止まらない米国の自動運転開発:CES2024および最新動向レビュー


実装化の進む2つの分野とその課題

 

ここ数年、米国一の見本市コンピューター・エレクトロニック・ショー(CES)において大手自動車メーカーが展示、キーノートにおいてプレゼンスを発揮してきた。私なりの視点から、CES2024を中心とするグローバル市場における自動運転車(AV)の“いま”についての見解をまとめてみたい。

2024/02/15

VSI-Labsジャパンカントリーマネージャ
永井 達
VSI Labs

 

CES2024ではSDV関連の展示が増加

CES2024では、フォード、ゼネラル・モーターズ(GM)、ストランティスなど米国のビッグスリーは出展せず、自動車メーカーのプレゼンスが低下した。一方、トルコ企業のToggやベトナム企業のVinfastなどバッテリーEVメーカーは際立った存在感を示した。

自動運転車(AV)開発の分野においては、マーケットリーダーであるグーグル系Waymoは姿を見せず、AVのプレゼンスは全体的に低下する結果となった。テクノロジーとしては、昨年に世界を席巻し、社会変革の芽として話題をさらってきた生成AIがCES2024においても大きな存在感を示し、あらゆる産業に対して影響力を示す形となった。自動車・モビリティ産業においても同様である。BMWは、生成AIテクノロジーで強化された車両の専門機能としてBMWインテリジェント・パーソナル・アシスタントを発表した。

AIに次いで、CES2024の重要なトピックはソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)だった。SDVは、バスワードとして一人歩きし、様々な出展者が独自の解釈でSDVという用語を使っていた。SDVが本来持つ意味からは誇張された主張が横行しているともいえ、SDVの定義自体を拡大解釈している展示も見受けられた。OTAソフトウェアアップデート、サイバーセキュリティ、OSプラットフォーム、その他のソフトウェアプラットフォームなど、SDV関連の展示を行ってきた企業は41社に上っていた。出典①

 

進化する米国のロボットタクシー

一方、米国の自動運転車(AV)の“いま”はどう動いているだろうか。

米国カリフォルニア州サンフランシスコ市で、レベル4のロボットタクシー事業を展開するクルーズが昨年10月に女性歩行者に絡んだ人身事故を起こし、その後の調査により、カリフォルニア車両管理局(CDMV)はクルーズの運行を一時停止した。親会社GMは、本件を重く受け止め、クルーズはロボットタクシー事業を全米で停止、経営幹部を含む組織体制を大幅に見直した。一連の動向は日本のマスメディアでも大きく報じられたため、日本の事業者の中には「自動運転の実用化はやはり難しいのだな。米国でのレベル4の無人運転の事業開発も“停止・停滞”に追い込まれたのかな」という理解に至った方もいらっしゃるのかもしれない。こうした考えは、自動運転車(AV)の“いま”の理解として正しいだろうか?

クルーズ同様にサンフランシスコ市でレベル4のロボットタクシー実用化許可を受けたグーグル系Waymoは、事業を停止することなく継続している。 Waymoは2023年10月にはAVをフェニックスの高速フリーウェイにサービス拡大している。出典②

Waymoはセーフティドライバー不在の無人運転ロボットタクシーのテストをアリゾナ州フェニックスで開始している。Waymoは走行テストを従業員テストチーム”Waymonauts”から始め、一般利用者向けの有料サービスを展開する予定だ。

フェニックスにおけるハイウェイ利用者は、多くの場合制限速度を超えるスピードで走行している。ロボットタクシーが厳しく制限速度を遵守すれば全体の流れを妨げることになるかもしれない。Waymoがどのような基準でロボットタクシーの運用をするのかは興味深いところである。

