中国深センのEV多様性に学ぶ


2018年に公共交通を100%電気自動車(EV)化――中国深センのビッグチャレンジに注目が集まる。電動車両が人々の暮らしの様々な場面に入り込む深センで取材を進めると、そのユニークなアプローチには、日本の地域モビリティの課題に対処する糸口が隠されているように思える。

Date:2018/08/07

Text&Photo:モビリティジャーナリスト 楠田悦子

 

深センのEVバスとEVタクシー

 深セン市交通運輸委員会が523日付で発表した資料によると、深センでは16359台のバスがすべてEVになったという。タクシーは全体の65%にあたる13000台超がEVで、2018年中に全車両をEVに置き換える予定。充電ステーションはすでに4万カ所。EVトラックは35000台が製造され、そのうちの11343台が登録手続き中の模様だ。数字で見る限り、EV化は急ピッチで進んでいる。

深センの生活に溶け込む多様な低速EV

 まだ夏の暑さにも慣れない6月。ここにいると、500mlのペットボトルの水も一気に飲み干せてしまう。深センのある広東省は、温帯夏雨気候。油断すると熱中症になるため日傘が欠かせない。

 そんななか、いかにも大陸らしい広大な深センの街中を、BYD社の大型EVバスやEVタクシーが、ものすごい数行き交う光景は、想像を超えていた。深センはBYDのおひざ元だ。

 加えて興味深かったことがあった。フル電動自転車、ゴルフカート、搭乗型移動支援ロボットなど多様な低速EVモビリティが揃い、すでに生活に溶け込んでいたことだ。

 フル電動自転車は、自転車に原動機やモーターを付けたもので、モペット(モペッド)と呼ばれる。かつて日本で“バタバタ”の愛称で親しまれた「ホンダA型」のような乗り物だ。

 孫の世話をする高齢者、若者、商店主、宅配サービスのスタッフなど、それぞれがフル電動自転車を実に思い思いの用途に使っていた。なかにはオシャレなデザインのものもあり、近距離移動には手頃そうで、つい欲しくなった。

 また、深センにも日本と同様に屋内外に駐在所があって、警察はそこを拠点に、手動のゴルフカートや搭乗型移動支援ロボットで巡回を行っていた。

深センのフル電動自転車

 

低速EV熱、日本でも再び

台湾で撮影したGogoro社のEVスクーター

 ここ数年は自動運転の陰に隠れて低速EVモビリティの存在感が薄まっていたが、日本でも、再び注目を浴びるようになってきている。石川県輪島など全国各地で、ゴルフカートが日常の移動手段として検討され始め、自動運転の実証実験車両としても用いられている。国土交通省は時速20キロ未満で4人乗り以上のグリーンスローモビリティの実証実験の公募を6月に開始した。台湾発祥のEVスクーターメーカー「Gogoro(ゴゴロ)」が沖縄県石垣市で開始したシェアサービス「GoShare(ゴーシェア)」も注目を集めている。

トヨタ自動車のパーソナルモビリティ「TOYOTA i-ROAD」

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催や観光立国の実現に向けた動きも追い風になりそうだ。トヨタ自動車がけん引役となり、1人から2人乗りの超小型モビリティの検討も少し前進しそうだという。また、2016年に障害者差別解消法が施行され、今年4月からハンドル形電動車いすの鉄道利用の要件が大幅に緩和されている。日本ではあまり見かけない多様な低速EVモビリティが海外から入ってくる可能性もあり、公共交通機関は対応に迫られる可能性がある。

 ちなみに、電動車いすは型式認定基準が定められており、低速EVモビリティのなかでは数少ない量産化されている乗り物だ。電動車いす安全普及協会の調べによると、ハンドル形は2000年をピークに販売台数は減少傾向にあったが、2015年から少しずつ販売台数を伸ばしている。ジョイスティック形も販売台数が伸びており、WHILL(ウィル)やテムザックなど、新しいコンセプトで展開するメーカーの参入などの影響が考えられる。WHILLの「Model C」はグッドデザイン賞に輝いたことでも話題になった。

 

ジョイスティック形とハンドル形の電動車いす

 

世界的なEV化の波と過去の教訓

 欧州を中心にEV以外の車両の販売の制限・禁止する動きが日に日に強まり、日本メーカーも対応を迫られている。しかし、日本国内でのEV熱はかつてよりも高くないように感じる。東京モーターショーではEVのコンセプトカーが数多く披露されるものの、国内メーカーが販売するEVのラインナップは思ったほど増えない。

