「自動運転」については自動車産業・市場・社会を根本から変える重要要素として注目を集めている。連日の報道等の通り、それがどのような形で社会の中に受け入れられ、我々の日常生活がどう変わるのか、筆者も自動車産業に関わる一人として関心が高い。しかし、そもそも自動運転に対してもっとも期待することは何だろうか。政府の自動走行ビジネス検討会の取り組み方針や、住商アビーム自動車総合研究所が実施したアンケートの結果に基づき考察した。
2017/8/29
住商アビーム自動車総合研究所 代表取締役社長
大森 真也
経産省・国交省が主催する自動走行ビジネス検討会は今年3月、具体的な内容を盛り込んだ「自動走行の実現に向けた取組方針」を公表。その中で、実証プロジェクトとして「トラックの隊列走行」「ラストワンマイル自動走行」「自動バレーパーキング」の進め方を示した。この3つは世界各地でも実証実験が進められている注目のケースである。
住商アビーム自動車総合研究所では、自動車業界に関わる方々が、このうち何に最も関心を抱いているか、手触り感をもって理解したいと考え、今年5月に弊社メールマガジンに登録いただいている多く読者を対象にアンケートを実施した。結果は下図の通り(隊列走行83.1%、ラストワンマイル9.2%、自動バレーパーキング5.6%、その他2.1%)。圧倒的多数の方が「隊列走行」を選ぶ結果となった。
筆者は個人的に「隊列走行」と「ラストワンマイル」が互角の関心を集めるかと予想していたが、結果は予想外。自動車業界に関わる方々にとって、トラック隊列走行への関心が非常に高いことが改めて見て取れた。以下、それぞれの実証プロジェクトについて触れていきたいが、その前に自動運転の定義も述べておきたい。実証実験 3ケースについては、いずれも高速道路ないしは特定領域におけるドライバーレスに向けた取り組みであり、現段階ではSAEレベル4の実現を目標とするものであると考えたい。
トラック隊列走行がもたらすベネフィット
なぜトラックの隊列走行が高い関心を集めたのか。その背景には、最近のEコマース増加や日本特有の行き届いたサービス等による輸送業務の増加・複雑化があると思われる。そこには、ドライバーの労働環境の悪化に加え、トラック運転手の慢性的不足や高齢化といった社会問題が横たわっている。トラック隊列走行がこれらの問題解決にダイレクトに応えられる点が、多くの人たちの関心を集めたのだろう。
運送業においては採算上、人件費が占める割合は極めて高く、実に営業収益(=輸送料収入)の 4割近くに上る。トラック運転手数は全国で80万人を数え、しかも高齢化が進んでおり、高速でのトラック輸送というハードな業務にはそう簡単には交代は見つからない。
トラックの隊列走行が実現すれば、ドライバーの負担を軽減、労働環境を改善でき、人材確保や収益確保がしやすくなるだろう。さらに、後続トラックの無人化が実現すれば、ドライバーの減った分、人件費削減が見込める。運送業界にサービス原資となる利益が十分上がるようになり、隊列走行テクノロジーを搭載したトラックへの需要が高まれば、自動運転技術開発への資金も流れやすくなり、技術開発スピードも上がるといった好循環が生まれるはずだ。
こうして考えれば、アンケートに回答されたメルマガ読者の多くが本ケースを選択したことも納得できる。想定ケースが明確であり理解がし易く、他のケースに比べ“有難味”が理解しやすい。
他の輸送手段とのマルチモーダル実現へ
政府計画では、2018年 1月より新東名高速道等を使って 3台を連結し、後続する 2車両は有人ドライバーで実証実験が開始される。トラック隊列内の車間距離は4-10メートルで保持され、結果、10%程度の燃費削減が期待される。また、後続車両の運転手は走行環境の監視義務は負いながらも、車両の操舵からは一応解放される。
次いで、2020年半ばからはいよいよ新東名高速(東京~大阪間)での後続無人走行の実証が始まる。後続無人化を想定した実証実験は日本が世界でも初めてのケースで、さらに2022年からは事業化が見込まれている。
課題として挙げるとすれば、大型トラックに関連した自動運転は乗用車以上に高い安全・技術水準が求められることだ。20トンクラスの大型トラックであれば車両の長さは約 12m、これを 3台連ねれば合計の長さは 50mにもなり、近くを走る乗用車は追い抜く際には、相当慣れていない限り結構な精神的負担を感じるだろう。また運行上、効率の良い車両の編成を組む場所をどこにするのかを考え、上手く設定することも重要となる。
しかし、こうした隊列走行技術が実現した折には、旅客輸送の長距離旅客バスなどにも技術応用可能とみる。高速道路を移動する際には複数台のバスを連ね、高速を降りて走る際には、隊列を切ってターミナル駅や空港など別々の場所へ運航する。貨客混載が進み、加えてドローンや自動運行船等、他の輸送手段とマルチモーダルを形成できればまったく新しい輸送形態を生み出す、というシナリオも夢ではないだろう。
ラストワンマイルによる社会課題解決
ラストワンマイル自動走行に関して、筆者の予想より関心が低かった印象だが、 高齢化・過疎化に伴う公共交通の撤退により、移動そのものが困難に遭遇している地域の社会問題の解決を目指す上では非常に有益な技術と考える。
ラストワンマイル自動走行に使われる自動走行用車両としては、フランスのNavya 、EasyMileという二つの会社が有名であり、日本でも前者がソフトバンク、後者がDeNAと組んで実証実験に着手している。日本勢ではヤマハ発動機、ZMP、アイサンテクノロジー等が参入している。また、大学発ベンチャーも参入している。
