「たま駅長」の和歌山電鐵をはじめ、さまざまな地域交通事業者の再生に尽力してきた岡山県の両備グループが、2月に31路線の廃止を発表した。赤字縮減や経営合理化などではない。人口が減少していくなかで公共交通をどうしたら維持できるのか、それは極めて深遠な問題提起である。
Date:2018/03/12
Text & Photo:モビリティジャーナリスト&モータージャーナリスト
森口将之
地域公共交通の実態を物語る重大発表
岡電バスの愛称で親しまれている両備グループの岡山電気軌道バス
2月8日、岡山県を中心に国内外の交通事業を運営する両備グループ代表の小嶋光信氏が、県内を走るグループ内の両備バスと岡山電気軌道バス(岡電バス・写真)計31路線を廃止するという重大発表を行なった。
小嶋氏は今回の発表の理由として、岡山市内で2012年から低運賃の小型バスを走らせる八晃運輸の「めぐりん」を挙げている。筆者も岡山に行った際にめぐりんを見たことがある。見た目はコミュニティバスなのに運行ルートは大部分が他のバスと被っており、棲み分けがなされていないことを不思議に感じていたところだった。
そのめぐりんが昨年春、JR岡山駅と市内東部の西大寺間に新路線を開設しようとした。両備グループのルーツである西大寺軌道が108年前に結んで以来の主力路線と同じルートをたどる計画だ。
両備バスや岡電バスも経営面では順風満帆ではなく、過半数の路線は赤字で、岡山駅?西大寺間などの黒字路線の収益で維持しているという。そこにめぐりんなど低価格の競合バス会社が参入すると、赤字路線の維持が難しくなることから、31路線の廃止を表明したという説明だった。
つまり今回の発表は、JR北海道の経営危機による廃線などとは事情が異なる。両備グループと言えば、県内の中国バスや井笠バス、さらに「たま駅長」で有名になった和歌山電鐵など、さまざまな交通事業者を救済してきたことで知られる。赤字だからと言って安易に廃止するような企業マインドではない。
両備グループとしては、地域公共交通の実態を知ってもらうとともに、今回のような路線の認可が引き金となって、全国規模での地域公共交通の破壊という懸念すべき事態を阻止するため、あえて赤字路線の廃止届を出したとのこと。つまり問題提起を含んだ発表なのである。
しかしながら同日夜、この地域のバス路線を統括する国土交通省中国運輸局は、めぐりんの新路線を認可した。運賃は中心部の東山まで100円、それ以遠が250円となる予定で、東山まで220円、西大寺まで400円の両備バスより大幅に安い。
めぐりんが低運賃を実現できる理由について調べてみると、車両が維持費の安い小型であることに加え、7~20時台と路線バスとしては短い運行時間帯、運転手の採用条件の違いなどを発見した。最後については両事業者のウェブサイトにも載っているが、賞与の有無など相応の差があることが分かる。
八晃運輸が運営する岡山市内循環バス「めぐりん」
市長が描く市内公共交通のあるべき姿
両備グループでは今回の問題の根源として、2000・2002年の道路運送法改正によるバスの規制緩和を挙げている。この規制緩和では、観光目的のバスでは低運賃化とそれに伴う下請け事業者の過酷労働・整備不良などが問題となり、関越自動車道でのツアーバス事故、碓氷バイパスでのスキーバス事故をはじめ、さまざまな惨事の引き金になったことをご存知の方も多いだろう。
今後は地域交通においても、今のような状況が続けば事故が頻発するような気がしてならない。その意味で小嶋氏の主張には納得できる。
ただしすべての都市で岡山のような問題が起こっているわけではない。筆者が何度も訪れている富山市では、鉄道、LRT、路線バス、コミュニティバスなどがしっかり役割分担をしている。
富山市は2002年から市長を務めている森雅志氏が、「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」を掲げ、富山ライトレールをはじめとする公共交通の整備を進めてきた。その結果、中心市街地には商業施設や集合住宅が増え、減少の一途を辿っていた人口が増加に転じるなど、コンパクトシティ政策は結果を出しつつある。
富山市では行政主導のもとに公共交通の連携が進む