Waymoは2023年9月にスイス・リー保険と共同でリサーチレポートを発行し、レベル4AVと人間が運転する乗用車の衝突発生率を比較・分析を行っている。上記のレポートは以下の様に報告している。「Waymoは、最も難易度の高いODDを持つサンフランシスコ市における387万マイルに及ぶロボットタクシー走行で、一件も衝突事故を起こしていない!WaymoのAVは衝突発生率について、人身事故では90%以上、物損事故で76%以上も人間が運転する乗用車から改善しており、WaymoのAVは人間が運転する自動車よりも安全性が高いと走行データから判明した。出典③

 

ロボットトラック実用化への期待

ヒトを輸送するロボットタクシーに対して、モノを輸送するロボットトラックは、長距離輸送におけるドライバーの負担を軽減し、交通全体の安全性を高め、輸送能力を飛躍的に向上させる目的から、米国市場において早期の実用化が期待されている。自動運転システムの設計・開発における重要なODDにおいて、歩行者や自転車のいないハイウェイを無人で走行するロボットトラックは、ロボットタクシーに比べて技術的なハードルをクリアし易い分野である。

ロボットトラックは、早ければ2024年中にも米国において実用化される見通しでCES2024において注目するべき発表や展示があった。出典④

  • Kodiak Roboticsが第6世代自動運転トラックを発表した。
    • 自動運転ソフトウェアKodiak Driverを中心に、12台のカメラ、4台のLiDAR、6台のレーダー、冗長化されたLTE通信リンクとNvidia GPUを搭載。2024年後半には、次世代Ambarella CV3-AD AIドメイン SoCを統合し、トラックの機械学習能力を飛躍的に向上させる予定。
    • Kodiakは、本年後半か2025年にダラスとヒューストン間を輸送する最初の無人自動運転トラックになるかもしれない。
  • Aurora Innovationは2023年10月に、コンチネンタルが彼らのロボットトラック用のAVハードウェアを製造すると発表しており、CES2024においてAuroraのロボットトラックは、コンチネンタルのブースで展示した。
  • Gatik AIは、グッドイヤーのサイトラインテクノロジーをクラス 3 ~ 7 ボックストラックの自動運転トラックに統合することを発表した。
    • インテリジェント・タイヤ技術から得られるリアルタイムデータにより、 自動運転車の安全性と予測可能性を強化し、 高レベルの効率、信頼性、配送稼働時間を維持することを目的としている。
  • Aevaは、Daimler Truckに半教師付き学習の⾃動化のためのセンサーを供給する10億ドルの契約を締結した。
    • Daimler Truckは、クラス8カスケーディアに、TorcRoboticsの自動運転システムとAeva Atlasの4D LiDAR技術を搭載し、レベル4のロボトラックを実装化する。
    • 提携によりAevaは2026年に量産化を始め、ダイムラートラックは2027年までに生産を開始します。


注目を集めるルートセントリックAV

ロボットタクシーとロボットトラックに加えて、注目を集めているのがロボットバン/シャトルである。ロボットバン/シャトルは、AVがバス路線と同様の指定された交通ルートで運行するユースケースを指している。固定ルートもあれば、既知のルートを選択するケースもある。これらは、その特徴からルートセントリックAVと呼ばれている。ルートセントリックAVは、公共交通インフラが不十分な地域の大衆の交通ニーズに焦点を当て、移動の難しい利用者の交通ニーズをターゲットにしている。ユーザーの大量輸送を目的とするロボットバン/シャトルは公的な資金調達により開発されるため、ロボットタクシーやロボットトラックに投資をするウォール街やベンチャーキャピタル(VC)のプレッシャーを受ける事なく、比較的ゆったりとしたスピードで開発を進めることが出来る分野だ。技術的には、特定のODDにおける自動運転システム(ADS)の開発であり、安全性を確保した運行を実行することが可能となる。

