空気はにわかに活気づいた。
法整備、技術課題、社会受容性のハードル
最後の総括・パネルディスカッションでは、インプットセミナーの講師がパネリストとして再登壇。クリエイティブ・ワークショップで参加者から発表された分析結果や指摘の感想を求められた清水氏は、「多くの気付きがあった。自動運転に関しては、法整備、技術課題、社会受容性、いずれの点でも乗り越えなければならない課題が多い。これからも引き続き、意見を聞いていきたい」と語った。
さらに、質疑応答で、会場から「速度超過は想定してシステムを作らないといけないのか。みんなが規制速度を守って走ることを前提とすべきか」という質問が投げかけられると、論議が噴出。会場からは「現実は、速度超過をしている車は多く走行しているだけに、全ての車が交通ルールを守って規定速度で走ることを前提とした技術開発を想定するのは乱暴。しかし、どこで線を引けばいいのか判断するのは難しい」などの意見も出された。
パネリストからは「安全を考えたら要望は尽きないが、コストにしても技術にしても、大きな負担を自動車メーカーだけに背負わせると実用化が進まない。まずは、前に進めていくことが大切」などの意見が出され、自動運転実用化に向けて多くのハードルを越えていかなければならないことを、参加者全員が改めて確認した。
最後のまとめとして、清水氏は「自動車の技術は全方位で進化させないといけない。従来の自動車技術はハードウェアとソフトウェアは8:2ぐらいのイメージだったが、今後はそれが逆転するだろう。カギを握るのはソフトウェアを開発するエンジニア。日本は人材不足が大きな課題」と、優秀な人材の確保が急務であることを強く示唆した。