「安全な自動運転レベル3へ、まず一歩を踏み出す」ホンダ杉本氏


ホンダはこれまで積み重ねた安全運転支援技術をベースに自動運転レベル3に当たる自動走行技術の確立を目指している。10月9日のReVisionウェビナー開催を前に、開発をリードする杉本洋一氏に設計で留意した点や苦労、自動運転で実現したい社会などについて聞いた。

Date:2020/09/30
Text:ReVision Auto&Mobility 友成匡秀

 


ホンダは2018年、高速道路での低速走行時に前走車と一定の距離を保ちながら、アクセル・ブレーキ・テアリング操作をアシストする運転支援機能「トラフィックジャムアシスト」を発表している。この従来のシステムを大きく更新するとみられる次世代型システム「トラフィックジャムパイロット」は、前走車の追従時にシステムが運転を代行する、いわゆるレベル3の自動運転機能となる予定だ。

レベル2と3には大きなギャップ

この1年余りの間、自動運転に関わる国内法の整備は大きく前進した。今年4月には改正道路交通法と改正道路運送車両法が施行。今回の改正道路交通法では、操縦に係る認知・予測・判断・操作の全部を代替する機能として「自動運行装置」という概念が導入され、自動運行装置を使った運行も運転行為に含まれることになった。これらの改正法施行により、日本では世界に先駆けてレベル3の市販車が公道を走行することが可能な状況になっている。

杉本 洋一氏
株式会社本田技術研究所 先進技術研究所
エグゼクティブチーフエンジニア

これまで複数の市販車に搭載されてきたレベル2では、システム稼働時でもドライバーが常に周囲の交通状況などに注意を払い、監視し続ける義務がある。これに対し、「アイズオフ」とも呼ばれるレベル3は、一定条件下でドライバーを監視義務から解放し、ドライバーが周辺の交通状況から目を離し、スマホ操作などの行為をすることも許容する。杉本氏は「レベル2と3の間には、大きなギャップがある」と言う。

「レベル2までは、あくまでドライバーが運転の主体で、その運転をサポートする機能という位置づけ。これが、レベル3以上になると、特定条件下でシステムが認知・予測・判断して操縦を代行することになる。この場合にはシステムを、合理的に予見される防止可能な人身事故は決して起こさない、という段階に引き上げる必要がある。最も大きなチャレンジは安全性の確保。どこまでの安全設計をするか、というのが開発の肝だった」

冗長性を持たせた設計

安全性を確保するために、特に力を注ぐのは冗長性を持たせたシステム設計だ。例えば、クルマの前方はカメラとミリ波レーダー、LiDARによる多重のセンサー群で監視する。また、ステアリングやブレーキのアクチュエーター、電源系も含めて、すべて二重系にする。

「1つのセンサー情報だけで100%の信頼性確保は難しい。それぞれ強みの異なるセンサーを組み合わせ、最も確実な情報を取る。また、クルマのどこか一部分が何らかの理由で壊れたとしても、持ちこたえてドライバーに安全に運転の引継ぎができるようにシステム全体を構築する」

レベル3において特に難しいとされるドライバーへの運転交代においても安全を徹底する。システムがドライバーへ運転交代を要請する場合、まずはディスプレーの表示や音で知らせるが、運転交代がなされない場合はその表示や音を段階的に強め、最終的にはシートベルトを強く振動させるなど体感的に強い警告を送る。また、クルマ内部にはドライバーの状態を観察するモニタリングカメラを設置し、ステアリングやペダルのセンサーからもドライバーの行動を確認する。

万が一、運転交代がなされない場合には、車両を自動で安全に停止させる「ミニマル・リスク・マヌーバー(リスク最小化制御)」を発動させる。ハザードランプをつけながら車両を自動的に減速させ、最終的にはホーンを鳴らしながら可能であれば安全な路肩に寄せて停止させる、という方式だ。

2016年から基本設計変更なし

「こうした冗長設計やミニマル・リスク・マヌーバーについては、2016年頃には導入することを決めていた。そこから大きな設計の変更をしなかったのはよかった」と、杉本氏は自負をにじませる。

基本設計方針を決めた2016年当時、自動運転レベル3の要件に「冗長設計」や「ミニマル・リスク・マヌーバー」を必要とするようなガイドラインは存在しなかったという。これらの内容が盛り込まれた「自動運転車の安全技術ガイドライン」を国土交通省が出したのは2018年9月のことだ。

現在、ホンダの自動運転開発を引っ張る杉本氏だが、「若いころは自動運転が実現できると思っていなかった」と言う。1986年に入社してからブレーキ制御技術をはじめ予防安全や運転支援の研究に長く携わり、世界初の追突軽減ブレーキ(CMBS)の実用化でも中心的な役割を果たした。安全技術への思い入れが強いのは、そのバックグラウンドによるところが大きい。本格的に自動運転に関わるようになったのは、米国デトロイト駐在から戻った2015年からだった。

「2015年頃から、人工知能(AI)での画像認識がよくなり、車載できるLiDARができ、自動運転はできる、と思うようになった。それでも実現はなかなか難しいだろうと思っていて、当初から2020年をターゲットに置いた。その当時は、2018年~19年に自動運転を実現する、と言っていた企業も多く、2020年では遅いと言われていたものだった」と、感慨深そうに話す。

交通事故から解放された自由な移動社会へ

しかし、杉本氏は様々な苦労をして、リスクも背負いながら、何のために自動運転開発をけん引するのだろうか。その質問への答えの中には、長く安全技術に関わってきた技術者ならではの強い思いがある。

「自動運転を実現することで、予防安全の技術、運転支援の技術もさらに高いレベルに引き上げられると思っている。自動運転で培った技術で安全運転技術も進化させ、交通事故のない社会を実現したい」と杉本氏は力を込める。

「交通事故から解放されて、誰もが出かけたくなる、そんな自動車を実現したい。今は、免許返納といったように、高齢者の運転を制限するような動きもあるが、2030年以降になるかもしれないけれど、高齢者にも自由な移動を提供したい。車離れをしている若い人からも、事故を起こしそうで怖いという声も聞く。自動運転によって安全・安心に、自由に移動できる社会にできれば」

ただ、杉本氏はすぐに自動運転が広く普及する技術でないことも承知しているようだ。今後、自動運転の社会受容性を高め、多くの人に安心して使ってもらうようになるまでには長い時間と業界・社会を含めた努力が欠かせない。

「色々なアンケート結果を見ていると、自動運転に不安を感じるという声はある。言葉では伝わらない部分も多いと思うので、高速道路渋滞時という限定条件から、まずは始めていきたい。まず、一歩踏み出すことが大事。そこから安全であることが実証され、少しずつ実際のクルマに技術を入れていくことができる。時間をかけて一歩ずつ進めていきたい」

 

杉本氏が出演するウェビナーは2020年10月9日(金)に終了いたしました。多くの皆様のご参加ありがとうございました。

◆無料公開ウェビナー 「安全な自動運転レベル3実現へ向けた開発最前線からのアップデート」
杉本 洋一氏 × 清水 和夫氏(自動車ジャーナリスト)

 

 

 

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