新しい交通サービスプラットフォーム構築へ
インターネット企業のディー・エヌエー(DeNA)がモビリティ分野で、活発な動きをみせている。自動運転やロボットシャトル、ロボネコヤマト、個人間のカーシェアや駐車場シェアなど様々な領域で独自色の強い事業を次々と打ち出している。
それぞれの取り組みが大きく報じられることはあるものの、各事業のバックボーンとしてDeNAがモビリティ分野で新たな交通サービス・プラットフォームを築こうとしていることは、それほど知られていない。モビリティ分野に参入したインターネット企業の意図はどこにあるのか。DeNA執行役員でオートモーティブ事業部長を務める中島宏氏に、最新のアップデートを含めてビジョンや考えを聞いた。
2017/8/7
※インタビューは2017年6月に実施
— 最近の取り組みについてアップデートをいただけますか
中島氏: 旅客の領域で日産自動車とのパートナーシップを1月に発表したのが最も大きな動き。まだ詳しくは話せないが、量産技術を持つ自動車メーカーとドライバーレスの取り組みができることにはDeNAとしても大きな期待を寄せている。また、ヤマト運輸とのロボネコヤマトは、物流のラストワンマイル領域を自動化を見据えて効率化するという取り組みで、4月から神奈川県の藤沢市で実際のサービス提供を開始した。まだオペレーションを磨き込む段階で、大きくプロモーションを仕掛けていないが、リピート率も多く、想定していたニーズも確認でき、両社ともポジティブに受け止めている。
労働力不足という課題にアプローチ
— ロボネコヤマトは反響も大きかったようです
中島氏: ちょうど物流業界の構造的な問題がニュースで取り上げられるタイミングと発表のタイミングが重なったため大きく注目していただいた。もとより業界の構造的な課題に対する解決策になるように進めていたということもある。
— 日産自動車とのパートナーシップでは、どのような課題にアプローチしていく考えですか
中島氏: 日産自動車とのパートナーシップに限らず、DeNAが取り組んでいるのは広い意味では労働力不足という課題。例えば、どのタクシー会社の経営者と話をしても、経営課題はドライバー不足と回答される。需要はあるが、ドライバー供給が追いつかない。今後、ドライバーの高齢化が進んでいくと、10年後のサービス維持が困難になる。その部分を少しでも技術で支えることができれば次代の交通産業を助けていける。それが大きな意義と考えている。もっとも、その手のニーズが強いのは過疎の地域だが、首都圏でもすでにドライバー不足のような状況。また、地域の公共交通サービスが住民の期待を満たせていない事例は枚挙にいとまがない。
限定スペースと公道の自動運転は独立事象
— 他にロボットシャトルで限定スペースでの自動運転にも取り組んでおられます
中島氏: ロボットシャトルはフランスのEasyMileの車両を活用している。DeNAが車両開発技術を持っているわけではないが、いわゆるオペレーションノウハウは他にないレベルまで高まってきている。安全対策や保険のあり方、実際にユーザーとなるような方々のニーズ、ビヘイビアー(行動特性)などをノウハウとして積み重ねられている。そうした部分でプライスレスな価値をDeNAが得ているという感覚はある。
— 無人の自動運転は限定したスペースから始まっていくのではないかという声もありますが、どう感じますか
中島氏: 交通サービスとして全く別物で、平行して進むのではないかと思う。寄って立つ技術やプロダクトのポリシーも全然違うため、プライベート・エリアの次に公道エリアのような順番で進むとは限らない。どこかのタイミングで、もしかしたら公道での技術が先に行くかもしれない。ただ、それによってプライベート・エリア向けのサービスが早くなるなどの影響もないだろう。独立事象として進んでいるとみている。
— NTTドコモと5G活用への実証実験もされていますが、5Gは無人車両にどう活用されていくと考えていますか
中島氏: 5Gがなければ自動運転サービスは実現しないのか、という問いに関しては、ノーだと思う。5Gがなくても自動運転サービスは実現するが、安全性・利便性でより高いクオリティを求めていく時に5Gは相性がよい技術と捉えている。