筆者もオランダの「WEpod」プロジェクトでEasyMileの無人走行バスに試乗したことがある。将来への可能性を感じさせられた一方で、バスは時速10キロと低速で、追い越しもできず、実際に地域の中で使われるにはもう少し時間がかかるのでは、という印象を受けた。アンケートに回答された方の中には同じ印象を受けた方も多かったのかもしれない。
政府計画では、モデル地域として茨城県日立市、石川県輪島市、福井県永平寺町、沖縄県北谷町の 4か所を指定。これらの公道を含む適用地域での実証実験が6月から順次、実施されている。実験を通じて、事業性、社会受容性を高め、運行管理技術の確立やビジネスモデルの検討等を進める計画だ。
実証は、上述の政府計画の 4か所に限ったものではなく、政府の許可があれば色々なところで実施が可能である。このため、過疎地のみならず都市部商用地の特定エリアでの導入検討も多く、実証実験の件数としてはこのモデルが一番多いと思われる。
課題としては、本件では、車が基本は高速沿いの道の駅を起点とする公道(特定地域)での無人状態で単独走行を行うことから、人間ドライバーによる運転を義務付けたジュネーブ交通条約への対応により、遠隔監視・制御等を含む管制技術が必要となることだろう。管制技術を担保する通信技術、サイバーセキュリティも重要要素となる。
また、本ケースはそもそも社会問題の解決という意味合いが強く、「果たしてビジネスとして成立するか」という疑問もが生じる。実証に当たっては技術的な課題の吟味に加え、ビジネスモデルの具体化・成立性が課題となる。実証を通じて取得される種々のビッグデータを活用した新たなサービス開発の可能性を検証することも必要だろう。
魅力的なユースケース、自動バレーパーキング
自動バレーパーキングを選んだ人が最も少なかったのは、ユースケースとして広がりに欠けると思われたのかもしれない。しかし、筆者としては魅力的なユースケースだと思う。
自動バレーパーキングは、ショッピングセンターやテーマパークに車で到着した際に、ドライバーが車から降りた後、車が自動で走行して、駐車エリアに向かい、空きスペースを探して自動で駐車してくれる機能。実際の降車位置と駐車場が離れている場合に利便性が高く、駐車場事業者にとって安全性向上、顧客満足度の向上、スペースの有効利用などメリットが多い。また、自動バーキングは都市部での駐車場の不足、駐車場を探して時間をロスする、などといった問題にも広く対応できる。
筆者はメキシコ駐在の経験があるが、メキシコでは駐車場が非常に少なく、路肩での停車も難しかった。そのため会社の打ち合わせに車で行った際にその車が打合せが終わるまで、周囲の道路をぐるぐるとまわって待機してくれていた。正直、燃料はもったいないと思ったが、そうした状況下ではありがたかった。
今すぐ有益性をイメージできなくても、実際に使ってみると役立つサービスだったということはよくある話。この自動バレーパーキングも実現すると使用範囲は拡大するに違いない。
専用駐車場における実証実験は、今年度末よりスタートし、2020年度までに専用車両、専用駐車場において開始される。ただ、実現に向けては車側の装備のみでは不十分で、駐車場側の管制センターとのコミュニケーション、監視カメラ等とのセンシング時のシステム連動が必要となる。駐車場側の装備については、管制面や監視カメラインフラの全国または世界に通用する企画水準を策定する必要がある。また、「なりすまし」等の問題に備えたセキュリティ対応も重要な課題。こうした課題に対するアプローチを徐々に解決していくことが必要になってくる。
未来投資戦略2017が示す「移動革命の実現」へ
以上、今後本格化する実証ケース3つについて述べたが、一方で政府が今年6月に発表した「未来投資戦略 2017 ―Society 5.0 の実現に向けた改革―」にも注目したい。同戦略の中で「移動革命の実現」は大きなウェートを占めており、特に「変革後の生活・現場のワンシーン」と題した部分では、ストーリー形式で未来像を描いていて興味深い。
物流・個別配送に関して語られている未来では、「一人のドライバーが行うトラックの隊列走行によって大量の貨物が輸送可能」になり「自動運行船による運搬、トラックの隊列走行、無人自動走行、ドローンなどロボット技術の活用による個別配送の連携」により迅速・安価に荷物が消費者の手元に届く姿をえがきだす。
一方で地域の暮らしに関しては、移動手段を失った高齢者でも「県道を走る自動走行バスと道の駅からの移動サービスが導入され、住み慣れた土地で、家族に心配を掛けずに暮らし、外出も続けられている」という未来像を提示している。
こうした移動革命の実現に向け、実証実験が進むことで、種々技術開発(地図、通信、認識技術、判断技術、セーフティ、セキュリティ等々)に加え、法律や倫理、社会受容性等の観点もより具体的な検証が進むだろう。シームレスに交通同士をつなぐ仕組みや、スマートフォン・アプリといった、ユーザーとの接点をつくることも必要だ。安全・安心を確保した上で、少しでも早く自動運転とそれを受け入れる社会を実現させたい。
いずれにしても、 3つの実証パターンそれぞれについて、今年末には様々なところで、ドライバーレス運転の実現を標榜する社会実験が展開されることになる。自動運転に関わる多くのことが動き出す、今年をいわば、「革命元年」と称えたい。
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大森 真也 (おおもり しんや)氏
住友商事自動車事業本部にて主に自動車・部品製造関係のビジネスに従事。自動車部品輸出、自動車工場建設プロジェクト、海外進出支援案件、自動車・自動車部品製造事業化案件等に関わる。海外駐在は、インド(ニューデリー)、イラン(テヘラン)、メキシコ(モンテレー、メキシコ)。住友商事傘下、自動車部品メーカーへの出向経験あり。2013年6月より住商アビーム自動車総合研究所の取締役副社長。2014年5月に代表取締役社長に就任。