「今、タクシーが危ない!」電脳交通がSaaSで挑む業界の進化


現在、日本のタクシー業界は大きな危機にさらされている。コロナ禍での外出自粛により乗客は減少し、売り上げは低迷した。さらに、コロナ以前から懸案事項だったドライバーの高齢化や人手不足なども重なり、深刻な状況が続いている。

そんな逆境で中小のタクシー事業者が生き残るために鍵を握る要素が「デジタル化」だ。

2015年に徳島で創業した電脳交通は、タクシー事業者の裏側を支える配車システムをSaaSで提供し、「タクシー業界がやりたいこと全ての達成」を開発思想としている。課題解決に向けて先頭をひた走る、代表取締役CEOの近藤洋祐氏に話を伺った。

Date:2021/01/20


※この記事はLIGAREより提供いただき掲載しています。

 

電脳交通の代表取締役CEO 近藤洋祐氏

 

高齢化・人手不足・市場縮小、タクシー業界の三重苦解消に挑む

――電脳交通のサービスについて教えて下さい。

近藤氏:電脳交通は、クラウド型配車システムと配車センター代行業を中心としたタクシー事業者向けのサービスを展開しています。現在、全国25都道府県のタクシー事業者にご利用いただいています(2020年10月8日取材時点)。

創業地と本社が徳島県ということもあり、特に地方の交通事業者に寄り添いながら、地域の交通課題を解決できるような、次世代の交通サービスの開発・提供を目指しています。

日本のタクシー業界は現在、市場規模が平成元年度比で約40%の約1.7兆円まで落ち込んでいます。また、約6,000社あるタクシー会社の約70%が保有台数10〜20台のいわゆる中小企業です。

また、全国で約40万人いるタクシードライバーは平均年齢が約60歳と高齢化が進んでおり、それに伴い人手不足も深刻化しています。社員の高齢化もあってデジタル化は進まず、多くの現場はアナログで回っているのが現状です。

 

常に最新かつ現場の使いやすさを追求したSaaSを

――そのような深刻な状況では、新サービスを提案してもなかなか導入が進まないですよね?

近藤氏:従来、タクシー業界の大半を占める中小事業者は、数千万〜数億円の配車システムを購入し、10年近く使い続けるというモデルで経営をしてきました。その手法だと、中小事業者にとっては非常に高額なものを購入したのに、時間が経つほど機能が古くなるという問題があります。そこで開発したのが私たちの「クラウド型の配車システム」です。

電脳交通のクラウド型配車システムは月額利用が可能で、常に最新のソフトウェアとハードウェアを提供するSaaS(System-as-a-Service)です。初期費用も保守・点検も安価ですし、月に数回のペースでアップデートするため、最新の配車システム・無線配車が利用できます。また、UIは徹底的に現場のオペレーターやドライバーの使いやすさを考えて開発しています。

「クラウド型配車システム」の特徴
(資料提供:電脳交通)

 

「配車予約の98%はいまだに電話」

――もう一つの配車センター代行業についても教えてください。

近藤氏:全国に約6,000社あるタクシー会社は全て無線配車センター(コールセンター)を持っていますが、人手不足かつ維持コストが課題です。コールセンター業務はお客様の名前と今いる場所を聞いて、それを現場に伝達するというフローで、どこも業務内容自体は似ています。それならまとめて一緒にできるのでは?という発想で始めました。

現在、電脳交通のコールセンターは神戸、岡山、福岡、徳島の4拠点にあり、全国の事業者からの委託を受け配車業務を代行しています。

 

「配車センター代行業」
(資料提供:電脳交通)

 

――サービスを提供するにあたって、どのような工夫をしたんでしょうか?

近藤氏:日本のタクシー業界の全注文の内訳を見ると、アプリ利用者は全体の約2%しかいなくて、残り98%は電話と、圧倒的に電話予約が多いんです。それを踏まえ、電脳交通の配車センター代行システムでは電話番号ごとに顧客情報をID化して管理し、利用データの蓄積を行います。

これまでは電話を取ったオペレーターが手作業で条件に合う車両を探して配車していましたが、データベースを活用して瞬時に最適な車両をマッチングできます。属人的なオペレーションがなくなって配車業務にかかる負担が大幅に軽減されますし、人手不足も補うことができます。

さらに、データベースから乗客についての情報をドライバーに事前共有できるので、ホスピタリティなどの向上という面でも有効だと思います。

 

低コストで最新ソフトウェアを提供するSaaSを展開

――電脳交通のシステムの特徴はどのような点でしょうか?