サービスプラットフォーム・レイヤーが立ち上がる
— 社会的な課題やニーズに応えていく、というビジネスアプローチかと思いますが、今モビリティ全体を見て、その他に課題やビジネスチャンスが見えるところはありますか
中島氏: 単純に見ると、労働力の不足にあえいでいる分野に関しては、技術の発展によって大きな変革を成し遂げられるチャンスがある。旅客、ラストワンマイル物流以外では、例えば幹線の物流、いわゆる中・長距離のトラックと、それに関連する倉庫管理なども含めた広い意味での物流業。多くの企業とディスカッションさせていただきつつ勉強中だが、何か大きな変革のチャンスが眠っているんじゃないかと思っている。
— 様々なモビリティサービスを提供するベースとして交通サービス・プラットフォームを構築されたいと以前お話されていましたが、そのイメージについて教えてください。
中島氏: 我々はモビリティ業界で起こっている現在の変革をパソコンや携帯電話で起こってきた業界変革になぞらえて捉えている。例えば携帯電話で通信キャリアが担ってきたインフラ領域はモビリティ業界に置き換えると道路・信号といった路側のインフラ、携帯端末は自動車車両そのものというふうに捉えている。携帯業界のミドルウェア、Android OSやiOSは組み込みソフトウェアと捉えられ、その組み込みソフトウェアの中には、自動運転技術そのものも含まれているというふうに考えている。 従来はハードウェアの上にサービスが乗っていた。例えば、携帯電話の上に、通話サービスやインターネット・サービスが乗る形だった。それが携帯電話がコネクテッドされていくと、そのハードウェアとサービスの間に、サービス・プラットフォームのような領域が一つのレイヤーとして発生したというのが我々の認識。つまり車をはじめとしたモビリティ業界でも、サービス・プラットフォームというレイヤーが立ち上がってくるだろうと考えている。 これまでのアナロジーでいくと、そのサービス・プラットフォームのレイヤーをインターネットのプレーヤーが絶対取るということでもない。例えば、以前は通信キャリアでインフラ領域を担っていたNTTドコモが、i-modeという形でサービス・プラットフォームを担った。端末に付加価値を持つAppleがiTunesやApp Storeみたいな形でサービス・プラットフォームを担っていった事例もある。あらゆるレイヤーの企業がサービス・プラットフォームを担っていく可能性は十分あると考えている。今後そうした部分で競争が大きく発展していくだろうと捉えていて、そこにインターネット企業としても何かしら付加価値が出せないか、と考えている。
共存共栄モデルをいかに作り上げるか
— サービス・プラットフォームを生み出すには他企業の協力が必要でしょうか
中島氏: サービス・プラットフォームは、そのあり方にもよるが業界ヒエラルキーを変えるような大きな構造変化を引き起こす可能性を秘めていると思っている。それを破壊的に引き起こしていくこともできるし、各レイヤーの企業と密接に連携をしながら業界全体を引き上げていくような動きもできる。DeNAはモビリティ業界では何もアセットを持っていない、持たざる者。どちらかというと、自分達が持っているノウハウだとか人材だとか経験を生かしながら各プレーヤーと密接に連携することで業界全体を引き上げていく、というアプローチをしたいと思っている。共存共栄モデルをいかに作り上げるのか、そういった視点で取り組んでいる。
— プラットフォーマーになりえるプレーヤーは他にもたくさんいらっしゃるとおっしゃいましたが、具体的にありますか
中島氏: 例えば北米におけるUberは、有人旅客サービスという所からスタートしているが、サービスのプラットフォーマーとして成立しうる。すでにUberプラットフォームの上にUberEATSといった、他のサービスを載せ始めている。
— 自動車メーカーはどうでしょうか
中島氏: 自動車メーカーもそうした存在になりうると思う。Appleはまさに携帯電話の領域でそうなった。自動車は携帯電話とは違い、歴史の浅い会社が作れるようなハードウェアではなく、百年の歴史がある企業でしか作れない付加価値の高いハードウェア。そういった付加価値を生かし、サービス・プラットフォームを構築していくことは十分ある。
