「日本はEVで出遅れた」は本当か? 自動車業界幹部と消費者の声から探るEV市場のいまとこれから


日本では電気自動車(EV)の販売台数が伸びているものの、乗用車全体に占める割合は数%に留まる。自動車メーカー各社が掲げる販売目標の達成は相当に厳しい見込みだ。なぜEVは普及しないのか。なぜ消費者はEVを買わないのか。メーカーの幹部は現状をどう見ているのか――。日本アイ・ビー・エム(日本IBM)ではEV市場の動向を探るべく独自にグローバル調査を実施しており、主催イベントにてその調査結果の概要を紹介している。本稿ではそのイベントの模様を中心にレポートしつつ、EVの未来について考えてみたい。

Date:2023/4/27
Text:サイエンスデザイン 林愛子

 

パネルディスカッションするIBM Institute for Business Value 自動車・電機・エネルギー産業リサーチ・グローバルリーダーの鈴木のり子氏、IBMコンサルティング事業本部のオートモーティブ・サービス事業部長の中村祐子氏と製造流通サービス事業部パートナーの中西美鈴氏(左から)

 

2023年4月13~14日、あらゆる業種業界で広がりを見せるDX(デジタル・トランスフォーメーション)の最新動向を発信する日本IBM主催のイベント「The DX Forum」が目黒雅叙園(東京都目黒区)にて開催された。13日には「自動車業界のEVシフトがいよいよ本格化する」と題したセッションが行われ、同社IBM Institute for Business Value 自動車・電機・エネルギー産業リサーチ・グローバルリーダーの鈴木のり子氏、IBMコンサルティング事業本部のオートモーティブ・サービス事業部長の中村祐子氏と製造流通サービス事業部パートナーの中西美鈴氏がEV市場動向について意見を述べた。

セッションの前半は鈴木氏による話題提供で、同社独自の調査レポート「持続可能なモビリティー社会の実現を目指して」のなかから日本市場に関係する部分を紹介した。このレポートのベースは世界9 カ国の業界エグゼクティブ1501人と7 カ国の消費者1万2663人が回答したアンケート結果で、世界の自動車市場の75%をカバーする規模感だという。

 

IBMの独自調査レポートを紹介した鈴木のり子氏

 

EVはこれまで幾度もブームが訪れては普及に至らずに終息しているが、今回は違った結末になるかもしれない。業界エグゼクティブは「2030年までにEVへの支出は61%増加し、販売シェアは40%」になると予測している。ただし、現状のEVのシェアは世界で5%程度、日本市場に限れば3%強に過ぎない。鈴木氏は「消費者に『今後3年以内にEVを購入するかどうか』を尋ねたところ、全体としては50%に購入意欲があり、特に中国やインドでは80%以上と高水準でしたが、日本は9%とあまり前向きではない結果」だったが、日本ではハイブリッド車(HV)が普及し、車両の電動化は進んでいる点が特徴的だと言う。

HVは内燃機関(ICE)を持つことから今後の販売が懸念されていたが、先般、欧州委員会(EU)は2035年からICE搭載車の販売を禁ずる方針を転換し、合成燃料の使用を条件に容認すると発表した。2035年以降も欧州でHVを販売できることになったことで、EVの普及シナリオには少なからぬ影響が及びそうだ。

 

メーカーの思惑と消費者意識とのギャップ

メディアでは「日本メーカーはEVで出遅れている」との指摘が目立つ。確かに自動車メーカーの時価総額ランキングではEV専業のテスラが世界第1位で、EV販売台数ランキングでも日本企業は中国勢の後塵を拝している。しかし、業界エグゼクティブに将来への投資配分について質問をしてみると、意外にも日本はEVに前向きだ。

「日本ではEVへの投資がICEへの投資を上回っています。HVと燃料電池車(FCV)への投資は横ばいで、ICEへの投資分がEVに置き換わっていく傾向は明らか。グローバルでは今年あたりがEVとICEへの投資が逆転するタイミングなので、日本はEVへの投資意欲が旺盛だと言えます」(鈴木氏)

 

 

