自動運転とは約束事の積み重ね――日産流ロジックを読み解く


 日産自動車はこのほど一般道も含めた自動運転車の公道テストの模様を公開した。その技術水準もさることながら、技術開発を支える思想にも日産の独自性がにじむ。

2017/11/20

株式会社サイエンスデザイン代表
林 愛子

 

一般道を使ったドア・ツー・ドアの公道テスト

 今回、メディア向けに公開された公道テストでは東京都江東区の一般道路と首都高速道路を使用する。テスト車両のベースモデルは「インフィニティQ50」。2020年以降の実用化を目指した最新の自動運転技術が盛り込まれている。

 日産は2年前の東京モーターショーのタイミングでも「リーフ」を使った公道テストをメディアに公開している。このときは自動車専用道路がターゲットで、首都高速道路に入ってから自動運転のスイッチをオンにしたが、今回は一般道で発進するところからスイッチを入れる『ドア・ツー・ドア』の自動運転だ。

 一般道の自動運転は当然のことながら専用道よりも複雑で難しい。適切に信号を読み取り、安全に右左折をしなければならない。もちろん歩行者の飛び出しなどのリスクが常に付きまとう。

テスト車両と公道テストの概要
(提供:日産自動車)

 また、首都高に入るためのETCゲートを見極めること、流れを途切れさせることなく安全に合流すること、状況に応じて車線変更を行うことなどが求められる。さらに今回のルートでは折り返し地点を設定。テスト車両は一旦、一般道に降りてUターンを行ってから、再びETCゲートを通過して首都高に入り、出発地点へと戻る。

 テストでは原則的に、一連のプロセスをすべてシステムにゆだねる。もちろん公道を使う以上、道路交通法は遵守しなければならない。そのため運転手は危険回避の責を負い、いつでも手動で運転できるよう、手足をスタンバイ状態にしておく。その意味ではレベル2なのだが、出発から到着まで人間を介さずに運転するので技術的にはレベル4だ。

 運転席 には2年前の公道テストと同じく、電子技術・システム技術開発本部 AD&ADAS選考技術開発部 戦略企画グループの飯島徹也部長が座り、静かにスイッチを押した。

 自動走行を始めた車両の中で、飯島氏は「テスト車両にはカメラ12台、77GHzのミリ波レーダー9個、レーザースキャナー(ライダー)6個、ソナー12個を装着しています。これらデバイスから得るデータとHDマップを組み合わせて自車位置を認識する仕組み。位置精度は従来に比べて格段に向上しています。カメラやセンサー類も性能が向上しているので、細やかな制御が可能になりました」と解説する 。

 位置情報にはGPSも補完的に使用している。GPSはトンネル内などが弱点だが、おおよその場所を特定するには便利なシステムだ。今回のテスト車両はある距離ごとにGPSで大体の場所を計算し、細かい位置情報はカメラで認識した地物と地図データに含まれている地物との比較で計算している。

 「準天頂衛星を使えば、もっと楽に位置を特定できますが、トンネル内ではやはり途切れてしまうので補完的に使うことに変わりはありません。自車内に位置を常にトラックする装置は必須だと考えています」

 

 

難しいのは高速よりも極低速の合流

 テスト車両は一般道の信号や交差点を難なくクリアし、首都高の入口へと差し掛かった。ここでは主にカメラとレーダーを使ってETCゲートを認識する。ETCの5.8GHz無線通信は課金に使用するのみで、自動運転には活用されていない。

 ETCゲートは時速20km程度に減速して無事通過。いよいよトラックや自家用車が時速80km以上で走行する首都高への合流だが、ここもスムースに流れに乗ることができた。

 「周りの交通を乱すことのないように設定しています。実は、合流で難しいのは車速が低いときなんです。センサーの分解能が相対的に落ちてしまうので、合流の限界は時速15kmくらい。それ以下になると車間距離が狭いために車列が鉄の壁に見えてしまうので、車線変更ができません。ここが技術限界です」

 周辺を把握するためには主にレーダーが使われている。原理は照射した電波と反射波から周辺にある物体までの距離と相対速度を割り出すというもの。しかし、極低速の状況下では車間が狭く、それぞれを分離して認識できなくなる。つまり「周辺がただの鉄の壁のごとく見えてしまう。そこがレーダーの分解能の限界」だと飯島部長は言う。