インフォテインメントはもう勝負があった
— いわばAppleのApp Storeのような強固なプラットフォームを築き上げる自動車メーカーのような企業がある一方で、DeNAとしてAndroidのようなオープンなプラットフォームを創っていきたいというイメージでしょうか
中島氏: Androidはミドルウェアを出自として、その上にアプリケーションのストアみたいなプラットフォームを別レイヤーとして載せているので、ミドルウェアを作っていた付加価値のある企業がサービスのプラットフォームを取った、という理解が正しい。モビリティの業界において、DeNAはミドルウェアをやるつもりはない。サービスのプラットフォームだけに特化して、物事を考えている。DeNAは車のCANデータが欲しいわけでもないし、車のインフォテインメントのOSを取りに行こうとしているわけでもなくて、いわゆる車を活用したビジネスをしようと考えている。具体的に言えば、タクシーや物流企業の方々は、従来も車の上に立脚したサービスを展開していたけれど、そのハードウェアがコネクテッドされた時代に、上に乗ってサービスをしている人達がよりサービスをしやすいように、事業スキームを調整したり、システムを調整したりすることで付加価値を発揮していきたいと考えている。
— サービスというとき、車内でのインフォテインメント的なサービスは考えていませんか
中島氏: インフォテインメントは、私は個人的にはもう勝負があったと思っている。既存のコンテンツアグリゲーターじゃないと勝てない。なぜならデバイスが横断化されるだけなので。スマートフォンでエンターテインメントのプラットフォームの覇権を握って、コンテンツプロバイダをアグリゲートしているプレーヤーが、そのままそのプラットフォームを車というデバイスに展開するだけで、もう勝負は決まってしまう。そういった意味でスマートフォンという領域でコンテンツアグリゲーターとして成功している企業がそのまま勝っていくだろうというふうにみている。
持ち寄れるもの、守るべきものの調整を仕切る
— 今後、DeNAがプラットフォームを構築・運営していく上で、どのような強みが生かせるでしょうか
中島氏: DeNAはこれまでインターネットの世界で、レイヤーの違いやレイヤー内の企業ごとのシェアを乗り越えて利害調整しながらビジネススキームを成立させるという事をやってきた。そのノウハウや経験が今回のモビリティ・ビジネス領域に関しても生きてくる。いわば、ビジネスデベロップメント能力といったところが最大の強み。他にもアプリケーション、サーバ側、クラウド側のシステムをユーザー体験をデザインしながら一気通貫で作ることができる。作ってビジネスを成功させるところまでを仕事とするという意味では、受託ではなくビジネスの担い手としてインターネット・サービスやアプリケーションを作ることができるエンジニアがたくさんいるという点も強みになる。
— サービス・プラットフォームには多くの企業の貴重なデータを載せていく必要が出てくると思いますが、企業によっては抵抗もあるのではないでしょうか
中島氏: そこはプラットフォーマーの調整力の腕の見せ所。これまでも、例えばEコマースのプラットフォームにおいて、出店者が持っている顧客リストは「店舗さんのものだ」という考え方もあるし、「それはモール側の持ち物だ」という考え方もある。「いや、買い物している個人の、お客様の持ち物だ」という考え方もある。それぞれ、大事にするポイントが違うので、各ステークホルダーが何を守りたくて、何だったら明け渡せるのかというところでは、それこそ針の穴を通すような着地ポイントが絶対にある。それはプラットフォーマーが利害関係を調整しきれるかどうかにかかっている。車の領域なら、CANデータや車載の深い所のデータになればなるほど、自動車メーカーは「それは絶対に虎の子だ」と思っていらっしゃるはず。逆に、旅客運営事業者や物流事業者にとっては交通ビッグデータや顧客データに関しては自分達のものだと思っていらっしゃるところがある。プラットフォーマーが両者の間に立って、うまく利害関係を調整する、つまりユーザーに満足な体験を提供するためにお互いが持ち寄れるものと、お互いが守らないといけないものの調整を仕切ることが大事だと思う。ステークホルダーの立場に立って物事を理解すれば、十分に着地ポイントはあると思っているので、それを丁寧にやる、それに尽きる。