 日本でもEVに沸いたころがあった。2009年から2013年度まで経済産業省が実施した「EV・PHVタウン構想」では主にタクシー事業者へ補助金が交付され、大都市を中心にEVタクシーが走っていた。クルマと街がつながる“スマートシティ”が注目されたときもEVが脚光を浴びたが、今となっては話題にも上らなくなった。

 過去に学ぶとすれば、EVは既存のバスやタクシーの代替になり得ないということではないだろうか。EVはガソリン車のような長距離移動に向かず、小型の乗り物や近距離利用に向いている。爆発的に普及させることは簡単ではなく、ガソリン車に慣れている日本のユーザーには、これまでと異なる移動手段として、新たに提案する必要があるのかもしれない。

 

新たなモビリティへのニーズの高まり

 日本国内の暮らしに目を向けると、問題が山積している。

 モビリティ分野でいえば、バスや鉄道の廃線や人手不足と通院・買い物・通学問題、ガソリンスタンドの減少、高齢者の運転免許証の返納者の増加などがあり、視点を広げれば、都市密度の低下、家族のあり方の変化やコミュニティの崩壊など列挙しきれないほどだ。

 既存の移動手段やサービスでは、現代の移動ニーズをカバーしきれないのは明白だ。頼みの綱の完全自動運転車や自動運転バスは、東京大学の鎌田実教授によると、もう少し先になるという。CtoCをつなぐライドシェアも日本では法規制があり、実現は難しい状況だ。

 今こそ低速EVモビリティが必要なときではないだろうか。

 山積する問題と、近距離かつ小型モビリティに向くEVの特性との相性がよさそうだ。しかも、低速ならば安全性は高くなり、さらに安全運転支援システムなどの技術を搭載すれば、安全性はさらに増す。低速のモビリティで中心市街地を移動すれば、従来のクルマよりも移動に時間がかかるが、滞在時間が延びるため、自然と中心市街地に賑わいが生まれるかもしれない。

 低速EVモビリティの多くは窓がなく締め切っていないオープンエアだ。そのためヒト、モノ、コトと繋がるコミュニケーションツールとしてのポテンシャルも非常に高い。クルマの運転や歩くことですら、人は多くのストレスを感じながら移動しているが、低速でオープンエアなモビリティは、移動ストレスが低く、街を見ることに集中できて楽しい。

 低速EVモビリティ、そして徒歩、自転車を加えたスローなモビリティを軸につくる都市密度の高いコンパクトシティの形成は、社会課題を解く1つの解ではないだろうか。

 

既存の低速EVモビリティの課題

 ゴルフカートは安全基準を満たし、ナンバープレートの交付を受ければ公道走行ができるが、これまで日本国内の利用が進まなかったことを考えると、日本の生活や観光の実情に合ったものになっていない可能性が高い。

 超小型モビリティは、軽自動車と原動機付自転車の間の新たなカテゴリーとして法整備が進められているが、他のカテゴリーとの棲み分けを十分議論すべきだろう。たとえば、運転免許証がない高齢者や高校生でも安全に乗れる移動手段に位置付けるなどの案が考えられる。

 ハンドル形電動車いすに一定期間試乗体験をしたことがあるが、自宅近くの移動用としては非常に使い勝手がよく、低速EVモビリティのなかでは最も現実的だと強く感じた。しかし高齢者の利用中の事故がちらほら発生している。操作性、安全面、社会的な認知を向上させる必要があるだろう。

 フル電動自転車はペダル付き自転車とも言われる。埼玉大学の久保田尚教授の研究によると、高齢者にとって自転車よりもフル電動自転車の方が、安全な場合があるのだという。まだまだポテンシャルを多く秘めたモビリティだが、道路交通法では自転車ではなく、原動機付自転車に区分される。原付きとなると、運転免許証が必要だ。最近ではスーパーなど店頭で駐輪ができないところも多く、使い勝手が悪いため、めっきり見かけなくなった。

 

柔軟な発想を

 このように低速EVモビリティには課題が多い。人口増加と経済発展が著しかった時代のモータリゼーションをベースに決められたルールが多く、柔軟なアイデアを育てる環境にないのだろう。

 しかし、本当に低炭素社会の実現や社会課題に向き合うのであれば、実情に合わせて、カテゴリーの垣根を超えた柔軟な検討が必要ではないか。そうすることで市場ニーズに合わせてラインナップが充実し、ガソリン車が普及したのと同様に、低速EVモビリティも自然と熱いマーケットができるのではないだろうか。

 中国深センの多様な低速EVモビリティのラインナップとそれが生活に溶け込んだ光景は、日本が抱える課題に多くの示唆を与えてくれるように筆者の目には映った。

手動のゴルフカートや搭乗型移動支援ロボットが活躍する深センの駐在所

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