世界的に電動化シフトが加速する中で、トヨタ自動車が本格的に電気自動車(EV)開発へ力を入れ始めた。これまでEVに遅れを取っているとみられてきた同社は、どのような技術や知見を生かしてEV開発を進めようとしているのか。1月25日のReVision Premium Clubウェビナーを前に、同社でハイブリッドシステムを含むパワートレーン開発を統括する安部静生常務理事に考えを聞いた。
2017/1/7
聞き手・友成 匡秀
―― 米国ラスベガスで開催された先日のCES2018での発表からも、さまざまな形でEVに対する取り組みが本格化していると感じます
安部氏: CESではEVを使ったMaaS(Mobility as a Service)として、新しいサービス「e-Palette Concept」を提案した。これは、どちらかといえば、一般の皆様が使われている車、市場の真ん中というより、クルマがある程度コモディティ化しても人工知能(AI)や通信の技術を重ね合わせ、今とは異なるサービスに活用できるEVの一つの形として提示させていただいた。
―― 市場の真ん中、つまり主力の量産車でEVを普及させていくことにも力を入れることと思いますが、これまで量産型EVを出してこられなかった理由は何でしょうか
安部氏: まず、トヨタの環境車への取り組みポリシーとして、これから必要だと思われる先進技術開発には、リスクがあって他社がなかなか取り組めない部分にも、我々は勇気をもってチャレンジしたい、と思っている。その例が、ハイブリッド車(HV)、プラグイン・ハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)だった。
EVをやっていないじゃないかと言われるが、EVにも同じスタンスで取り組んできた。その例が1990年代の「RAV4 EV」、2010年代の「iQ」ベースの「eQ」で、我々が考えるEVをまずは世の中に示してきた。
トヨタとしては「適時・適地・適車」というスタンスで、地域や時期を考え、本当にお客様が必要としている車をしっかり出していく。この考えに立って、様々な地域で求められる環境性能に対し、まずはHVが最も使いやすいと考え、これまで20年はHVに少し力を入れながらやってきた。ただ、EVに対しても最初のフェーズは終わっているので、同じように、どの地域、どの時期にどのようなEVを提供すればお客様のためになるかを考えながら、開発・生産の準備をしている。決してEVに意義や将来性がないと考えているわけではない。
―― EVシフトを生み出している理由の一つに各国の規制があると思いますが、米国ZEV規制、中国NEV、英仏をはじめとする脱ディーゼル・ガソリン宣言などで、予想を超えていたものはありましたか
安部氏: 大きく予想を超えていたものはない。我々自身、2050年に目指すのは2010年から90%のCO2削減であり、この目標に到達するラインに乗って市場をつくっていくのが使命だと考えている。各国がやっている燃費規制も、世の中に起こっていることも、そのラインに乗っているとみている。ただ、一つ注意しないといけないのは、「2040年に電動車以外を排除する」という言い方をされるとき、電動車とは何か、を考えなければならない。すべての動力でエンジンを使わないのか、エンジンは使うけれどもHV・PHVも含めているのか。そういう部分も含めて考えていくことも今後の課題だと思う。また、電動車のうち何を主体にするかというのは、環境への影響だけではなく、それぞれの国の経済へのインパクト、地域のお客様の車の使い方の違い、いろいろなことが関係してくる。それらをよく考慮に入れて、決断をしていく必要がある。
それぞれの地域が向かう電動化の力になっていく
―― 地域という言葉がよく出てきます。先日の御社、寺師副社長の発表でもノルウェーのお話からスタートされていました。電動化に関して注目されている地域はありますか
安部氏: 電動化が最も進んでいるノルウェーを中心とした地域は注目していて、私自身も昨年訪問してきた。ノルウェーでは大半が水力発電。電気が再生可能エネルギーで、安く、比較的潤沢にある。国民もクルマで使うエネルギーをそちらにシフトすることを正しいと考えている。そのためEV普及を促すために課税を工夫し、実質的にお客様が車を買うとき、EVが最も安く買えるようになっている。その次にPHVが安く買える。充電に関しても、公共の地下駐車場の各スペースに全て充電機があり、EVなら駐車も充電も無料。通勤でもEVはバス専用レーンを使えるため、渋滞に巻き込まれない。EVを買うお客様に、国がそのようなメリットを提供している。国民も誇りをもって正しいと思いながら電動化に進んでいて、社会全体・国としても全力を挙げている。それが、その地域の特徴。
つまり、ある地域が電動車にシフトするのは、そのほうが技術・経済として発展すると判断したため。それぞれの地域ニーズを考え、我々も各地域が向かう方向に対して力になっていく、というスタンスで進めなければいけない。
―― 技術のお話に変わりますが、モーター、インバーター、電池の3要素のうち、EV用の大容量の電池はHVとは異なる点と思います。電池開発において、特に重視されている点はありますか
