メルケル首相の続投が決定した9月24日、フランクフルトモーターショー(IAA2017)が閉幕した。今回のショー会場が電気自動車(EV)一色に見えたのはメルケル発言の影響が大きかったというが、これからドイツは本当にEV街道を駆け抜けるのだろうか?
2017/9/30
株式会社サイエンスデザイン代表
林 愛子
電化旋風が吹くなか来場者数は大幅減
第67回IAA(フランクフルトモーターショー)が閉幕した。今年の来場者数は約81万人であった。一時は来場者が100万人に達していたことを考えると寂しい限りだ。しかも、2013年の第65回は約97万人、2015年の第66回は約93万人。今回の減少幅は大きい。主要メーカーでは日産、三菱自動車、ゼネラル・モーターズ(GM)、ボルボなどが今回の出展を見合わせている。世界的にモーターショーの集客力と求心力の低下が指摘されているとはいえ、この失速ぶりは予想以上ではないだろうか。
前回ショーはフォルクスワーゲン(VW)のディーゼル問題で大いに揺れた。ハイブリッド圧勝の日本市場と違って、ドイツではディーゼルの人気が高い。排出ガスの後処理を高度化したクリーンディーゼルはドイツ勢にとって最も重要な手駒だったのだが、ここから旗色が悪くなった。
この騒動は完全鎮火に至っておらず、今なお燻り続けている。そうしたなかで英仏両政府は2040年に内燃機関を持つクルマの販売を禁ずる方針を発表した。メルケル首相はディーゼルをかばう姿勢を保ちながらも、9月の選挙を前にしてEVの将来性に言及。これが“ドイツもEVにシフト”とのニュアンスで世界に報じられた。
今年のショーはドイツ勢にとって打ち出しが難しかったに違いない。EVも持ってはいる。でも、現実的に販売したいのは内燃機関を持つクルマだ。ワールドプレミアのディーゼルも用意がある。しかし、世間はアンチディーゼルになびいている—。
ドイツ勢がこぞって電動化宣言を発したのは、そんな空気を読んでのことだろう。BMWは自動車ジャーナリストを招いてディーゼル問題を客観的に論じながら、かたやダイムラーは自動車業界の信頼失墜と回復の重要性に触れながら、異口同音に電動化の必要性を語った。そして、騒動の引き金を引いたVWは今後の電動化への投資額の大きさを強調しながら「今やるべきことを理解している」と述べていた。
ここで各社の電動化やEVの目標を整理しておこう。
- ダイムラー:メルセデスベンツを2022年までに全モデル電動化
(smartは2020年までに北米と欧州で発売する車両すべてをEV化) - VW:2025年までに新規EVモデル投入、2030年までに全300モデルを電動化
- BMW:2025年までに25モデルを電動化、そのうち12モデルがEV
注目すべきはEVよりも、各社の宣言が電動化(電動パワートレーンの採用)をメインにしている点だ。各社の電動化宣言は引き続き内燃機関を搭載した車両も売っていくということと同義である。つまり、ピュアEVも導入するが、全部をピュアEVにするわけではない。
ただし、電化(電装化、電動化、電脳化)は確実に進む。かつては「こんな電装品があったら便利」「これが電動化できれば効率的」といった具合に電化は“点”の導入だったが、現在は技術的進展で点が“線”になり、安全対策や運転支援などクルマとしての本質的な価値を持ったシステムとして採用されている。各社の電動化宣言は着実に実行されていくことだろう。
ショー会場にはメルケル首相も来場(C)AUDI AG
それぞれの個性が見えた自動運転社会の描き方
電動化に並ぶもうひとつのトレンドが自動運転……と言いたいところだが、残念ながら、そうではなかった。デンソーやボッシュ、ヴァレオといった自動運転に欠かせない技術を持つメーカーはもちろん、それぞれの専門性を発揮していたのだが、完成車メーカーで自動運転を正面から扱ったのはダイムラーとアウディのみであった。
とはいえ、両者のコンセプトの違いはなかなかに興味深い。
ダイムラーが描いたのはsmartを中心に据えたモビリティ社会の近未来図だ。ベースになっているのは2017年6月現在、世界26都市にユーザー数4万2000人を擁するカーシェアサービス「Car2Go」。近未来で使用する車両は昨年のパリショーで発表したEVブランドのEQシリーズに属するEVコンセプト『smart vision EQ fortwo』である。
ユーザーはスマートフォンのアプリでシェアカーを呼び出す。インターフェースは親しみやすいが、その後ろ側ではしっかりとシステムが動いている。車両の位置情報やユーザーの履歴などから需要を予測し、スムースに配車できるように体制を整えているのだ。まさに、メルセデスが打ち出す「CASE(Connected、Autonomous、Shared&Service、Electric Drive)」コンセプトそのものの世界だ。
また、車体側面はほぼ全面がモニタなので、利用可能なら緑色、NGなら赤色など、ステータスを示すことができる。あるいは街頭ビジョンのようにサッカーの試合結果や天気予報などを表示させても良い。多くの人々が行きかう都市空間において、車両の存在意義は移動手段だけではないことを示した。
スクリーンの映像と若手演者によるミュージカルを融合させたライブ感あふれるパフォーマンス(C)Daimler AG
ダイムラーのプレゼンテーションが人間中心で描かれていたのに対して、アウディのプレスカンファレンスはロボットによる自動演奏でスタート。
