モビリティサービスの新会社「MONET Technologies(モネ テクノロジーズ)」を共同で設立すると発表したトヨタ自動車とソフトバンク。会見場にはトヨタの豊田章男社長と友山茂樹副社長、ソフトバンクグループの孫正義代表、ソフトバンクの宮川潤一副社長が勢ぞろいし、後半は豊田社長と孫代表のトークセッションという力の入れようだった。果たして両社は新領域で採算性が取れるビジネスモデルを確立できるだろうか。
Date:2018/10/09
Text:ReVision Auto & Mobility 副編集長
株式会社サイエンスデザイン代表 林愛子
日本経済をけん引する二社が提携
トヨタとソフトバンクが共同記者会見――10月4日朝の第一報を受けて、SNSは大いににぎわった。業界内外の注目を集めたのは当然のことだろう。両社は時価総額の第1位と第2位に君臨する日本経済の2トップだ。
しかも、トヨタは電気通信事業者KDDIの大株主で、ディーラーではauのスマホやケータイを扱う。それなのに、なぜKDDIではなく、ソフトバンクと手を組むのか?――この点が今回のニュースを読み解くカギと言える。
両社が発表した概要については既に多くの媒体で発表されているので、本稿ではポイントを列挙しておく。
- モネ テクノロジーズ株式会社を設立
- トヨタの「モビリティサービスプラットフォーム(MSPF)」とソフトバンクの「IoT プラットフォーム」を連携させたMaaS(Mobility as a Service)事業に取り組む
- 2018 年度内をめどにモビリティサービスの共同事業を開始
- 2020 年代半ばまでにトヨタ「e-Palette(イーパレット)」を使った事業を展開予定
- 資本金20億円(準備金を含む、将来的には100 億円まで増資)
- 出資比率はソフトバンク25%、トヨタ49.75%
- 代表取締役社長 兼 CEOにはソフトバンクの宮川潤一氏が就任。代表取締役 兼 COOには柴尾嘉秀氏(トヨタ自動車コネクティッドカンパニーMaaS事業部主査)、取締役には山本圭司氏(トヨタ自動車常務役員)と湧川隆次氏(ソフトバンク技術戦略統括先端技術開発本部本部長)がそれぞれ就任
トヨタが目指すはプラットフォーマー?
トヨタはいま大きな転換期にある。2018年1月の米国CESのプレスカンファレンスで、豊田社長はトヨタが自動車を作る企業からモビリティ・カンパニー、つまりモビリティ(移動)サービスを提供する企業へと変わると宣言した。
それより前の2016年10月末には「モビリティサービスプラットフォーム(MSPF)」を発表している。自動車メーカーはデータ提供に関して保守的とされてきたが、MSPFではAPIをオープン化し、ライドシェアや保険などのサービス提供事業者によるトヨタのデータ活用の可能性を広げた。
また、トヨタは東南アジアの配車サービス提供事業者Grabや、ライドシェアサービスの米国Uberに出資するほか、中国のライドシェア最大手Didi(滴滴出行)、カーシェアサービスを展開するパーク24、国内タクシー事業者などとの連携も推進し、モビリティサービス分野でさまざまな提携や協業の可能性を模索してきた。
これらを通して、トヨタは車両メーカーとサービス事業者の間をつなぐ、第三者の事業体が必要との認識を持つようになり、ソフトバンクと共同で新会社を立ち上げるに至ったという。
新会社モネ テクノロジーズはトヨタとソフトバンクから、AIやMaaS分野に知見のある既存社員が移籍し、総勢30名ほどでスタートする。両社がそれぞれの強みを持ち寄って需給最適化システムを開発し、まずはオンデマンドモビリティサービスとして提供する。いずれはイーパレットを使ったモビリティサービスをAutono-MaaS事業として興す計画もある。Autono-MaaSとは自動運転(Autonomous)とMaaSを組み合わせたトヨタによる自動運転車を利用したモビリティサービスを示す造語。事例としては移動コンビニや移動オフィスが挙げられる。