ルートセントリックAVに分類されるADS開発企業を代表するのはMay MobilityとBeepの2社となる。出典⑤

  • May Mobilityは、CES開催前に大きな発表を行った。2023年12月中旬にアリゾナ州サンシティで、初期ライダー(乗客)向けにはじめて、セーフティドライバーなしで、無人運転サービスを開始した。
    • May Mobility は、2023年11月初旬までに、米国と日本における14の公共交通機関で35万回以上の自動運転トライアルを実施した。トヨタ、ソフトバンク、NTT などの主要な戦略的パートナーシップを締結している。
    • 現在進行形のトライアルは、他にミシガン州アンアーバー、テキサス州アーリントン、ミネソタ州グランドラピッズなどで展開中。
  • Beepは2019年にフロリダ州オーランドに設立されたルートセントリックAV開発のリーダーだ。Beepのトライアルは、これまで5州で8つを完了し、現在展開中のものは4州で8つである。ジョージア州アトランタ、カルフォルニア州サンラモン、フロリダ州オーランドのノナ湖などが代表的なものある。
    • Beepはこれまで主にNavya AVの自動運転車両を使用してきた。今後の計画は非公表だが、2024年米国内でベントレーのHolonを車両パートナーとしてトライアルを行う予定であるといわれている。
    • BeepのAVハードウェア/ソフトウェア開発パートナーはMobileyeだ。最初のラストマイル・アプリケーションで、詳細は 2024 年に発表される予定。

 

今後ルートセントリックAVは、セルラー V2X (C-V2X)やコーポレーティブ・ドライビング・オートメーション(CDA)の活用および統合によりが安全性を高め、成長・普及していくことになると予測している。

 

技術革新に対応するための4つの観点

米国における自動運転開発は既に、遠い未来の黄金郷にある“夢の乗り物”という位置づけから、近い将来の生活の実用ツールとしての準備段階に入っている。そのため、米国の市民、行政担当者、法規策定担当局、道路監督局、警察や消防関係局はより厳しいチェックの目を自動運転開発企業に向けている。彼らの点検項目は多岐に亘っている。例えば:

  1. 開発投資と事業計画の実現度から見た投資に対するROEの検証
  2. カリフォルニア州車両管理局(DMV)が自動運転テストのバロメーターとして設けているMiles-per-disengagement(自動運転システム解除一回当たりの走行距離)などのデータに基づいたAVの安全性の証明
  3. 自動運転車(AV)の公道における実証実験、社会実装を行う場合、走行データの共有プラットフォーム構築による行政当局との共同監視をする仕組みの構築など。

 

AVにはリモート・モニタリングとOTAによるソフトウェアアップデートが必須である。AV開発の主体はソフトウェア開発であり、これまでの自動車設計・開発の様に、法令によって定められた型式認定に従って製造メーカーが出荷前に検証を重ね品質保証を行うという方法論自体が、米国においては問われているのではないか。そのため次世代のAV開発に取り組む上で、既存の自動車のOEM/ティア1/サプライヤーは、生産プロセスの根本的な転換に迫られているのではないかと筆者は考えている。

日本の製造業はAV開発において、グローバルに進む技術革新への対応の観点から、4つのテーマについての検証を行い、現在のプロセスからの転換を図るべきではないかと感じている。

一つ目は、SDV開発を取り入れていくためには既存の自動車プラットフォームと統合するのではなく、(中国の新興BEVメーカーの成功に学び)クリーンシートの状態から設計を始めることを検討すべである。

二つ目は、生産プロセスの根本的な転換を進め、製品を出荷し、お客様に納品した後も継続的なメンテナンスが可能となる生産から品質保証プロセスの確立を図ること。

三つ目は、国が主体となってAV実証実験・社会実装を進める環境づくりを進め、衝突事故のデータ収集・分析を改善のプロセスと位置付け、自動運転システム(ADS)のブラッシュアップ、及びAVを都市交通全体の中で最適化するための法規を含めた仕組み作りをすること。

四つ目は、AV運行にあたっての走行データ・車両状態データ・ドライバーデータの収集・分析・運用について、産官共同でプラットフォームの構築に取り組むことである。欧米先進諸国においては、自動車と自転車や電動スクーターなどモビリティの走行データをリアルタイム収集し、道路管理局や警察・消防関係局が事業者と共同で運用するためのプラットフォームの開発・導入が急速に進んでいる。こうしたデータに基づく都市交通プラットフォームの構築は、グローバル都市が目標とする“ヒューマンセントリックな都市”実現のために不可欠な事柄であると私は考えている。

