パナソニックがモビリティ分野で存在感を高めている。従来から車載インフォテイメントやナビの領域では強みを発揮してきたが、これに加えてセンサーや画像処理、リチウムイオン電池など民生で培ってきた多様な技術を生かして、ADAS・自動運転や電動化など車両のコア領域へと切り込もうとしている。同社のオートモーティブ&インダストリアルシステムズ社オートモーティブ開発本部長の水山正重氏は「これから起こるモビリティ分野の変化に対応し、技術で課題を解いていく」と意気込む。パナソニックがどのような技術を武器に変化の波を捉えようとしているかを探った。
2018/1/2
友成 匡秀
2017年10月、横浜市内の同社試験場には多くの報道陣が集まった。電機メーカーながら小型の電気自動車(EV)を独自開発し、自動運転デモ走行を公開したためだ。続いて翌月にはこのEVコミュータを使い、福井県永平寺町の公道に準じた環境で自動運転の実証実験を進めていることを公表。また、12月にはトヨタ自動車とEV向け角形車載電池で協業を検討することを発表し、国内外から大きな注目を集めた。
「CASE(Connected、Autonomous、Shared&Services、Electric)と呼ばれている4つのトレンドの影響、地殻変動のすさまじさは強く感じている。2030年にかけて、これから社会も大きく変わっていく」と、水山氏は語る。
「民生で培った様々な技術が生きてくる」
クルマの常時接続から知能化、それに伴うADAS・自動運転の進化、電動化およびシェアリングへの流れ――。パナソニックでは、こうした変化に対応するため、昨年4月からオートモーティブ開発本部を新たに設置。総勢500人以上で車載に関連する広い技術領域に横串を通してカバーする体制を整えた。同社の車載関連の売上は本年度1兆6千億円を見込み、21年度には1.5倍の2兆5千億円まで伸ばす計画。世界メガ・サプライヤーの一角を狙っている。
もとより、インフォテイメントや車載OSなど「IVI(イン・ビークル・インフォテイメント)」は得意領域だった。今はこれに加えて、安全や運転自動化を支援する「ADAS・自動運転」領域でもセンシングや画像処理の技術を武器に事業拡大を図ろうとしている。さらに、この二つの情報系・制御系が相互リンクするコックピット内のHMIやドライバモニタリングなどにも力を入れ、電動化では電池や駆動システムなどにも技術提供が可能だ。幅広いテクノロジーを一体で提供できるのは強みとなっている。
「我々がこれまで様々な事業分野と民生で培ってきた技術が相当生きてくる」と、水山氏は自信をのぞかせる。
画像処理や半導体開発でADAS・自動運転へ切り込む
特に、「ADAS・自動運転」領域に食い込む上で注目されるのはTVやデジタルカメラで培ってきた画像処理技術だ。夜間のシーンを鮮明化したり、濃霧や積雪の状況でコントラストを高めて画像をクリアにしたりする技術は、クルマが障害物や危険をより早く認識する上でのアドバンテージを提供できる。また、こうした画像をハード側、つまりカメラ側で処理ができれば、ソフトウェア側の処理負担を軽減することが可能だ。
パナソニックでは、民生で長年培った低コスト・低電力の技術を使った半導体(画像処理・検知LSI)も開発しているという。自動運転領域におけるディープラーニングには現在、GPU(画像処理ユニット)を使うことが主流になっているが、この低電力の半導体が開発できれば、GPUへの依存度を大きく減らすことができるという。
「GPUを使わないわけではないが、GPUにほぼ全体を依存して処理するよりも圧倒的に効率がよい仕組みをつくる。また、適切な画像処理をハード側ですることによって負荷を軽減することが可能。エネルギーもコストも小さくできる」
そのほか特徴的なところでは、ソナーを活用し、音波のデジタル変調技術を使うことで従来は検出が難しかった路上の細いポールなども検出できるようになった。さらに民生で培った技術としては、レンズやミラーを高い精度で加工する光学系の技術もダッシュボード裏に設置する小型のヘッドアップディスプレーなどを作る際に生かされるという。
未来像の中でテクノロジーをどう生かせるか
昨年10月に報道陣に公開した自動運転EVコミュータにはステレオカメラとLiDAR、全周囲カメラ、1周波RTK-GNSS受信機を搭載した。ただ、「LiDARを使わずどこまで走行できるかという点も実験している。LiDARは非常に高額なので、できれば使わずに、コストを抑えて自動走行ができる方法を探っていきたいと思っている」と、水山氏は言う。