投資には前向きだが、セールス実績はまだまだこれから。その理由として、鈴木氏は業界エグゼクティブと消費者のギャップを指摘する。

「消費者がEVを購入する動機について、業界エグゼクティブの回答のトップは『環境に良い』、次いで『充電ステーションが豊富にある』でしたが、同じ質問を消費者にもしたところ、エグゼクティブのトップだった『環境に良い』は下位で、優先順位が高いのは補助金やランニングコストなどのコスト関連でした。自宅で充電ができることも大きな訴求要因になっています」(鈴木氏)

さらに消費者はEV購入を阻む要因として「公共の充電ステーションが不十分」「自宅充電設備を設置するのが困難」を挙げる。自宅での充電はEV購入の動機となり得るが、賃貸住宅や集合住宅ではほとんど充電設備が整備されておらず、設置も容易ではない。ちなみに、2030年までに日本のEV充電インフラが整うと予測している業界エグゼクティブはわずかに11%。彼らが予測する「2030年までにEV販売シェア40%」のためには充電インフラ問題が大きな課題になりそうだ。

充電以外の障害として、多くの消費者が「初期コストが高い」「ランニングコストが不透明」「下取り価格が心配」など費用への懸念を挙げた。走行に必要なコストとしてはガソリンよりも電気にメリットを感じるが、そのほかのコストは総じてEVの分が悪い。こうした背景から業界エグゼクティブはサブスクリプションに期待を寄せ、「現在はサブスク利用が5%程度ですが、2030年までに約4割」(鈴木氏)を見込んでいるという。

 

EVの競争優位性はプラットフォームではない?

ICEからEV中心に変わっていけばオペレーションモデル、すなわちすべての事業の在り方が大きく変わっていく。日本の業界エグゼクティブはEVの競争優位性をどのように捉えているのだろうか。

「自動車メーカーもEV専業ブランドのメーカーも新たなコア領域として電気電子部品の開発と製造を挙げ、自動車メーカーは従来のコアである最終組み立てについても重要だと答えています。一方で、自動車メーカーも専業メーカーも、EVのプラットフォームをコアと位置付ける意見は多くありませんでした。今後3年間の優先投資領域に関して、諸外国ではソフトウェア開発や部品サプライチェーンなどが上がっていますが、日本ではマーケティング・販売領域の優先度が高い。これは消費者への認知が十分に進んでいないからだと考えます」(鈴木氏)

メーカーの戦略転換は当然、サプライヤーの事業計画にも影響するわけだが、サプライヤーのエグゼクティブはEVシフトの流れを肯定的に捉えており、2030年までにEV移行で20%以上の売上げ増を見込んでいるという。鈴木氏は「内燃機関ビジネスを縮小・撤退し、削減した投資を新しい商品やサービス・スキルの領域に投じ」ることで、EVシフトに適合する考えのようだ。

 


自動車業界に通じた3名によるパネルディスカッション

セッションの後半はオートモーティブ・サービス事業部長の中村氏と製造流通サービス事業部パートナーの中西氏も登壇し、鈴木氏と3名によるパネルディスカッションを行った。本稿ではその内容を対話形式でお届けする。

 

鈴木氏:日本企業のEVシフトは既に起こっていますが、メディアでは日本が乗り遅れているとの悲観論もあります。

中村氏:日本はHVでかなり成功しているので、EVに出遅れた感があるのではないでしょうか。日本がHVで売上げを伸ばすなか、海外では新規参入企業がどんどんEVに投資して成功を収めています。

中西氏:各社で差が出ている印象です。EVを戦略的に位置付けているところでは全社構造改革を図りヒト・モノ・カネを集中していますが、これから力を入れようとしている企業では現場がどうやって経営者を説得しようか困っているようです。日本企業と比べて、欧米メーカーも先を行っていますし、新興ベンチャーが伸びていますから、いずれにしても経営者の意思決定が重要になるでしょう。

 

「海外では新規参入企業がEVに投資して成功を収めている」と語る中村祐子氏

 