ステージを飾った3台のうちレベル4の『ELAINE』には「Personal intelligent assistant (PIA)」が搭載され、ドライバーに理想的な環境を提供する。渋滞情報等に基づく適切なナビゲーションはもとより、運転手の行動パターンを学習し、シート位置や空調、BGMなど車内環境を自動で調整。乗員はその快適な空間で仕事をしたり、余暇を過ごしたり、自由な時間を持つことが出来る。PIAはアシスタントであり、執事なのだという。
このコンセプトから推察するに、アウディが考える自動運転は使役型ロボットだ。ダイムラーは自動運転システムをコミュニケーション対象と位置付けているのに対して、アウディの自動運転システムはひたすら人間のために尽くしており、アシモフのロボット三原則のうち、とりわけ人間に服従するところに重きが置かれている印象を受けた。
今後、各社からさまざまな自動運転システムのコンセプトが発表されるだろう。人間とのかかわりをどう定義づけるのか、興味は尽きない。
レベル4『ELAINE』は展示ブース内を実際に走行するデモンストレーションを行っている(C)AUDI AG
非自動車のセッションが目白押しのコラボイベント
ダイムラーは例年、メッセ・フランクフルトの最も駅に近い棟を丸ごと使用している。今年はこの会場に異変があった。展示棟の半分近いスペースを使って、一般公開期間の9月15日から17日の3日間に「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」との共催イベント「me-convention」が開催されたのだ。参加するには入場料(一般360ユーロ、学生150ユーロ)が必要。モーターショー入場券との互換性はなく、それぞれにチケットを用意しなければならない。
例年ならば最新モデルが並び、クルマ好きがこぞって写真を撮る場所に、別のイベントを仕掛けたダイムラー(メルセデスベンツ)の狙いは何だったのだろうか。
SXSWとは1987年にテキサス州オースティンで始まったイベント。モーターショーのように展示品を見て回るのではなく、来場者もセッションやワークショップなどに参加する能動型のイベントであることが特徴だ。当初は映画や音楽といったエンターテインメントコンテンツが主役だったが、近年はインタラクティブ部門が充実していることもあって、ITのスタートアップに人気が高く、日本からの参加も増えている。
me-conventionでは展示棟内にステージやワークショップ会場などが複数設けられ、有識者によるカンファレンスや若手研究者によるプレゼンテーション、ハッカソン等のプログラムが実施された。また、展示棟2階にはソファやコーヒーカウンターなどを設けたラウンジ、ブランコや落書き用黒板などを設置。フリーWi-Fiが整備され、無料の飲食も用意されているので、来場者は1日中、好きなように時間を過ごすことが出来る。
ステージ企画はユニークで、月面を歩いた宇宙飛行士のキーノートスピーチや、チベットの僧侶によるマインドフルネス講座、ダイムラーのディーター・ツェッチェ会長とフェイスブックのシェリル・サンドバーグCOOによる対談などが催された。交通やモビリティをテーマにした企画がごくわずかだったのはSXSWとの共催イベントゆえのことだ。
イベントに参加していた本田技術研究所の江崎日淑さんは今回の感想をこう語る。
「自動運転は現状、技術ドリブンの傾向が強いと感じますが、自動運転によって社会にどのような価値がもたらされるのか、多様な議論が大切ではないかと思っています。今回のイベントでは自動車業界以外の専門家の方々が多数登壇されています。それぞれの専門分野の視点で自動運転への期待を語ってくれて、刺激を得られる場でした」
元宇宙飛行士バズ・オルドリンのスピーチ(C)Daimler AG
ダイムラーのディーター・ツェッチェ会長と、フェイスブックのシェリル・サンドバーグCOOの対談(C)Daimler AG
ダイムラーが考える次の一手
公式発表によれば、3日間の来場者は合計2700人。そもそもこの人数しかいない上に、来場者にはメルセデスベンツの関係者や学生も多く、入場料収入はごくわずかだろう。イベント単体として見れば、多額の赤字が出ていることはずだ。それでもダイムラーが、おひざ元のモーターショーでこのイベントを開催したのは、これが同社の未来に必要だと考えているからに他ならない。
独シュトゥットガルトにあるメルセデスベンツ博物館はらせん構造の建物で、自動車誕生から現代までの約130年間の歴史を辿るように構成されている。来場者は最上階から下りながら見学するわけだが、回廊には第二次世界大戦や経済危機など世界の歴史を示す展示があり、中央にはその時代を彩ったクルマを陳列する。常に世界のなかで自社を見つめる同社の姿勢が伺えるデザインだ。
いま、世界を動かしているニュービジネスは今までにないロジックを持っている。me-conventionに協力したフェイスブックはもちろんのこと、グーグルやアップル、テスラ、ウーバーのような新興企業も既存業界とは異なるコンテキストで動いている。ダイムラーはその新しい流れを自社に取り込もうと考えているのではないだろうか。つまり、me-conventionはクルマを売るためのプロモーションではなく、ダイムラーが新しいロジックでモビリティを作っていくという宣言なのではないか。
もちろん、本家のSXSWがそうであるように、このイベントを機に新しいビジネスがどんどん生まれるわけではない。しかし、ツェッチェ会長の目には数十年後の博物館1階に飾る未来の展示が見えているのだろう。その気概が感じられるイベントであった。
展示棟2階のブランコ。5つのブランコが円形に並び、自由に遊べるようになっている。4人グループの男女は向かい合って座り、交互に足が触れるようにタイミングを合わせて漕いでいた。場内にはアイデアを刺激する仕掛けがいくつもおかれていた(C)Satoru Nakaya