近藤氏:電脳交通のサービスの大きな強みは、タクシー業界の約7割を占める中小事業者でも導入できるプライシングと、常に最新のソフトウェアを利用できるSaaSとして提供している点です。

例えば、タクシー会社がUberやDiDiなどの配車プラットフォームと連携する際、従来の方法では各社のタブレットをそれぞれ車内に置く必要がありました。しかし、電脳交通の場合は専用の車載タブレットが1台あれば、連携会社のアプリからの注文もその1台で全て扱うことができます。ITが得意ではないドライバーでも使いやすいUI/UXという点も重視して開発しています。

徳島県は47都道府県の中で最も市場が小さく、儲かってない地域なんです。首都圏ではなく地方で事業を始めたことで、コストはみんなで束にした方が合理的だとか、少ない人数で業務を回していくにはシステムが必要だという今回発表させて頂いた「配車センターを束ねるパートナー制度」につながる思想が育ったのかなと思います。

 

進む業界再編、変化を迫られるタクシー業界

――新型コロナで大きな打撃を受けたと思います。現在はどのような状況でしょうか?

近藤氏:業界が受けたダメージは非常に大きくて、外出自粛期間が明けた現在でも売り上げは昨年対比で約50%までしか回復していません。地方の小規模事業者では廃業も相次ぎ、中堅や大手でもM&Aの検討をしているところも多いと聞きます。

そこで、中小タクシー事業者向けの業界支援という位置付けで、今年10月から複数のタクシー会社のコールセンターを束ねる「クラウド共同無線パートナーシップ制度」を新たに始めました。

これは、電脳交通が培ってきたクラウド技術とオペレーションノウハウをパートナー企業へ提供し、周辺で運行するタクシー事業者の共同配車をする、いわゆるフランチャイズ展開のような取り組みです。

「クラウド共同無線パートナーシップ制度」
(資料提供:電脳交通)

 

――つまり、ある会社のコールセンターが、他社の配車も行うということですか?

近藤氏:そのとおりです。大きな特徴は、従来の共同配車で必須だった「配車ルールの統一が不要」なのと「電話番号もそのまま」使える点です。

例えば、A社のタクシーを予約しようとお客様が電話して、共同配車を行うB社のオペレーターが配車対応をするケースがあるとします。この場合、B社のオペレーターはA社の案件として電話に出ないと注文処理ができないようにシステム上で制御しています。

コールセンター部門をアウトソーシングすることで人材採用・育成や労務管理の手間も省ける上、固定費の削減もできます。それと同時に、電話番号は維持して顧客データも蓄積していくわけですから、お客様との接点も残すことができるいいとこ取りの取り組みと言えます。

 

メジャーリーガーの夢破れ、タクシードライバーから起業へ

――ご実家がタクシー会社ということですが、創業の経緯を教えて下さい。

近藤氏:私は子供の頃からメジャーリーガーになりたくて18歳で渡米したんです。でも現実は厳しくて、4年後に帰国しました。夢破れて、何もやりたいことが見つからない日々が続きましたが、それでも働かなければと思い、24歳の時に二種免許を取って実家の吉野川タクシー(徳島県)でタクシードライバーになりました。

働き始めてみると、吉野川タクシーは債務超過状態で倒産寸前であることがわかりました。事業を再建するためにSNSでの情報発信や会員制の妊産婦送迎サービスなど思いついたことを次々とやって、それなりに成果が出るようになりました。

 

代表取締役CEOの近藤洋祐氏

 

その頃世界ではUberが設立するなど各地でタクシー配車アプリが登場してきて、日本国内でもタクシーの注文数や新規ユーザーが急激に増えてきた時期でした。しかし、せっかく大きなビジネスチャンスが来たにもかかわらず、日本のタクシー業界はデジタル化の遅れが原因で、この好機をうまくキャッチできていないと感じていたんです。