 

自動運転は実用化への最終段階に

上記で述べてきた様な観点から、米国市場のAV開発は、クルーズの事故報道と対照的に、実用化への最終段階を迎えていると解釈するべきである。複雑なODDを構成要件とし、コンシューマを対象とするロボタクシーは開発の難易度が高い。今のところ、グーグルのWaymoだけが、AV開発に費やした時間と資金に見合うだけの成果をあげている企業である。これに対して、ロボットトラックのADS開発事業者は、事業者の選別が既に完了しており、Kodiak Robotics、Aurora Innovation、Gatik、Torc Robotics(メルセデストラック傘下企業)など既存の事業者のマーケットインはカウントダウンに入っている。彼らは、トラック隊列走行などレベル3自動運転と飛び越えて、レベル4無人自動運転開発を実現している。また、地方行政の財政的な逼迫とシルバーエイジの移動手段として公共交通インフラ整備の問題は日本に限ったことではなく、May MobilityやBeepなどルートセントリックAVは、全米各州でレベル4の無人自動運転のロボットバン/シャトルの運行領域を拡大している。

世界を覆っている「分断」はあらゆる分野に及んでおり、自動車/モビリティ分野も例外ではない。急速に存在感を増す中国産業への対応の必要性から、欧米の政府と産業は投資、法規、生産、貿易に関する基本ルールの改正を進めている。米国と欧州も一枚岩であるとは言い難く、日本の産業が今後もグローバル市場での成長を続けて行くためには、こうした動向を継続的にモニターし、研究開発に反映させて行くことが重要であるというのが筆者の考えである。今後もグローバル市場の動向を観察し、タイムリーなレポートをお届けして行きたいと考えている。

 

 

Kodiak Robotics本社オフィスにて撮影

■ 筆者経歴
永井 達(トオル)
VSI-Labsジャパンカントリーマネージャ(兼)Go 2Marketing合同会社代表

2000年からSalesforce.comのクラウド事業マーケティング戦略を支援。大手ティア1で次世代車載プラットフォームの研究開発に携わる。専門研究領域は、自動運転/モビリティ、スマートシティ、車載ソフトウェア等。海外スタートアップ企業との広範なネットワークを構築している。

 

 

■VSI-Labs会社紹介:VSI-Labs(2014年、米国ミネソタ州設立)自動運転とADAS及びV 2Xのテクノロジー/ビジネス/法規制に特化したリサーチ事業を展開。最新の注目情報が分かるAVニュース、重要テーマの技術とビジネスを深掘りしたテクノロジー・ブリーフを独自見解“VSIテイク”と共に紹介している。

VSI-Labs非会員向けセッションを定期的に開催している。

次回:3/13(水)「岐路に立つ自動運転開発。アップル、アプティブなど海外動向から今後の針路を予見する。」(登録無料はこちら)

 

■関連レポート紹介
出典①:VSI-Labsテクノロジーブリーフ「CES2024の見所:ADAS、SDV、モビリティ、センシング、プロセッシング」(2024/1/22)発行
出典②:VSI-Labs AVニュース「WaymoはAVをフェニックスの高速フリーウェイにサービス拡大(2024/1/8)」
出典③:VSI-Labsテクノロジーブリーフ「ロボタクシーは人間ドライバーよりも安全か?」(2023/10/6発行)
出典④:VSI-Labsテクノロジーブリーフ「CES2024の見所:ADAS、SDV、モビリティ、センシング、プロセッシング」(2024/1/22)
出典⑤:VSI-Labsテクノロジーブリーフ「ルートセントリックAVオペレーション:自動運転実装への実用的なアプローチ」(2024/1/6)

 

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