自動運転やMaaSなどでクルマが大きな変化を遂げるなか、ユーザーエクスペリエンス(UX)で新たな価値をどこに生み出すかはこれからの重要課題となっています。これまでクルマのHMIなどについて長年研究を続け、接客業などサービス工学についても詳しい国立研究開発法人 産業技術総合研究所自動車ヒューマンファクター研究センター特命上席研究員の赤松幹之氏に、これからのMaaS時代のUXを考える上でのポイントを尋ねた。
Date:2019/05/22
聞き手:友成 匡秀
――長く自動車のヒューマンファクター、HMIの領域に関わっておられると思いますが、クルマのHMIにおける課題やアプローチ、根底にある捉え方などはどう変化していると感じますか
赤松氏: HMI研究を始めた1990年頃はカーナビゲーションが出始めた時期でした。その時期に注目をしていたのはクルマ内部の表示、計器の見やすさ、ドライバーポジションなどが主でした。運転をしながらどれだけカーナビを見ることができるか、つまり、運転中に運転操作とカーナビを見るという二つのタスクをどれだけできるのか、というデュアルタスクの課題が大きな要素でした。
そこから自動運転技術が入ってくるにつれ、運転の切り替えの課題やビジランスの課題がクローズアップされてきました。ビジランスというのは、人が監視作業をすることがどれほど可能か、という点です。自動運転になると運転操作などドライバーがなすべきことが少なくなります。そういった状況で集中力を持って監視をし続ける作業というのは、実は人間にとって難しいことなんです。人間が適切なパフォーマンスを発揮する上では、やるべきことが多くても、少なすぎても難しいのです。
また自動運転のレベル3において、マシンから人への運転の切り替えは大きな課題です。たとえば飛行機でも自動操縦はありますが、クルマの場合は1秒の遅延で状況が大きく変わってしまうという点が大変難しいのです。そういう意味で、研究領域として見なければならないものは変化してきています。
人の好みの違いを視野にUXを考える
――自動運転レベル3で、運転をマシンから人へ切り替える上で何が最も難しい問題なのでしょうか
赤松氏: 運転の切り替えで一番問題になるのは、ドライバーが自分が運転していないことを意識しなくなってしまう、という点です。例えば、のんびり新幹線に乗っているときに、今列車が静岡を走っているのか、名古屋を走っているのか、意識していないことが多いと思います。
それと同様、自動運転からドライバーに運転を切り替えられたときに、クルマがどのような環境に置かれているのか、周りにどのような車が走っているのか、分からないまま運転してしまうのは非常に危険です。切り替えの際に、ドライバーに何秒くらい前に伝えるべきか、どのようにして分かりやすく伝えるか、という部分は大きな研究テーマになっています。ドライバーが寝ていない状態からは10秒あればよいというのが最近の研究ですが、仮に寝てしまっている場合はどれほど深く眠ってしまっているかによりますし、ドライバーの健康状態なども大きく関わってきます。交通弱者のための自動運転と言われますが、技術を十分に実装できるまでには、まだまだハードルが高いと感じます。
――MaaSなど、クルマをモビリティサービスとして捉える潮流が生まれています。こうした移動のサービス化への流れの中で、クルマと人のコミュニケーションのあり方は今後どのように変わるでしょうか
赤松氏: これは、自動運転の課題とはまた異なるお話です。たとえば、カーシェアリングなどで車を運転する場合、いつも乗り慣れた車を運転するのとはまた違った体験になるでしょう。たとえば、一つのアイデアとして、いつもの自分の車を運転するのと同じようなフィーリングで他の車を運転できるようにならないか、といったことも考えられます。IDカードのようなものに自分の車の特性や運転性向を記録し、それをシェアードカーにセットすることで車の特性をソフトウェアで変えられるなら、どの車も違和感なく運転できるようになるかもしれません。ただ、そのあたりのニーズが人によって違う、という点も別のポイントとしてあります。
同じ乗り心地のクルマに乗りたい人もいる一方で、クルマによる運転の違いを楽しみたいという人もいるでしょう。今後はそのあたりも個人の好みも視野に入れて、ユーザーエクスペリエンスを考えていく必要があると思います。
観察し、ユーザーを知った上でのアダプティブな対応
――これからの時代の理想的なユーザーエクスペリエンスについてどう捉えていますか
赤松氏: 19世紀の半ばに鉄道が生まれましたが、それ以前、人は馬車で移動していました。馬車はスピードは遅いし、快適ではない乗り物でしたが、一緒に移動する人もいて、道端の農夫に話しかけるなどコミュニケーションができました。一方で鉄道になると、非常に早く快適に移動はできるようになりましたが、退屈になり、駅で本を借りる鉄道文庫などが流行ったりもしました。その後、生まれた自動車は、運転していれば退屈ではありませんし、目的地にも早く着けるということもあって一気に広まりました。
こうした交通の発展をいろいろと考えてみると、MaaSになって何ができるのか、何が大きなプラスの価値になるのかは、まだはっきり分かっていないですし、これから発見していくところだと感じます。移動にかかる費用が抑えられたり、移動の効率性が高まる、という点は大きな価値とは思いますが、一方でこうした無駄を少なくするかという部分がMaaSのプラスの価値なのかというと、少し違うのではないかとも感じています。
――MaaSのプラスの価値はどこにあるのでしょうか
赤松氏: 以前、経済産業省からの委託で、サービス産業の生産性を上げるために、飲食業や旅館、接客業などのサービス工学の研究をしていたことがありました。研究をのなかで気づいたことは、人は十人十色だけでなく、一人十色だということです。同じ人間でも、食事やサービスも時と場合によって得たい価値が違ってきます。食事にしても、ファーストフードで素早く食事を済ませたいときもあるし、仲間とゆっくりと食事をしたいときもある。一人で来店している時も、話し相手が欲しいのか、一人で黙って食事をしたいのかによって違う。
サービス業でうまくいっているところは、普段の接客を通して、お客さんのその日の期待やニーズをうまく引き出していました。それをするためには、お客さんが、その時にどういう状態であるか、観察して知ることが重要です。観察をしてユーザーを知った上で、アダプティブに対応していかないと、よいサービスは生まれません。今そのときに求められている新しい価値を提供してく、というスタンスが必要です。
つまり、MaaSのプラスの価値を考える上では、どのようにお客さんのニーズを察知して、それをどうサービスに生かしていくのかという視点が重要になってくると思います。
「センスを磨いていかなければ」
――これまで主に製造業に携わってきた人たちが新しいサービスを生み出す上で、考えるべきポイントは何でしょうか
赤松氏: 製造業は、製品を作る上で、根本的に、同様のニーズを持ったお客さんの数(マス)が、ある程度の時間軸で存在するという前提で成り立っています。そうした製造業の性質上、陥りがちなのは、世の中がそれほど変化しないという意識だと思います。
しかし、シェアリングの時代は世の中がどんどんとダイナミックに変わっていきますし、もとよりお客さんは千差万別です。製造業もハードウェアにソフトウェアを載せることで、世の中の変化に対応できる仕組みをつくっていかなければいけません。その際、接客業でもそうですが、お客さんが求めるものを提供するにはセンスが求められます。新しい価値を生み出すために、みんなでセンスを磨いていかなければいけないと感じています。
2019年5月27日12時~ 無料公開ウェビナー・ライブ配信
次世代のクルマに求められるユーザーエクスペリエンス(UX)を考える
―最新のHMI、AI音声アシスタントの動向などから―
赤松幹之氏(産業技術総合研究所)× 石川泰氏(ニュアンス・コミュニケーションズ)