2020年4月、本来であれば自動車業界は新燃費基準や保安基準改正、オリンピック・パラリンピックに向けた多様なモビリティで湧くはずだった。しかし、新型コロナウイルスで世界は一変。自動車業界は医療用マスクやフェイスシールドの生産など、さまざまな支援に乗り出している。
Date:2020/04/23
Text:林愛子(サイエンスデザイン)
本格的な支援の動き、始まる
医療の最前線ではいまなおマスク、医療用ガウン、消毒用アルコール、人工呼吸器など、さまざまな物資が不足しており、普段とは違うものづくりに挑戦する企業も増えている。
トヨタ自動車に対しては早期から人工呼吸器の製造を期待する声があった。アメリカではゼネラルモーターズ(GM)が人工呼吸器を製造するとの情報が出ており、トヨタに期待が集まるのも当然と言えるだろう。しかし、一つのミスが人命に直結してしまう点は自動車も医療機器も同じだ。トヨタは実績がない製品に挑戦することに慎重な姿勢を見せてきた。その上で、トヨタは4月7日に次の6点の支援策を発表している。
(1)医療用フェイスシールド(防護マスク)生産
(2)トヨタ生産方式(TPS)活用による医療機器メーカーの生産性向上への協力
(3)軽症の感染者移送に対するサポートの検討
(4)サプライチェーンを活用したマスクなど衛生用品の調達支援
(5)医療機関にて活用可能な備品の供給
(6)治療薬開発や感染抑制に向けた研究支援への参画
一方、ホンダも「感染者搬送車両(仕立て車)」の提供などを発表。ベース車両はオデッセイやステップワゴンで、患者が乗る後部座席から運転席への飛沫感染を抑制するというもの。ポイントは運転席と後席の間に仕切り板を設けることと、車両前方のエアコンの通気口から外気を導入し、後方にある排気口から吐き出して空気の流れを作ること。これにより運転席側は圧力が高く、後席側は圧力が低くなるので、後席から運転席への感染リスクを低減できるというわけだ。すでに港区と渋谷区に納車し、今後も順次納車するという。
海外の動きも活発だ。先述の通り、アメリカではGMだけでなくフォードやテスラも人工呼吸器の製造に乗り出すという報道が出ている。また、マスクやガウン、フェイスシールドなどについては主要メーカーの多くが生産に取り組むことを表明している。フォルクスワーゲングループは3Dプリンタを活用したフェイスシールドを生産するが、この取り組みにはランボルギーニも加わっていることで話題になった。ランボの母国イタリアはもっとも被害が甚大な国の一つだ。支援活動をせずにはいられないというのが本音かもしれない。
出歩けないいまこそ世界へ届けたいメッセージ
もう一つ注目したいのはメーカー各社によるメッセージの発信だ。いま世界中で都市封鎖や外出禁止・外出自粛といった措置が取られているのはウイルスの感染力が想像以上、かつ、軽症者や無症状者が意図せずウイルスを拡散している可能性があるからだ。これ以上の感染を食い止めようと、日本では「密閉・密集・密接の三密を避けよう」と呼び掛けているが、英語圏では「Social Distance(Distancing)」「Stay Home」などの表現で、社会的距離を取る重要性を訴えている。
このスローガンを自社のロゴマークで表現したのが、アウディとフォルクスワーゲンだ。アウディは四つの輪を、フォルクスワーゲンはVとWを、それぞれ離すことで社会的距離を取る重要性を表現。そして、「共にこの難局を乗り越えよう」と呼びかける。制作費用は通常の商品CMやマーケティングコンテンツと比べたら驚くほど安く、製作期間も短いだろう。しかし、タイムリーに、強いメッセージを発信したことは人々の記憶に刻まれる。
https://www.youtube.com/watch?v=nqBfflFql0I