モネ テクノロジーズはモビリティサービスの提供者ではあるが、会社としての立ち位置は車両メーカーとサービス事業者の間をつなぐデータ・AIプラットフォーマーだ。それゆえに、トヨタ以外の車両メーカーもここに参画できるし、ありとあらゆるサービス事業者に参入可能性がある。むしろ、多様なプレイヤーが加わってこそ、プラットフォームとしての価値が高まる。トヨタがモビリティサービス分野でGoogleやApple、Facebookのようなプラットフォーマーを目指すのだとすれば、その成否はモネ テクノロジーズの事業に今後どれほどのプレイヤーが関わってくるかにかかっている。
ファウンダーとしてのソフトバンク
最初に提起した課題に戻ろう。
なぜトヨタはKDDIではなく、ソフトバンクと手を組むのか。
トヨタとソフトバンクの出会いは約20年前にさかのぼる。当時、ベンチャーの旗手と呼ばれていた孫代表はトヨタに協業を申し入れたが、実を結ばなかった過去がある。これが火種なのか、両社は相性が悪いとのうわさが広がっていた。今回のプレゼンテーションで豊田社長はこのうわさに触れ、Yahoo!の画像検索結果をステージのモニタに映した。豊田社長の顔写真はしかめ面が多く、孫代表の顔写真は笑顔が多い。豊田社長は「このアルゴリズムはなんとかしてほしい」とユーモラスに語り、会場の笑いを誘った。
時は流れて現代、自動車業界が100年に一度の大転換期を迎えるなかで、トヨタはモビリティ・カンパニーへの変革という目標を掲げ、モビリティサービス領域に多くのリソースを投じている。既出の提携話や出資話をはるかに上回る数の企業や研究機関と接点を持ってきたことだろう。そして、必要に応じてそれらを内在化してきた。
一方で、ソフトバンクグループはIoTやAIの進展を見越して、国内外を問わず、有望な企業に投資してきた。モビリティ分野ではUberやDiDi、Grabなどのサービス会社、画像処理のNVIDIA、個人間カーシェアリングのGetaroundのほか、物流や保険、リース、マップなど、まさに全方位の“モビリティAI群戦略”を展開している。
ソフトバンクはNTTやKDDIと同じ通信事業者ではあるが、モビリティ分野においてはサービスの一翼を担う通信事業者ではなく、目利きのファウンダーとして位置づけるべきだろう。しかも、ソフトバンクの投資先や連携先はトヨタのそれらと一部が被っているが、新聞報道等を見る限り、個々の投資額は圧倒的にソフトバンクの方が多いようだ。トヨタが欲しいと思うと、その先にソフトバンクの姿が見える。つまり、トヨタが思い描くモビリティサービスを実現するにはソフトバンクとの連携が必要不可欠だったのではないか。
今回のトヨタとソフトバンクの戦略的提携はトヨタからのラブコールにソフトバンクが応える形だったという。20年前と真逆の立場ながら、両社はついに手を組んだ。「さる名家の令嬢は、才能あふれる名もなき若者のプロポーズを一度断ったものの、歳月を経て彼の魅力に気づき、彼に逆プロポーズをして結ばれた」と言えば、王道恋愛映画のようでもある。
ただ、現実にはビジネスだ。採算が取れなければ、泡沫で終わる。
今回明らかになった計画のなかで、実現が近いと思われるのは地方自治体との連携だ。日本のいたるところで高齢化による移動弱者の増加や学校の統廃合、バス会社など地域公共交通の衰退といった課題が噴出している。モネ テクノロジーズは戦略特区の仕組みも活用しながら、地方自治体にオンデマンドモビリティサービスのプラットフォームを提供し、交通事業者やサービス事業者などと連携して、地域住民に移動サービスを提供したいと考えているようだ。そのとき使用する車両は必ずしもイーパレットではなく、ゴルフカートのようなものも想定しているという。
この座組自体は珍しいものではない。ゴルフカートを使った実証事業も各地で実施されている。ただ、地方都市におけるオンデマンドサービスのモデルには残念ながら、多地域に横展開ができるような好事例はない。いずれもネックになっているのは採算性だ。
モネ テクノロジーズはこの問題をいかにして解決するのか。次なる発表を待ちたい。