鈴木氏:先ほど消費者の意識と企業の認識の違いについて触れました。ギャップは世界的に見られますが、特に日本でその傾向が強いようです。

中村氏:EV購入の要因として、経営者が環境を第一に挙げているのに消費者は下位で、これには日本の発電事情が影響しているのでは。日本の電力は化石燃料に頼る部分が大きく、EVは本当に環境に良いのか、消費者の腹落ち感が得にくいのではないかと思います。コストの観点でもギャップがありました。移動の目的はいまのガソリン車で果たせているのに、なぜ追加コストを支払ってEVにするのか、そのモチベーションはどこにあるのかと。充電インフラが整わないことも問題。都内には集合住宅が多いので、充電ステーションの整備を気にしています。

中西氏:インドでタタ・モーターズのEVとベンチャー企業アザー・エナジーのモーターサイクルが並んで壁のコンセントで充電しているのを目にしました。こういった、とりあえずの現実解がある一方で、OEMもインフラ整備をやっていて、事業性をどうアジャストさせていくのか。欧米ではショッピングセンターなどでインフラ整備が進んでいますが、充電待ち行列ができています。自動車メーカーはそれを踏まえて、どう消費者に訴求するかを考えていく必要があります。

鈴木氏:EV時代に向けて、自動車メーカーのオペレーションモデルが変化しますが、具体的なモデルやロードマップの詳細は描けていないとされています。スピード感を持って業務改革を進めるにはどうしたらいいでしょうか。

中村氏:自動車メーカーはFCVやHVへの投資を続けつつ、EVに投資する形ですが、そのなかでも自社投資だけでなく、業界をまたいだ協業でEV化を推進する動きがあります。有名どころではソニーとホンダで、両社が一緒に車を作ろうと動いていますし、目立たないところでは商用車メーカーが乗用車メーカーと大型FCVの開発でアライアンスを組むとの発表もありました。あとは、ソフトウェア開発に人材をシフトするのも影響が大きく、ソフト開発や配信環境整備も含めて変えていく必要があります。

 

「経営者の意思決定が重要になる」という中西美鈴氏


中西氏:オペレーションにテクノロジーをいかに活用して効率化し、コストも抑えていくかが肝です。ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)と言われ、しかも今後はOTA(Over The Air)で頻繁にソフトを更新するとなると、開発だけでなくテストにも工数とコストがかかりますから、効率化が大事ですし、保守運用の自動化も重要。販売やアフターサービスにおいても、欧米ではオンライン販売が進んでいますし、データを活用したアフターサービスの推進も現実化していると思います。

鈴木氏:日本では部品サプライヤーが500万人の雇用を生んでいると言われるくらい、すそ野が大きい業界です。ICEからEVに変わると、サプライヤーも大きな影響を受けることになります。

中西氏:今回の調査ではサプライヤーが売上げ20%増の見込みとの結果が出ていますが、このことはEVシフトのなかでソフトウェアの強化や高付加価値化で売上げを増やすという意志表示と見ています。

中村氏:サプライヤーはEVの性能を意識した製品を出そうと思っているようです。たとえば、車内が静かなEVならではの静音性能を高めたタイヤなど、EVに特化した製品開発の動きがあります。また、付加価値をつけやすくなるので、データを活用したサービス向上や製品の改良などが加速すると見ています。

鈴木氏:充電インフラの整備は中国とドイツが先行し、日本とアメリカがやや遅れているとされますが、米国バイデン政権は市場最大の投資をしてインフラ投資プログラムを立ち上げていますから、一気に充電インフラが進む可能性があります。充電インフラ整備の課題やデジタル技術の可能性をどう考えますか。

中西氏:複数のプレイヤーの連携が肝です。自動車メーカーだけでなく、エネルギー業界、政府、不動産、公共系のコンソーシアムなどが、これから日本の国としてのエコシステムを作っていくことになるわけですが、一度作って終わりではなく、継続的に進化し続けるように整備していくことが重要と思います。

中村氏:EVの運転者が安心して遠くまで運転できる環境づくりが大切。いま運転しているEVがどのくらい走れるか、どこに高速充電器があるのか、その充電器は空いているのかが分かって、その予約ができて、行ったら即充電できるような環境を作っていく必要があります。インフラ整備にもいろいろなプレイヤーが必要ですが、こうした環境づくりにもITを含め、いろいろなプレイヤーが必要で、みんなで1つの世界を作っていくのだと思います。

 

<<参考リンク>>
IBM独自の調査レポート「持続可能なモビリティー社会の実現を目指して」

 

 

 

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