この自動運転EVコミュータの試験走行の様子は公開当時、多くのメディアで取り上げられて話題となった。しかし、パナソニックではこの自動運転EVコミュータをそのまま市場に出して売っていこうというわけではなさそうだ。
「車両そのものを自分たちが作る意味があるかどうかは全く別の話。やはり基本的に我々が注力すべきはセンサーとか、コミュータを駆動しているパワーユニットとか、バックエンドにあるプロセッサーといった部分。それらを自動車メーカーさんが実際に使う立場で使いやすいかどうか、自分たちで車を作ることで車両の作り手側の立場で見ることができる。そういう意味のテストベッドというのがコミュータの位置づけ。我々は、センサーとか検知処理などのプロフェッショナルなソリューションに集中したほうが良いのではないかと思う」
その一方で、注視しているのは個々の技術にとどまらず、ライドシェアや街づくりも含めた大きなモビリティの未来像の中で、テクノロジーをどう生かしていけるかといった新規事業へのアイデアだ。
「コミュータを実際に作ってみることで、どんなバリエーションのモビリティが出てきそうなのか、いろいろな着想を得られるし、そこにおける課題も分かってくる」
街をモビリティサービスに合わせて設計する
パナソニックは早い段階からスマートシティ事業に力を入れてきた。2011年から神奈川県藤沢市の同社工場跡地で進めている「Fujisawaサスティナブル・スマートタウン」では、蓄電池やIoTを活用しエネルギーに配慮したまちづくりに取り組む。なかでもEVや電動アシスト自転車を含めたシェアリング、充電バッテリーのレンタルなど新しいモビリティサービスは大きな特徴となっている。こうした日本で培ったノウハウをベースに、米国コロラド州デンバー市では市当局と協力し街全体を省エネ化、効率化する計画「シティ・ナウ」も進めている。
同社は昨年、パナホームを完全子会社化。「A Better Life, A Better World」をスローガンに掲げ、住宅、車載、その他のB to Bの幅広い領域でよりよい暮らしを提案していくという方針は、津賀一宏社長の話でもよく出てくる。水山氏の言葉からも、街づくりを含めた広い視野でモビリティを捉えようという発想がうかがえる。
「まちづくりの一環として、EVコミュータのようなモビリティが生かせる可能性もある。またその一方で、街そのものを新しいモビリティに適した形に設計することで、より早く新しいモビリティサービスを役立ててもらうこともできると思う」
自動車メーカーへコア技術の供給を増やしつつ、こうした自動運転やEV、街づくりを絡めた広い分野で新規事業を生み出し、次の数年間でモビリティ事業を大きく育てていくのが同社の狙いのようだ。
日本の電機産業が培った技術力と創造力が問われる
以前より強みとしてきたインフォテイメント・車載機向けOS分野でも力を抜いてはいない。プラットフォームでは、リナックス「Automotive Grade Linux(AGL)」、アンドロイド「Open Automotive Alliance(OAA)」のそれぞれに対応して標準化を推進。また、コネクテッドカーのセキュリティ分野でも、車両側でサイバー攻撃をリアルタイムに検知・防御しつつ、クラウド側で複数車両から集めた攻撃情報を機械学習によって解析し、更新した防御システムを車両側にアップデートできる新しい防御ソリューションを昨年10月に発表している。
こうした幅広い技術をうまく生かすために今後、何が重要になってくるのか。水山氏によると、これからカギを握ってくるのは様々な分野でのパートナーシップだという。
「いろいろなサービスの可能性を想定できる中で、どれを進めていくかによってパートナーも変わってくる。例えば、過疎という課題に取り組むなら自治体との連携が大きいし、物流サービスといえば運輸のパートナーという話になる。もちろん、そこでカギを握る技術も変わってくる。我々一社でできることは限られているので、できるだけ力のあるパートナーの方々と一緒に挑戦的な目標を達成するためにオープンに連携していきたい」
パナソニックがモビリティ分野でどのような役割を果たすかは、日本の伝統的な電機産業が培ってきた技術力をどう組み合わせ、変化を遂げる業界に生かせるのか、その発想力と創造力が問われる試金石になる。その動向には注目だ。