 一方、レーザー光を使うライダーは高精度の探知が可能だが、上下角が狭いため、近くにあるものは全体像の把握が難しい。光学センサーゆえに壁(周囲のクルマ)の向こうを見ることもできない。よって、現状の自動運転システムは超低速の環境になると、前のクルマに着いていくことしかできないのである。

 「一番期待を持てるのがカメラかもしれません。カメラは一応周囲が見えていますから、将来的にはアルゴリズムでこの課題を乗り越えていく可能性があります」

 今回の公道テストではこのカメラの性能向上もひとつの見どころだった。テスト車両は折り返し地点で一旦首都高を降りてUターンし、再び首都高に入る。人間であれば自車の進む方向を予測して障害物がないことを目視で確認し、ハンドルを切って方向を転換する。

 システムも基本的には同様で、周辺状況をカメラで見て判断しているのだが、「方向転換する間中、リアルタイムで景色を追いかけて画像情報を処理し続けることは、非常に高度な技術」だという。

 「原理的には自動駐車と変わらず、要はスピードとの勝負です。カメラの撮像周期は1秒間に30回。絶対位置も角度もどんどん変化する中で、1秒間に30回あがるデータのつながりを連続的に処理し、地図と照らし合わせなければなりません。動きが速くなるほどに演算が追いつかず、エラーが溜まってしまいます。人間は毎回情報をリセットしながら運転していますが、機械はリセットできるタイミングがあまりなくて積みあがってしまうんですよね。そこが難しいところです」

 Uターンでは少しだけ自車位置を見失いかける場面があり、開発中の車両であることを再認識したいが、テスト車両は所定のコースを無事に走り終え、出発点に戻ってきた。

 

インフィニティQ50」をベースにした車両で公道テストを実施(提供:日産自動車)

自動運転のシステムではETCゲートがこのように見えている(提供:日産自動車)

 

自動運転とは約束事の積み重ね

 テストでは位置情報の特定にHDマップが活躍していた。高速道路はオールジャパンで開発した地図情報を使うが、一般道は自社で制作した。一般道の方が変則的なので、当然のことながらコストもかかる。しかし、地図なくして自動運転は実現しない。

 「地図は技術的に確立されているので、あとはコストの問題だと思っていますが、課題は信号と合流におけるV2I(ヴィークル・トゥ・インフラストラクチャー)です。今後技術が進展しても、車両だけでは絶対に“100”の確度を実現できません。特に首都高はブラインドのところが非常に多い。合流する手前になって、自車のセンサーで把握しても制御が間に合わないんです。どういうクルマが、どういう速度で走行しているのか、周辺車両の速度情報と位置情報はインフラ側から得る必要があります。そして、それはそれぞれの国の責任としてすべきではないかと考えます」

 飯島部長がこう考える背景には「自動運転は約束の塊」という発想がある。

 「事前に決めることがたくさんありますよね。トロッコ問題もそうですし、車間をどのくらいキープするのか、交差点を通るときはどういうルールを適用するのかといったことも含めて、たくさんの約束事が必要。その約束の積み上げが自動運転ですから、そこを保証できなければ難しいと思います」

 なかでも、信号や合流のように条件が複雑な場面こそ、100の信頼性を約束しなければならない。特に右折は絶対に間違いが起こらない仕組みを確立する必要がある。その意味で、米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)のような「ガイドラインを定めるのは大事なこと」だという。

 「自動運転の約束を決める上でガイドラインは必要。このクルマはどのレベルまでを約束するのか、これは社会的な問題になると思います。すべてをカバーしなければならないとしたら、30年間は技術が世に出ないことになるでしょう。自動運転の技術を本当に必要としている人がいるかどうかが問われると思います」

 ここまでは技術ドリブンで事が進んでいる。これからも技術が先行する部分は多々あるだろう。しかし、税金を投じてV2Iを進めるとすれば、技術とは別の観点から議論を深めていかなければならなない。自動運転に関わっているすべての業界・団体にはより一層の社会との対話が求められている。

 

日産の自動運転のキーマン、飯島部長

 

動画

<公道テストの模様1 提供:日産自動車>

<公道テストの模様2 提供:日産自動車>

 

 

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