安部氏: これは安全面、エネルギー密度、質量、コスト等々すべてが課題で、EVが本当に普及の波に乗れるような電池を開発する必要がある。なかでも、分かりやすい部分はコストだろう。EVはお客様にとっても価格が高いし、我々企業にとっても経営的に苦しい。電池のコストを下げていくことは重要。しかし、それだけでよいというわけでは、もちろんない。
これから社会全体で取り組んでいかないといけない点もいくつかあり、一つは電池の劣化の問題だ。従来のガソリン車は中古車になっても、クルマの基本機能はそれほど落ちない。しかし、EV、PHVのような高容量の電池を使った場合、電池の劣化によって航続距離が短くなると、クルマの基本性能が大きく劣化する。中古車市場が大きく変わってしまうため、標準化・規格化の取り組みが必要になる。技術としては、劣化を抑えてクルマの価値をいかに落とさないかということも大事になってくる。
このたび電池では技術力を持つパナソニック様と開発を含めて取り組みを進めているので、電池の課題を解決するためには非常に心強い。まだまだ単一の自動車会社が自力で進めるには、スピード感も今までの経験値も足りない。産学協業も含めて、世界全体で取り組むくらいの覚悟でいかないと、なかなか高いハードルは超えられない。
―― パナソニックと一緒に取り組んでおられる全固体電池の開発においてチャレンジは何でしょうか
安部氏: 全固体電池は、特にコスト、劣化といった大きな課題を解決するものとして可能性がある。ただ、あくまでまだ原理的にメリットがあるという状態で、今はデメリットも視野に入れつつ、うまく作るための製造技術を一生懸命開発している最中で、まだまだ道のりは険しいと感じている。チャレンジという意味で言うと、全固体電池開発に取り組むこと自体が大きなチャレンジ。
普及のためにはガソリン車よりも便利なEVが必要
―― トヨタ自動車らしいEVを開発する上で、力点を置くポイントをどう考えていますか
安部氏: 一つはクルマをいかに省エネルギーで効率的に動かすかという点。つまり小型で効率のいいユニットを開発するというところに、我々がこの20年、ハイブリッドで培ったモーターやインバーター、電池の使い方などのベース技術が生かせる。コスト低減にもこうした技術は関係してくる。安く軽く小さく作ることで、EVのプラットフォームとしての自由度も出せる。また、EVらしい走りを実現する部分でも、効率的に出力を制御するHVで培った技術が生きてくる。
ただ、ここまでは、いかに軽くて安くてよく走る車にするか、という部分で従来車の開発と大きく異なるものではない。やはり我々が開発する上では、トヨタとして一番大事にしている品質と安全性、それと私が追加したいのは利便性の追求だ。お客様が自分の用途に合った車として、EVが最適だと思って選んでいただけるようにすることが大事。アーリーアダプターのような方々が不便さを承知で使っていただく時期はあるが、本当に普及させるにはそれではだめ。航続距離や充電の問題があって、それでも仕方なく使うという世界にはしたくない。今普及しているガソリン車よりも便利にして、お客様に選んでいただくことが我々の最終ゴール。「EVのほうがいいよね」とお客様が思える車にしないと、本当の普及には至らない。だからこそ難しいし、いろいろな技術開発が必要になる。
―― 特にコストを抑える意味で、マツダ、デンソーとつくった「EV C.A. Spirit」は重要な役割を果たすと思います。日本企業に連携は広がっていますが、今後グローバルに連携を広げていく考えもありますか
安部氏: 今お話したような悩みは、各自動車メーカーが同じように持っているものと思う。同じ悩みを持っている人たちが一緒になって同じソリューションを見つけていくことがこの会社の目的。今後も同じ悩みを持っている人たちを受け入れていく可能性は十分にある。
―― ただ、技術を共通化していくと、EVの差別化が難しくなるのではないかと思います。どう差別化していくのでしょうか
安部氏: EV C.A. Spiritは、まず開発プロセスを共通にするということを主眼にしている。各社がそれぞれEV開発に莫大な費用と人を使っている部分をなくしていこうという取り組み。一つの手法、アーキテクチャで開発して仕様を決めるが、細かい部分の設計や、電池の中身を含めて、どのようなユニットを実現するかはある程度、差別化技術になる可能性がある。
ただ、クルマというのは、それぞれの足回りも含めて、各メーカーにこだわりがあり、デザインにもそれぞれ味付けがある。いろいろな形で差別化は残ると思っている。仲間になった人たちとは競争領域がどこになるのか、明確に定めることが必要。それはこれから議論していく部分になる。
―― 電池コストの問題もあって新車販売からの収益が下がることも予想されます。モーターやインバーターも含めて、内製してきた基幹技術を外部調達する考えはありますか