メルセデスベンツも「#Stay Home」を訴える動画を公開している。冒頭でメルセデスにとっても大切なキーワードである「安全」を強調し、スーパーのレジ係や消防士、医療関係者、警察官、介護者など困難な中でも職務を全うしている人々、そして家にとどまっている人々への感謝を伝えるという内容だ。こちらも、アウディ、フォルクスワーゲンと同様、コンテンツとしては非常にシンプルだが、しっかりと“らしさ”が表現されている。
また、メルセデスベンツ・ミュージアムはコロナ禍で休館中だが、社名の由来や歴史を紹介する動画を公開。絵本のような親しみやすいコンテンツはStay Home中のエンターテインメントとしてもオススメだ。
日系企業ではマツダUSAが3月27日に外出時に注意すべき、いくつかのルールを切々と訴える動画を公開。食料品の買い物や処方薬の受け取りなど生活に必要な外出の際には社会的距離を保ってほしい、自分を取り巻く環境に注意して何かに触れた手を洗ってほしい、これらのルールを守ることで、この困難をともに乗り越えていける……と締めくくる。動画に登場する車両がマツダ車なのは当然だが、メインメッセージは車でも移動でもなく「#SafeHands(手を洗おう)」であることに多くの人が驚いた。
一方、トヨタは3月25日に「世界中のトヨタの仲間たちへ」を公開。ターゲットは世界中にいるトヨタとレクサスで働いている仲間たちだ。豊田社長が自らカメラの前に立ち、困難ななかで働いている彼らとその家族に感謝を伝え、「僕らに乗り越えられないものなんてない!」と励ます。アウディやVW、メルセデス、マツダUSAのコンテンツとは雰囲気が異なるが、日本でメッセージ性のあるコンテンツがほとんど作られていないことを考えれば、トヨタの動画は非常に貴重な存在かもしれない。
元に戻るのではなく「Withコロナ」を考えよう
日本では2月から緩やかな“自粛”が始まり、外出自粛要請、緊急事態宣言へと対策が強化され、人々の生活はこの数か月間で劇的に変わった。需要減に起因する原油先物価格の下落が止まらず、我々がいかに移動していたかを思い知らされる。一日も早く自由に出歩き、旅行ができる日常生活に戻りたいものだが、現実はそう甘くない。
緊急事態宣言は5月6日を期限としているものの、そこで終息宣言が出ることはなさそうだ。ウイルスを制圧できていない以上、一時的に感染者数が減っても、元の生活に戻れば、またどこかから感染が広がってしまう。よって、今後も外出自粛要請は続き、企業はテレワークや時差出勤を継続する。そうこうするうちに無闇に出歩かない生活、オンラインで仕事をするスタイルに慣れていき、人々の考え方やライフスタイルが変わっていく。
残念ながら、ウイルス完全制圧の「Afterコロナ」は当面訪れないし、もはや「Beforeコロナ」の価値観に戻ることもない。考えるべきは感染を避けながら生活する「Withコロナ」の世界だ。
特にMaaSは再考の好機だと思う。いまのMaaSはヒトが動くことを前提としており、たとえば貨客混載の議論は利用者が少ない路線バスの収益性確保の視点から始まっている。しかし、オンライン授業やテレワークが当たり前の社会になれば、通勤通学に路線バスを使わなくなる。何のために路線バスを走らせるのか、前提条件が変われば、議論はまったく違ったものになるはずだ。
タクシーも役割が変わるかもしれない。本来タクシー事業は旅客運送事業だが、事業者が陸運支局等に届け出て許可を受ければ、買い物代行や病院付き添いなどの救援事業を行うことができる。今般、国土交通省は食料品や飲料の配送に限って、タクシーがモノを運ぶことを認める特例措置を発表した。特例の期間は緊急事態宣言の期限から1週間後の5月13日までとしているが、状況に応じて期限延長もあるという。
いま私たちは歴史に刻まれる出来事に立ち会っている。これから百年に一度の大変革どころではない変化が起こるかもしれない。モビリティの主役がヒトではなくモノになる可能性も念頭に置きつつ、来たる「Withコロナ」の世界を考えていきたい。