どの企業もまだ1位になれる確信はない
— 企業だけではなく、一般ユーザーも何かベネフィットがなければ、個人のデータを使われることは嫌がります
中島氏: 各領域によって違うが、いろいろなやり方がある。価格が安いといって買うベネフィットもあるだろうし、早く物が届くとか早く目的地にたどり着けるというベネフィットもある。そういった価値提供の仕方はいろいろあると思うので、それをしっかりやっていくことで、データをプラットフォーマーに預けますという動きは、ユーザー側に関しては比較的容易にできると考えている。
— サービス・プラットフォーム構築において、パートナーや競合になる企業のイメージはありますか
中島氏: 競合になりうるのは、可能性としてはすべてのレイヤーの全企業。すべての企業がサービスのプラットフォーマーになるチャンスはあると思う。逆に、どの企業もまだ1位になれる確信を持てていないため、コンソーシアムや連合を組みながら一緒に1位を取りに行こうという動きもまだまだ起こりうる。我々は単独で何かやろうという気はないので、インフラ、車両、ミドルウェア、実際のサービス、いろいろなレイヤーの企業の方々と積極的にパートナーシップの議論をしていきたい。
— プラットフォームから離れて、今注目されている業界の動きはありますか?
中島氏: ドライバーレスの車両が何年に実現するのかは、この業界に関係している企業の方々にとって最大の関心事だと思う。ここ数カ月でも多くの企業が、いついつのタイミングでドライバーレスやっていく、みたいな発表をされている。ターゲットイヤーがぐいぐい前倒しになってきていて、それが量産を意味するのか、プロトタイプを意味するのか明言されてない部分もあり、どれほどのレベルのものをどれくらいの量で出されるのかは分からないところも多く、そのあたりは注視している
変化へのカギは共通のビジョン
— 十年、二十年後に実現したいと思うモビリティ社会のビジョンはありますか
中島氏: あらゆる人とあらゆるものが安全で快適に移動できる、というのが目指すべき理想の姿。別の言い方をすると、より生活がオンデマンド化していくこと。人の移動、物の移動、それぞれ発展の仕方によって様々なニーズの満たし方があると思うけれど、よりストレスなく、かつ安全に、もっと移動が快適になっていく世界を実現したい。
— そうした社会を実現するために業界の方々に伝えたいことは
中島氏: 車がコネクテッドされていく事は、車自体が高度なIoTになっていくこと。そうなってくると、これまで違う産業だと定義されていた領域の垣根がどんどんなくなっていく。インターネット産業と自動車の製造業の垣根が取れていくし、タクシーや物流のように別の産業と捉えていたものも垣根が壊れていくという状況にある。より密接なパートナーシップを結べるかどうかが、市場の中で勝っていくために重要になってくる。そうした意味で、違う産業の方とのパートナーシップの優先順位を高く考えていただけるといいなと思う。日本は狭い島国の中に、世界に名だたる自動車メーカーが何社もあり、インターネットのプレーヤーもいて、通信キャリアも世界最先端の技術を持っている。例えば、タクシーの業界も台数ベースで言うと世界で5番目くらいに規模が大きい。日本は恵まれていて、世界戦を戦っていけるだけの環境が整っていると思って、ぜひ積極的に産業横断的な取り組みを一緒に増やしていっていただきたい。
— 変化のカギはどこにありますか。
中島氏: 共通のビジョンを置くことと思う。役割分担とか、レベニューシェア率とか、そういったものは後から決めればいい。こういったことを2020年に実現したいとか、2030年にはこういう世の中にしたい、みたいなビジョンを共有化することがパートナーシップにおいては極めて重要。「同じ夢を一緒に描きましょう」みたいなところから産業の垣根を越える大きなチャンスが生まれてくると思う。
(聞き手: 友成 匡秀)