安部氏: トヨタとしては、将来を担う可能性がある技術は、最初は多少リスクがあってもまず自分たちで開発に取り組もうというのが基本スタンス。そうして進めたのが、モーターやインバーター、電池だった。そうしたさまざまな技術が世の中の主力になっていく段階では、他の企業にお願いして作ってもらうこともある。こうした取り組みは既に進めているし、まずトヨタグループの中では完全に協業という形で広めている。これからも他社さんの技術を使うこともある。ずっと内製するというスタンスではない。
ただ、将来に向かって連続性のある技術であればあるほど、自分たちの力を集中させ進化させていくことは戦略的に必要になってくる。そのときに他の技術を外部の企業がグローバルに供給でき、トヨタにも供給できるなら、お願いすることもある。いろんな形での外部の企業の皆様へご協力をお願いしたいと思っている。
「お客様から教えていただいた知見をすべて投入する」
―― EVでは必要部品数が大きく減ると言われています。これまで日本の自動車産業が培ってきた強みが失われる可能性はないでしょうか。産業として、どう対応すべきでしょうか
安部氏: 非常に難しい課題だが、間違えてはいけない点もある。今のエンジン技術がなくなって、すべてEVになり、作る部品がなくなってしまう、といったことを心配される方も多い。しかし、我々が考えているシナリオでは、2030年に450万台をHV・PHV、100万台をZEVにする計画。すると、2030年であってもエンジンを全く使わない車は100万台だけで、他の900万台以上にはエンジンが残る。まず、電動化するからエンジンがなくなる、という誤解を払しょくする必要がある。
もう一つの視点として、グローバルで見ると、モータリゼーションはまだこれから、という国もたくさんある。自動車の販売台数はまだ増える可能性はある。すると、必ずしも今のエンジンを活用した車がなくなるわけではなく、うまく残しながら、それに加えてEV、FCVといった車を増やしていく、という考え方もできる。まずベースとして、こうしたことを誤解のない状態でお話しないといけない。
しかし、おっしゃるとおり、EVでは部品に求められる設計技術などもドラスティックに変わることは事実。日本が培ってきたすり合わせ技術が、うまく生かせる部分もあるし、コモディティ化して生かせなくなる部分もあるだろう。だが、あまり後ろ向きに捉えるよりも、これまで培った強みをうまく残していければと思う。例えば、トヨタで言えばHVを量産化して、今まで不具合も含めて様々な経験をしてきた。市場に出してから、お客様に教えてもらったことは数多くある。そういう知見をしっかり生かしていくのなら、日本の自動車産業は電動化に関して決して遅れてはいないはず。
クルマはモーターと電池をつければできるものではない。クルマはお客様にとってどういうものなのか、どう使われていて、どこに不具合が出て、何にメリットや使いやすさを感じているのか。長い間の取り組みでお客様から教えてもらったことは数えきれないほどある。その経験値をいかに生かすか、ということが我々の自動車産業では非常に重要なことだ。それを生かさなければ、逆に言えば、これまで何をやってきたのか、ということになる。
―― EVは充電に時間がかかると思いますが、その時間をサービスに活用したり、コネクティビティや自動運転技術を使ったMaaSへの取り組みなどのサービス面からの収益を上げたりするイメージはありますか
安部氏: 収益を上げていくというよりも、せっかく電動化に進むのだから、どうその車を使ったら社会ニーズに貢献できるか、と考えるべき。その一つの形が「e-Palette Concept」で提案したMaaSの形。そういう観点からのアイデアは、AIやコネクティビティを含めて、これからいろいろ出てくる。車も、その他の技術も進化する。組み合わせて使わない手はない。今は幅広い知識が求められていて、単一思考ではだめ。自分たちだけでやろう、という考えは捨てたほうがいい。いろいろな人たちの知恵を借りて進めていくことが、これからモビリティを改革する上では重要になる。
―― HV開発で先陣を切り、FCV開発をリードしてきた経験から、何を将来に生かせるでしょうか
安部氏: 将来への先端技術に果敢に挑戦するというチャレンジマインドは、トヨタに文化としてある。あるからこそ、HVも初めて出してきたし、FCV「MIRAI」も出すことができた。EVに対しても、それは失っていない。新しいものを考えて、どのような新しい技術を使えば、よりよいものになるか、ということを考え続けていく。その一つの例が固体電池。そうした我々が今まで培ってきたマインドを失わずにEVに生かすことが、まず一つ。
もう一つは具体的に取り組んできた技術や知見で、生かせるものはすべて生かすことだ。それがHVで取り組んできた電池・モーター・インバーターの要素技術であるし、お客様に教えていただいた、いろんな意味での知見。本当に様々なことをお客様に教えていただいた。それをEVにすべて投入するということが、何より大事と思う。それを持っているのが自動車メーカーなのだから。それを生かせないのなら自動車メーカーがEVに取り組む意義はない。
【ReVision Premium Clubウェビナー開催】 2018年1月25日(木)17:00 – 18:30
クルマの電動化が加速する中で、
これまで日本企業が培ってきた技術力をどう生かしていくべきか
安部静生氏 × 清水和夫氏