そしてある時、地域課題を解決するために開かれたイベントで、後にCTOになる坂東(坂東勇気氏)と出会いました。私は全く技術のことが分からなかったのですが、坂東は元ゼンリンデータコムのエンジニアだったので位置情報や動態管理などコアになる技術を持っていたんです。業界の現状を打開するには新しいシステムやツールが必要だという自分の思いを話し、一緒に開発することになりました。

実家の吉野川タクシーの車庫で坂東がプログラミングして、私がタクシーで現場に出て運転しながらUI/UXを確かめて改善する。そんな作業を繰り返しながら「クラウド型タクシー配車システム」を開発して、まさにガレージ創業で2015年に電脳交通を立ち上げました。

起業前、吉野川タクシーにて
(写真提供:電脳交通)

 

自治体や大企業と連携して新しい市場を作る

――連携企業と共に、地方の交通課題解消にも積極的に取り組まれていますね

近藤氏:今年4月1日からJR西日本と邑南町(おおなんちょう;島根県)が連携して進めている地方版MaaSでは、町内を運行している自家用有償旅客運送「はすみデマンド」に電脳交通のクラウド型配車システムを導入して予約・運行管理を実施しています。

同じくJR西日本と、昨年11月から尾道市の市街地エリアで運行開始したグリーンスローモビリティの位置情報や乗車人数をリアルタイムに確認できる動態管理システムを提供しています。

尾道での実証実験
(資料提供:電脳交通)

 

NTTドコモとは昨年3月に山口市阿東地域で公共タクシー運行に関する実証実験を実施しました。阿東地域は人口約4,000人の過疎化が進む地域です。この地域には乗車1回あたり100円のコミュニティバスが走っていたのですが、年間コストが3,000万円かかるのに利用者が1日1人程度と全く使われていなかったため、新しい交通モードの検討を行いました。

この実験では、阿東地域で8日間に3台のタクシーを無料で走らせましたが、8日間で約470組が利用するという予想以上の反響になりました。後日アンケートを取ったところ、利用者の43%が人生で初めてタクシーを使ったという高齢者で、これまでタクシーを一度も使わなかった理由を聞いたところ、皆さん「タクシーは高い」と答えました。

また、100円で乗れるコミュニティバスがあるのに、なぜ使わなかったのかという質問には「停留所まで歩いて行くのが大変」とか「バスに乗る時に足を上げるのが痛い」といった、高齢化が進むエリアならではの声も聞けました。

阿東地域での実証の場合はタクシーの運行は地域の事業者に委託していて、無料でサービスを提供することで、新たなビジネスの機会を作ることができました。電脳交通のシステムを活用して地方の交通課題を解決し、かつ新たなタクシー市場を作るというチャレンジも進めています。

 

地方交通事業者のリアルな声を政策の場に届けたい

――新しい動きということでは、今年8月に社団法人を設立されたました。

近藤氏:地方ではMaaS領域においてさまざまなチャレンジをしていますが、地方や過疎地で交通モードをどう作るかという論点が多いように思います。しかし、現在も地域交通の衰退は進んでいて、このままではタクシー会社の廃業も増えるばかりです。

そこで、地方事業者の声をよりスピーディに政策の場にも届けるべく一般社団法人X Taxi(クロスタクシー)を立ち上げました。全国のタクシー事業者から参加を募っていて、業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)や新規事業の企画開発を推進する方針です。

現在、加盟数は約100社に上ります(2020年10月時点)。クロスタクシーの参加会社のほとんどが中小企業ですが、「協力して皆で生き残っていこう」というムードが高まっています。

 

「タクシー業界がやりたいことは全部やる」

――これからのタクシー業界をどのように変えていきたいですか?

近藤氏:コロナ禍で昨年対比50%だとしても元が1.7兆円のマーケットなので9,000億円近くはあります。業界の再編成が進む中で誰がこれを獲るのかは、どのように戦略的に顧客基盤を獲得するか、そして機動力が大きな鍵になると思います。

電脳交通のシステムは各タクシー会社の配車ルールやその会社独自の文化に合わせて、個別にカスタマイズできます。これは、「タクシー業界がやりたいことを全部達成する」という開発思想に基づいています。

現場が必要とする最新のソフトウェアを低コストで提供し、業務の高度化を支援する。SaaSの提供を通じて、日本のタクシー業界をよりサステナブルな状態にしていきたいです。

(取材/井上 佳三、記事/柴田 祐希)

 

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