公共交通はただバスや鉄道を走らせれば良いわけではなく、都市内の移動を安全快適にコントロールすることが大切だ。だから富山市のように自治体が陣頭指揮を取るべきだろう。地域交通が危機的状況に置かれている現在はなおさらだ。なのに岡山市からはこうしたビジョンが伝わってこない。
それどころか岡山市では同じ2月8日に、やはり両備グループが運行する岡山電気軌道の路面電車について、駅前交差点の手前で止まっている線路を駅前広場まで乗り入れる事業を今年度から始めると表明した。
さらに23日には、岡山駅と総社駅を結ぶJR吉備線について、岡山市長と総社市長がJR西日本社長と会談し、岡山市長は役割分担や全体の事業費、負担割合について合意に近づいているという感触を口にしたという。
どちらも以前から検討されてきた計画ではあるが、ここへきて急に進みはじめたという報道を見て、“話題そらし”と感じた人がいるかもしれない。しかも富山市がそうであるように、鉄道とバスは同じ公共交通として一体的に考えるべきなのに、いずれのタイミングでもバスについての言及はなかった。
民間企業の競争原理にも限界の兆し
自動車大国ドイツは公共交通政策でも先進的
この点で進んでいる国のひとつが日本同様、自動車を主要産業として位置づけているドイツだと書いたら、意外に思う人が多いかもしれない。
ドイツ(当時は西ドイツ)は1960年代、同じ都市内で運行する鉄道やバスの事業者をひとつにまとめる、いわゆる運輸連合を結成しはじめた。都市内のすべての公共交通を都市が管理し、運賃は一元化して、運賃収入は個々の利用者が乗車した区間ごとに割り振るという仕組みだった。
当時は現在のようなICカード乗車券などなく、切符の時代だったから計算は大変だったはず。それでもこの方式を取り入れたのは、運賃を一元化することで利用者にとって使いやすくするとともに、不毛な競争をなくして理想の公共交通網を作ろうという意識があったのだろう。
その裏にはマイカーの普及で公共交通の経営が苦しくなりつつある中、排出ガスを原因とする大気汚染が問題になりつつあったことを受け、もう一度公共交通を見直そうという意識もあったのではないかと想像できる。
さらにドイツはこれと同時期、ガソリンなどに掛かる鉱油税の一部を公共交通の整備に充てるという取り組みも始めている。クルマと公共交通は敵ではなく共存していく関係だと、この頃から考えていたことになる。
運輸連合と税金投入は、その後フランスやスペインなど、欧州の多くの国に波及し、自動車王国と言われた米国も近年取り入れている。先進国でこのような取り組みを行なっていないのは日本ぐらいかもしれない。
たとえば米国オレゴン州ポートランドの公共交通はトライメットという組織に一元化され、地域住民の所得税を原資としている。資料を見ると、収入のうち運賃収入は約2割に留まり、税金収入が半分以上を占めている。
ポーランドに見る“新しい公共”の在り方
一方、広島都市圏で鉄軌道やバスなどを運行する広島電鉄の2015年度の鉄軌道部門は、収益の9割以上を旅客運輸収入で占めている。ちなみに広島にはこれ以外にも、アストラムライン(広島高速交通)、広島バス、広島交通など多くの事業者が存在している。
これに限らず日本の地域交通は他の事業者と競争しながら運賃収入を原資として運行しているので、設備投資になかなかお金が回らないし、赤字になれば即減便や廃止につながる。しかし税金で支えられる欧米では、収支に関わらず新型車両が投入され本数は、充実している。
鶏が先か卵が先か、という話を思い出すが、そもそも「公共」の交通なのだし、道路や学校のような存在と見なした欧米の位置付けは理解できる。
人口減少と高齢化が問題となっている現在の日本で、地域交通が民間企業の競争原理で発展するのは無理だと思う。その点で今回の両備グループ代表の小嶋氏の問題提起は価値あるものだ。国会でもこの問題が議論されはじめた。2018年は日本の公共交通の転換点になるかもしれない。いや転換点になってほしい。
たま電車で知られる和歌山電鐵も両備グループ。廃線寸前の貴志川線を引き受け、ローカル線屈指の知名度を誇るまでに成長させた
◆リンク
両備グループ
・ポータルサイト
・「バス路線廃止届提出に関する特設情報サイト」
八晃運輸めぐりん